26 エトワの霊薬水店①
アイテムモールの霊薬水の価格が跳ね上がった。
今まで1つ150Mだった低度治癒霊薬水が、何と、2000M。
なお、モールは売値の半分の値段で、各種霊水薬を買い取っている。ヒーラーの少ないメサイヤ・オンラインにおいて、霊水薬は、冒険者の必需品、旅の友だった。
「破産するよぉ!」
「鬼運営め……」
「課金させろ。課金で、霊水薬買わせろ!」
プレイヤーの悲鳴は運営本部にも当然届いていたが、運営は、それを狙っていた。アイテムモールで買うのでは高すぎる。安く霊水薬を手に入れるには、〈霊薬調合士〉から買うしかない。
実装したばかりの職業――霊薬調合士は、材料から霊薬水を作り出すことができる。
しかし、タダではない。金銭的な面ではまず、試験を受けるのに1万M、試験のための学校に通う場合、1講義3000Mかかる。そして重要なことは、講義に出たからと言って、試験に合格するわけではないという所である。
メサイヤ・オンラインが鬼畜使用と呼ばれ、一部では称賛され、一部ではクソゲーといわれる所以は、プレイヤーが努力しなければ何にもなれないという、その仕様のためだった。
――ゲームの中でまで勉強なんて、勘弁してくれ。
多くのプレイヤーが、そう思っている。
しかし、霊薬調合士にはそれだけの価値があった。
実装から二週間ちょっと、ごくごく少数ながら、霊薬調合士が誕生していた。
彼らは露店で、霊薬水を売った。モールより安値で出せばプレイヤーは殺到し、あっという間に売り切れる。材料費に対して霊薬水の価格は10倍以上、霊薬調合士、ボロ儲けである。
そんな中――エトワは霊薬調合士の免許〈錬薬免許〉をいつの間にか取得していた。
試験のための本はアイテムモールにて、5000M程度で売られていて、エトワはそれを読み、本試験を受けに行き、一発で合格したのだった。
「御見それいたしました……」
カナエ、脱帽だった。
エトワは、幼竜ココアを肩に乗せ、全く奢ったところがない。自分で霊薬水を作ることができたら、きっと便利に違いない、という純粋な理由で、簡単にとってきてしまった。――簡単なように、カナエには映った。
「読み応えのあるご本でしたわ。読み終えるまで、10日くらいかかってしまいました」
「いやいや……」
カナエは、その本を見て、首を振った。
六法全書並みの分厚さ。
「俺は、100年かかっても読み切る自信がないよ」
「錬薬の考え方、とてもファンタジックで、興味深いものでした」
「ちなみにエトワ……日にどれくらい売れるの、その、利益はさ……」
「30万Mくらいです」
「」
ピーピーと、嬉しそうに鳴くココア。
カナエは、開いた口が塞がらなかった。
「エトワさ、店開いてみたら……?」
「お店ですか!?」
エトワの目が輝く。
「それは、とても、魅力的な提案ですわ!」
早速エトワとカナエは、不動産屋〈シャルロット・ホームズ〉に赴いた。
相変わらず、胃もたれするような上品さに、カナエはきょろきょろしてしまうのだった。
「こちらでお話をお聞かせください」
猫紳士が、エトワには紅茶、カナエにはワインをそそいで席に座った。
「お店を出そうと思っているのですが、ここは、空いていませんか?」
立体地図の一物件を指さして、エトワが質問した。
そこは、〈ラブ・ネスト〉のクランホール兼カナエのプライベートルームの隣だった。部屋の内装が、地図の上に表示される。
「空いてございます。しかしながらお嬢様、こちらは少々お値段が――」
「内装を少し変えたいの」
「それはもちろん、お受けしてございます」
エトワは、嬉しそうに笑った。
それから、紙とペンを出して、猫紳士に説明した。
「ここをこうしたいのです。カウンターがあって、正面の壁は、半分ガラス張りにして、こっちはこのように――」
「はい、はい――承知いたしました。そうしますと、改装費が――」
話が進んでゆく。
最終的に、見積もりはとんでもない金額になった。
2300万M。
目を回すカナエ。
「よろしくお願いします」
即決するエトワであった。
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続いて、店員である。
プレイヤーは常に店にいるわけではない。店を出す場合、店員を雇うのは必須である。2月のアップデートによって、店員も雇って店を経営することができるようになった。
すでに、店を持ち、店員を雇って飲食店を営む、料理人プレイが流行り始めている。料理人は、特に資格も必要ないため、ハードルが低いのだ。
メサイヤ広場の一画に、NPC市場がある。
一般的なNPCは、そこで雇用することができる。
が、実はもう一つ、隠しルートがある。カナエは、ケイから話を聞いて知っていたが、気が合えば、妖精を雇うことができるのだ。どうせ雇うなら、まず妖精にあたってみよう、ということで二人はクラン会館に足を運んだ。
クラン会館には、たくさんの妖精スタッフが働いている。
NPCと妖精、何が違うのかカナエは知らなかったが、運営が区別しているので、カナエも何となく、そう思い込むことにしていた。
「あの、すみません」
「はい?」
カナエは、近くに来た妖精を呼び止めた。
「今度店を出すので、妖精を雇いたいと思っているんですけど、どうしたらいいですか?」
妖精は、カナエの姿をじっくり見て、それから、あっと口元を押さえた。
「カナエさんですか!?」
「そ、そうですけど――」
「あ、あの、私ったら、ええと、すみません、ええと……こ、こちらでお待ちください!」
妖精に言われた通り、カナエとエトワは、会館の二階に通された。二階は飲食スペースが半分、あとの半分は、タトゥーデザインコーナーなどになっている。
「カナエ様、お名前を、覚えられていらっしゃいますのね」
「たまたまだよ」
カナエは答えた。
しかし実は、全くたまたまではないのだった。




