Scene82『VSヴァルキューレ(後編)』
予想していなかった部屋の動きにヴァルキューレは即座に行動を切り替える。
(ターゲット変更!)
エインヘリャル達に思考通信による指示を飛ばし、はがれ落ちてくる壁の一部に銃口を向けさせた。
身体ごとでは間に合わず銃口だけを向けさせるものだったが、サムライスーツの人工筋肉であればどんな体勢からでも正確な射撃は可能。
故に迎撃は間に合い、落ちてきた壁の一部達は粉々になる。
だが、
(守り人!?)
壁から白いマネキンが現れ、その手からシールドを展開してそれ以上の破壊を防いでいた。
(生け捕りにしていた? 乱戦が目的? でしたら! 対ガーディアンプログラム起動)
エインヘリャルシステムに守り人対策をさせつつ、自分は尊へ攻撃を行おうとするヴァルキューレ。
通常の守り人であればそれで問題はなかった。
彼らにしてみれば目の前のエインヘリャルも尊も等しく排除すべき侵入者なのだから。
しかし、
(どういうことですの!?)
現れた守り人の半数が落下しながらヴァルキューレにその両手を向けていた。
咄嗟に急降下するのと、無数の光線が直前までいた場所を焼く。
強引な動きであったため僅かに体勢が乱れ、スーツの機能が強制的に安定させてしまう。
(まずいですわ!)
反射的に最大の脅威となる下へと銃口を向けるが、それすら悪手だと直後に気付かされる。
何故なら尊が既に間近まで迫っていたからだ。
トリガーを引くより早く刃が煌めき、大型機関銃が真っ二つにされてしまう。
更に返す刀が迫るが、両手首の隠しナイフを出してなんとかそらす。
が、尊の接近は止まらず、剣撃戦以外の選択肢が失われてしまう。
(まるで重力が逆になっているかのような動き。事前に仕込んでいましたのね!)
思い出すのはでぃーきゅーえぬ戦で見せた高速移動。その原理を利用すれば空に落ちるということなど簡単にできる。
それを理解したとしても、対応策は即座に撃てない。
上に落下しながら下段から迫る刃を左でそらし、右で頭部へ突きを放つ。
尊はそれを身体ごと動いて避けた。
(接着させられた!?)
左ナイフの動きと一緒なことをそう理解したヴァルキューレは武器を手放し、尊の腹部に向けて蹴りを放つ。
隠しナイフの刀身が黒い刃とくっ付いていることを確認しつつ、自分の一撃が精霊領域に防がれていながら尊が吹き飛ばされていることに思わず小さな舌打ちを打ってしまう。
(あら、はしたないですわ)
どこに対してなのか照れ笑いしつつ、空間収納から新たな大型機関銃を抜き出し即座に撃つ。
狙いは違わず弾頭は尊を貫こうと進み、着弾。する直前で守り人達が間に入りシールドで防がれてしまう。
だが、多重シールドではないためEPM弾の多段式構造により不可視の障壁を貫通し、金属噴流を叩き込むことには成功する。
強烈な爆発にさらされた白いマネキン達は四肢を吹き飛ぶが、その一連の流れにヴァルキューレは空想科学兵装の中で歯を噛む。
追撃のためにマガジン交換と同時に撃とうとしても、トリガーを引くより早く他の守り人達が光線を撃ち始めたため回避に専念せざるを得ない。
(これは……そういうことですの?)
自分を攻撃している守り人の中にはバインドネットなどのレーザーと相性の悪い紋章魔法を放つ個体もおり、粘着網が光線に焼かれる無意味な光景がいくつか起こしている。
プログラムで動いている守り人ではありえない統率の悪い動き。
よく見ればそれぞれの個体が実に人間臭く、効率の悪い動きをしていた。
それが対ガーディアン用のプログラムを走らせていたエインヘリャル達に不都合を起こさせる。
時間にすれば一瞬の硬直だが、僅かな隙を起こした個体から次々と捕らえられ身動きできないようにバインドネットで簀巻きにされてしまう。
その間も守り人達からの光線は途絶えることなく、ヴァルキューレは攻撃に転じることができないでいた。
(もう決まりですわね。プレイヤー達は守り人をコントロール下に置いていますの)
どうしてどうやってという思考までは及ばない。
それより早く回避のためにギリギリまで近付いていた天井が爆発したからだ。
同時に吹雪が止まる。この部屋の環境を作り出した物の下に別の紋章魔法を隠していたのだろう。
(迂闊!)
己のマヌケさを呪った時、背の翼が切り飛ばされた。
爆炎の奥から新たに現れた守り人が、その手に持つ木刀を使い接合部を的確に破壊したのだ。
高機動な回避を行っている刹那にそんなことを守り人ができるはずもなく、しかも、ヴァルキューレはその剣技に見覚えがあった。
「ようやっと届いたわ」
(高城八重!)
聞き覚えのあるやはりな声が守り人から発せられ、共に蹴りが放たれる。
飛行ユニットを失ったヴァルキューレは抵抗することも出来ずに地面に叩き落された。
追撃と迫る高城八重の声を発した守り人だったが、流石にそれを許すほど甘くない。
強引に大型機関銃の銃口を上に向けトリガーを引く。
無理な体勢からの銃撃であったため機体がひっくり返りうつぶせの状態になってしまうが、必殺の一撃を放つであっただろう落下中の守り人は爆発四散する。
が、それ自体が囮だったのだろう。倒れ伏しているヴァルキューレに向けて一斉に殺到する守り人達。
空想科学兵装とはいえ、十数体の守り人に上から圧されれば身動きすら取れなくなる。
(なんてこと! 一瞬でひっくり返されてしまいましたの……)
制圧されてもなおヴァルキューレの感覚は正確に周囲の状況を感知しており、自分が落とされた僅かな間でエインヘリャルは全て無力化されているのを知った。
そして、エインヘリャルをコントロールしているシステムからも部屋の外にいる個体達が同様に捉えられていることを告げられていた。
「……これを一人だけで準備なさったの?」
僅かに離れた場所にいる尊に対しての問いは、
「考えたのはあの子一人だが、実行したのはほとんど我々だがね」
もっとも自分を押さえ付けている守り人から発せられた。
人工筋肉によって作られた強化スーツや強化装甲服であっても、身体構造の延長線上にあるのであれば対人の技術は通じる。
つまり、今のヴァルキューレは完全に四肢が動かないように決められているのだ。
そこに十数体の重りが加われば、いかに紋章魔法を使った空想科学兵装であってもなにもできない。
(せめてその起点となっている守り人だけでもなんとかできればよろしいのですけど……駄目でしょうねこの方相手では……でも、少しでも動揺を誘えば)
装甲の下でヴァルキューレは小さくため息を吐いた。
「日本の元総理大臣自らお動きになさっているとは思いませんでしたわ」
「いや、なに。この身体であればあいつも怒らんからな」
「相変わらずの仲なのですね。総一郎お爺ちゃん」
動揺を誘うための言葉だったが、それに反応したのは尊だけだった。
(やはり無理でしたわね)
元々希望薄なことであることをあり、隙を作ることに失敗しても大した動揺はない。
そもそも、それだけの目的ではない上に、そちらの方は見事に引っかかってくれていた。
(切れる切り札はあなただけが持っているわけではなくってよ?)
装甲の下では微笑みと共に幾何学的な模様が彼女の皮膚に走り始めていた。




