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30 ロッテと鬼ごっこ

「ロッテ、待って! 話を聞いて!」


「な、何なのあの人ぉぉ!」


 川沿いを、逃げるロッテ、追うカナエ。

 カナエの後ろからは、少女を守るために結成されたPTのプレイヤーたちが、カナエの背中に罵声を浴びせつつ、爆走している。


「ロッテ! 違うんだって! うちのクランに入ってほしいだけなんだって!」


「間に合ってますぅっ!」


「いや、君は解ってない! お願いだから!」


「うわぁぁん! 何なの! なんでそんなに必死なのぉぉ!」


 走る、走る、走る。

 カナエとロッテの、物理的な距離はどんどん縮まる。


「いやあぁぁあ! めたもるふぉーぜぇぇぇ!」


 ロッテが叫んだ。

 ロッテの身体を、虹色のオーラが包み込む。

 そして――ひらひらした虹色衣装の魔法少女が誕生した。虹色に星のついたステッキを握り、魔法少女ロッテは、地面をぽんと蹴った。

 ――飛んだ。


「飛翔だと!?」


 ロッテは、近くの建物の屋根の上に着地した。

 ここまでは来ないだろうと、ロッテはカナエを見下ろし、ほうっと息を着く。

 カナエは立ち止まり、屋根の上のロッテを見上げた。


「もう、わかったでしょ!? 追ってきても無駄だよ!」


 ロッテが、精一杯大きな声を出して、カナエに言った。

 いわゆる、〈レビテーション〉というソーサラーのみが習得可能な、難度の高いスキルである。


 カナエに追いついた少女親衛隊のようなプレイヤーたちは、カナエの肩に手を置いた。


「諦めろよ。レビテーション持ちを捕まえるなんざ、無理な話だ」


 だがカナエは、諦めるどころか――笑っていた。


「ロッテ! ゲームをしよう!」


「ゲーム!?」


「3分間、君が逃げ切ったら、クランにいれるのは諦める。でも俺が、君を捕まえることができたら、クランに入ってもらう。どうだ?」


「諦めないの!?」


「俺は、武器を使わない。君を攻撃しない。君は、俺に攻撃しても構わない。範囲は、この町の中。さぁ、どうだ!」


「うう……。わかった、いいよ。その勝負、受けて立つわ!」


「よし」


 カナエは、にやりと不敵な笑みを零した。

 小学生時代、鬼ごっこの鬼として「タッチ」というあだ名で呼ばれていた。小中高と、常に選抜リレーのアンカー。各年代の体操の大会では全国を経験し、高校と大学は、実は体操推薦で入った。TPCというパルクールのサークルには、中学の頃から参加している。


「10秒数えたらスタートだ。いいな?」


「いいよ」


「イーチ、ニー、サーン、ヨーン……」


 カナエが数え始めた。

 ロッテは、屋根の上を、ゆっくり飛んで、一応、カナエから離れた。捕まるわけがないと、ロッテは高をくくっていた。なにしろ〈レビテーション〉である。高高度を飛ぶことはできないが、屋根の上くらいまでだったら、自由に上昇、下降ができ、スピードも、走るよりはるかに速い。


「ジュウ! いくぞ、ロッテ!」


 カナエは、駆けだした。

 建物の壁を蹴り、屋根の縁を掴むと、ひょいと回転しながら、屋根の上に飛び乗った。顔を上げたカナエは、屋根すれすれを浮かんでいるロッテを確認した。


「嘘ぉ! 来たぁ!?」


 カナエは、屋根をぴょんぴょん跳びながら、ロッテを追いかけた。その尋常ならざる体の動きに、ロッテは恐怖した。跳躍力に優れているのはベルセルクだが、カナエは、壁を蹴ったり、掴んだりして、結果的に、ベルセルク以上に素早く移動していた。


「嘘でしょぉ!?」


 全力で逃げ出すロッテ。

 追うカナエ。

 二人の距離は、どんどん縮まってゆく。

 速度を上げるために、ロッテは屋根の上から小さな路地に、一気に下降した。そのすぐ後を追って、カナエは屋根から路地に飛び込む。


 ロッテは、後ろに向かって杖を振った。

 杖から魔法の光線が跳び、樽や建物を破壊した。カナエは、光線と破片を飛び越え、潜り抜けながら走った。速度を緩めない。


 小さな路地から大きな通りに出る。

 飛び出した瞬間、荷車にぶつかりそうになる。


「うわああぁ、ごめんなさい!」


 ロッテはなんとか躱し、地面をぽんと蹴ると、滑空した。ロッテはそのまま通りを飛び、また小さな路地に入り、ぐんと上昇した。再び屋根の上に出たロッテは、そのまま、町の逆側に移動した。


 町の北、公園のようになった緑地に降り、川を背に、木の陰に隠れる。

 残り、30秒。

 ロッテは、周囲に目を凝らした。見通しの良いこの場所なら、鬼が来てもすぐにわかる。逃げ切れる。


 残り10秒。

 ロッテは、ごくりと唾のを見込んだ。

 5秒――。

 4。

 3。

 2。


 バッ!


「ぴぎゃああああ!」


 突然、背後から、かぐや抱きのように捕まえられて、ロッテは声にならない声を上げた。


「まだまだ詰めが甘いなぁ」


 カナエだった。


「ちょ、ちょっと、離して! 離してぇ!」


 カナエは、パッと腕を開いて、ロッテを開放した。


「な、なんで……どこから……」


「残り30秒くらいから、ずっと後ろに居たよ。全然気づかなかったけど」


「後ろに!?」


「川を潜って来るとは思わなかったんだね」


「思わないよぉ!」


 必死に訴えるロッテ。


「さて、ロッテ。約束は、約束だ」


「な、なんでぇ……なんでそんなに、私を入れたいんですか!?」


「教える義務はない!」


「それは教えてよぉ!」


「はいはい、申請送ったから、承諾してね」


「ううっ……」


 こうして、カナエの仕事は終わった。

 ロッテを〈ラブ・ネスト〉のクランホールに連行し、一人だけ外に出る。

 それからカナエは、ある人物にVCを繋いだ。


「GMのカナエです。お嬢さん、無事保護しました」


『おぉ! 流石だね。いや、私も人の親だ、目の届くところに置いておきたいんだよ。君にしか頼めなかったんだ。すまないね』


「いえ、その気持ち、わかります」


『今回の件は、私の個人的な依頼だ。本当は私情でGMを使ってはいけないのだが……今回の事は、くれぐれも内緒で頼むよ』


「わかっています」


『報酬は出せないが、お礼は、何かの形でする』


「お気になさらず。私も、楽しめました」


『これからもよろしく頼むよ、カナエ君』


「はい、局長」


 今回の依頼は、メサイヤ・オンライン運営局局長、その人の個人的な依頼だった。娘を、どこともわからないクランやプレイヤーのもとに置くなら、〈ラブ・ネスト〉に入れてほしいという、父心である。


 ロッテ、11歳。

 ソーサラー。

 そして、局長の実の娘であった。


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