32 ゴブリンネスト②
カナエは、オプションウィンドウを開いた。
不便かな、ネストのマップというものはないが、その変わりに、今いる地点のネストエリアランクを確認することができる。
ネスト中心部のエリアランクはA+。それを取り巻くように、A、B+、B、C、D……とエリアが続く。
カナエは、自分たちが現在、Bランクエリアにいることを確認した。
どのネストでも、Bランクエリアといえば、大体ネストの五合目にあたる。CランクとBランク、評価上は1ランクしか違わないが、Bランクエリアになると、出てくるモブは一変する。
Cランクエリアには、最も強くてBランク級のモブまでしか出現しないが、Bランクエリアからは、B以上のどのクラスのモブも出現する可能性がある。PT推奨とPT必須の境目のエリアである。
モブとの遭遇率も、Bランクエリアからぐっと上がってくる。
全身にトゲを生やしたトゲゴブリン。
体の部分部分がスライムになった、スライムゴブリン。
目からビームを放つ一つ目の、ロプスゴブリン。
一癖も二癖もあるゴブリンが、続々と出現した。どのゴブリンも、そのサイズは人間よりも大きくなっている。
「はぁはぁ……どうして……どうしてマスターは闘ってくれないのぉ!」
魔法少女ロッテの不満が爆発した。
爆発しても、可愛らしいロッテであった。
「すごいすごい。ここまでほとんどソロだよ」
「嬉しくないよぉ! エトワさんいなかったら、とっくに死んでるよ!?」
「まぁまぁ」
「まぁまぁって何!? まだ私に戦わせるの!?」
頷くカナエ。
そのあたりは、GMとして冷徹に仕事をするのであった。
「死ぬまで、戦ってもらおうかなぁと思って」
絶句するロッテであった。
エトワも、驚いて目を真ん丸にしている。二人から見れば、カナエは、残酷で冷徹な極悪マスターだった。
「なんで、私が何をしたって言うの……何の罰ゲームなの……」
ロッテが落ち込んでいても、モブはやってくる。
プレイヤーの匂いを嗅ぎつけた「大物」が、近づいてきた。
その気配に、三人は立ち止まった。
木々をなぎ倒しながら、ソレはやってきた。
蜘蛛のような6つの脚に胴体が乗り、胴体からは6つの腕が生えている。顔は前後左右に四面ある、そんな魔物。――アシュラゴブリンである。しかも、ただのモブではない。鮮血のような赤いオーラを纏っている。
モブの中には、赤や青等のオーラを纏ったのがいる。モンスターハウスのSランクのモブも赤いオーラを纏っているが、ネストのそれは、同じ赤でもその濃度が違う。
赤いオーラを纏ったモブを、クリムゾンモブという。それを纏ったアシュラゴブリンは即ち、〈クリムゾン・アシュラゴブリン〉と呼ばれる。オーラのうちで「赤」――〈クリムゾン〉の意味するところは、「攻撃性」や「凶暴」といった単語である。
クリムゾン・アシュラゴブリンは、四つの口をぐわっと開き、四重の声で吠えた。
ロッテは、ふるふると首を振って、カナエの後ろに隠れ、きゅっとそのローブの裾を掴んだ。
ゲームだが、恐怖は本物である。
「ロッテ、ほら、来たよ」
「本当に無理です、無理です!」
「まぁまぁそう言わずに。ちょっとだけ戦ってごらん」
「いやぁぁああ、無理っぃぃぃ!」
アシュラゴブリンは、口から光線のようなブレスを放った。
ロッテはそれを、宙に舞って避けた。
光線は、カナエの身体に直撃した。爆発、煙が舞う。折れた枝葉が舞い上がる。アシュラゴブリンは、宙に逃げたロッテに飛びかかった。
「いやぁあぁぁ!」
ステッキを無茶苦茶に振り回しながら逃げるロッテ。
追いかけるアシュラゴブリン。
アシュラゴブリンは、図体のわりに素早く、ロッテを簡単に逃がしてはくれなかった。長距離、中距離に逃げれば、口からのブレスと手の平にある目からの光線で滅多打ちにされる。
「いやぁぁぁ! あっち行ってぇ! なんで私なのぉぉ!」
叫ぶロッテ。
エトワは、煙を魔法で吹き飛ばし、重傷を負っているであろうカナエのもとに駆け寄った。
「逃げるより戦った方が助かるぞ、ロッテ」
煙の中から出てきたカナエは、ローブについた葉っぱや煤を払っていた。
ブレスがぶつかる寸前、ショットガンを出し、その一撃でブレスを相殺していた。
「無理だよぉ! こんなの倒せるわけないよぉ!?」
「俺は助けないぞ?」
「なんでぇ!? マスターでしょ!?」
光線、爆発。
ロッテ、泣きそうになりながらも回避。
「カナエ様、これはあまりにも……」
ネストに入る前に、エトワはカナエから、今回のネスト攻略の趣旨を聞かされていた。「ロッテの力を知りたい」から「極力助けないでほしい」、そう言われていた。
しかし、心根の優しいエトワは、これ以上ロッテとクリムゾン・アシュラゴブリンの絶望的な戦いを放ってはおけなかった。
「ロッテ、ご褒美は何がいい?」
「何の話!?」
「そのゴブリン倒したら、ご褒美をあげるよ」
「倒せないって!」
「クレープ一ヶ月分とかどう?」
「そんなもので私が――一ヶ月分!?」
ロッテの目が変わった。
カナエは続けた。
「そう、一ヶ月分だ。1日3食計算で、90個のクレープ。いや、切り良く、100クレープでどうだろう?」
ロッテ、急反転。
向かってきたブレスを〈フォトンシールド〉で防ぐ。このシールドの形はソーサラーによって違い、ロッテのシールドは、星型だった。難易度は☆2つ、ソーサラーの基本的な防御スキルである。
「クレープ、100個……一ヶ月分……」
ゴブリンと、空中で対峙するロッテ。
いよいよ、戦いのゴングが鳴る。
やる気になったロッテを見ながら、「なんてちょろいんだ」と、カナエは思うのだった。




