11 デュエル・アリーナ
第三コロシアム。
見れば誰でもそれとわかる円形闘技場。
見物客は、ほとんどいない。無駄に5万人収容の建物である。有名クラン同士や、有名なプレイヤー同士の戦いだと客も多く入り、観戦料をとったりもするが、この試合に関しては、注目度は低かった。
カナエと〈ルミナス王国〉の選抜50人は、200メートルを隔てて対峙していた。もう数分で、試合が始まる。
「はっはっは、あいつ馬鹿だよな」
「マジでな、プレイベートルームかけるとか」
「ごちです」
ルミナス王国陣営のプレイヤーは、ぽつんと一人佇むカナエを見て、笑っていた。
「しかも微妙な、50人とかの制限」
「10でも30でも、何人でも結果かわらないよな」
「50だったら勝てると思ったのかね?」
「うけるな」
メンバーたちがカナエを馬鹿にするのを、エトワは黙って聞いていた。
エトワは、この戦いに出ることを拒んだのだった。しかし、50人の選抜ということで、入らざるを得なかった。プリーストは他に三人いるが、ハイプリーストはエトワしかいない。
「近戦部隊でけりをつけろ」
ルミナス王国のクランマスター、アレクサンダーが言った。
選抜のうち、ベルセルクやアーマーソルジャーの近接戦闘タイプのプレイヤーは、30人。一人を倒すなら、充分すぎる人数である。
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『カナエ様、まことに申し訳ございません。このようなことになってしまって……』
エトワからVCが入ってくる。
カナエはイメージトレーニングの最中だった。
目を開け、VCに応える。
「全然、むしろワクワクしてるよ。エトワも準備しておいた方がいいよ」
『戦いの、でございますか?』
「ううん。あれ、まだ言われてない?」
『……何の話でございますか?』
「俺が勝ったら、エトワ、君はそのクランを追い出される」
『え!?』
「あぁ、言ってないのか、おたくのマスターは。――まぁ、そういう約束になってる。こっちもなけなしのプライベートルームを賭けるんだから、そっちもそれくらいの覚悟で来いよってことで、そうしたんだ」
『しかし、そんな……』
「プリーストなら引く手数多でしょ。クランも、辞め時ってのがあるからね」
『わたくしは――』
「恨むならマスターを恨んでくれよ。俺は、君にも話すように言ったんだ。君がどうしてもクランに残りたいって言うなら、違う条件を出すつもりだった。でもおたくのマスターは、当事者である君に話さなかった。まぁ――そういうマスターってことだよ」
カナエはそれだけ言って、VCを切った。
少し可哀そうなことをしたな、と心がチクリと痛む。
戦闘開始、10秒前。
カナエに、今度はアレクサンダーからVCが入った。
『せいぜい頑張れ。この場に来た勇気だけは感心するよ』
「それより、俺が勝った時の約束、守ってもらうからな」
『もちろん。千に一つもないとは思うがな』
「そんなこと言って、吠え面かくなよ」
――戦闘開始。
近戦部隊が、我先にとカナエに向かって走る。
カナエは、すうっと内ポケットに手を伸ばす。
「狩りのはじまりだぁ!」
「ヒャッハー!」
「殺せ殺せ!」
先発の数人、いずれもベルセルクだが、それがカナエに飛びかかった。剣を装備し、全身から湯気を発している。
スパン――。
剣が、空を切る。
バアン。
一人目のベルセルクが倒れた。
続けて二人目、三人目……アーマーソルジャーが追いつく前に、五人のベルセルクがショットガンの餌食になった。
「おい待て、あいつ、強いぞ!?」
冷静なアーマーソルジャーの一人が言った。
ベルセルクが、制止も聞かず突っ込む。
ベルセルクの剣が、カナエの脇をすり抜ける。バランスを崩した無防備な横腹に、ショットガンの一撃が入り、ベルセルクは吹っ飛んで地面に転がった。
「こいつ、本当にガンナーか!?」
あっという間に10人以上を倒されて、近戦部隊も、おちゃらけた笑いをひっこめた。カナエを囲み、一定の距離を保つ。
が――、その一瞬の躊躇いを、カナエは見逃さなかった。
スライディングのように、アーマーソルジャーの構える盾の下をくぐり、ショットガンの一撃を見舞う。バランスを崩した鎧の体に、二発目、三発目を、機械のような冷静さであててゆく。
あくまでゼロ距離射撃。
包囲もままならず、近戦部隊のプレイヤーは次々に倒されてゆく。
「攻撃が、あたらねぇ……え……」
「来るな、来るなぁ!」
「まぁまぁ、そう嫌がらずに」
バアン、バアアン!
