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50 ロールプレイ

 妖精は妖精でも、邪妖は悪さをする。

 寝ている人の顔に落書きする程度のものから、街を亡ぼすような重大なものまで、その悪さの度合いは、様々である。


 4月、アカウントの上限が30万から60万までに増え、大量の新規プレイヤーがメサイヤ・オンラインの世界にやってきた。王立の三つの町は少しずつ拡張され、建物もちょっとずつ大きくなった。


 ギルド会館のスタッフや妖精は、大忙しである。

 会館には連日、昼夜を問わず、プレイヤーが質問やらクレームやらのために、列を作っていた。


 ――その多忙に乗じて、会館のサポートカウンターに邪妖が入り込んだ。

 そして、あろうことか、建造物を壊すのが趣味という困ったプレイヤーに、『破壊者』などという称号を与えてしまったのだ。


 プレイヤーが、何かを達成すると、その「何か」に応じた称号が与えられる。

 ゴブリンを多く倒したプレイヤーには『ゴブリンハンター』や『ゴブリンスレイヤー』、モンスターハウスのSランクで10位以内に入ると『モンスターハウス・キーパー』というように、全部で三百種類以上の称号が、現在存在している。


 称号の多くには特典があり、例えば、『ゴブリンハンター』などの称号を持っている場合には、そのプレイヤーがハンティング系のクエストを達成した際の報酬が、数パーセントから数十パーセント上乗せされる。


 そのために、プレイヤーは「称号」を手に入れることに余念がない。

『破壊者』の称号の情報が掲示板に乗った数時間後から、街の建造物が、いわれもなく破壊され始めた。


 破壊された建造物は、一定時間経過後に元通りに修復されるから大きな問題はないのだが――修復できないものまで巻き込んで破壊するプレイヤーが、次々と現れたのだ。


 プレイヤーの店や露店。

 店そのものは直るが、そこで売られていた商品は永遠に失われる。一般にNPCと呼ばれるオブジェクト・パーソンは、倒されても一定時間で復活するが、同じNPCとして扱われている妖精は、倒されるとその個体は、二度と復活しない。


 キュイイイン――バババババ!


「ひゃっはー逃げろぃ!」


 導入されたばかりの新兵器、ボット01――通称〈ホバーガトリング〉、略称〈ホバガト〉が、街中を走り回っている。浮いているから「走る」という表現が正しいかはわからないが、彼らは、器物損壊の罪を犯したプレイヤーを、狩ってまわっていた。


 プレイヤーもプレイヤーで、ホバーガトリングから逃げるのを楽しんでいた。

 わざとホバーガトリングを出現させて、集団で戦い始めるパーティーも現れはじめ、街の端々に無法地帯ができている。


「――それで、どういう対応をとるんですか?」


 ホバーガトリングが横切るのを見送りながら、カナエはVC先のケイに質問した。


『運営は今後誰にも〈破壊者〉の称号を与えないことにしました。そうすればみんな、あれは最初のプレイヤーだけの称号だった、とか何とか都合よく解釈して、騒動にも決着がつくと思います。カナエさんは、どう思いますか?』


「そうなると思います。物を壊して、取れるか取れないかもわからない称号なんかを狙うより、他のコンテンツで遊びますよね普通」


『まぁ、そうですよね。ただ、カナエさんには一応――〈ピクシー・ガーデン〉に行ってもらいます。用心棒として、主に妖精を守ってほしいんです』


「妖精ですか」


『今荒れてるんで、何が起こってもおかしくないですからね』



 〈ピクシー・ガーデン〉に訪れたカナエは、最上階の、全体が一望できる席に着いた。吹き抜けになったこの店は、腰くらいの高さの柵から顔を出して下を覗けば、全部が良く見える。


 以前は四階までだったこの店も、今月のリミテッドリリースに伴う改築で、階数が6まで増えている。そしてまた、店の内装も変わった。「ロ」の字型の一つだった吹き抜けは、「日」の字型の二つの吹き抜けを持つようになった。


「お飲み物は、いかがですか?」


「遠慮しておきます。仕事中なんで」


「仕事中、でございますか」


 トレーの上にブランデーのグラスを乗せた猫紳士は、腑に落ちないような間を、言葉の間に挟んだ。カナエは、思わず笑ってしまった。

 そうだ、これ基本的に、普通はゲームなんだ。


「(仕事中って、何だよ――)」


 自分がずいぶんおかしなことを言っているのに気づき、カナエは猫紳士に言い直した。


「やっぱり貰います」


「はい。では、ごゆっくり」


 銀貨一枚をトレーに乗せ、ブランデーのグラスを貰う。

 一階のステージにはロックバンドがいて、ノリの良い曲が流れ始めた。アマチュアとは思えないエレキギターにドラム、ボーカルが歌い始める。

 

 ――お前本当にすごい奴だよ

 ドラゴンの爪を枕に眠り、エルフのねーちゃんを侍らせて

 100年の呪いを解いたのは 今世紀じゃお前しかいないだろうな

 俺は盗賊だから せいぜいお前の栄光をすげ取るさ

 おいやめてくれよ 俺が馬車なんて

 凱旋パレードなら 俺抜きでやってくれ――


 アマチュアのレベルを超えていると、カナエは思った。


 メサイヤ・オンラインには、プロになりたい、今はまだ売れていないミュージシャンも、こういうライブを目的にアカウントを取ったりしている。運営の統計では、プレイヤーの3割は、ゲーム本来の目的以外の遊び方でこのゲームを楽しんでいる、「エンジョイ勢」であると出ている。


 彼らがプロになれるといいなぁと思いながら、カナエは金貨を出して、ステージの下に置かれた賽銭箱に、投げ入れた。金貨は空中でキラリと一瞬光って、賽銭箱の中に入った。


 ボーカルの若い男が、カナエにサムズアップを向けた。

 カナエは、ブランデーを煽ると、店の見回りを始めた。

 その日は、〈ピクシー・ガーデン〉で騒ぎが起こることもなく、三曲、四曲歌い尽くしては次にバトンタッチする新進気鋭のロックバンドは、その演奏が止めることはなかった。


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