Scene81『VSヴァルキューレ(前編)』
ヴァルキューレは尊が壁に埋もれたままなにかをしていることを己が能力で正確に捉えていた。
だからこそ、その背後に移動し大型機関銃を構え待っていたのだ。
もっとも、その予測は尊の予想範囲内だったらしく、
「ストーンウォール」
ヴァルキューレが銃のトリガーを引くより早く、壁を破壊すると同時に投げていたのか尊が紋章魔法を発動させる。
投げられた灰色の球体は、名の通り石の壁を二人の間に瞬時に生成した。
(躊躇なく使い捨てますわね)
持ったまま、あるいは装着して使うわけではないことに、これもまた潤沢にあることを察したヴァルキューレ。
だからといってやるべきことに変わりはない。
尊の姿が見えずとも、彼女は正確にその位置を把握しているのだ。
吐き出されるEPM弾が石壁を貫き、メタルジェットを噴出させる。
しかし、生じた金属噴流は尊が張った多重シールドに阻まれ届かない。
加えてストーンウォールの生成はまだ収まっておらず、機関銃の連射速度であっても流れてしまう穴を通せない。
(よくありませんわね)
ヴァルキューレはそう思いつつもトリガーを引くのを止めない。
EPM弾は固い装甲の下にある密閉された空間を対象にしているため、そうでない場所ではガスが拡散してしまいどうしても威力は低下してしまう。
勿論、そうであったとしても生身の人に使うには過剰過ぎる高温ではある。
相手が武霊使いでなければの話だが。
弾丸全ての撃ち込み、腕がかすんで見える速度でマガジンが交換される刹那。
尊の姿はヴァルキューレの前から消えていた。
高速移動魔法の使用と、周囲にばら撒かれるストーンウォールのおまけ付き。
そう動きがわかってはいても、それではヴァルキューレ自身も、その下で重火器を構えていたエインヘリャル達も追うことも狙撃することもかなわない。
あくまで僅かな間の話だが。
「また追いかけっこですの? いい加減諦めてくださらないかしら?」
そう余裕の言葉を口にしながら尊の後を追い出すヴァルキューレだったが、その心情は言動と反していた。
(また耐えられましたわ。こうも早くEPM弾に対応されるなんて……武霊のおかげ? だとしても早過ぎるわ……彼は天然のギフテッドなのかしら?)
空想科学兵装の中で暗い顔をしたが、直ぐにその瞳に力を宿らせる。
(だとしたらなんだというの? 例えそうであったとしても、ここが手付かずの狩場であったとしても、一人で用意できることは限られていますわ。いくら加速度的に成長しようと、それだけはどうしようもありませんもの)
そう思いながらもエインヘリャル達に追撃を指示ししつつ、自分も後を追い始める。
石壁に邪魔され視覚では確認できないが、しっかり通路を走る尊を確認。
僅かに遅れて別の場所にいたエインヘリャル達が駆け付けその手に持つ重火器で狙い撃つ。
だが、当たる度にその速度が下がるどころか上がる様子を見せる。
(銃撃の威力を速度に? そんな無茶苦茶なことをよくできますわね。いえ、つまりそれは多大な精霊力を消費しているということ。無茶でもして距離を置かなければいけないほどになっているのですわね?)
エインヘリャルシステムによってでぃーきゅーえぬの身体は支配しているが、全てをコントロールしているわけではない。戦闘に関係ない部分はなにも手を付けていない。
これは介入する場所が増えれば増えるほどヴァルキューレに掛る負担が増えるため、かえって自他の戦闘パフォーマンスが落ちるからだ。
もっとも、状況によっては必要不要が変わるので、今回はわざと口を自由にしている。
耳から常に入ってくる言葉にすらなっていない苦悶の叫びは、例え耐えることができたとしてもじりじりと心身を侵す。
音を遮断すれば聞こえないかもしれないが、それは情報を手に入れる手段を一つ失うということ。
勿論、対応の仕方はいくらでもあるだろう。例えばカナタ経由にするなど。だが、彼女の判断と、尊の判断では現段階ではまだ差異があり、僅かなタイムラグも戦いにおいては致命的な隙になりかねない。
それぐらいのことを考慮できない相手であれば、砂漠の部屋どころかとうの昔に終わっている。
だが、そうであるが故に限界は避けられないことを既に晒してしまっていた。
そのことを再認識したヴァルキューレはどこかほっとしつつ微笑む。
(頑張りますわね。でも、限界は見えてしまいましたわね)
エインヘリャル達への指示を全体から、四つに分割。三つのグループを回り込むように動かし、尊の追撃を続ける者達と共にヴァルキューレは速度を上げる。
(早めに終わってしまいなさい!)
