28 エトワの霊薬水店③
エトワの霊薬水店がオープンした。
ビラやチラシを配らず、広告掲示板にも書き込まなかったのは、そうすると人が集まりすぎるだろうというカナエの判断だった。
オープン初日は、エトワのログインと共に店が開かれた。
店は、ごくごく小規模、街角にあるパン屋くらいといった所だろうか。霊薬水の種類も五種類くらいなので、それでも棚を持て余してしまう。
そんな小さな店だが、開店10分、プレイヤーの列が出来はいじめてしまった。
霊薬水はすべて瓶売りで、一人20個まで。
カウンターに並んだエトワとルリは、その姿をガラス越しに見るためにだけにやって来るプレイヤーもいるほど、可愛らしかった。霊薬水を買った客は、なぜか最後に、エトワに握手を求めて帰ってゆくのだった。
開店一時間ちょっとで、全ての霊薬水は売り切れた。
扉に「CLOSED」の看板を掛け、ショーウィンドーのブラインドを閉じる。
売上、60万M。
昨日、今日で作った400個を全て売りつくしてしまった。
何かあったときの為に、店の奥に待機していたカナエは、とりあえず何事もなく1日目が終わったことに、胸をなでおろしていた。店の掃除を終えた二人が、カウンターから扉を開けて、カナエの待つ調合室に戻ってきた。
調合室には材料棚があり、その隣の机には、材料を刻んだりする調合机。机の一画には、小さな錬薬釜が置いてある。
そして、何よりも存在感を醸し出しているのは、部屋の真ん中にどんと置かれた錬薬釜だ。まさしく魔女が使っているような、黒い大釜である。釜の下には火種を入れる空間があり、今は火は、消えている。
「全部買っていただけました!」
「それは、良かった……」
そりゃあ売り切れるだろうと、カナエは確信していた。
霊薬水は全て、アイテムモール売りの二割~三割引くらいの価格で出したが、それだって決して安くない(エトワは最初、9割引の価格で出そうとしたので、価格は全てカナエが決めた)。
しかし、その安くない霊水薬も、アイテムモールより安ければ、飛ぶように売れるのが今の情勢なのだった。
店の蝋燭を吹き消し、三人は調合室からクランホール(カナエの家)に移動した。店とクランホールは隣り合っているため、リビング同士を扉でつなげて、行き来できるようにしてもらったのだ。
エトワの元には、たくさんのメールが入ってきていた。
テーブルを囲み、早速読み合わせを始める。
エトワはメールをオブジェクト化すると、A4サイズの用紙が、ばらっと50通くらい、テーブルに広がった。
「こうなるともう、ファンレターだな……」
実際、50通のうち10通くらいは、ファンレターだった。
残りの手紙は、エトワへのお誘いだった。
どんな誘いが来たかというと、まず、クランに入らないかというスカウトの誘いが数通。他のは、専属契約を結びませんかという誘いだった。
霊水薬は現在、どの種類のものも、需要過多である。個人、クラン問わず、アイテムモールよりも安い霊薬水なら、誰もが買いたいと思っている。
作ったもの全部買い取ります、専属契約料も払います、という有名クランや個人からのメール。そこに掲示されている専属契約料に、カナエは腰を抜かしそうになった。
「エトワ……」
「どうかしましたか?」
「いや……なんでもないんだけど……」
ピキュ、ピキュと、幼竜ココアが、テーブルの上の手紙を甘噛みしている。
と、カナエは、自分のところにも何通か、メールが来ているのに気付いた。オブジェクト化し、とりあえず読んでみる。
1通はエトワ関係の脅迫状(というよりは、呪いの手紙)。
あとの10数通は、友好クランになりませんか、という誘いである。友好を結んだからといって何か特典があるわけではないが、一応、敵対クランと友好クランという肩書上の関係を作ることができる。
ちなみに、〈ラブ・ネスト〉にはすでに、敵対クランが一つある。〈ルミナス王国〉だ。カナエが決闘で勝った翌日、〈ルミナス王国〉は〈ラブ・ネスト〉を敵対クラン認定したのである。友好クランになる場合は、双方が同意しなければならないが、敵対クランは、片方がそう認定すれば、互いに敵対クランになるのだ。
「何か良いですわね、友好クランなんて」
「いや、そうでもないよ」
縁もゆかりもない、面識のないクランばかりである。
彼らの目的は、はっきりしている。
もっとも、どのクランも利益を考えるから、〈ラブ・ネスト〉と仲良くしようという意図は汲むし、それが悪いこととは思わない。だが――カナエは、〈ラブ・ネスト〉を大きくする気は、今のところなかった。
「こういうのは、面倒なんだよ」
「左様でございましょうか」
「はぁ、困ったなぁ……」
カナエは、いよいよクランメンバーの募集が難しくなってきたのを心の中で嘆いた。今メンバー募集をかければ、メンバーはいくらでも入ってくるだろう。
――エトワを求めて。
だが、カナエは、そういうメンバーは入れたくなかった。間違いなく、エトワの負担になるからだ。
とはいえ、メンバーは増やさなければならないだろう。5人くらいメンバーがいて初めてクランはクランらしくなるものだ。
カナエは、少しマスターらしく考えるのだった。
「(ちょっと、初心者でも勧誘しにいこうかな……)」
ぼんやりと考えながら、カナエは、ココアが手紙を食べ始めたのを眺めていた。