銃声が響く。
そして――沈黙。
近戦部隊が、全員倒されたのだった。
少しだけ前進していた後方部隊は、冷や汗を流していた。
思ったよりも、明らかに、強いぞ。
気づき始めた。
ソーサラーが前に出る。
中距離から遠距離は、ソーサラーの天下である。
その距離を――カナエは一気に詰めた。
光ソサのレーザーが放たれ、炎ソサのメテオが降り注ぎ、フレイムウォールがカナエの行方を阻んだ。そのはずだった。
メラメラと燃える炎。
その中から、カナエが飛び出してきた。
ソーサラーは再びスキルを発動させる。
が、全て手遅れだった。
ショットガンの銃口が、ソーサラーの体に密着する。
「やめっ……」
「おうわっ……!」
「あふっ……」
ソーサラーたちはカナエの速さから逃れることはできなかった。
戦闘開始1分。
ヒーラーの4人と、アレクサンダーしか残っていなかった。アレクサンダーのクラスはまーマーソルジャー。甲冑に身を包んでいる。
「誤解してるみたいだから教えてやるよ」
カナエは、対峙したアレクサンダーに声をかけた。
「50人に設定したのは、それなら勝てると思ったからじゃない。――90もいると面倒だからだよ。最初からお前と1対1でも良かった。でもそれじゃあ、やらないだろうと思ってね」
「舐めるな!」
アレクサンダーはカナエに斬りかかった。
カナエはそれを躱し、背後にいたプリーストの3人を打ち抜いた。3人のプリーストは、声すら上げる間もなく、吹き飛ばされて風化した。
振り向くアーマーソルジャー。
にやりと不敵な笑みを浮かべるカナエ。
「エトワ、バフだ、俺にありったけのバフをかけろ!」
最後のプリースト、エトワは、言われた通りに、能力を上昇させるスキルをありったけ、マスターにかけた。
攻撃力、防御力、そして俊敏性がぐんと向上する。
と、カナエはそこで、自分のショットガンに起こった異変に気付いた。
銃口が、歪んでいる。
アレクサンダーも、それに気づいた。
「武器が壊れたか」
カナエは、小さく舌打ちした。
「武器がないんじゃ戦えないな。降伏するか?」
カナエはショットガンをしまった。
アレクサンダーは、勝ち誇った陽気な声で言った。
「諦めが良いな」
「諦め?」
「降伏だろう?」
「誰が?」
「まだやるつもりか? 武器もなしで?」
確かに、カナエは今、武器を持っていなかった。
水鉄砲は、家に置いてきている。
使いたくなかったのだ。
「はぁ……ショットガンで倒そうと思ってたのに、残念だ」
カナエは、てくてくと、アレクサンダーに近づいた。
「何のつもりだ、お前!」
アレクサンダーは警戒し、再び剣と盾を構える。
だが相手は丸腰。
何を恐れることがあろうか。
「死ねぇ!」
盾を構えながら、突進する。
〈シールドバッシュ〉――盾による攻撃である。
――入った。
マスターは勝利を確信した。
次の瞬間――。
キーーーン、と金属の高い音がして、アレクサンダーの盾が、竹トンボのように宙を舞った。アレクサンダーは、ガシャンと尻もちをついた。
「馬鹿な……確かに、当てたぞ……」
アレクサンダーは立ち上がり、剣を構えた。
震えて、腰も引け、構えと呼ぶには不格好すぎる。
カナエは相変わらず丸腰である。
「降参する?」
「ふざけるなぁ!」
激情に任せた一撃。
切っ先はカナエの鼻先数ミリの空間を切り裂いた。
剣を振り下ろし、ちょうどカナエの前に、アレクアンダーの兜の頭が突き出される。
「しまっ――」
カナエは、アレクサンダーの兜を軽くたたいた。
一瞬、金色の光がカナエの手から漏れた。
バスンと、甲冑の体に衝撃が走った。
アレキサンダーは、ゆらあっとよろめき、仰向けに倒れた。
カナエは振り向き、エトワと目を合わせた。
「降参してくれると嬉しいんだけど、どうする?」
カナエの質問に、エトワは目を伏せて答えた。
「――降伏いたしますわ」
戦いは、静かに幕を閉じた。




