52 ヘッドハンティング
ロッテの〈ダイアル・レイ〉が、正式に、ソーサレスのスキル辞典に追加された。
どのクラスでも、スキルの九割以上は、運営のスキル研究室で開発されるが、稀に、プレイヤーがスキルを開発することもある。
今回のロッテのケースは、まさにそれだった。
開発者にロッテの名前が記され、懸賞金として1000万Mが贈られた。その有用性などによっては、今後さらなるボーナスが支払われる。
一躍有名になったロッテは、そうして方々のクランからスカウトを受けるようになった。
「んふふ~、困っちゃうなぁ~」
最近はそんなこんなで、ずっとご機嫌なロッテである。
〈美の広場〉のベンチで、カナエとロッテは、並んでクレープを食べていた。かつて(と言っても一月前の話だか)5000Mもしたクレープは、今では1200Mという、非常にリーズナブルな価格で購入できるようになった。
「なんだよ、またスカウトされたのか」
「うん」
子供らしい無邪気な喜び方をするロッテだった。
「月150万Mだって!」
「おぉ……」
モンスターハウスを禁止されたカナエは、今やこれといった金策の手段を持っていなかった。エトワへの借金は全て返済したが、貯金は今でも少ないままである。
「マスターは、スカウトされたことないのぉ?」
「あるよ」
「引き抜き?」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ……。――引き抜きのスカウトも、あるにはあったよ」
「受けた?」
「いや」
「なんで? あ、いくらだったの?」
「50万Mくらいだよ」
「そうなんだ」
ちょっと得意そうな顔をしたロッテに、こいつめ、と思うカナエだった。
「いや、50万Mなんて、昔の俺には大金だったんだぞ」
「マスターって、強いんでしょ?」
「え?」
「エトワさんが言ってたよぉ。あと、リアムも」
「あぁ……」
「クエストやらないの?」
「やる時もあるよ」
「マスター、イン時間長いのに、もったいないよ」
「ははは、忠告ありがとう」
カナエは、クレープを口の中に突っ込み、もごもごと噛んで、飲み込んだ。ロッテに心配されるなんて、マスターとしてそろそろまずいかな、と少し本気で思うカナエだった。
「マスター」
「うん?」
「私が、他のクランに行くかもしれないってなったらどうする?」
ロッテは、何気ない調子を装ってカナエに訊ねた。
いつもやられっぱなしだから、たまには焦らせてみたいという悪戯心と、どういう反応をするのかなという好奇心、そして、胸の内にあった微かな不安が、ロッテをしてその質問をさせたのだった。
「それはダメだ」
思ってもみない即答。
ロッテは目をぱちくりさせた。
「お前は、どこにも渡さないよ」
「え、ええっ!? な、なんで!?」
「何でもなにも……――ロッテ、どこか行きたいのか?」
「別に、そういうわけじゃないよ! ただ、ちょっと訊いてみただけ!」
ロッテが一人、変なドキドキを感じていると、二人のベンチに、数名のプレイヤーがやってきた。法衣を纏った男が二人に、ゆったりしたワンピースドレスの女が三人。
ロッテは、彼らを知っていた。
ロッテをスカウトしているクランのうち、最も熱心なのが、彼らだった。〈ソーサリオン〉という、ほとんどソーサラーのみで結成されたクランで、カナエの現役時代からあった老舗である。
「やぁ、ロッテ。この間は、お話を聞いてくれてありがとう」
羽根つきの帽子をかぶった、穏やかそうな男が言った。
羽根つき帽子は、次にカナエに目をやった。「二人の関係は?」という質問を含んだ視線を、ロッテに向ける。
「こんにちはぁ」
ロッテは五人に向かってほんわりと挨拶をして、それから、皆の視線に気づいて、口を開いた。
「あ、私のクランのマスターだよ」
「あぁ、これはこれは――」
羽根つき帽子が甘い笑みを浮かべながら頭を下げた。
カナエも、軽く会釈する。
「私はケネス、〈ソーサリオン〉のマスターです。貴方の事は、ロッテから聞いています。名前は確か――」
「カナエです」
「そうでした、カナエさん。――彼女は、素晴らしいですね。あ、彼女と言うのは、ロッテのことですよ? いやはや、とてももったいない」
ケネスのもったいぶった口調に、カナエはイラ立ちを覚えた。
「何がもったいないんですか」
「才能のあるプレイヤーには、それにふさわしい場所というのが、あると思ってね」
「俺のクランのことを言って――」
「例えば、私のクラン〈ソーサリオン〉には、メサイヤ・オンライン屈指のソーサラーが集まっています。一流のソーサラーです。資質を持った者同士が、日々研鑽を重ねている。そこには、ありがちな、嫉妬というものはない。なぜなら〈ソーサリオン〉のメンバーは誰もが、嫉妬される側の人間であるから」
いかにもな笑顔を作る羽帽子のケネスを、カナエは腕を組んでじっと見据えたが、やがてそれもばかばかしくなって、小さく笑うのだった。
「お分かり、いただけたかな?」
「貴方の考えは解った。別に聞きたかったわけでもないけどね」
「実は、ロッテを招待している。私のクランにね。まだ返事は貰っていないが、彼女にとって何が良いのか、賢明な貴方ならわかるはずだ。貴方は、この子を引き留めるべきではない。同じクランの、マスターとして、助言しよう」
「いや、ロッテはまだ、俺のクランのメンバーだ。他人にとやかく言われる筋合いはないよ。それが、大手クランのマスターからの、ありがたい助言だったとしてもね」
ケネスは、一瞬真顔になったが、すぐにそれを、偽物の笑顔で取り繕った。
鼻腔が開いているのを見て、カナエは、してやったり、と思った。
「彼女を引き留める権利は、誰にもないはずだ。何しろこのゲームは、自由なのだから」
ロッテは、喧嘩になりそうな二人の横で、おろおろしている。
押しに弱いロッテのことだ、断るに断れないのだろうと、カナエは思った。
ケネスの後ろの四人は、蔑むような、あざけるような視線で、カナエを見ていた。
その視線にあてられて、カナエは、不敵な笑みを浮かべた。
「気を悪くするかもしれないが――貴方の所のプレイヤーは、二流だよ」
「何を馬鹿な――」
「試してみようか?」
ケネス以下、〈ソーサリオン〉のメンバーの目に、警戒の色が浮かんだ。
カナエの手が、ピンクの拳銃のグリップを握った。




