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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
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Scene8『リビングストーン』

 VRA地図に表示される魔物を表す光点は、まるで徘徊しているかのようにランダムに動いていた。

 尊がいる方向に向かってきたかと思えば、全く正反対な方向に戻ったり、右や左に動いたかと思えば、元の位置に戻って止まったり、少なくとも地図上では移動に規則性がないように見える。

 「カナタ。ここからでも、どんな魔物だかわかる?」

 「不明です。現時点では視覚範囲外の存在の詳細を把握することは困難です」

 「現時点でってことは、その内できるようになるってこと?」

 「肯定します」

 「ん~でも、できれば今直ぐにどんな魔物か知りたいんだよね。なんとかならない?」

 「可能です。他プレイヤーから公開されている情報から、どんな魔物が存在しているか推察はできます」

 「ああ、なるほど、妖精広場を活用すればいいのか」

 「肯定します」

 VRA地図の隣に、妖精広場が映る半透明な画面が現れる。

 移動中であることを考慮して、カナタが勝手に調整してくれたようだ。

 「ありがとうカナタ。見やすいよ」

 「……はい」

 返事に妙に間があったことに、尊は少し首を傾げた。

 今のカナタは日本刀になってしまっているので、表情やら態度をそこから読み取ることはできない。もっとも元の姿でも無表情なので、まあ、結局はわからなかったかもしれない。

 とりあず、浮かんだ疑問符は後回しにして、妖精広場の方に集中する。

 「……真ん丸な岩石?」

 武装精霊専用SNS妖精広場には、プレイヤーが発見した魔物の情報が提示されていた。

 その中で狭間の森に最も出てくる魔物が、動く岩石『リビングストーン』だった。

 提示されている写真や動画を見ると、それは丸い岩の塊にしか見えないが、自然物という割には球体過ぎ、人工物という割にはごつごつし過ぎている。

 そんな物体が、動画のなかでゴロゴロと撮影者に向って転がり、逃げても追ってきていた。

 どんな原理で動いているのかわからないが、間違いなく生きている存在なのだと理解させる映像に、尊の顔が引きつる。

 「現実ではありえない生物だよね。まさに魔物って感じ?」

 「説明します。ティターニアワールドに追加されている魔法によって存在している生物です」

 「うん。それはさっき聞いた……僕達も使えたらな……」

 どうにも未練がましく思ってしまうのは、ファンタジー世界などに憧れる尊の少年らしい部分がさせるのだろう。

 その落ち込みぶりは、周りに人でもいれば直ぐにでも励まして上げたくなるようなガックリぶりなのだが、カナタは特に反応らしい反応はない。

 (公共ナビさんなら、僕が落ち込んでいたら心配そうに声を掛けてくれたりするんだけどな……)

 普段から接している公共ナビとカナタとの違いに首を傾げる尊は、それがナビの違いからくるものなのか、それとも彼女の個性なのか判断が付かない。

 (まあ、出会ってからまだ一時間も経ってないんだし、それも当然といえば当然かな? そもそも、今はそういうことより重要なことばかりだし)

 そう思い直した尊は、自身が両手で握っている刀を見た。

 「リビングストーンに遭遇したら、黒姫黒刀だけで戦うしかないんだよね……うんん、それもそうだけど……」

 鋭い刃は、頼もしく見えるが、包丁以外の刃物に縁がない尊からすると、その剣呑さに怖さを感じなくもない。これが元々は小さな女の子である。と思っても、武器として形成された物に対する本能的な恐怖はなかなか拭えないのだ。特に今はギルバートと対峙した時のように、余計なことを考えられない状況下ではない。自ずと思考が駄目な方向へと螺旋を描いて落ち始めてしまう。

 (うっかり落として足に突き刺さったらどうしよう。って、精霊領域に守られるか……ううん、そんなことより、ずっとこの重さを持ち続けられるのかな? というか、あんな全身が岩の魔物なんて、流石に日本刀でも切れないんじゃ?)

 などなど、マイナスなことを考え、外に小声でダダ漏れになり始める。

 ゾーン癖の悪い側面が出始めたのだ。

 これが、安全な場所で行われたものであれば、大して問題はなかっただろう。

 だが、今、尊がいる場所は、魔物が跋扈する危険な地帯。そんな状態が不利に働くことがあっても、有利にことなどまずない。

 「マスター」

 唐突なカナタの呼び掛けに、尊ははっとなり、思考の世界から引き戻される。

 「な、なに!? どうしたの?」

 「警告します。リビングストーンの一体に気付かれました」

 「え?」

 VRA地図を見ると、確かに一番近くにあった赤い光点が、こちらに向かって凄まじい勢いで移動し始めている。

 このままでは十数秒後に遭遇するのは間違いない。

 慌てて周りを見回す尊だが、周囲は木々と高い根に囲まれており、天然の一本道となっていて逃げ場は元来た道しかなかった。

 木を登ってやり過ごそうかとも思ったが、木登りなどしたことがない上に、尊の背が届きそうな位置に取っ掛かりになりそうな枝や洞はない。しかも、戻ろうにも向かってくる速度の方が明らかに早かった。

 (せめて隠れる場所は!?)

