35 料理失敗バグ②
クランホールの中は、魔物で溢れていた。
数十分間全く攻撃を受けず、〈ヴィクトリア〉のメンバーのいる庭から扉一つで分断されたホール内部の黒炭モブは、増殖を続けていた。
まるで、ギズモのように。
――そこへ。
正面玄関の扉を開いて、カナエが踏み込んだ。
黒炭モブの無数の目が、ギロっとカナエを睨みつけた。
「いっちょやるか」
カナエは、手をグーパーに開いて、すうっと深呼吸をした。
一番近くにいたゴブリン型の黒炭モブが、鋭い爪でカナエに飛びかかった。カナエは飛びかかってきた黒炭ゴブリンの頭上に跳び、その背中に手を付いた。馬跳びの要領でさらに高く飛び上がったカナエは、そのまま体を捻らせながら回転し、ショットガンを出した。
馬跳びの下になった黒炭ゴブリンは、地面に打ち付けられて絶命した。
カナエを見上げる大量の黒炭モブに、カナエはショットガンの散弾の雨を降らせた。
階段に着地したカナエは、目にもとまらぬ体捌きとショットガンの連射で周囲のモブを弾き飛ばした。
宙を舞う黒炭モブ。
カナエにはスローモーションのように映っていた。
その目は、すでに次の獲物を捉えている。
光と銃声。
一瞬の攻防。
瞬く間に、フロアに黒炭モブの絨毯が敷かれた。
――沈黙と静寂。
踊り場の花瓶が床に落ちて割れた。
銃弾を受けた黒炭モブが、音もなく、次々と消えてゆく。
「ふぅ……」
と、カナエが気を抜いたのもつかの間だった。
扉という扉が開いて、各部屋にいた黒炭モブが、一気になだれ込んできたのだ。
「全く、どんなバグだよ……」
呟くと、カナエは再びショットガンのトリガーを引いた。
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GMオペレーションルームには、声と映像が飛び交っていた。
あらゆるモニターは、三つの町の黒炭モブと、それと戦うプレイヤーやGMを映し出している。
「アゼリア、殲滅率80パーセント超えました」
「グラノーベル、殲滅率間もなく90パーセント」
「アゼリアとグラノーベルにはそれぞれ3人残して、後片付けだ。他は皆、メサイヤに招集。メサイヤの殲滅率は?」
「60パーセントを超えたくらいです」
「よし、そのまま鎮圧だ」
GM部GM統括――白髪短髪のその男ライデカーは、腕を組んで、じいっとオペレーションルームを見まわした。
「ライデカー、調子はどうですか?」
統括にそう話しかけたのは、総務部部長ロトだった。職員からはもっぱら、〈ジェネラル〉と呼ばれている。
「もうじき終わる。いったいどうしてこんなことが」
「直接の原因は、グレムリンです」
「グレムリン?」
「何かを作るのに失敗すると、邪精が生まれる。それが一個の個体として現出したものをそう名付けることに、さきほど開発センターで決まりました」
「なぜこれほどまでに膨れ上がった」
「3月にはイースターやひな祭り、ホワイトデー等のイベントがあります。それに向けて、大手クランはこぞって大規模な料理研究を始めました。その結果、大量の失敗から、大量のグレムリンが生まれた、ということです」
「これは、続くのか?」
「予防措置はとります。ここまで大規模なバグにならないように」
「GM部としては一向にかまわない。ちょうどいい模擬戦だ。各エージェントにも、刺激になっていい」
「まだまだ余裕ですか」
「そのためのGMだからな」
「頼もしい限りです」
総務部部長はそう言い残して、オペレーションルームを後にした。
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カナエは、屋敷の黒炭モブを残らず倒して庭に戻った。
庭のモブも、ほとんど狩り尽くされていた。庭の真ん中では、ロッテが、〈ヴィクトリア〉の面々に囲まれて、質問攻めに合っていた。
面白いのは、〈ヴィクトリア〉のプレイヤーの格好だった。それぞれ戦闘フォームは解いていて、男はステレオタイプの執事服、女はメイド服を着ていた。どうやら、そういうクランらしいとカナエは悟った。
「ケイさん、〈ヴィクトリア〉、片付きました」
『え、早くない!? ああ、ええと――もう収集つきそうだから、あとは大丈夫です』
ケイとの短いVCが切れた時、ロッテは庭に戻ってきたカナエを見つけた。
ロッテは〈レビテーション〉で人の輪を飛び越し、カナエの背中に隠れた。
カナエは、ロッテを茶化すように言った。
「なんだよ、もうちょっと注目されてればよかったのに」
「だって、こんな格好だし……」
「いいじゃん、魔女っ娘だろ」
「良くないよ! 恥ずかしいよ!?」
こんなコスプレ会場みたいなところで、恥ずかしいも何もないだろうとカナエは思った。執事とメイドたちが、カナエとロッテのもとにやってきた。
「あんたが彼女ンとこのマスターさんか!?」
執事服の男が質問した。
男は皆執事服だが、服装と口調が全然あっていない。女性プレイヤーも、メイドにしては活発すぎる印象がある。
「彼女可愛いわね! どこで知り合ったの?」
「ねぇ、二人ともうちに来ない?」
「マスターを勧誘するなよ」
カナエは笑いながら応えた。
「マスターのほうも可愛いわよ!?」
「可愛い!」
「ぷふっ……マスター、可愛いって」
「ロッテ、あんまりマスターをからかうなよ」
そう言ったカナエだったが、他からはどう見ても、カナエは童顔だった。彼らのメイド服や執事服も似合っているとは言えないが、カナエの童顔に対して黒いロングコートというのも、大抵ちぐはぐだった。
「服、服だけ作らせて!」
「俺は着ないよ」
「じゃあ、ロッテちゃんだけでも!」
「え、私!?」
「近々、服屋を出店するの。ロッテちゃん、モデルになってくれないかな?」
「私がぁ!? でも――」
ロッテは、カナエを見上げた。
「いいんじゃないか? ロッテ、可愛いんだし」
ロッテは、顔を真っ赤にして俯いた。
「あ、ごめんね、名前言ってなかった。私はここのマスター、シフォン。よろしくね」
シフォンはそう言って、カナエとロッテにフレンドリボンを渡した。




