53 ヘッドハンティングへの回答
カナエは、ベンチから立ち上がると同時に、ケネスを蹴り飛ばした。
片足を上げた半身のまま、二つの銃口をケネスの取り巻きに向け、トリガーを引く。
ダダン、ダンダン――。
変身すら間に合わず、四人はピンクの銃弾を受け、ガラスが割れるように、弾けて消えた。
蹴り飛ばされたケネスが、慌てて起き上がった。
カナエはすでに、その銃口をケネスに向けていた。
「ちょ、ちょっと、マスター!」
何してるの! とロッテは声を上げる。
広場にいたプレイヤーたちも、銃声に驚いて振り向いた。
「これは、我々に対する、挑戦と受け取ってもいいのかな」
「全くその通りだよ」
カナエは、白い手袋を、ケネスの足元に放った。
ケネスはそれを踏みつけた。
目に、ありありと怒りがにじんでいる。
「私に挑む勇気だけは褒めてやる。だがそれは、蛮勇というものだ」
「いいからかかってこい。じゃないと、すぐ終わりにするぞ」
「――折角だ、賭けをしよう。私が勝ったら、ロッテを自由にする。どうだね?」
「何でもいいよ。俺が勝ったら、二度とちょっかいを出してくるな」
「いいだろう。賭け、成立だ」
ケネスはそう言うと、腰に携えていた杖を引っ張り出し、指揮者の様にそれを振るった。すると、ケネスの前の地面に魔法陣が現れた。
ぐらぐらと地面が揺れて、魔法陣から巨大な獣が出現した。
人間の下半身に、胸から上が山羊のような魔物である。否、召喚獣だ。王冠のような二本の角、細長い、黄色い目。その手には三日月斧を握っている。
「(こいつ、サマナーだったのか……)」
カナエは、大山羊と向き合う。
大山羊は、口から炎の吐息を放出している。
「どうだね、私のバフォメットは。降参してもいいが、どうする?」
「倒しがいのある良い的だ」
カナエはそう言うが早いか、バフォメットに銃弾を撃ち込んだ。
バシュ、バシュっと、山羊の身体から、黒い湯気が上がる。
グオオオ――バフォメットは咆哮を上げながら、三日月斧を振るった。
カナエは、バフォメットの足元に転がり込んで斧を躱し、その身体の真下から、バフォメットの山羊の顔めがけて、銃弾を打ちこんだ。
バフォメットは、右手を壁にして銃弾を受けながら、後ろに大きく跳躍し、後退した。ずっしゃあっと、運営の設置していた屋台が、バフォメットの下敷きになって潰れた。
カナエは、顔に、脚に、胸に、妖精の弾丸を撃ち込んだ。
剣や槍ならいざ知らず、銃の射程距離は、50メートルほどはある。バフォメットがどんなに離れようと、カナエの銃から逃れるには、広場の端まで逃げなければならないだろう。
グオオオ、グオオと、バフォメットは叫ぶ。
銃弾の一発一発は、確実に、バフォメットの肉体を破壊していた。
バフォメットは大きく息を吸い込み、炎のブレスを放った。
ブオオオっと、突き出した口から、灼熱の火炎が吐き出される。
ところが、ブレスは一秒も持続しなかった。
炎の中を逆流してきた弾丸が、バフォメットの口の中に突き刺さったのである。
バフォメットはグエット変な声を漏らし、下を向いた。
カナエは、バフォメットに歩いて近づきながら、その額に銃弾の雨を浴びせた。
右腕を額の前に持ってきて防御するも、バフォメットの右腕にも限界が来ていた。
バフォメットは三日月斧を取り落とし、両腕をバツにして、銃弾から顔を守った。
カナエは、狙いを顔から脚に変えた。
バフォメットは、無防備な脚を銃弾に貫かれ、跪いた。
武器を失い、腕も、そして脚も、銃弾に貫かれてもう動かない。
バフォメットに反撃の可能性を失った。
勝負ありと確信し、カナエは、いくつかあるベンチの隅に隠れていたケネスに、銃口を向けた。
ダダン――。
銃弾によってベンチが壊れて吹き跳び、ケネスが転がり出てくる。
自慢の召喚獣がこてんぱんにされて、ケネスはもう、戦意を失っていた。
サマナー自身は、何ら戦闘能力を持たない。
その気になれば、二匹目、三匹目の召喚獣を出すこともできたが、そんな気力も、ケネスは失っていた。ケネスの呼び出せる召喚獣で、バフォメットより強いのは、いなかった。
カナエは、右の銃を、ケネスに向けた。
「チートだ! ふざけるな! 銃がそんなに強いわけがない! GMに報告して――」
ダン――。
「俺がGMだよ」
ケネスの身体が消滅し、バフォメットも黒い霧となって、消えていった。
銃をしまったカナエのもとに、ロッテが駆け寄ってきた。
ロッテは、興奮気味に、カナエに質問した。
「マスター、どうやったの!?」
「どうって、見ての通りだよ」
「えぇ~、でも、銃って弱いんじゃないの?」
「まぁね」
「じゃあ、なんで!?」
「運と練習のたまものかな。まぁともかくこれで、ロッテ、お前はここを抜けられないぞ」
「え!?」
「嫌なら嫌ってはっきり断れ。お前は日本人か!」
「日本人はマスターでしょ!? 私は、ドイツ人だよ!」
「なんでもいいけどさ。で、もし断れないとか、相手が面倒そうとかだったら、俺に言え。さっきみたいに、やってやるから」
「やりすぎだよ、マスター……」
「いいんだよ、あれくらいやったほうが、スッキリする」
壊れた屋台、野次馬、焼け焦げた石の地面。
無茶苦茶するなぁと、ロッテは思った。
ロッテは、カナエを見上げた。
あれ、と思った。
今までマスターだと思っていた、ひょろっこい変な人が、なんだか、違って見えるのだった。
「マスター!?」
「何だよ」
「な、なんでもない、けど……」
「――まぁいいや。さて、俺はこれから、グレムリンネストでも行ってくるかね」
「私も行く!」
「え? いつも嫌がるじゃないか」
「それは、だって、マスターがいっつも私ばっかりに戦わせるから……」
「いっつもって、そんなに狩りなんて、一緒に行ってないだろ」
「だから、私も行くの!」
「あぁ、そう……。ま、今日はちゃんと戦うよ。他に誰がいるでもなし、ロッテ一人じゃ、不安すぎる」
「それ失礼だよ!? 私、150万Mのソーサラーなんだから!」
「はいはい、すごいすごい」
「あぁ、馬鹿にしたぁ!」
「してないって――」
言い合いながら、二人はゲートを目指して、並んで歩いた。