 願うように更に遠くへと視線を向けてみるが、早々都合よくそんな場所があるはずもない。

 (いや、でも、多分、隠れても無駄だよね)

 視認外からこっちの位置を知り得たということは、リビングストーンは明らかに視覚に頼らない探知方法を持っているということになる。

 だとすれば、隠れた程度で回避できる相手ではないと悟った尊は、動揺する心と体を落ち着かせるために、大きく息を吸い、吐き、キッと前を向く。

 「迎え撃つよカナタ」

 「お祈りします。御武運を」




 尊が正眼に黒姫黒刀を構えて数秒後、リビングストーンが正面に現れる。

 ただ、薄暗い森の中であるため、なんとなく現れた程度にしか認識できない。

 「カナタ。暗視と拡大映像を出せる?」

 「了解しました。VRA画面を展開し、表示します」

 視覚の隅に、小さなVRA画面が展開され、大小様々な黒い石の塊が映し出される。

 見た目はただの丸っこい岩なのに、こっちに向かって真っすぐ転がってくるのを見ると、ここがファンタジーな世界であることを否応なしに自覚させ、思わずごくりと生唾を飲んでしまう尊。

 (できることなら逃げ出したいよ……)

 思わず泣き言を心の中に浮かんでしまうが、狭間の森に入ってから慎重に進んだこともあり、時間は既に十五分経ってしまっている。

 (簡易地図から考えると、出口までちょうど半分という位置……ぎりぎり間に合うかどうかかな? でもそれは、あくまでギルバートが正直に制限時間を口にした場合。もし、僕の予想通りに虚偽であったのなら、もっと急がなくちゃいけない。ってことになれば、ここで手間取る訳にはいかない。となれば、一撃で倒す)

 そこまで考えて、尊の顔が不安で歪む。

 (そんなことが僕にできるのかな? で、できないよね……)

 今からとんでもないことに挑もうとしていることを改めて自覚してしまい、それと共に整っていた呼吸が乱れ始める。

 勿論、ここでやられても、死ぬわけじゃなく、ただ単にこの場に閉じ込められるだけだ。

 思考の中にも出てこない事実だが、それが気付かない内に大きな甘えとなり、知らず知らずの内に戦う意志を削げさせていた。

 リビングストーンが近付く地響きがどんどん強まり、足から伝わる振動も激しくなる。僅かな間に最早暗視拡大映像を使わなくても視認できる距離にまで迫り、よりその姿を、地面に出ている根を潰し、あるいは、それによって飛び跳ねる様子を見ると共に、その大きさが自分の半分以上の大きさだと認識させる。

 おおよそ一メートルはある全長。

 (大き過ぎる)

 そう思ってしまった瞬間、尊は気圧されてしまい、一歩後ろに引いてしまう。

 だが、後ろには根があり、踵に当たって上手く下がれない。

 ただただ前を見ながら後ろに逃げる困難さを知らしめるだけ。

 (逃げ場はもうないんだ……)

 それが尊に表面上ではない、本当の覚悟を決めさせた。

 意識が沈み、目の前に迫るリビングストーンにのみに注がれ始める。

 尊の悪い癖が、危機的状況下で変化し始めた。いや、適応し始めた。

 奏の目に映るVRA画面が一気に十数近くに増える。

 全て視界を邪魔しないように半透明であり、掌大の大きさのものから、指三本ぐらいの大きさのものまで、大小様々なそのディスプレイ達には、妖精広場で公開されているリビングストーンの情報から、他のプレイヤーが公開しているプレイ動画まで、あらゆる戦うために必要であろう情報が表示され始めた。




 現在の情報技術では、それらの操作にタイピングによる直接入力以外が複数存在している。

 言語による音声入力は勿論、目を使った視線操作、身体を使った動作操作など様々だ。

 そんな数ある操作方法の中で、最も早く人間が操作できるとされているのは思考制御だといわれている。

 考えていることをダイレクトに伝えるのだから、間になにも挟んでいない分、早いのは当然と言えば当然だ。

 音速の世界で戦闘を強いられる戦闘機などにも採用された技術は、VR空間を人が利用できるようになってから一般人でも使えるように更に発展した。

 そもそも、VR空間に入るためには、人の思考を正確に計測できる必要がある。つまり、思考制御の発展がVR技術を確立させ、VR技術の確立が思考制御技術をより発展させた。

 のだが、その発展度合・貢献度に対して、思考制御はあまり社会に浸透してない。

 何故なら、思考制御には強い癖があり、他の操作方法が多少の練習や特になにもしなくても使えるのに対して、思考制御は自らの意志のコントロールという普段はあまりおこなわないことをしなくてはいけないのだ。

