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41 バニーボーイ

 森の中、カナエはオオカカポに乗って、滝に来ていた。

 名前もわからない無名の滝で、メサイオンからそう遠くはないが、わざわざ訪れるプレイヤーもいない。メサイオン周辺のフィールドマップは、一応あるにはあるが、ちょっとずつ変化するこの大地において、地図はあまりあてにならないのだった。


 カナエは滝に向かうと、その落水の下に敷かれた石の台に、仰向けに寝そべった。二日に一遍くらいの頻度で、カナエはこの滝行をしていた。


 滝に入る前は、木の上から大の字のまま地面に落下する紐なしバンジー。それの前には、タンポポのような野草の前に座り、手をかざして、その花を右に左に、そよ風になった気分で揺らしていた。滝行のあとは、締めの体操をする。


 ――この一連の儀式は、カナエにはもう、癖のようなものになっていた。


 そろそろ滝行を終えようか考えながら、うとうとしていると、森の中にブブゼラのような音や、ラッパのような音が入り乱れて聞こえてきた。音は、だんだん滝に近づいてきていた。


 パキパキッと、枝が折れる音がした。

 人の気配だ。

 カナエは落ちてくる水の中から、そっと、その気配のする方を覗いてみた。


 男か女か判断のつかない、華奢な体つきのプレイヤーが滝の傍にやってきていた。背は低めで、布の服に布のローブを纏っている。服装からすると、ビギナーだ。振り返り、振り返りながら、音に追い立てられるように、よろよろ歩いている。


 ――転んだ。

 ビギナーが手に持っていた、大きめの魔石が、柔らかい土の上に転がった。


 ブオオオオン!

 ブブブブババババア!

 プフォープフォオオオン!


 何の好調性もない大きいだけの音が、嵐のように訪れた。


「おい、待てよゴルァ!」


 後ろから、バッファローのような獣に跨った、無数の人影が、爆音とともにやってきた。ビギナーは、あっという間に、追っ手に囲まれてしまった。


 追っ手は皆、何のためかよくわからないトゲトゲした革ジャンを着ていた。ごつい男はどこまでもごつく、細い男はナイフのように鋭い。顔やら肩やら腕やらにタトゥーを入れ、耳や鼻や、舌にピアスをつけている。


「へいへい、そんなに嫌がんなくてもいいだろ、なぁ?」


「ちょっと遊ぼうぜ」


「まずそれをよこしな」


 どこからどう見てもワルである。

 やっぱり同じワルでも、外国産のワルはレベルが違うなと、カナエは思った。

 騎獣も、上に乗っているプレイヤーに似るのか、ぎょろっと開けた目は意味もなく血走らせている。


 ビギナーは、怖くて立ち上がることもできないでいる。その様子を見て、ワルたちはゲラゲラ笑い合うのだった。


「おい、可愛いツラしてんじゃねぇか」


「そんなこと、ないです……」


 消え入りそうな声で応えるビギナー。

 取り落とした魔石さえ、拾えずにいる。


 ワルの一人、丸顔のがっちりした体格の男が、騎獣から降りて、ビギナーの前に出た。ビギナーは、いよいよ覚悟を決めたのか、立ち上がった。


「ヒューヒュー!」


「ゴードン、やっちまいな!」


 ヴォオオオ、ヴォオオオと吠える騎獣。

 ブブゼラっぽい楽器やらラッパのような楽器やらで囃し立てるワルたち。

 ゴードンと呼ばれたその男は、トロールの首でも斬り落とせるようなバスターソードを出現させた。


 華奢なビギナーも、変身した。

 ――ソーサラーだった。


「ええっ!?」


 カナエは、思わず、変身したそのプレイヤーを見て、声を上げてしまった。

 一言でいうなら、ビギナーの変身した格好は「バニーちゃん」だった。しかも、ただのうさぎコスではない。かなり豪華に装飾された、黒うさぎのコスチュームである。


 指付きの黒いニーソックスに黒ビキニ。トップスとパンツには、ふわふわした黒いフリルが付いている。パンツの後ろ側には、その腰の下あたりに、ふんわりした白い尻尾が付き、肘までのロンググローブの掌には、兎のような肉球まである。手首と足首、そして首には、これもまたふわふわした黒い毛の飾りが付いている。


 極めつけは、その頭についた、黒い兎の耳だった。

 ワルたちのテンションが、一気に上がる。

 黒ウサギは、顔を真っ赤にして、もじもじしている。


「楽しませてくれるらしいぜ!?」


「いいねぇ、俺は好きだぜ、そういうの」


「かわいいバニーちゃんだぜ、ひゅーひゅー!」


 騒音の中で、そんな言葉が無遠慮に投げつけられる。

 仕方がないと、カナエは滝行をやめにして、池を出た。そのままワルの輪に近づき、無言のまま、不意打ちで二人のワルを倒して、輪の中に入った。


「なんだ! どういうつもりだテメェ!」


 突然やってきて仲間をPKした、びしょ濡れスーツの男に、ワルたちは、一斉に敵意を向ける。うさぎっ子に向けていたのとは違う、本物の敵意だ。

 カナエは、うさぎっ子の前までくると、ぐるりとワルたちを見まわした。


「おい、そのうさちゃんは俺たちと遊んでるんだ。テメェは、帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな」


 誰かが言った。

 カナエの童顔を見ての悪口である。ワルたちは爆笑したが、カナエも負けじとやり返した。


「すごいな! 言葉が話せるとは思わなかった」


 真顔になったワルたちが、騎獣から続々と降りた。


「舐めるなよこの童貞野郎。思い知らせてやる」


 剣に槍に斧。

 皆、クラスはベルセルクである。


「楽しみだな」


 カナエは、右手を広げた。

 アイテムスロットからショットガンが召喚された。グリップを握り、一人目の獲物に銃口を向ける。



「覚えてやがれ!」


 月並みな捨て台詞と共に、生き残ったワルたちが騎獣に跨った。騒音をまき散らしつつ、森の中に消えてゆく。

 戦いは、カナエの勝利ですぐに幕を閉じた。


「ありがとうございます」


 黒うさぎっ子は、キラキラした目でカナエを見上げた。

 あざとすぎるコスチュームだが、よく似合っている。似合う、というのもおかしなことだが、要するに、可愛かった。


 ソサの聖約霊装は他のクラスに比べて断トツで数が多く、中には黒うさぎのような、ちょっとアレなセットもいくつか存在している。しかし、ここまでのものがあったとは、カナエも知らなった。


「ビギナーさん?」


「はい。先週始めました」


「それにしては、良くそのセット買えたね」


「ビンゴ大会に参加したんですけど、その景品で、貰いました」


「あぁ」


 先日行われたミニゲームイベントだ。

 モールの処分品を景品に、多数ミニゲームが行われたらしい。カナエは、それどころではなかったので参加していなかったが、なるほど――さすがにこの黒うさコスチュームの聖約霊装は、売れ残っていたらしい。


「あの――あ、僕はリアムって言います。もし良かったらお名前を――」


「うん? 君は……男の子?」


「はい!」


 と、元気よく答えたリアムは、自分の格好に気づき、慌てて変身を解除した。顔を真っ赤にして、手を胸の前でぎゅっと握った。


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