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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
2.機械仕掛けの戦乙女は阿修羅編
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Scene88『仮想なれど、その思いは』

 目の前で繰り広げられていた会話が今回の事件に大きく関わるもの。そう判断したが故に、尊は一言一句聞き逃さないように集中していた。

 そのため不意に名前を呼ばれてしまうとどうしても驚いてしまい、結果として恥ずかしさで赤面しまうのだった。

 「は、はい」

 「こいつには人質が通じる。特にその子であればな」

 唐突に話を振ってきた総一郎が、これまた妙なことを言い出したことに尊の空回りしそうになっていた思考が引き戻される。

 「人質ですか?」

 そもそもにおいて、捕虜にして交渉しようとしているのだ。言葉のニュアンスが違うだけで、わざわざ改めてそんなことをいう意図がわからない。

 だが、若干の変化があった。

 黒姫黒刀改によって壁に貼り付けられている翼は、今は俯いて表情を見せていない。

 しかし、刀身から伝わるのは身体の震えだった。

 それがなんのであるかわからないが、尊は戸惑いを覚える。

 多少の感情が吐露することはあっても、そういう弱さに繋がるようなことを今まで見せることはなく、また見せるとは思っていなかったからだ。

 「予想が正しければVR体が失われるのは彼女にとって非常に危険なことに繋がるはずだ。そして、それは奴がこんなことをしている理由にも直結する。交渉次第ではこの事態を終わらせられるだろう」

 「まさか重度VR症?」

 VR症の中には精神性なものなけではなく、身体機能にまで及ぶものがある。それらはVR法が整った今では滅多に発病しない類だが、初期の頃には身体機能が著しく衰えあるいは機能しない者達などおり、その最たるものがデスオアアライブ事件で起きた同期死だった。

 もっとも死亡までに至った被害者より死ななかった者達の方が圧倒的に多く、それが故にその治療方法が今では確立されていた。

 その一つが原因となったVRを利用する治療方法。

 これは特に身体機能までにVR症が発展した者達に行われる治療であり、特殊な機器を身体に繋げながらVRを行い、そこでの体験をリアルに反映させて行う手法だった。

 その治療中にVR体が失われた場合、より深く現実とリンクさせているが故に症状が悪化する可能性があるのは誰にでも予想できることだ。

 しかし、尊以外の反応はない。

 いぶかりながらも、それがなんであるかは重要ではないと思った尊は話を続けることにする。

 「そこまでの子がなんで前線に?」

 「さあな。意図がわからんが……子供には甘い男だったからな」

 「僕には容赦なかったですけど」

 「巻き込まれること確定の子供には優しくするより厳しくする方が良いだろう? なにより奴の実力ならもっと効率的ないたぶり方ができたはずだ。それなのにわざわざ自分の技を素人にもある程度理解できるレベルにまで落として見せつけるように加減して戦っていた」

 「小河さんにはそう見えるんですか……」

 「武を修めてない者にはわからんレベルだからな。だからこそ、そこもまた変わっていないと確信できる」

 総一郎はギルバートに視線を向けるが、彼はなにも言わない。

 表情には余裕の笑みが張り付いているが、元総理の言葉が正しければ追い詰められていることになる。

 「なんにせよ。彼女を逃がすな」

 「わかりました」

 尊が頷いた時、不意に翼が顔を上げる。

 いつの間にか刀から伝わる振動は消えており、現れた顔にも涙は消え去っていた。

 平然どころか微笑みすら浮かべている翼の様子に、尊は嫌な予感を覚える。だが、

 (今、僕ができることはなにもないよね……)

 (肯定します)

 リスタート転送を封じるには武装化武器によってVR体に直接触れ続けなくてはいけない。

 その制約により、尊はこの場から動くことも、刀を突き刺す以外のことをする余裕がなかった。

 もっとも、目の前の彼女も似たような状況であり、なにもできないはずなのだが……

 「ギル。ごめんなさいですの」

 翼の謝罪に、ギルバートはヘラヘラと笑う。

 「気にせんでくだせぇ。あっしの予測が甘かったせいなんでございやすからね」

 「ううん。ギルは悪くないですの。私が、私達が頼んで信じて貰ったのに、それに応えられなかった。そんな私がいけないのですわ」

 胸を黒姫黒刀改によって貫かれ、カナタを介して強制転送を封じられ、自身のAGスーツの機能も無効化されてもなお、日暮翼は微笑んだ。

 その笑みには優しさが、悲しさが、そして、意志の強さが宿っていた。

 向けられているのは対面している自分に対してではないことに尊は気付きつつも、ドキリとさせられてしまうほどに。

 それが致命的な油断を呼んだ。

 「だからね、ギル」

 「翼?」

 「必ず叶えてね。きっとよ」

 尊の目の前で微笑んだその瞬間、カリっと翼の奥歯が鳴った。

 「マスター!」

 「シールド!」

 カナタの警告の声に尊は強烈な悪寒に襲われながら、残ったシールドを全身に多重展開しようとする。

 しかし、光の壁が形成されるより早く、視界が紅蓮に覆われ、音が消え、浮遊感に襲われた。




 ギルバートが見ている翼と尊が映っていた二つのVRA画面が、一瞬の内に炎で染められ、消えた。

 そこのことに総一郎のみならずギルバートですら呆然としてしまう。

 「きさ――」

 なにが起きたのか理解した総一郎が激昂しようとする前に彼が映るVRA画面が消され、ギルバートは近くにいたトールに視線を向ける。

 その表情は感情が消えており、なにを思っているのか感じ取ることができない。

 「……どういうつもりでございやすか?」

 ギルバートのその言葉はいつものにやけ顔で口にしていたが、声の調子だけはなにかを振り絞ったかのようだった。

 「私達はギルを信じているのです。そして、ギルも私達を信じてくれたのです」

 「ええ。そうでございやすね。だから、任せたでございやしょ? それなのにこ――」

 「だから、これはそれに応えるための覚悟なのです」

 トールはギルバートの言葉を遮って、口を大きく開けて口内を見せた。

 奥歯になにか歯以外のものが埋め込まれている。

 「これで万が一の時にもギルには迷惑を掛けないのです」

 「…………あっしがそんなことを望んでいると思いやすか?」

 「思わないのです。でも、やっぱり必要だったのです。私達は戦士として『作られても』、結局は子供だったと見せ付けられたのです」

 「……」

 「この世界は所詮仮想空間なのです。ギル。翼は無事なのです。だから、心を痛める必要はないのです」

 「それは見解の相違でございやすね。目覚めることのない意識の消失は、無事と言えるんでございやすかね?」

 「死んではいないのです」

 「あっしはそんなことで満足しやせんぜ?」

 「でも、これは外せないのです。例え今のギルであっても。それとも、もう私達を使わないのです?」

 「…………」

 「心配しなくてももうこれ以上の犠牲は出ないのです。だって、黒樹尊はこれで終わりなのですから」

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