Scene91『黒刀の武霊使いにしばしの休息を』
「うっ……え!?」
尊が目を覚ますと、真っ白な天井が目に入った。
ある意味では見慣れた地下三階の小部屋であることに気付くと同時に、
「カナタ!」
自身の武霊を心配して飛び上がろうとしたが、身体が言うことを聞かず僅かに身動ぎをしただけに終わってしまう。
「な、なんで?」
口も思うように動かず、声もまた普段出しているものより小さくか細いものになっていた。
「回答します。マスターは現在VR量子不足により身体機能が著しく低下しています」
「カナタ……無事なんだね」
首もうまく動かせないため彼女を確認することはできないが、どうやら寝かされている場所の真横にいるようだった。
「肯定します。そして、感謝します。マスターのおかげで私の損傷は軽微です。ありがとうございます」
「現実に本体がある僕より優先すべきはカナタだからね。当然だよ」
「……」
自分の発言にカナタは反応らしい反応を見せないが、なんとなく不満そうな雰囲気を尊は感じないでもない。
そのことに思わず苦笑していると、ドアが勢いよく開けられた。
「目を覚ましたか尊!」
眼球だけをなんとか動かして声の主を確認した尊は、思わず目を瞬かせた。
現れたのは黒髪白肌の美少女だったからだ。
「君は……」
光沢のある黒髪に日本人離れした白い肌を持つ線の細い美少女。
肩まであるくせっ毛の一切ないストレートロングの黒髪に、線の細さを感じさせる白肌と可憐さを持ち、人形のように整った顔付き。
面識があれば忘れようがないほどの彼女に首を傾げかけたが、僅かにだが覚えがあることに気付く
どこでだったか思い出そうとするが、いまいち今の状況がわからないことも重なってつい困った顔になってしまった。
「ふむ。覚えていないか……これは正体を隠しておくべきだったか?」
若干独り言のようなその言葉と口調に、尊はハッとなる。
声質は全く違うが、覚えがある人物が一人。
「鳳凰さん! の中身!」
「いや、まあ、その通りなのだが……」
「あ、いや、すいません。つい」
自分の思わずの言葉に引きつった顔を見せる美少女に尊は頭を下げようとしたが、やはり身体が上手く動かず頭を上げることすら無理だった。
「無理をするな。今の尊は生存が最低限可能なレベルまで筋力を失っている」
「そ、そうなんですか……」
今の自分がどんな姿になっているか怖いような興味深いような気持になりつつ、とにかく動けないことを認めて力を抜く尊。
「……まあ、あんな状況で助かったのですから、こればかりはしょうがないですね」
一瞬、自分が体験した地獄を思い出しかけた尊だったが、それを防ぐかのように少女姿の鳳凰が視界の中に入る。
「そうだな。VR体そのものが破壊されたわけではない以上、VR量子を補給すればリセットで直ぐに回復するそうだ」
「量子の補給ですか……普通ならログアウトしている間や重度であれば損傷した瞬間に補給されるんでしたっけ?」
「ああ、だがそれらが正しく機能していない今では、現実と同じ手段でしかできないそうだ」
「食事、ですか?」
「そうだ。ただし、普段の消費のみであれば僅かな飲食でいいらしいが、今の尊の場合はリセットを挟んで何回か満腹まで食事をする必要があるという話だったかな?」
「体が動かなくなるまでになっているわけですものね……」
「とりあえず、尊がそろそろ起きそうだということで食事の準備はしてある……食べられるか?」
「はい。早く回復したいですし……結局事態はなにも解決できませんでしたから」
「一方的に攻撃されない状況を作り出せたんだ。十分過ぎるさ」
「……」
なにを思ってか沈黙してしまう尊に、困ったような顔を向ける鳳凰だった。
鳳凰が人を呼びに行くために出て行ってしばらく、再びドアが勢いよく開けられた。
「うははは! わしは『神室 鉄人』。商業組料理人ギルド『国境無き料理団』の団長をしとる者だ」
「私はゴマなの~」
巨大なお盆を軽々と持ってきたのはスキンヘッドがまぶしい大柄な筋肉老人だった。
その足元には狐耳と尻尾が付いたコック服の女の子がおり、彼女が神室鉄人と名乗る者の武装守護霊なのだろう。
ちなみに武霊が料理人の恰好をしているのに対して、鉄人の方は何故か上半身裸で筋肉をぴくぴくさせている。
流石の尊も唖然とするインパクトだったが、直ぐにあることを思い出す。
「国境無き料理団って第三次世界大戦後に世界同時食糧危機を救った一団の名前ですよね?」
「おう。よく知ってるな。世間的にはその件は天野様が目立っとるはずだが」
嬉しそうに尊が寝ているベッドの左隣にあるテーブルにお盆を置いた鉄人は、何故かサイドチェストのポーズを決め、むきっとする。
「きょ、教科書に載っていましたから」
でかい老人のデカくてキレる筋肉に若干引きながら尊は自身が見た内容を思い出す。
「初期の食料生産工場は食料事情の緊迫さから大量に早く作ることを優先していたため、味はいまいちでそれでも美味しく食べられるようにして世界各国にQC管理の食料生産工場を一気に普及させるのに一役買ったって書かれていました」
「おう。まあ、そんな立派なもんは建前みたいなもんよ。俺らはただ腹減ってる奴に美味いもんを作りに行っただけよ」
などと言いながらバックダブルバイセップで背中と腕の筋肉をアピールする鉄人。
「そ、そうなんですか」
「おうよ。だから美味いもんもってきたぜ。喰いな」
「い、いただきます」
と鉄人に若干圧倒されながら上半身を動かそうとした尊だったがやはり動かすことはできない。
このままではどんな食べ物を持ってこられたのか確認すらできず、若干の不安を感じてしまう。
そもそも、自分で食べられないというのは申し訳なさと羞恥心を感じる質なのだ。
なんとか踏ん張ろうとした時、何者かの手で身体を起こされた。
サイドから二人掛かりであったこと、それでようやく右にカナタが、左にいつの間にかゴマがいることに気付く。
「あり―」
「はい。あーんなの~」
お礼を言おうとした尊にささっとフォークに差したなんの肉で作られたのかわからない団子を口元へ持ってくる。
のをカナタががっと手で止めた。
「……警告します。マスターのお世話は私の仕事です」
「ゴマはお爺ちゃんのお手伝いなの~」
「否定します。あなたの手伝いはいりません」
「駄目なの~! 最後までお手伝いするの~」
「うっはっは! ならばわしが」
「警告します」
なにやら三人が揉め出し、はからずして目の前でおあずけを喰らうことになった尊は生来の性格から文句を言えずしばらく可愛らしいお腹の音を鳴らし続けることになるのだった。
新章開始です




