34 料理失敗バグ①
カリカリカリカリ……。
カリカリカリカリカリカリ……。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリ……。
ガチャ――。
「マスタぁ! クレープのお金ちょうだぁーい!」
「……ロッテ様。あの、明日まで待ってもらって良いでしょうか……」
「ダメー、約束でしょぉー?」
「ううっ……」
所持金、-5万M。
カナエは、エトワに借金をしていた。ロッテのクレープ代を払う財力は、今のカナエには無かった。
「(早く金、返さないとなぁ……)」
と、カナエはそう思いながらも、今はそれができなかった。
GMの社内試験のための勉強である。テストで30点以下を取ってしまうと、GM資格をはく奪される。つまり――クビである。一方で、80点以上をとると給料が上がる。
ログインという名の出勤。
そしてプライベートルームに閉じこもり、テスト勉強。
カナエの日課だった。
テストまで、一週間を切っている。
「マスターって、そんなにお金ないのぉ?」
ほわわんとした声で、ロッテが質問する。
カナエには、残酷な質問だった。
現在、カナエはクラン内ぶっちぎりの大貧民である。大富豪はエトワで、もともとかなりの財産を持っていたのに加え、今はポーションで大儲けしている。本人にその自覚は全くないが。
次にロッテ。
先日のクリムゾン・アシュラゴブリンの落とした緋色の鉱石が、何と150万Mで売れた。鉱物は、陽輝銅だった。よってロッテは今、懐がとても温かい。
「ないよ、お金……くっ、とんだ小悪魔だぜ……」
「約束したのマスターじゃなぁい」
「はい、すみませんでした」
「……そんなに試験、大変なの?」
「大変なんだよ」
なにしろ、点数が取れなければクビである。人生がかかっている。受験などしたことのないカナエにとっては、とりわけ大変だった。ちなみにクランメンバーの二人には、リアルの大学の試験だと説明していた。
「ふーん」
「まぁ、ふーんだよね……」
と、カナエが再び本に視線を落とした時だった。
ケイからVCが入ったのだ。
『カナさん、緊急事態!』
「どうしたんですか?」
『例の料理バグで、町が大変なことになってます!』
例の料理バグ。
カナエは数日前、ケイから2月のアップデートで出現したバグの事を聞いていた。その最も代表的で、頻出しているのが、通称「失敗料理バグ」と呼ばれているものである。公式には、「そういう仕様」ということにしているが、実際は、運営が取り切れなかった「バグ」である。
「どういうことになってるんですか?」
『とりあえず、〈ヴィクトリア〉のクランホールに向かってください。場所は、マップに出しておきます』
「こんな時にもう……」
カナエは、本にしおりを挟んで立ちあがった。
「お勉強やめるの?」
「ロッテ、一緒に来るか?」
「どこ行くの?」
「緊急のクエストが入った」
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クラン〈ヴィクトリア〉。
クラン総合ランキング40位の大手である。クランホールはメサイヤ広場に近い第三区画にある。
プライベートルームを出ると、早速魔物を発見した。黒炭のような肌の、狼や人型、ゴブリン型、様々な容姿のモブが通りを徘徊している。プレイヤーがそれらのモブと戦っている。
戦闘は町のいたるところで起きていた。
闊歩する黒いモブを無視して、カナエとロッテは、わけがわからないまま、〈ヴィクトリア〉のクランホールに向かった。
たどり着いたそのクランホールは、まさに、城だった。
厳密には、カントリーハウスという方が近い。
広い庭に、石造の豪奢な屋敷。
観光名所のような、立派な外観。
しかし今、その庭には黒炭のモブが溢れかえっていた。〈ヴィクトリア〉のクランメンバーと黒炭モブが、入り乱れて戦っている。
「ケイさん、これ、モブと戦えばいいんですか?」
『あぁ、着きました!? ええとですね、敷地内のモブは、互いに強化し合ってます。とにかく短時間で、一気に倒してください』
「めたもるふぉーぜ!」
ロッテが虹色の魔女っ子に変身する。
「ロッテは庭のモブだな。できるだけ早く、一気に片付けるんだ」
「またマスターは戦わないの!?」
「いや、今回は戦うよ。俺は建物の中だ」
そう言うなり、カナエは柵を飛び越えて庭に入った。ロッテも『レビテーション』でそれに続く。
「くっ……キリがない!」
「な、なんか来たぞ!?」
「援軍よ! 何あの子! かわいい!」
ロッテは、トロールの形をした大型の黒炭モブに急襲をかけた。
13の〈フォトンレイ〉――カナエによって〈ダイアル・レイ〉と命名されたそれは、黒炭トロールの無防備な背中に命中する。雪の結晶を散らしたような粒子が虹色に輝いて、弾ける。
黒炭トロールは、前のめりに倒れた。
「おぉ! ええ!? ロリっ子!」
「なんてかわいいの! 助けに来てくれたのね!」
「オーマイゴッド! 信じられない破壊力だ!」
黒炭トロールと戦っていたアーマーソルジャー、ソーサラー、ベルセルクが、魔女っ娘ロッテの登場に声を上げた。起き上がったトロールに、ロッテは再び〈ダイアル・レイ〉をお見舞いした。
黒炭トロールを斜め45度に見下ろしながら、ひたすら〈ダイアル・レイ〉。
ロッテの攻撃は、容赦なかった。黒炭トロールを倒した後は、ロッテはそのまま宙を飛んで、庭の黒炭モブを倒して回った。