エインヘリャル達の通常弾丸の嵐に紛れ込ませるように、EPM弾を撃ち込む。
流石の精霊領域でも対自動兵器用の弾丸を推進力に変えるには負担が大きいのか、尊は回避もしくは紋章魔法による防御手段を行い始める。
逃げることは阻めてはいないが、それでもその速度は明らかに落ち始めた。
僅かな減速ではあるが、包囲網が完成する時間稼ぎとしては十分。
逃げている先もヴァルキューレの探知に引っかかるような怪しい反応はない。
(これで……終わりですわ!)
後もう少しで十字路に到達し、四方からエインヘリャルが取り囲む。
その瞬間、直前の部屋に尊は飛び込んだ。
(また悪足掻きを!)
即座に部屋を取り囲むようにエインヘリャル達を再配置し、隣も確保。
今度は砂漠の部屋のように逃げられないために、壁にはシールドの紋章魔法を設置し穴抜けできないようにする。
(さあ、データは十分。今度は真正面から潰して差し上げますわ!)
そして、ヴァルキューレ自らドアを開いて部屋へと侵入した。
エインヘリャル達と共に雪崩れ込んだヴァルキューレはスーツの中で眉を顰める。
(小賢しい真似をしますわ)
部屋の中は吹雪だった。
彼女は視覚以外の感覚を機械的に強化して周囲を常人以上に探知していた。
それ故に情報が多くなれば多くなるほど、負荷が多くなり、反応がどうしても鈍る。
(高城八重に聞いたのかしら?)
系統は違っても同じような超感覚で周囲を認識している人物であれば、自分が戦いにくい場所というのは当然承知しているだろう。
だが、それはヴァルキューレも同様だった。
僅かな思考と並列して雪の探知を制限し、生体反応に対する感覚を強化する。
浮かび上がるのは部屋の中央に立っている尊。
刀を正眼に構え、ヴァルキューレを捉えている。
が、それだけだ。
(紋章魔法探知強化)
これまでのことを考えれば、この場所にもなにかしらの仕掛けはある。だからこそ、直ぐには動かず感覚の調整を更に行う。
(残念ですけど、エインヘリャルだけならいざ知らず、私が直接この場にいる以上、もう罠は……ない?)
ヴァルキューレは紋章魔法が持つ独特の気配を感じようとするが、部屋に元々備え付けられているらしきもの以外はなにも感じない。
(この期に及んで吹雪だけ? ありえませんわ)
今までが今までであるため、なにもしてない尊に対して強い警戒感が生まれる。
しかし、何度周囲を探知しても紋章魔法の気配はなかった。
(あるのは……活動停止しているガーディアン系ばかりですわね)
代わりに見付かったのは、雪の下に敷き詰められているといっていいほどある守り人だった。
(なるほど。ここで倒したガーディアン系を解体していましたのね)
守り人の墓場といえるような足下により注意を向けるが、なにかをそこに仕掛けている様子もない。
ただただ動かぬ人型が積み重なっているだけ。
(これ以上の探知は難しいですわね……できればどう倒したかを確認できれば、今の戦い方がより正確にわかりますのに)
そこに今なにをしようとしているのかのヒントがあるような気がするヴァルキューレだった。が、
(これ以上の思考はかえって危険ですわ。彼に考える時間を与えるべきでない)
思案している間も出していた指示をエリンヘリャル達が完遂し、部屋の四隅への配置が終わり、重火器による狙いも終わっている。
そこまでしていても相手からの反応は皆無。もはや警戒して仕掛けないという選択肢はなくなっていた。
ヴァルキューレは飛び上がり、部屋の上から構える。
(なにもなさらないのなら、これで終わりですわよ!)
トリガーが引かれる。
その瞬間、動いた。
「なっ!?」
部屋の壁が。




