Scene90『駆け抜ける白銀の騎士は』
時は日暮翼が空想科学兵装ヴァルキューレを纏った頃に戻る。
「とにかく、急いでそちらに向かう。それまで耐えてくれ」
そう言ってVRA通信を切った鳳凰に、地下一階で合流していた八重が眉を顰める。
「待ちや。向かうっていうても、ここからか? しかも、戦力が低下している今でか?」
融合魔法サンフレアバーストを放った直後であり、エインヘリャル達が尊に襲い掛かっている最中。
鳳凰の焦りはわかるがそれを実現するには現状が追い付いていなかった。
周囲には二人以外にもプレイヤーはおり、そのほとんどが地下ダンジョン内だというのに武装化が解け、人型や動物型の武霊達が眠っていた。
「せめて誘導に行かせ取る連中を一部戻してからにしいや」
「それでは遅過ぎる。なによりそんなことをすれば尊への負担が増える」
地下四階でガーディアン系が介入してこなかったのは、改造守り人が戦場外で暴れている以外に、戦の聖人などの戦闘の得意なプレイヤー達が地下四階への侵入を試みる振りをしているからだった。
「そもそもどこから侵入するつもりなん? 今使えるルートは尊のところまで辿り着くには遠過ぎるし、なによりバランスが崩れへんとなにが起きるかわかれへんわよ?」
八重の言う通り、地下四階への侵入偽装はガーディアン系の戦力が分散するように調整されている。
入る振りである以上はそれが最適であり、バランスを崩して戦力がどこかに集中してしまえば一気に瓦解しかねない。
その懸念は作戦の指揮をしている鳳凰が最もわかっている。
だからこそ、全身甲冑は指を上に向けた。
「地上から行く」
「いやいや、なに言ってるの? 今どうなってるかわかるでしょ?」
思わず素が出てしまった八重に鎧の下で鳳凰は苦笑。
「灼熱地獄だろうな」
「一歩外に出れば強制転送が……ああ、属性か」
「ああ、私のリチャードは炎を司っているからな。熱への耐性は誰よりも高い」
「確かにそれなら最短ルートを通れるだろうけど……」
でぃーきゅーえぬ達が侵入したルートには、自動兵器が厳重に警備していた。
それ故にサンフレアバーストを防ぐための処置は施せられなかった。
もっとも、地下への被害自体はダンジョン自体の防御機能で軽減はしていると予測されているので、爆破された部分のみが破壊されて通過は可能になっているだろう。
ガーディアン系もでぃーきゅーえぬ達が過度に破壊しているので、一人で向かうにはある意味では最も適切なルートだといえる。
だが、
「たった一人で向かってなんになるの? かえって尊が用意している作戦の邪魔になるんじゃないの?」
「武霊でなくては対処できない事態もあるだろう。だとすれば一人でも多く駆け付けるべきだ」
「あ~……」
なにを言っても引く気がない鳳凰に八重は思わず天を仰いだが、少し間をおいてため息吐いた。
「わかったわ。あなたが抜けた穴はこっちで埋めるから早く行きなさい」
「助かる」
八重の苦笑に背を向け、鳳凰は走り出した。
足から炎を噴出させる高速移動魔法を駆使して瞬く間に地上へと至る階段へと至る。
その前で精霊魔法を駆使して熱の侵入を防いでいる盾の乙女団団員がいたが、特になにも言わずに道を開ける。
鳳凰がどういう人物であるかわかっているが故の行動であり、止めても無駄だと知っているのだ。
「ご健闘を祈ります」
「ああ」
頷きと共に精霊魔法の防御壁から鳳凰は抜け出した。
地下ダンジョンと違い、同じ閉鎖空間であっても広大な地上は未だにサンフレアバーストの影響で荒れ狂っている。
疑似太陽の熱で今も廃ビルは溶け、マグマのように低い方へと流れ、処置をしていない地下ダンジョン入口へと流れ込む。
それ故に地面はとても歩いていける状態にはない。
だが、空もまた同様だった。
吹き荒れる大気がまだ原型を残している瓦礫を舞わせている。
その中には鳳凰の全長を越えるものまで混じっており、風の属性を持っていないリチャードの精霊力を削り始めた。
まさしく灼熱の地獄といえる光景。
それでも鳳凰は躊躇わず行く。
飛び込むのはマグマから僅かに見える守護の大樹の黒い根。
武霊であっても干渉不可能な不壊の植物は、天井を蓋するドームのみならず、地上と地下を分ける境にも大量に張り巡らされている。
それらは今地上で起こっている異変に反応してか、僅かな光を発し、徐々にではあるが周囲を元の環境に戻し始めていた。
故にそこに着地すれば僅かではあるが負担が軽減する。
鳳凰は次から次と黒い根へ飛び移り、巨大な赤い渦巻と化している場所に到達した。
いくら属性が炎であったとしても、このままマグマの中を泳ぐというのは無理がある。
熱や炎が得意ではあっても、液体となった物体に対しての耐性は低いからだ。
であるのなら、そこを抜ける方法は一つ。
「シールド多重展開!」
ライオンの盾の裏側にはカナタとは比べ物にならない数の紋章孔が開いており、そのほとんどにシールドの紋章で埋められていた。
それらが瞬き全身を覆う半透明の障壁を作り出し切る前に鳳凰は渦の中に飛び込む。
