56 ガリバー
酒場に、新しい客が入ってきた。
その男は常連で、彼が店に入ってくるなり、主人はカウンターの一番右奥の席に、黒ビールのジョッキを置いた。
「おぉ、ガリバー! 久しぶりじゃないか?」
「あぁ、ネスト行っててな」
その男、ガリバーは席について、ぐいっと一杯煽った。
レザーアーマー、肩と手首にプレートを付けている。ボディービルダーやラガーマンほどのマッスルではないが、K-1選手くらいの、強靭そうな筋肉の鎧をまとっているのが、装備の上からでもわかる。
キャラクターメイクで、見た目の筋肉量などは作ることができる。ギルド会館の三階、エステルームに行けば、数分でそういった肉体改造を行うこともできる。この世界では、そう言った意味で、筋肉はほとんど飾りのようなものと思われている。
しかし、本物の筋肉も存在する――ということが最近、運営の研究室で明らかになってきている。基本的にプレイヤーの肉体は歳を取らず、肉体的な変化はないのだが、戦闘を多くこなしているプレイヤーは、その筋肉に変化が起こることが観測されている。
そしてこの男、ガリバーの筋肉は、「本物の筋肉」ではないかと、カナエは思った。キャラクターメイドで作った飾りの筋肉は、どこか不自然があるものだが、このガリバーの肉体は、全体として、非常にバランスが取れている、そんな印象があった。
「何かいいドロップでもあったか?」
「デミネストの奥に良いのがいるんだ。クエ報酬だけでも、かなり稼げる」
「デミネスト? あそこは、嫌いなんじゃなかったのか?」
「嫌いだよ。ちょろちょろ動くのは好きじゃない。でも奥にいるのは、好きになったな」
「何がいるんだ? 図体のデカいリザードマンとかだろう?」
「それもいるよ。まぁ、詳しくは教えられないな」
「なんだよ、ケチくさい」
「俺だって金策、必死なんだよ」
「で、なんでここに来た? ひと山あてて大騒ぎしたいなら、もっと相応しい場所があろうに」
「まだあててない。小金は入ったが、ちょっとまだ、問題があってな」
「どんな問題があるんだ?」
「道中の露払いを探してる」
「ほぉ」
ガリバーはそう言うと、店の中を見渡した。
マスターが、二杯目をガリバーのジョッキに満たした。
「だったらここじゃなく、メサイヤ広場の酒場のがいいんじゃないのか。ここにいるのは、熱心な観客とフーリガンだけだ」
「優秀なフーリガン、紹介してくれよ」
「優秀な奴はフーリガンなんかにはならないよ」
「向こうの酒場の連中は、山っ気の多いのが多すぎてダメだ」
「お前が言うか」
「俺の相方には、そういう奴は合わないんだよ」
「まぁいいや、で、どういうプレイヤーを探してるんだ?」
「ちょろちょろする奴――特にデミネストに出てくる人型をパパっと片づけられるようなプレイヤーがほしい。それと――金儲けを考えない奴」
「こき使うのか」
「いや、報酬は充分払うよ」
「従順に職務を全うする部下が欲しいわけだ」
「そうだ」
「そんな日本人みたいな奴――」
と、そこで、皆の視線がカナエに集まった。
カナエが東洋人であることは、既にこの酒場の誰もが知っている。
「もしかして、日本人か?」
いわゆる「熱心な観客」の一人が、カナエに訊ねた。
カナエは頷いた。
「日本人なら誰でもいいわけじゃない。腕がないと」
「自信はあるよ」
カナエは答えた。
「武器は?」
「銃――二丁拳銃だ」
「銃だって?」
皆、「馬鹿な」と両手を掲げたり、肩を竦めたりしている。
しかしここは、アリーナ通が通う酒場である。「銃は弱い」ということを知りながらも、その「例外」があることも、知っているプレイヤーばかりだ。
「ガンナーだって言うのか?」
ガリバーが訊ねた。
そうだと、カナエは答えた。
「オーケーガンナー、ええと、何か称号は?」
カナエは少し躊躇ったが、今後のために、〈勲章〉を出すことにした。
オプションタトゥーを触り、立体ウィンドウを出す。〈称号〉一覧を表示。〈ゴブリンハンター〉、〈害虫駆除部隊〉、〈100人斬り〉などの、ある程度取りやすい称号が20ほど並ぶ。
称号はオブジェクト化すると、勲章や賞状、メダルなどになる。カナエは、それらすべての称号をオブジェクト化して見せても良かった。今、ガリバーが知りたいのは、自分が「使える」かどうかだ。取りやすい称号ばかりとは言え、「使えない」ガンナーであれば、それらの称号すら獲得できない。
カナエは、立体モニターの文字列をスクロールしながら、どうするか考えた。
一番下に表示された称号を見つめる。
「持ってないか?」
ガリバーは、モニターに視線を向けたまま考え込んでいるカナエに訊ねた。
カナエは、モニターに指を触れた。
称号が、オブジェクト化される。
――カナエは、空中に現れたトロフィーを掴んだ。
プラチナ製の、大きな聖杯である。
それがワンチャンピオンシップの優勝杯であるということは、ここにいるぷれいやーなら誰でも知っている。
「嘘だろ?」
「ガンナーのチャンピオンって、まさか……」
「あんたが……あのカナエなのか!?」
ガリバーは額に手を当て、カラカラと笑った。
「驚いたな。カナエ、俺はガリバーだ。よろしく頼む」
ガリバーの差し出した手を、カナエは握り返した。
「儲け話がある」
こうして二人は、パーティーを組むことになった。




