14 ベルばらのローズ
「数にものを言わせ、丸腰のプレイヤーを襲うとは――君たちは恥ずかしくないのか」
その人物はそう言った。
男装の麗人である。
ベルサイユのばらのあの世界から飛び出してきた騎士そのものである。
「なんだお前は!」
まさにその通り。
なんだお前は――誰でもそう突っ込むことだろう。
「私はローズ。さぁ、その人から離れなさい」
「お前も、エトワちゃんの敵か!」
「ボクとエトワちゃんの恋を引き裂く悪魔め!」
親衛隊は、矛先をベルばらもとい――ローズに向けた。
ローズは、腰に下げていたT字の柄を手に取った。刃の部分がない、まさに鍔と握りと柄頭だけ。金細工の細かい装飾が施されているが、肝心の刀身がない。
「刃を向けるか。よかろう、それならば私も――」
ベルばらはそう言うと、柄だけの剣を横に構えた。
ブワンと、柄から白色の刀身が伸びてきた。
今まさに、ローズに仕掛けようとしていた親衛隊たちは、息を呑み、突撃を中止した。
光ソサのうち、それを剣のように使うプレイヤー。通称「ブレードソサ」、略称「ブレソサ」「剣ソサ」。そのバトルタイプのための聖約霊装のセットも3セットほどアイテムモールに売っているが、その習熟難易度の高さから、剣ソサを選ぶソーサラーは少ない。
ローズ――剣ソサでローズといえば、その人物はあまりに有名だった。
剣ソサというバトルタイプの先駆者の一人、ファンクラブまで存在するそのプレイヤーは、信者からは、「オスカル様」「ローズ様」と、熱烈にそう呼ばれている。
「ベルばらだ!」
「ベルバラのローズ」――彼女は、そんな風に呼ばれてもいた。
あるいは単に、「ベルばら」とも。
「なんでこんなトコにいるんだよ!」
「ボクとエトワちゃんは、結ばれる運命なんだ!」
「姫の為に!」
「やべぇ、超盛り上がるんだけど!」
ガチな親衛隊と、その中の何人かは、その役を楽しんでいるプレイヤーもいるようだった。
親衛隊は、ひとしきり騒いだ後、ローズに挑んだ。
光の刃が、美しい軌跡を残しながら、親衛隊を斬ってゆく。ローズの剣さばきは、明らかに素人のそれではなかった。ベルセルクの渾身の一撃を受け止めつつ、そのまま剣を巻き取り、巻き上げる。
暫くの攻防。
やがて、残り二人となったところで、親衛隊は逃げ出した。
ローズは剣を収め、カナエに手を差し伸べた。
「怪我はないか」
「は、はい……」
カナエは、その手を取って、起き上がった。
「助かりました、ありがとうございます」
カナエは、まだ彼女の雰囲気にのまれていた。
登場からここまで、場の空気を全部持っていかれている。
「彼らとは、どういう関係があったんだ?」
「いやちょっと……」
「言えないようなことなのか。いや、無理に訊くつもりはないが……」
「先日、彼らの所属していたクランと戦って、その因縁を引きずった感じです」
「なるほど。災難だったな」
「えぇ、本当に」
しかし、面白いものが見れたカナエは、むしろ幸運を感じていた。
カナエの現役時代には、剣ソサなどは存在していなかったのだ。
「武器は、持っていないのか?」
「えぇ……ちょっと、今は……」
「ギルド会館のサポート窓口へは行ったか?」
「俺の場合、サポート対象外なんですよね、ははは……」
売るものが何もなく、武器すら失ってしまった場合――武器をレンタルするという形で、ギルドからサポートを受けることができる。レンタル代金も、少しずつ返していけばよい。激しい取り立てが来るわけでもない。
ただし、金やアイテムや不動産がある場合は、そのサポートを受けられない。あくまでサポートは、本当に困っている人のみを対象にしているものなのだ。カナエの場合、プライベートルームも家具もあるし、水鉄砲もある。ショットガンだって、失ったわけではない。ギルドのサポートの対象外である。
「もしよかったら、クラスを教えてくれないか?」
「クラスですか? ええと……」
「無理にとは言わない。だが、力になれるかもしれないと思ってな」
「無印なんですよ、自分」
無印――聖印を持たず、よって5つのクラスのいずれにも所属していないプレイヤーは、そう呼ばれている。大抵は初心者が、自分のクラスが決まるまでの短い期間の状態を言う。
しかしカナエは、ベテランの無印だった。
「珍しいな。始めたばかりか?」
「いえ、始めたのは、随分前です。最近久しぶりに戻ってきました」
「そうか。武器は、何を使っているんだ?」
「銃を……」
「銃? 銃を使っているのか?」
剣ソサよりも珍しい、「銃」を使うプレイヤー。
その戦闘スタイルは〈ガンナー〉と呼ばれたりしているが、もはやその言葉は、メサイヤ・オンラインにおいては死語である。
「マスケット銃で良ければ持っているが、使うか?」
え? と驚くカナエ。
なぜそんなマニアックな銃を持っているのか、謎である。
しかし、カナエは、銃なら何でも使うわけではない。使うのは、二丁拳銃とショットガンくらいだ。拳銃でも、マグナム銃は使わない。マシンガン、ガトリングガン、バズーカやライフル銃は、論外である。
「使ってるのは、拳銃とショットガンなんです」
「そうか……」
ローズは、残念そうに言った。
なんだか申し訳ない気分になってしまうカナエだった。
「また、彼らのような輩に襲われることがあるかもしれないが、君は、クランには所属しているのか?」
「えぇ、まぁ……メンバーは自分だけですけど……」
「それは、大変じゃないか?」
「そうですね……先が思いやられます……」
ローズはそれを聞くと、よし、と頷き、赤いリボン――フレンドリボンをカナエに差し出した。
「何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してくれ」
カナエはそれを受け取った。
リボンは消え、フレンドリストに、新たな名前が追加された。
ローズは、停めていた白馬に乗って、颯爽と通りを駆けていった。




