13 エトワ親衛隊
その日、メサイオンの地下に広がっている施設――メサイヤ・オンライン運営局の各フロアは、学園祭前日のような騒ぎになっていた。それが後、数日間続く。
1月の末日。
2月のアップグレードが目前に迫っていた。
総務部の会議室には、方々の部署から人や物が出入りして、ゲームの中だというのに、目の下に大きなクマを作っているスタッフも、一人や二人ではなかった。
「草木辞典まだか!」
「すみません、今文章作成中です!」
「コック長どこいった!?」
「逃げだしました! 帽子の下にこんな手紙が――」
「何? 探さないでください――。馬鹿野郎、ひっとらえろ!」
「それどころじゃありません! 今、ニャンマルシチュー作ってるんです!」
「ええい、SS課に連絡しろ!」
「いやダメだよ、SS課のエージェントは今、皆出払ってる」
「ちょっと、ここに種撒いたの誰よ! 蔓が邪魔なんだけど!」
「第3、第4研究室で火災と洪水です!」
「施設管理部は!」
「第5開発室に出現したジャイアントチョコマンで手一杯です!」
「――こちら総務部です。フェアリースタッフ、追加で50人動員できますか?」
「なんでこれ白いんだよ! 解毒は緑付けろっていったじゃないか!」
「あれ……さっきまで緑だったのに――」
「聖石結晶管理部から試算結果来ました」
「よし! 聖石施設に連絡回せ」
「チョコマン、増殖したみたいです!」
「それ、早く溶かせよ!」
一般のプレイヤーは知る由もない、アップデートの裏側であった。
・
・
・
・
所変わってメサイオン、カナエは大通りを石柱広場に向かって歩いていた。
フィールドに出る時、ほとんど全てのプレイヤーは、ネスト直通の転移ゲートを使う。騎獣を借りても、一番近いネストまでは二時間以上はかかる。そのために、町の東西南北の門から広場に向かうまでの広い道は、いつも閑散としている。
西門から町に戻ってきたカナエがとぼとぼ歩いていると、突然、その前と後ろに、合わせて10数名のプレイヤーが現れた。
剣や斧や槍を持ち、身体から湯気を放つベルセルク。
甲冑姿のアマーソルジャー。
キラキラした衣装のソーサラー。
すでに、戦闘態勢だ。
「汚い真似をしやがって!」
集団の頭目らしきベルセルクが、そんなことを言った。
「え?」
カナエは戸惑った。
この人数で囲んでおいて、こっちを「汚い」呼ばわりとは、彼らは何を言っているのだろうか。
「え、エトワちゃんを、返せ!」
「はい?」
「何を吹き込んだんだ、お前!」
「エトワちゃんの幸せを考えろよ!」
野次が飛ぶ。
カナエは、困惑を深めるばかりだった。
ただ一つ分かったことは、彼らが、〈ルミナス王国〉のメンバーだということだ。――いや、〈ルミナス王国〉の紋章がない。服や鎧や素肌に、〈ルミナス王国〉のクランのメンバーは、紋章を施しているはずなのだ。
それがない、ということは……。
「クラン、抜けたのか……」
「エトワちゃんのためだ!」
「姫の為に、僕たちはクランを抜けたんだ!」
「新しい、エトワちゃんのためのクランを作ろうとしたんだ!」
「それなのに、お前のせいで……」
そこでどうして自分が出てくるのか、カナエにはさっぱりわからなかった。
「あの子、入らなかったんだ」
「お前が何か言ったんだろう!」
「いや、別に――」
「そうに決まってる。お前が、余計なことを言ったんだ!」
「お前がいなければ、エトワちゃんは!」
彼らは、かなり熱狂的なエトワ親衛隊であるらしい。
一歩間違えれば――いや、すでに手遅れかもしれない。
「――八つ当たりで、PKしようってわけか」
ほかに思いつかなかったのだろう。
仕方ないか、とカナエは力を抜いた。
「いいよ、それで気が済むなら、かかってこい」
「そんな目で俺を見るなぁ!」
切れたベルセルクは、カナエに突進を仕掛けた。
カナエはそれをもろに受け、後方に弾き飛ばされる。そこへ、ソーサラーの金色のレーザーのようなスキルが追い打ちをかけた。カナエはそれも正面に受け、地面に転がった。
「銃を抜けよ! ふざけやがって! 手加減のつもりかおい!」
倒れたカナエを取り囲む、親衛隊の面々。
だがカナエは今、銃を持っていない。相変わらず水鉄砲はプライベートルームのベッドの下に置きっぱなしで、ショットガンは修理に出している。
「なんだよ、PKが、怖くなったのか?」
カナエは顔を上げ、エトワ親衛隊を見据えた。
「ふざけんなよ……こんなんで終わりになんかしないぞ。どこまでも粘着して、お前を、このゲームから追い出してやる」
「……GMが聞いたら何て言うかな」
「構いやしないよ。僕たちの、エトワちゃんへの想いは本物なんだ!」
「そうだ、アカBANなんて怖くない!」
「エトワちゃんのためなら死ねる!」
カナエ、唖然であった。
ここまでくると、言うべき言葉が思い浮かばない。完全に、親衛隊の鬼気迫る迫力とどろっとした信念に、圧倒されていた。
「(怖いよ、この人たち……)」
ごくり、カナエはつばを飲み込む。
そこへ、颯爽と現れた人物がいた。
「お前たち、何をしている!」
皆、振り返る。
そこには――宝塚がいた。




