Scene93『ギルド長会議』
総一郎に呼ばれたギルド長会議は、元々尊の作戦が上手くいっても失敗しても開かれる予定のものだった。
一部の最初から尊の味方に付いていたギルド長やプレイヤー達を抜かして、ほぼ詳細を知らされずに行われた作戦であったため終わればそれについて語る必要がある。
勿論、いきなり全体にそれを伝えても無用な混乱や不必要な情報を伝え、無為な拘束の長時間化を防ぐために今回は各組織のトップのみを呼んだというわけだ。
尊自身もそうするべきと同意したことなので、呼ばれること自体には異存はない。
が、ノーマル状態の尊には、武霊ネットを通じて開かれている会議であってもガチガチに緊張してしまう。
「えっと……の……僕の無茶なお願いを聞いてくださって皆さんありがとうございます」
目覚めた部屋でベッドに座りながらの参加ではあるが、下げるべき頭は下げる尊。
オドオド感が全体から出ているお礼に、今回から参加のギルド長達は戸惑いの表情を浮かべる。
地上での臨時ギルド同盟会議を知らない上に、でぃーきゅーえぬの中継や武霊ネットによる戦いしか見ていなかったのも重なっているのだ。
普通の時の尊が見た目通りどころか引っ込み思案なところがある男の娘だと知らないが故の戸惑い。
ちなみに今の尊は特になにかを着ているというわけではない。
下半身は掛けられていたシーツでしっかり隠されているが、上半身が露わになっている。
その上、武霊ネットでの会議はVRA画面を駆使して行われているため、発言者が参加者の前に拡大展開される仕様になっていた。
結果としてほとんどの者達が男の子であることに戸惑いを覚え、一部の者がそれはそれでと興奮している様子を見せて色んなところから警戒される事態になっていたりする。
そんなことを武霊ネット会議の仕様によって気付きようもない尊はそれなりに長い間下げた頭をゆっくりと上げた。
「す、既になにをしたのかの詳細は皆さんの武霊さんから聞いていると思います。ですが、改めて発案者である僕から説明させてください」
そして尊は実際に起きたことを交えて自分達が行った作戦の概要を伝えた。
もっとも、いるであろうフェンリルの工作員など伝わってしまうとまずい情報は伏せつつだが。
今回集まっている中にいるとは想定はしてないが、その周りにいる可能性が高い集まりであるためあからさまにそれを口にするのは問題だからだ。
フェンリル側にはこちらが工作員を想定していることは気付かれているだろう。
だが、プレイヤー側にはそれを知らない・考えてもいない者がいる。
そんな者達にわざわざ不安を煽るような不確定要素を伝えるのは得策ではない。
下手をすればそれによる恐怖と混乱を利用され、折角まとまっている今の形が崩れかねない。
フェンリルとてそれを利用しないなどということはないだろう。
勿論、感づいている・予測している者はいるだろうが、それができるのならばそれを吹聴することで起こるであろう事態を考えないわけもない。
よって尊の説明は、ガチガチに緊張したものでありながら情報戦を想定したものとなっていた。
「一二三。どうだ?」
情報系ギルドグラスペッパーズギルド代表・早見 一二三のみに聞こえる秘匿通話で小早川総一郎が呼び掛けると、彼は特に反応らしい反応を見せずしかも口を動かさずに答えた。
「半分ちょいと言ったところでしょうかね? 流石にここまで瓦解せずに残っているギルドの長ってところでしょうかね?」
「そうか。ならその者達がこちら側に引き込めるかどうかの調査と精査へ移行してくれ」
「もう始めていますよ」
「そうか」
尊の説明にどう反応しているかをグラスペッパーズとその手の見極めが得意な者達によって行われ、こちらの全てを話しても支障がない者達を選別していた。
現状でも手は足りていることは足りているが、完全な味方の割合は大いに越したことはない。
「それで、そちらはどうなのです?」
「ふむ。翼との決着とそこからの顛末も公開しているからな。現状の尊の説明も反発している者は皆無だな。この分なら予定通りで構わんだろう」
「尊君への説明は?」
「しとらんよ?」
「いや、ええ? それは駄目でしょう」
「なに、外堀から埋めればあの性格さ。断らんよ。そのための根回しも尊が寝取る間に済ませとるしの」
「これだから政治家は……」
「元だよ元」
快活に笑う元総理に、ジャーナリストは若干疲れたため息を吐いた。
そんななにかしらの企みが進行していることを知らない尊は、伝えるべきことを伝え終える。
緊張から来るたどたどしさと見た目から、その頃にはほとんどの者からほっこりとした視線を向けられていたりするのだが、武霊ネット会議の性質上それを彼は確認していない。
