童話
しんしんと降り積もる雪。太陽の僅かな光を反射し眩いほどに白く輝く領土。周りに何にもない平原の真ん中にのっそりとそびえ建っているのは、王様の住むお城。その王様はとっても孤独。
王様は昔は王子様だった。賢い王様と控えめな美しさをもつ王妃さまの間に生まれた初めての子供。しかし、王妃さまは王子様を産んでから5日後儚くなられた。その王国では寒さが厳しいということと医療技術があまり発達していなかったということもあり子供を産むのは命懸けの行為だったのだ。
王様は嘆き悲しんだが遺された無邪気に笑う王子様を見てこの子を立派にしてやらないと王妃さまに申し訳がないと思った。そして、王子様が喋り歩けるようになると教師を付けて剣術や歴史、言葉の勉強をさせた。全ては、亡くなった王妃さまのため、王様は王子様が立派になるように厳しく接した。
しかし、厳しくしすぎたのだ。
王子様は教師や王様がそんなんじゃ立派な王様になれないと言われ続けた。そのことを言われるたびに王子様は悲しくなった。
ぼくはがんばっているのに、どうして褒めてくれないの?
王子様は褒めてもらえるように、一生懸命期待に応えようと努力した。しかし、何年経っても、昔できなかったことが出来るようになっても、褒めてもらえなかった。それどころか教師達と王様は口を揃えてこう言う。
そんなんじゃ立派な王様になれない
王妃さまに申し訳がない、もっと努力しなさい
王子様は努力して努力が努力ではなくなるまで、魚が水の中を泳げるように、太陽が東から昇るように、当たり前のことになるまで頑張った。
そこまでいくのに、十九年かかり王子様は賢王と呼ばれていた父と同じかそれ以上賢くなった。
その間に王子様は蝶が羽化するの如く美しく成長した。
月明かりのごとき金色の髪、白磁の肌、湖のような蒼さをたたえる瞳、すっきりとして整った鼻筋、唇はさくらんぼうのようにみずみずしい。
けれど、王様は王子様が美しく成長するのと対照的に弱々しい老人になってしまった。
昔の面影もなくなり、病で床に伏せった王様はそれでも王子様を褒めない。まだ駄目だと。
王子様はそうですかと言った。
それが王子様と王様の最後の会話だった。そして、翌年王子様は王様になった。
王子様は....王様は最初の数年間は上手に国を治めていたが、亡くなった先王に厳しく教育を施されたせいなのだろうか、家臣達に求める能力が高すぎた。ある者は誤情報を確認せずに告げた、ある者は料理のでてくるタイミングが遅かった、ある者は掃除で埃を残したなどの理由で牢屋に入れられたり、放逐された。
関わったら酷い目にあうと、周りの人たちは王様を恐れた。王様は美しいが血は青いと言う噂まで立ち始めた。
王様はたちまち一人になってしまったが、気にしてなかった。完璧にできなかった人たちが悪いのだと。自分の方が完璧に出来ると思った王様は全て一人で行うことにした。
料理、洗濯、掃除、書類の整理、決済、外交あらゆることをしようとした。書類の整理、決済、外交などは教育を受けていたのでこなせたが、家事などをしたことがない王様は戸惑った。
料理の見た目が悪い。味が濃い。掃除の方法がわからない。どれくらいの量を使えばいいのか。洋服が上手に干せない。畳めない。
それを数年間続けた王様は自分が満足出来るほど上手になった。
それを見ていた周りの人たちは驚いた。王様が根をあげて縋り付いてくると思っていたのだ。王様が謝ってくれれば許してあげようという気持ちでいたのだ。
ところが、王様は一人で完璧にこなしているではないか。王様が他の人を咎めたような失敗を王様はしなかった。
周りの人たちは王様に馬鹿にされているような気がしてますます遠巻きになった。
王様が一人でなんでもこなすのならば私達は必要ないのではないか。
