17 美しすぎない世界
森の中にカナエはいた。
ネストではない、メサイオンからオオカカポに乗って30分の、名もない森である。ちなみに、オオカカポというのは、人が乗れるほどの大きさの、ごわごわした緑色の飛べない鳥である。騎獣ショップで、1日2000Mで借りられる。
速かったり強かったりする騎獣は他にいくらでもいるが(当然レンタル料も高くはなるが)、カナエはこの、何のとりえもないオオカカポをやけに気に入っていた。
ほっほっほっほ……
オオカカポの走っているときの息が、何だか可愛らしい。
平和主義者で、警戒するということを知らない。そこにカナエは、やたらと癒されるのだった。現役時代もカナエは、借りるのはいつもオオカカポだった。
オオカカポでやってきた森の中、カナエはショットガンの練習をしていた。
カナエの使う銃は、拳銃もショットガンも、そして水鉄砲も、どれも気発式のものである。使用者のエネルギーを撃ち出す方式の銃である。普通なら、エネルギーの出力は適正に保たれて、撃っただけで銃が壊れるということはない。
それが壊れる、というのは、銃の欠陥かあるいは、使用者のエネルギーが設計上想定外のものだったか、どちらかの理由である。どちらにしても、改善が求められるべきは、武器の方である。
しかしカナエは、そうは考えなかった。
カナエは、自分を武器に合わせようとしていた。
修理が終わったばかりのショットガンを持ち、一発一発、丁寧に撃ち込んでゆく。ネストからは遠いが魔物が出ないわけではない。「出ないわけではない」、くらいの出現率が、今のカナエにはちょうど良かった。
『ごきげんよろしゅうございます、カナエ様』
エトワからVCがはいり、カナエは銃を下した。
先日〈ラブ・ネスト〉に入ったばかりのハイプリーストである。ログインするといつも、まずカナエに挨拶をするのだった。
「おはよう」
カナエは、倒木に腰を下ろした。
湿った草、土の匂い、鳥の声、木漏れ日。突然住処にやってきた巨人に驚き、幹を伝って逃げる細かい虫たち。
『フィールドにいらして?』
「うん」
『わたくしも、ご一緒してよろしいかしら』
「いいよ。昨日の場所で待ってる」
『どうもありがとう』
昨日の場所というのは、実は昨日も、エトワは、カナエの後からログインして、森にいたカナエと合流した。メサイオンの西門から3キロほど真っすぐ西にゆくと、パリの凱旋門を彷彿させる、巨大な石造の門がある。そこで落ち合ったのだった。
カナエが門に着いた時には、すでにエトワは門に来ていた。
エトワは、真っ白な白翼馬の首筋を撫で付けていた。オオカカポも翼を持つ騎獣だが、同じ翼持ちでも、ペガサスは誰でもが乗れるわけではない。ハイプリーストしか乗ることの許されない、稀な騎獣である。
一方オオカカポは、誰でも乗れるランク1の騎獣である。ただし、低ランク騎獣の中でも鈍足の部類で、乗っているプレイヤーは少ない。そういう意味では、オオカカポもレアなのだった。
二人はおのおのの騎獣に跨って、森の中に入った。
森に入って少し進むと魔物が出てきたので、二人は騎獣を降りることにした。魔物は、カナエの丁寧なショットガンの一撃で塵にかえった。
「同じ森ですのに、ネストの森とはずいぶんと様子が違いますのね」
「そうだね。ネストの森は、晴れててもなんか、暗いよね」
カナエとエトワは、散歩のように、並んで歩いた。後ろを、ペガサスとオオカカポが、これも隣り合って二人の後を、ゆっくりついてゆく。
「あ、そうですわ! カナエ様、例の方法、上手くいきましたのよ!」
「例の方法……?」
「カナエ様に教えていただいた、お誘いの、お断りの仕方ですわ」
「あぁ……」
エトワは人気者で、いろいろな個人、団体からPTに誘われる。困っていたので、カナエが、そういう誘いを上手く断る方法を教えたのだった。「クランの活動があるので」作戦である。
「まぁ欠点は、クランの中では使えないってところかな」
カナエはそう言って苦笑した。
クラン外のことよりも、一番の問題なのは、クランのメンバーとどう付き合ってゆくかのほうが、何倍も難しく、厄介なのだ。
「必要がありませんもの」
エトワが言った。
ふんわりした笑顔を向けられて、カナエは顔が赤くなるのを感じた。
何度か魔物と遭遇し、ある時二人は、不意に池に出た。
小さな滝から落ちてきた水が、猫の額ほどの池を作り、その池からは、小川が流れている。池に近づき、二人は、滝からの涼しい空気を肺にめいっぱい吸い込んだ。
「落ち着きますわね」
エトワは、池の淵にしゃがんだ。
透明な水の中に手を入れて、それを両手で掬い上げる。
「本当に綺麗……」
「うん」
カナエは、滝が濡らしている石の艶や形、その色などを見ていた。
世界的に流行しているVRMMO、その世界はいずれもファンタジー的で美しい。遊んだことはなかったが、その動画や画像くらいは、カナエも見たことはあった。
それと比べてこのメサイヤ・オンラインの世界は、汚い。
水にぬれた石は、クリスタルのように、あるいは黒曜石のように黒光りはしないし、石の苔は、目にはっきりと入ってくるような緑でもない。
「たまに信じられなくなりますわ。本当にこの世界が、コンピューターで作られたゲームの中だなんて」
カナエは、腕を組んで考え込んでしまうのだった。
その後ろでは、オオカカポがオウムのような嘴で、ペガサスの毛づくろいをしているのだった。




