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27 エトワの霊薬水店②

「カナエさんが来てます!」


 ギルド会館二階のスタッフルーム、カナエの名を聞くと、妖精たちは声を上げた。2月のアップデート直後、カナエはギルド会館一階にて、野蛮なプレイヤーから妖精を助けたことがあった。


 本人はすでに忘れているが、恩に厚い妖精たちの心には、その時の光景と、〈カナエ〉という名前が刻まれていた。「恩を返すこと」、それは、妖精にとって最も名誉ある行為であり、生きる目的のようなものだった。


「飲み物出してきます!」


「抜け駆けダメ! 私がいくー!」


「じゃあ私だって行きたいよ!」


「俺も俺も!」


 妖精たちがかしましくもめ始めた。

 その時、女王のようなドレスを着、権杖を持った妖精が、部屋に入ってきた。彼女こそ、ギルド会館の妖精を統括する妖精の女王――エルメルだった。本名はもっと長いので、本人は特別なことがないとそれを名乗らない。


「どうしたのですか、皆、騒いで」


「女王様、カナエさんが来てるんです!」


「どこにですか!?」


「二階で待たせています」


「それは大変です!」


 エルメルは杖を両手でぎゅっと握った。


「私が、お飲み物を運んできます」


「あ、女王様だけずるい!」


「私も行く!」


「俺も俺も!」


「何を言っているのですか、貴方たち、私は女王として――」


「ダメダメー、オーボーだよ!」


「カナエさんとお話してみたい!」


 ガヤガヤと、妖精たち。

 女王エルメルは、カナエの接客をした妖精に訊ねた。


「カナエさんは、何の用件で来たのですか?」


「お店を出すので、その店員を妖精から募集したいと――」


 妖精がそう言った瞬間、聞いていたほかの妖精たちの手がバッと上がった。

 見れば、エルメルも手を上げていた。

 エルメルは、恥ずかしそうに手を下げ、それから言った。


「これは、大変なことになりました」


 下手を打てば、流血沙汰だ。

 ここの存続が危ぶまれる。

 皆、カナエさんに仕えたい。しかし、雇われるのは一人。その一人を、どのように決めるか。決め方を間違えれば――ここは崩壊する。

 エルメルは、震えていた。

 震える手で杖を掲げ、妖精たちの注目を集める。


「良いですか、皆さん。これは、公平に決めなければなりません」


 妖精たちは、頷く。

 基本的に皆、物分かりが良く、素直である。中にはイタズラっ子もいるが、根本のところでは、良い子なのだ。


「恐らく、ここにいる誰もが、カナエさんにお仕えしたいと考えていることでしょう」


 再び頷く妖精たち。


「しかし、カナエさんに仕えることができるのは、この中でただ一人だけ。私たちは、選ばなくてはなりません」


「女王様、どうやって選ぶの?」


「ジャンケン、ジャンケンがいいよ!」


「あみだクジにしましょう! 私が作りますから!」


 静粛に、と女王は両手で制す。

 すうっと女王は息を吸い込み、皆を見回した。


「恩返しは、私たち妖精の宿願です。誰もが、その栄誉を求めています」


 その通り、その通りと、妖精たちが声を上げる。

 ありがとう、と女王は小さく反応する。


「しかしながら、その栄誉を受けることができるのは、一人だけなのです」


 頷く妖精たち。

 それ、さっき言わなかった? という鋭い突っ込みを入れる者もいた。


「……そもそも私たち妖精は、メサイヤの皆さんに救われていて、そういう意味では、ここで働いているということは、メサイヤの皆さんへの恩返しをしているようなものかもしれません」


 女王の目が泳ぎ始める。


「み、皆、カナエさんにお仕えしたいかー……っ!」


「「「「おー」」」


 元気に返事を返す妖精たち。

 我が女王は何を言っているんだ、と思っている妖精約一割。


「(ど、どうしよー……っ!)」


 女王エルメルは、どうして良いかわからないでいた。

 公平に決めたいが、しかし、ジャンケンやクジは、間違いなく不正が出る。妖精の中には、そういうものにめっぽう強い強運の持ち主がいるからだ。

 そうなると、公平に決めるのは一気に難しくなる。

 しかし、「公平に」と宣言してしまった以上、公平に決めるしかない。


「公平に、き、決めましょう!」


「それがいい!」


「賛成です、女王様!」


「公平万歳!」


 変な盛り上がり方をする妖精たち。


「それで、どうやって決めるのですか?」


 ついにその質問が飛んできた。

 エルメルは、息を止めた。


「それは……」


「「「「それは?」」」」


「それはっ!」


「「「「それは!?」」」」


 沈黙。

 女王は、気を失いかけた。

 その時、視界の隅に、一人の妖精を見つけた。

 翅を持たない、緑の髪の妖精――ルリ。気弱な性格で、妖精の中でもとりわけ献身的だけれども、あがり症で失敗も多い。あの日、カナエさんに直接助けられたのは、そう、彼女だった。


「ルリです!」


 女王が、上ずった声で言った。

 皆、きょとんとする。


「ルリ!」


「ひゃい!?」


 突然名指しされて、ルリは固まった。


「カナエさんに助けてもらったのは、貴方です。公平と考えるなら、まずこの権利は、ルリにあると思うのですが、皆さん、いかがですか?」


 女王の言葉に皆少しだけ考え、確かにその通りだと頷いた。


「ルリ、貴方は、カナエさんに仕える気はありますか?」


 ルリは、口を開けたまま硬直していたが、やがて、小さな声で答えた。


「はい……」


「決まりです!」


 女王が宣言すると、妖精たちは、大きな拍手でもってルリを祝った。


「妖精の名に恥じぬよう、しっかりお仕えなさい、ルリ」


「はい!」


 ルリは、扉を開けてカナエとエトワの待つ席に向かった。

 それを見送って、女王はほうっと息を着いた。


「女王様!」


「今度は何?」


「私たちが仕事辞めちゃったから、メサイヤさんたちが怒ってます!」


「あぁ、そうでした! 皆さん、早く仕事に戻ってください!」


 はーい、と良い返事で、妖精たちは仕事に戻っていった。


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