 ちょっと余計なことを考えるだけで、操作が乱れ、余計なことが起きたり、目的とは違うことが発生してしまったりする。

 勿論、その誤操作を防ぐシステムは存在しているが、やはり人の思考というのは雑念が多く、なかなか精確性は上がらない。加えていえば、人より圧倒的に早く操作ができるナビの存在も、思考を正確に読み取るという以上の思考制御の発展を妨げているといわれていた。

 ナビに頼めば、大体のことは人より早くやってくれる。直接人が創り出す必要がある仕事など以外、必要性がなければそれ以上を求めようとする者はいなくなるのは必然といえよう。

 とはいえ、だからといって使える人間がいないかというと、そういうわけではない。

 ほんのさわり程度だが、義務教育の中で思考制御の練習をさせる授業もあるのだ。

 そこで尊は多少なりとも上手く操ることができた。

 だが、それを先生に褒められ、クラスメイトの注目が集まった途端、恥ずかしがり屋が発動し、軽くパニックを起こして操作ができなくなってしまったので、尊の情報技術評価は低く、彼自身も低いと思ってしまっている。

 しかし、他人の目がなく、そして、思考に没頭して、余計な物を頭の中から排除・発生させないようにするゾーン癖が、それに向けられれば……




 高速で展開される情報を目と耳で見ながら、尊は身体を動かす。

 展開される動画の中には、ギルバートが尊に放った二回目の斬撃も含まれていた。

 尊でも避けられるほどの一撃。

 しかし、カナタも手伝って集められ、瞬間的に精査されたプレイヤーの動画の中で、最も尊が再現し易く、それでいて、最も今の状況にあった振り方をしているのは、それだけだった。

 後は我流過ぎて、あるいは、凄過ぎて刹那の情報収集では対応しきれない。

 ならばシンプルに、ただただ振る。

 (それだけを真似る!)

 意思を込めた覚悟と共に、上段の構えになると、展開されるVRA画面が二つだけになる。

 一つはギルバートの映像。もう一つは現在の尊の姿。

 その二つの映像が重なり合い、振るタイミングを尊に教える。

 尊が思考制御で指示を出し、カナタが尊とギルバートの身長差が合うように映像を瞬時に加工したのだ。

 時間にして数秒も経っていない刹那の出来事だが、人の思考制御、ナビの高度高速な情報操作が合わされば、こんなことは造作もない。

 後は、迫りくるリビングストーンに合わせて、動くギルバートの映像と尊自身を合わせて動かすだけ。

 地響きを響かせながら、岩が目前まで迫った。

 それでも尊はただ振るうことだけに意識を傾け、刀の間合いに入った瞬間、ギルバートの映像が動いた。

 ギルバートの映像は身長の低い尊に対して振るわれたものだ。

 その対比は、丁度尊対リビングストーンに比例する。

 故に尊が勢いよく振るった黒姫黒刀は、狙い違わずその岩の表面に当たった。

 が、

 それで斬れるほど、日本刀という武器は甘い物ではない。

 岩に刃が当たった瞬間、僅かな火花を散らして、弾かれる。

 腕に感じる衝撃は凄まじく、流石に意識の傾けを維持できなくなった尊は驚愕の表情になりながら、黒姫黒刀に両腕を引っ張り上げられてしまう。

 その刹那、無防備になった尊の下半身へとリビングストーンがぶち当たる。

 精霊領域が発動し、淡い光によって尊のVR体は守られたが、その突進力までは相殺されず、足と頭が逆転して前へと吹き飛ばされた。

 リビングストーンを前転させられたように越え、根と苔に覆われた地面に顔面から着地してしまう。

 これも精霊領域に守られ、ダメージはないが、精神的ショックは大きく、全く身動きを取れないまま、そのまま無様にうつ伏せに倒れる。

 斬れず顔面から地面に顔をうつ伏すことになった出来事は、尊の思考を真っ白にさせてしまうには十分過ぎるものだったが、

 「マスター」

 しかし、カナタの冷静な呼び掛けによって即座に回復することができた。

 慌てて立ち上がって、再び上段に構えるが視界からVRA画面が消えてしまっている。

 尊の精神が大きく揺さぶられたことにより、VRAを操る思考制御が乱れたのだ。

 それどころか、剣先までもが揺れ始める。

 時間から考えて、絶対に失敗してはいけない一撃だった。

 しかも、今ので精霊力ゲージはレッドゾーンに突入してしまっている。もう一回突撃されれば、強制転送され、暫くカナタは寝てしまう。

 尊を吹き飛ばしたリビングストーンは、五歩も離れていない場所で止まっていた。

 そして、徐々にこっちに向かって回り始めており、間も無く二度目の突撃が始まるのは疑いようもない。

 尊に、それにあがらう手段はなかった。

 しかし、それでも、いや、だからこそ、尊の思考は沈み始める。

 更に深く、ただただ、リビングストーンを斬り倒すために、意識が回り出した。

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