02 GM戦闘テスト
さて、いっちょやるか!
カナエは、気合を入れて両手を開いた。
ローブの袖口から、二丁の拳銃が滑り落ちてきて、カナエの掌に収まる。
約一年ぶりの感触。
カナエの顔に笑みがこぼれる。
そして、小さな違和感も追いついてくる。
――あれ、こんなに軽かったっけな?
カナエは、自分が手にした銃を見た。
間違いなく銃である。
だがその銃は、青と緑のプラスチックのような素材でできていた。
カナエは、水鉄砲を持っていた。
「え、ちょ……なんで――」
カナエはその瞬間、思い出した。
もうこの世界には戻らないだろうと、今思えば謎の決意を固めたあの日。引退当日のあの日、カナエは自分の愛銃をある場所に置いてきたのだった。
水鉄砲を買ったのは、その後だった。
ログアウトする直前、アイテムモールの見納めをしていた時、それが売られていた。限定販売のアイテムだったから、つい買ってしまったのだ。
「そうだ、買ったんだよ……」
あちゃーと、カナエは頭を抱える。
魔物は、そんなカナエに襲い掛かった。
マーライオンに脚と逞しい胴体をつけて、一千倍恐ろしくしたようなモブである。赤い血のようなオーラを纏っている。
「なんだよ、嘘だろぉ!」
カナエは、観念してマーライオンの攻撃を躱し、水鉄砲を撃った。
ぽぴゅっと音がして、細い水が、マーライオンの小さな眉間にかかった。
・
・
・
・
数分後、カナエはぜぇぜぇ息を荒げていた。
カナエにとっての発見は二つあった。
一つは、水鉄砲でも慣れてくれば何とかなるということ。もう一つは、「体力」というものがあるということ。少なくとも一年前までは、どんなに動いても、勝手に息が上がるだけで、疲労感は覚えなかった。
モニターに映る満身創痍のカナエ。
「デイリー126位。どうですか?」
ケイが、GM部のエージェントたちに質問する。
金髪ベルセルクは半笑いで答えた。
「全然弱っちぃじゃねぇかよ」
「グダグダね」
ツインテールソサも辛辣だった。
モンスターハウスSレベルのタイムアタック、100位台というのは決して悪くない順位である。そもそもソロコースのSレベルをクリアできるプレイヤーは、全体から見れば少ないのだ。
しかしそれは、一般プレイヤーの話。
GMのエージェントからすれば、クリアできないのは論外として、今回のカナエのタイムは、及第点に届くか届かないかの、そういうラインだった。
「なんだよ、期待して損したぜ」
「私は仕事に戻るわ」
二人は、カナエに落第点をつけて、オペレーションルームを出て行った。
モニターはまだ、カナエを映していた。
と、部屋の中央に、赤い光が集まりだした。
「あ、バグだ」
ケイが呟いた。
モンスターハウスの終了後、部屋にまたモブが出現する。報告件数の多いバグである。出現したモブは倒してもいいし、放って部屋を出ても、時間経過で消滅する。
「今月中にパッチ入れるって言ってたけど、まだなのかな」
赤い光は、やがて巨大なマーライオンになった。
3メートルに迫る巨体。
手には、大剣を握っている。
カナエはすでに水鉄砲をしまっている。
「カナエさん、それ倒さなくてもいいですよ。暫くすると勝手に消えるから――」
言いかけたとき、その巨大なモブが、カナエに襲い掛かった。
一気に間合いを詰め、カナエに剣を振り下ろす。
シュオン――。
剣は、微動だにしなかったカナエの頭上を掠めた。
バランスを失った獣人の太い腕に、カナエは軽く手刀を見舞った。
「グオオオオ!?」
巨人の体が、嘘のように宙に舞った。
きりもみしながら、ぐしゃっと地面に落ちる。
巨人は起き上がろうともがくが、生まれたての小鹿のように、あるいは、酔っ払いのように、起き上がれずに何度も地面に這いつくばる。
カナエはそんな哀れなモブを背に、何事もなかったかのように部屋を出た。
モニター越しに一部始終を見ていたマッチョな黒人とケイは、顔を見合わせた。
美しい金髪の少女は、ぽつりと呟いた。
「本当に、あの人だ」