大きな鎧があっさりマグマの中に沈み込み、シールドの紋章魔法が次々と輝きを失っていく。
一瞬の接触である銃弾とは違い、入っている限り常時ダメージを受けるがために魔力消費はその比ではない。
加えて地上では地下の尊ほど潤沢に紋章魔法が手に入るわけではない。
故に今セットしている物が切れれば、救援すらままならずに半ば自滅のように強制転送となってしまう。
「間に合え!」
思わず出たであろう祈るような言葉と共に、全ての輝きが失われた。
しかし、未だに鳳凰は灼熱の中。
一気に削られ始める精霊力。
「リチャード! 最低限にしろ!」
「しかし我が主」
「この鎧なら大丈夫だ!」
「……わかりました」
苦渋という感情がありありとわかるほどの声に鳳凰はマグマにもみくちゃにされながら微笑みが漏れる。
だが、それは鎧の下で直ぐに歪むことになった。
精霊領域でカットされていた熱の一部が鎧の下にまで浸透してきたからだ。
ただ、暑いというレベルを超え、痛みさえ感じるが耐えられない程ではないのか声すら出さすただ一点を見詰める。
リチャードが表示するマグマの端への到達時間。
じりじりと精霊力が削られ、鎧の中の身体が汗だくになる。
逃げ場がない水が溜まり不快度が増した頃、不意に動かされている感覚が鈍り始めた。
「我が主。ここから少し先が急速に冷却されています」
「ガーディアン系か?」
「そのようです」
「予測通りだな。一気に突破する。行くぞリチャード!」
「ご随意に」
「烈火のごとく」「貫き進め」「矢じりのごとく」「貫き穿て」
ガイドワードを唱えながら精霊領域を駆使して方向を変え、前面に盾を構える。
それ共に緩慢になりつつあった動きが良くなり始めた。
マグマの中ではわからないが、鳳凰の周りが炎に包まれ固まり始めた溶岩を滑らかにし始めている。
しかし、これは副次的なこと。
「「フレアチャージ!」」
背面から炎が噴出し、身体を一気に前へと押し出す。
直ぐに硬質ななにかに当たり動き止まるが、それは僅かな間のことで前へ前へと進み、一気に加速した。
殻のような硬化物と灼熱の液体を撒き散らし、人型のガーディアン系を吹き飛ばしながら鳳凰は更に先へと駆け抜ける。
「精霊力は!」
「半分を切っています」
「紋章魔法は!」
「シールド系は全滅しています」
「尊の状況は!」
「……勝利しています」
「は?」
「勝利しています」
「……」
「既に交渉にも入っているようです」
「……まったく、なんて子だ」
ほっとしつつも思わず呆れてしまう鳳凰だったが、それは直ぐに緊張へと変わってしまう。
確認のためにカナタが提供しているVRA動画を見た瞬間、ヴァルキューレこと日暮翼が自爆したからだ。
「なんてこと!」
慌てて走り出した鳳凰が件の部屋に辿り着いた時、その前はガーディアン系と改造守り人が入り乱れる戦場と化していた。
「強引に突っ切る。精霊力は最低限を維持!」
「我が主!」
「鎧の耐久力を限界まで酷使しろ! 壊れても構わない。尊をあの中から助けるためには精霊領域は絶対に必要だ!」
「……わかりました」
「行くぞリチャード!」
鳳凰の鎧は既にマグマの熱と、通り抜ける時に受けたガーディアン系達による冷却によってひびが入り始めていた。
リチャードの武装形態である大盾のみが無事という状態だった。
それ故に、乱戦状態になっている場所に強引に通り抜けようとすれば、流れ弾で鎧の一部は砕け、その下が露わになる。
大鎧を身に纏うにふさわしい屈強な体。
が現れることはなく、代わりに姿を見せたのは鋼鉄の骨。
壊れた個所から僅かに見えるそれらは、ピストン運動して大鎧を動かしているようだった。
人工筋肉で動かしていたヴァルキューレの空想科学兵装に比べれば原始的だが、それでも立派な機械仕掛けの鎧。
だからこそ無理が効く。
そう言わんばかりに部屋の入り口へ、襲い掛かる守り人を盾で殴り飛ばし、守蜘蛛からの砲弾を改造守り人によって身をていして庇われ、それでも受け続けるダメージによって左腕が落ちても気にせず着実に。
そして、辿り着いたドアをキーの紋章魔法で開き、バックドラフトが起きる中、精霊領域で強引に部屋の中に入り込み。
「我が主! 前です!」
膨張する空気に押し出された尊を受け止めた。
「すまない尊。遅くなった」
「ほ、鳳凰さん」
VR量子を限界まで失ったことによって骨と皮しか残ってないかのような尊の姿。
それにも驚いたが、一瞬状況を忘れて別のことに驚愕する。
「男!?」
服も焼失したことによって露わになっている部分を思わず凝視してしまい鳳凰はそれに気付くのが遅れた。
「回避を!」
リチャードの警告で気付いた時には、弾丸のように迫っていたなにかの部品が上半身に直撃していた。
尊を助けるために最低限の精霊領域にしていたこともあだとなって、なんとか原型を保っていた鎧が砕け散る。
「え!?」
露わになった中身を見た尊はそれがとどめになったのか、
「お、女の子?」
その言葉と共に意識を失う。
目撃された鳳凰の中身・黒髪白肌の美少女は、しまったという顔になりつつも部屋を後にするのだった。




