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15 最初のクラメン

 まだショットガンの修理も終わらぬその日、カナエは〈ピクシー・ガーデン〉を訪れた。メサイヤ広場にある、四階建ての大きな酒場である。これも、カナエが現役の頃には、ごく小規模の普通の酒場だった。


 木造四階建て。

 入ってみて、カナエはさらに驚いた。

 一階の真ん中にはステージがあり、その上は、天井までの吹き抜けになっている。天井はガラス張り、二階、三階、四階からはステージを見下ろせるようになっている。ステージにはサックスとトロンボーンの演奏者が椅子に座って、演奏の準備をしていた。


 カナエは三階に登ってゆき、席を見渡した。

 あるプレイヤーと目があった。

 ――エトワである。


 エトワは静かに立ち上がり、カナエが席に着くと、その後から自分も椅子に座った。すらっとしたソムリエが、ゆったりしたグラスに、琥珀色のとろりとした液体を注いだ。


 静かに一礼して、下がってゆく。


「突然のお呼びだて、応じていただき感謝します。ありがとうございます」


「いや、いいよ」


 それよりもカナエは、彼女に対してちょっとした罪悪感を持っていた。エトワが〈ルミナス王国〉で居心地が良かったようには思わなかったが、かといって、あのように無理やり脱退するよう仕向けたのは、乱暴だった。


「クランは、決まった?」


「そのことですの」


 エトワの綺麗な瞳は、今は沈んでいた。


「勧誘はない?」


「たくさんのクランの方から、お誘いはいただいております」


「あぁ、やっぱりそうだよね」


 ちょっとした安堵を覚えるカナエである。

 これでエトワが路頭に迷うようなことになっていたら、自分も責任を取らないといけないかなと思っていたのである。しかし残念なことに、今のカナエには、何かの責任を取れるほどの金も権力も、そしてショットガンがない以上、力もなかった。


「――それで、逆に迷ってるということ?」


「お恥ずかしながら……」


「なるほど」


 選択肢が多すぎると人間の脳は麻痺してしまって、かえって選べなくなるというようなことを、どこかでカナエは聞いたことがあった。

 贅沢な悩みといえばそうだが、悩みは悩みである。きっと、彼女にとっては切実なことなのだ。


「わたくし、実を申しますと、疲れてしまって……」


「疲れる? あぁ、勧誘か……」


 カナエは、大学に入学した時のことを思い出した。

 100以上ある部活やらサークルやら同好会の人たちが、自分の話を聞かせて、あわよくばブースに連れ込もうとする。いつの間にか大量のチラシを持たされていて、全然興味のない、〈壺研究会〉とかの話を聞いていたりする。

 「ノーと言えない日本人」であるカナエは、その大変さをよく知っていた。そのためにカナエは、エトワにも、同情的になるのであった。


「良いクランは、見つからないんだ」


「良いクランとは、一体何なのでしょう」


 エトワが、ぐいっと詰め寄ってくる。

 その瞳に、カナエは引き込まれそうになった。椅子の背もたれにのけぞるようにして、その視線から逃げる。


「わかり、ません……」


 エトワが、引いてゆく。

 カナエもほっと息を吐く。

 サックスの演奏が始まった。


「大変だよね……」


 カナエは言った。

 エトワは、まずもって、可愛い。まさに、上流階級のお嬢様、お姫様、というような気品を兼ね備えている。その上彼女はプリーストだ。いや、ただのプリーストではない。プリースト資格の第二種までを持つ、ハイプリーストである。ハイプリーストは、プレイヤー全体でも非常に少ない。


 皆、彼女の事がほしいのだ。

 エトワは、いろいろなものを持ちすぎている。

 その結果、ストーカーまがいの親衛隊が結成されるのだ。彼らは確かに、度し難いストーカー野郎たちであったが、男の多くは、彼女のような女の子を前にすると、そんな馬鹿野郎になる。


「じゃあいっそ、ソロで――」


「それは、わたくしには合わないかもしれません……」


 それもそうか、とカナエは思い直した。

 「孤独」という言葉は、エトワには似合わなさそうだ。


「カナエ様、わたくしのようなプレイヤーは、クランにとって、迷惑なのかしら」


「いや、そんなわけはないよ。でも確かに、力を持ったプレイヤーの影響力は、やっぱり、ある程度はあるからね。エトワの場合は、それが大変そうだ」


 エトワは、グラスの液体に視線を落とした。


「わたくしはただ……この世界で楽しく過ごしたいだけなのです。皆さんとお話をして、ネストに行ったり、時にはアリーナなんかにも挑戦して――」


「〈ルミナス王国〉じゃ、そうできなかった……?」


「メンバーは皆さん、よくしてくださいました。でも……」


 エトワは口を噤んだ。

 「でも……」の続きを、カナエは引き継いでみた。


「独占欲の強い勘違い男どもが出てきて自由を奪われた」


「そのようなことは……」


 優しいエトワは、そんなことは言わない。

 しかし、強い否定もしない。

 カナエは笑った。


「まぁ……エトワの場合、派閥はできちゃうよね。俺も、そんな時期があったよ。それで俺も、クランを辞めたクチだから」


「左様でございましたか……」


「もうずいぶん前の話だよ。二年前とか。最近久しぶりに復帰したんだ」


 カナエは、エトワが話を聞きたそうにしているので、言葉をつづけた。


「中途半端なクランだと、そうなるんだよ。だからいっそ、ランキング上位のクランに入るのも一つだね。皆強いから、派閥も生まれにくい。あとは逆に、ものすごく少人数のクランに入る。身内のノリで楽しめるかもしれない。あとは、自分でクランを作る、という手もあるけど、エトワの場合は……」


「わたくしの場合は……?」


「エトワに勧誘されて、断る人いないと思うんだ」


「左様でございましょうか?」


「うん。エトワさ、自分のことをもっと知った方がいいよ。会ったばかりでこういうこと言うの、図々しいかもしれないけど……」


「そのようなことはございません。カナエ様が、わたくしのためにとおっしゃって下さったことですわ」


 そこでエトワは、意を決して、という風にエトワの目を見つめた。

 カナエは、エトワに見つめられて、慌てて目をそらし、ブランデーを飲んだ。そして、恰好悪く咽る。


「カナエ様。カナエ様のクランは今、メンバーの募集など、していらっしゃいますか?」


「ケホッケッホ……し、してるよ……」


「わたくし、入るなら、カナエ様のクランが良いと、常々考えておりました」


「……え?」


「カナエ様のクランに、入れていただきたいのです」


 愛の告白を受けたような衝撃を、カナエは感じた。

 エトワの瞳に引きずり込まれる寸前で、カナエは絞り出すように返事をしたのだった。


「い、いいよ……」


 エトワが嬉しそうにするのを見て、カナエは、顔を赤らめてしまうのだった。

 こうして、〈ラブ・ネスト〉に、新たなメンバーが加わった。


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