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05 クラン設立

 カナエのプライベートルームは、メサイヤ広場の近くにあった。

 白い壁に赤い屋根の、二階建てアパート。一階に三戸、二階に三戸と、6つのプライベートルームが入っている。

 カナエの部屋は、通りから見て一番左の一階だった。


 中は2LDK。

 ベッドだけが置いてある小さな寝室に、ガランとした木の床のリビングキッチン。端っこに、木の椅子がぽつんと置かれている。


「ハウジングしろってことなんだろうなぁ……」


 カナエは、家具にはほとんど興味がなかった。

 しかし、「最低限度の生活」に、家具は欠かせないだろう。そのうち集めよう、ということにして、カナエは次なる課題に目を向けることにした。


 ――クランである。


 カナエはVCをオペレータールームの6番に繋いだ。


「ケイさん、ケイさん――」


『はいはい、ケイです。あ、カナエさん? 何かあった?』


 暢気な声が返ってきた。


「あの、やっぱりソロじゃダメですか?」


『え……? あぁ、クランの話ね。うん、できれば、いざって時にプレイヤーを動かすこともできないといけないし、プレイヤー間の噂とか情報も、結構大事なんですよ』


「ダメですかぁ……」


『クラン、自分で作ってみたらどうですか?』


「自分で!?」


『メンバーも自分で選べるから、そういう点ではやりやすいと思いますよ』


「考えてみます……」


 カナエは、一人ため息をついた。



「10万(モネー)になります」


 一瞬固まったカナエは、しかしぐっとこらえる様にして、オブジェクト化させた金貨を一枚、クラン受付の妖精に渡した。

 UC課のGMは、GMであっても運営から金や物を与えられることはない。これは、プレイヤーの視点で見ることがUC課のエージェントには求められていて、そのためのルールであった。


「ありがとうございます。では、こちらの用紙に必要事項を記入していただいて、こちらの窓口にご提出ください」


 ギルド会館。

 カナエはクラン受付の近くのテーブルに座った。

 所持金はついに、10万Mを切ってしまった。クラン設立に10万もかかるとは知らなかった。もうこうなったら無一文になるまで家具を買いそろえてやる。カナエは、そんな妙な決意をするのだった。


 用紙に視線を落とす。


「あ……」


 クラン申請用紙の最初の項目。

 カナエは早速つまづいた。


 ――希望するクランの名称をご記入ください。


「(考えてなかったぁ……!)」


 頭を抱える。

 気の利く妖精の従業員が、クラン名簿とネーミング辞典なるものを持ってきた。辞典には、中学二年生あたりの男子に人気がありそうな単語が、五十音順で羅列されている。


「(ほかの項目を先に埋めよう)」


 クランマスター。

 カナエは、そこに自分の名前を書く違和感を覚えるのだった。

 次に、クランのタイプ。

 ガチ攻略、まったり攻略、雑談、何でも、対人戦等々……30ほどあるタイプの中から、合うものにチェックを入れる。


「タイプかぁ……攻略、かなぁ」


 カナエは、〈まったり攻略〉にチェックを入れた。

 次は、メンバー募集要項。


「うーん……」


 カナエは唸った。

 どんなメンバーなら良いか。

 以前プレイヤー時代、カナエはクランに所属していたことがあった。最終的にはサブマスターという役職に就いたが、色々あって、退団したのだ。その、色々というのが、主にメンバー関係の問題だった。


 端的に言えば、カナエは、頼られすぎるのが嫌になったのである。

 皆がカナエの実力を知り始めると、クランの活動はカナエの参加ありきで決められるようになっていった。それが、重荷になったのである。媚びを売ってくる新人、出来上がるクラン内ヒエラルキー、減ってゆく自由な時間。ストレスだけが溜まっていった。


 そんな経験のあるカナエには、〈クランメンバー〉という単語にマイナスのイメージしかなかった。遠慮なく書けば、メンバーに守ってほしいことは山ほどあった。


・何でもかんでも訊かない。

・人に頼るだけの狩りをしない。

・派閥を作らない。

・ゴマをすらない。

・個人の自由を尊重する。


 一言でいうなら、「自主自立」である。

 まるで、学校の掲げるスローガンのようだと、カナエは自分で思うのだった。

 しかしそれ以外に思いつかなかったので、用紙には「自主自立」と書く。

 何となく物足りなかったので、最後に「自由」を付け加える。


 □プライベートルームをクランホールに設定します。


 項目にチェックを入れる。

 あとは、名前だ。


 ――

 ―――――

 ―――――………。


 あーでもない、こーでもないとカナエが一人悩んでいると、授業員が再びやってきた。


「名前、決まりませんか?」


「えぇ……」


「これ、良かったら」


 そう言って、妖精がカナエに差し出したのは、サイコロだった。


「転がしてみてください」


 言葉に従って、カナエはサイコロを転がした。

 サイコロはカラカラとテーブルを転がり、止まった。

 すると、その出た目から文字が飛び出してきた。


『宵闇のリベルタリア』


「これは……」


「はい、クランの名前を決めてくれるサイコロ――その名も〈クラコロ〉です。これで決められる方、多いんですよ。〈宵闇のリベルタリア〉にしますか?」


「いや、ちょっと待って」


 確かに、サイコロに決めてもらうというのは良い考えだ。うんうん唸りながら考えたところで、「これだ」という名前なんで出てこないものである。


「もう1回、いい?」


「もちろんです」


 再び、カナエはサイコロを転がした。

 カラン、カラン、カン……。


『夜のぶつかり稽古部屋』


「決定しますか?」


「待って待って、もう一回だけ、もう一回だけお願いします」


「はい」


 カラン、カラン……。


『アガメムノン』


 がくっとうな垂れるカナエであった。

 世界史の授業で、そんな名前出てきたなぁという程度にしか知らない名前である。「アガメムノン」には、何の思い入れもない。


「もう一回だけ、良いでしょうか……」


「メサイヤ様」


「はい」


「これではいつまで経っても決まりません」


「すみません……」


「次出たら、どんな名前でもそれに決める。私と約束しましょう!」


 妖精は、可愛く小指を曲げて見せた。


「……はい」


 カナエは、サイコロを握った。

 テーブルに放る。

 数秒の祈り。

 そして――。


「待って、もう一回だけ――」


「約束したじゃないですか!」


「ううっ……」


「メサイヤ様のクランの名前は――」


『ラブ・ネスト』


 この世界に、新たなクランが設立された。


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