全体の雰囲気がよくわからず、反応いかんによっては今後の方針を変えなくてはいけないが故に、尊は緊張した面持ちのまま次に話す予定の総一郎にバトンタッチすることにした。
「現状のことはさっき起きたばかりの皆さんの方が詳しいと思います。今後の予定は大まかにですが事前に決めていますので、幾分かの修正を行って既に進行中だと思います。そのことに関して陣頭指揮を取ってくださいっている小河総一郎さんから説明をお願いできないでしょうか?」
「おおう。任せな」
VRA画面のメインが男の子からジジイに変わったことであからさまにため息を出す奴らがいたりするが、特に総一郎は気にしない。
が、わかっているとばかりにニヤッとしとく。
「まあ、もうちょい待て。しばらくだけジジイの顔に付き合ってもらうぞ。まず、現状の地上に関してだが、既に自動兵器であれば闊歩できるまでに安定してしまっている」
情報共有されているのはどんな戦いがあったかのみであり、現状の戦況に関わる情報は抑えられていた。
そもそも今動いているのは尊に味方した者達のみであるため、ただ誘導されて地下に逃げ込んだあるいは狭間の森になにもせずにいる者達は関わっていないが故になにも知りえる手段がないのだ。
だからこそ、情報を欲して総一郎の呼び掛けに応えたという側面がこの会議にはある。
「安心しろ」
サンフレアバーストの影響が終わったという情報に騒然となる直前で、若干言葉を強める総一郎。
出鼻をそれで挫かれたのか、静かになるのを見計らって総一郎は続きを口にし始める。
「このことはあらかじめ予測した範囲内だ。地上の激変によってここへの入り口は多くが溶けだしたビルなどにより塞がれ、残っている場所も既に確認し、人員を配置済み。自動兵器が転送される兆候もない。向こうも戦力の補充に力を入れているといったところだろう」
自分が寝ている間も予定通りことが運んでいることに尊は少しだけほっとする。
もっとも、最大の難関はヴァルキューレこと翼だったので、少なくともほとんど作戦が成功した時点で多少の時間稼ぎができることは確信していた。
フェンリルの現状の主戦力は自動兵器である以上、サンフレアバーストで地上部分ごと大量に破壊してしまえばどうしたってその補充に力を入れざるを得ない。
例え正規隊員がヴァルキューレのような特異な戦闘能力を持っていたとしても、まだ強制転送されずに残っているプレイヤーの方が圧倒的に数多いのだ。
故に数の暴力の支援なしにフェンリル達が動くとは考え難い。
もっとも、武霊の大樹を乗っ取って自動兵器の製造している以上、果たしてその平穏はどれほどの時間があるか。奴らが必要としている数の最低数がどれほどなのかわかっていない現状ではその予測は難しい。
その不安が広がる僅かな間を待ってから総一郎は続きを話す。
「そこで提案だ。これから本格的に我々と共闘をしてくれないだろうか? 勿論、わかっている。半ば強引に、誘導するように協力させ、折角築いてきたホームごと地上を壊させる選択しかさせなかった我々をよく思っていないことは。だが、現状ではそうせざるを得なかったのは尊の説明でわかっているだろ? 今回もそうだ。協力する以外の選択肢はない」
聞く以外できないタイミングで、理不尽なことを口にする。しかも、そうしなくてはいけないというおまけ付きでだ。
「流石は政治家さんですよね」
思わずそう口にした尊に、隣にいる鳳凰と京子は苦笑する。
「まあ、こちらの思惑と重なっている時は頼もしいがな」
そう言った鳳凰の表情が、若干同情が入っているような気がした尊は首を傾げる。
「先に言っておくが、私は尊の味方であり、反対はした」
「え? えっと……ありがとうございます?」
彼女の言葉の意味がよくわからなった尊だったが、それは直ぐに判明することになる。
「だから私はここに提案しよう。黒樹尊を同盟長にした武霊プレイヤー……いや、武霊使い同盟の発足を!」
「んん!?」
堂々と総一郎が提案した寝耳に水な話に、鳳凰を見て、京子を見るが、即顔をそらされた。
しかも、なぜか武霊ネット会議の方は大歓声となっており、あっさり受け入れられている。
そんな状態の人達に嫌だと口を挟めるほどの勇気は普通の状態の尊にあるはずもなく、あれよあれよという間に武霊使い同盟に参加すると集まった全てのギルド長が表明された。
これ自体は尊も考えた話なので問題ないが、
「では、準備が整い次第同盟発足会を行おう。よろしいかな同盟長殿」
そう尊に呼び掛ける総一郎は実に悪い顔をしていた。
こうして尊の意思に関係なく彼を中心にプレイヤー達はまとまることになるのだった。
してやられたノーマルモードの尊ちゃんでした。