そう考えた家臣たちは次々と国を出て行ってしまった。一人、二人、そうして、幼なじみの宰相以外王様の前からいなくなった。それでも、国を治めなければならない。
王様は睡眠時間を削って働いた。何事も失敗は許さない。来る日も来る日も働いた。完璧で、素晴らしい国をその一心で。しかし王様は遂に倒れてしまった。
このままでは完璧に出来ない。そんなことは許されない。ならば、どうすればいいのか。
王様は考えて、考えて、そして思いついた。治めきれないのならば数を減らせばいいと。王様は国民を剪定し始めた。
毒、家事、処刑。いろいろな方法で減らした。
国民たちは逃げ出した。ここにいたら王様に殺される。殺される前にこの国を出なければ。国民さえもいなくなった。これで完璧にできる。王様は嬉しそうに笑った。
その笑みはとても美しかった、この世の者と思えないほど。
その後王様がどうなったか知る人はいない。もう死んでいるかもしれないし、まだ城で一人働いているかもしれない。
この童話から得られる教訓は三つある。
一つ目に、人は皆完全ではなく互いを補完し合い生きているということ。これを忘れ、驕った者には破滅が待っている。
次に、伝えたいことがあったらそれは口で相手に言わないとわからないということ。
勘違いはすれ違いを生み、すれ違いは悲劇を生む。
そして睡眠は十分に取るという事。十分な睡眠は日中のパフォーマンスを上げる。寝ずに仕事をするより休息をとった方が効率よく仕事を行える。
「三つの教訓のうち最初の二つは分かるんだけど最後の一つは微妙だねぇ」
焚き火の炎によって顔が照らされうっすらと浮かびあがっている愛嬌のある女性の顔。眉を顰め納得いかなそうに溜め息をつく。
「童話って言うものはさぁっ...人生においての教訓を得られるものじゃあないの?それが睡眠って」
薪が爆ぜる大きめの音に驚き言葉を詰まらせたが、馬鹿にしたような口調で相手を見つめる。
その相手である青年は怒ったように言う。
「睡眠を馬鹿にしてはいけませんよ 。人生の三分の一は眠って過ごすというではありませんか。ならば睡眠もまた人生の一部です。人生の質を上げたいのならば睡眠の質をどれだけあげるかということにも繋がります。つまり、睡眠は素晴らしいということです。」
拳を握り締め睡眠について力説する。それを女性は微笑ましいものを見る目で彼を見ている。
「うん、まぁ睡眠が素晴らしいことだってのはあたしも思うけどさ、そういう意味で睡眠を馬鹿にしてるわけではないんだけど。」
「では、どのような意味ですか。」
青年は不思議そうに尋ねる。
「分かんないならいいや。あんたさ、阿保って言われない?」
失礼なことを何でもないことのようにさらっと言ってのける女性。
「阿保って何ですか、お馬鹿とならよく言われましたけど。」
ますます暖かい目で青年を見つめる。
「うん、分かった。明日早いからもう寝ようか。じゃあ、おやすみなさい。面白いお話をありがとうございましたっ」
すくっと焚き火の側から立ち上がり寝床に向かう女性。
急に寝ると言われ驚いたが、周りを見回し納得したのか笑顔でおやすみなさいと返す青年。寝ずの番以外の者はもう寝ているようで薪の爆ぜる音が響く以外は静かだ。
「あっ、焚き火は消さなくて良いからね旅人さん」
慌てたように言う彼女に旅人は口元に手をもってゆき静かにするようにサインを出した。それを何とか読み取れた彼女は慌てて手で口を覆うがもう遅い。
苦笑しながら旅人は了解のサインを送る。
そろそろ寝床に行くかと旅人は立ち上がり、寝ずの番をしている男に会釈をして自分のテントに向かって行った。
睡眠は人生の一部だ。寝られる時に寝ておかなければ後悔する時が必ず来る。
「おやすみなさい、良い夢を」
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