04 試し撃ち
プライベートルームを購入したカナエは、そのままふらっと、アイテムモールに立ち寄った。メサイヤ広場の一画、その建物は、駅前の大手家電量販店のような、巨大なビルである。
このゲームの売買のほとんどは、この、アイテムモールで行われる。
アイテムモールにはアイテム鑑定所があり、モールで売られているアイテムは、全て鑑定済みの品である。アイテム数が非常に多く、また、普通のプレイヤーにはよくわからないアイテムが多いこのゲームでは、皆、プレイヤー同士の取引における詐欺や模造品などを掴まされるのを嫌うのだ。
その点、アイテムモールは確実である。
道具なら、ちゃんと店員がその道具の使い方や効果を実演して見せてくれ、武器や防具なら、TUルームで、気が済むまで試すことができる。
カナエは、武器売り場の九階にやってきた。
武器コーナーのマップに「銃」という文字を見つけて、吸い寄せられたのだった。
「おぉ……」
武器コーナーにやってきたカナエは、感動して声を上げた。
種類が増えている。当時は、銃など二種類か三種類程度しかなかったというのに、今は――十種類を超えている。
拳銃、マシンガン、スナイパーライフル、バズーカまである。
価格は――。
「高い……けど、どうだろう」
他のカテゴリーの武器に比べると、三割以上は安い感じである。それでも一年前までの価格の、10倍くらいになっている。銃という武器カテゴリーが、価値を上げたのだろうか。
「お探しですか」
ぱたぱたと、トンボのような4つの翅を背中にはやした妖精の従業員がやってきた。
「ちょっと久しぶりに、銃を見に来て」
「ガンナー様でいらっしゃいますか!?」
「ま、まぁ……」
今は水鉄砲しか持っていないけど、と内心呟く。
「やっぱり、少ないんですか、ガンナーって」
カナエは質問した。
妖精は苦い表情で答えた。
「そうですねぇ……銃は、ファッションとしてお買い求め下さるメサイヤ様はいらっしゃいますが」
「これ、全部ファッション用!?」
「戦闘で使ってる方は、あまりいないと思います。私も、ほとんど聞いたことがありません」
「そうなんですか……」
カナエは、何とも複雑な気分だった。
ガンナーばかりになったら、自分のアイデンティティーが崩れてゆく絶望に身をよじることになるだろうが、不人気すぎるというのも、悲しいものがある。
「ある時期とても流行ったことがあったんですけどねぇ。チャンピオンシップの優勝者様が銃を使っていたことがあって。でも、一過性のブームで終わっちゃいました」
「なるほどねぇ……」
つまり、戦闘スタイルとしてのガンナーは、相変わらず見向きもされていないというわけだ。
無理もない、というのがカナエの正直な感想だった。
ビギナーモブのゴブリンとかスライムとかビッグワームとかを倒すのに、一千発以上撃たなければいけない。そんなことを、二ヵ月も三か月もやり続けるプレイヤーなんて、普通はいないだろう。
「もし良かったら、試してみますか?」
妖精は、上目遣いにカナエに訊ねた。
実は、「銃」コーナーの撤去の話が、モールスタッフの中で出ていた。売り上げはほとんどなく、よって職人も銃を作りたがらない。ファッションアイテムとしてなら、そういう作り方をして、ファッション小物コーナーに置くべきだ、という意見が強いのだ。
武器モール九階担当の妖精は、それを少し残念に思っていた。
九階の武器は、基本的に不人気なものが多い。人気のある武器は、一階、二階の、下の階に集められている。九階は、別名「ゴミ武器コーナー」などと、呼ばれたりしている。そんな武器売り場を任された妖精は、次第にそういう、一癖も二癖もある、プレイヤーにはほとんど見向きもされない武器を、愛おしく思うようになっていた。
「試し撃ち、しませんか?」
「じゃ、じゃあ是非……」
「はい!」
妖精の妙な迫力に押されて、カナエは試し撃ちをすることにした。
いくつかの銃をカートに乗せ、通路奥の扉を開ける。扉を開けると、そこはモンスターハウスのような部屋になっている。TUルームである。
さて、とカナエはカートの銃を選んだ。
マシンガンやバズーカもあるが、カナエの食指は動かない。
先ず、手に取ったのは、オーソドックスな、黒い拳銃の二丁だった。ひんやりした鉄っぽい感触、適度な重さ、堪らない。
「モブのレベルと種類、数は、どうしましょう」
「レベルは、一番上がAだっけ?」
「はい」
「じゃあAで、数はまぁ、30くらいいればいいかな、種類は、ランダムでいいよ」
「あの、でも……Aレベルのモブは、結構強いですけど……」
「たぶん大丈夫」
妖精は、不安ながらもその設定で、モニターの「決定」ボタンを押した。
モブが出現する。
その群れに向かって、カナエは二丁の銃口を向ける。
そして――。
ダン、ダンン、ダン、ダンッ!
グオオアアア!
ウォォォ!
グガアアア!
数秒間の、嵐のような銃声。
そして、沈黙。
モブは、出現する傍から銃弾に貫かれ、消滅していった。
「えっ、ええぇぇーー!?」
妖精は、殲滅から一瞬遅れて、声を上げた。
銃の殲滅速度じゃない。
カナエは一度戻ってきて、今度はショットガンを手にした。
それを持って、部屋の中央まで歩いてゆく。
ショットガンは、一年前には存在していなかった銃だ。他のほとんどの銃もその頃には売られていなかったが、カナエは、かねがねショットガンを使ってみたいと思っていたのだ。
「もう一回お願いします」
「あ、は、はいっ!」
妖精は、カナエの声に、慌てて「開始」を押す。
モブが現れる。
その群れの中に、カナエは入ってゆく。
そして――。
バァァンッ!
――ゼロ距離射撃。
吹き飛ぶ魔物の肉体。
カチャ、バアアン!
バアアアン!
派手な銃声と共に、2、3匹の魔物が、宙を舞い、消滅する。
「あぁ、いいなぁ、これ……」
バアアアン!
バアアアン!
全てのモブを倒し、カナエは満足顔で妖精の元に帰ってきた。
「なっ……、どうやったんですか!? どういうことですか!?」
妖精は、若干パニックを起こしていた。
銃は、はっきり言ってしまえば、「弱い」のだ。だから人気が出ない。バズーカもショットガンもマシンガンも、銃というカテゴリーの武器の攻撃能力は、極めて低い。果物ナイフが10とすれば、銃は1にも満たないような火力なのである。
「いやぁ、これいいですねぇ、ショットガン。デザインも赤と黒で、いい感じに武骨だし、何より音と衝撃がいい」
カナエは一人頭を悩ましていた。
買うべきは、拳銃だ。水鉄砲は使いたくない。それなりに戦えるかもしれないが、あのレーザーのような発光が好きになれない。そしてあの、引き金を引いたときに、にゅるっとした感じ。ビー、ビーという電子音っぽい銃声も、全く好きになれない。
しかし、カナエはすでに、ショットガンに心を動かされていた。
二丁拳銃は当然メイン武器として使ってゆきたいが、今、使っていて面白そうなのはショットガンだ。ショットガン――価格は100万Mである。
「うーん……よし、これください!」
カナエは、オブジェクト化させた100万M――プラチナ金貨1枚を妖精に渡した。妖精はそれを、呆けたように受け取った。