Scene79『砂漠部屋の苦闘』
全員が絶叫しながら正確無比な連携攻撃をしてくる。
拒絶、あるいは、苦痛を訴える言葉に対して、行動は一切一致せずに全てが必殺の一撃。
カナタの精霊領域があるため必ず殺されることはない。が、それさえなければどんな目に遭うか既に経験済みな尊としては一つ一つに生きた心地を感じなかった。
故に必死で薙刀と自身をクルクルと回し、バインドネットを撃ち続ける。
少しでも手元が狂えばあっという間に間合いに入られるそんな状況なのに、不意にカナタが思念通信を行った。
(マスター)
(え? うん)
(確認します。大丈夫ですか?)
戦闘中にそんなことを聞いているとは思わなかった尊は驚き、思考が一瞬止まる。
身体は反射的に動いているのか窮地に陥ることはなかったが、再起動するのに一人、二人と封じるまでかかった。
(うん。大丈夫だよ)
と若干戸惑いが残る頭で返すが、言葉に対してその顔色は悪い。
主な原因は、他者の痛みだ。
でぃーきゅーえぬは同情すらすべき存在ではない。が、だからといって間近で苦しむ声を上げ続けられればなにも思わないなどというのは誰であってもありえない。
特に人と違う存在でさえ自然に受け入れられている尊のような優しい子には、阿鼻叫喚地獄は意識しない苦痛を覚えているのだ。
カナタは主と繋がっているが故にそれを正確に感じ取っていた。
いたが、彼女になにもできる手段はない。いや、それは尊自身にも当てはまる。
二人がいかに優れていようと、この事態に真正面から抗するには幼過ぎるのだ。
だからこそ、
(了解しました)
(心配してくれてありがとうカナタ)
主の言葉をあっさり信じ、武霊の成長を素直に喜ぶだけで終わってしまう。
結果二人は苦闘を続けざるを得なく、それが更なる苦痛を自ら選択することになる。
バインドネットによる拘束が十人を超えた時、
(報告します。解析が終わりました。マスターの推測通りでした)
(やっぱり……)
カナタの報告に顔色が更に悪くなる尊。
その報告は部屋での戦闘が始まった頃に行った一二三の行動に対する推察について。
(わざわざ気絶させられるかもしれないようなことを僕達に残した。ということは、それだけでも十分に答えが用意できるって判断したんじゃないかな?)
(確認します。明確になにか情報があるようには見えませんが?)
(ううん。あるよ。腕を上げようとして上げられなかった。つまり、そこに伝えてはいけないことがあった。だから、上半身に攻略の糸口があるってことだよ。あと、治療以外でナノマシンが使われているなんて情報を僕は知らない。勿論、ただ単に知らないだけってことかもしれないけど、主がそんな異常事態を引き起こしたら武霊が調べないなんてことはないだろうから、それ自体もヒントなんだと思う)
(推測します。つまり、上半身のどこかにナノマシンを撃ち込み、身体を操る機器が埋め込まれていると?)
(うん。そして、その場所で一番可能性が高いのは……喉かな?)
(理解しました。もっとも神経が集中し、脳からの伝達を一か所で介入しやすい場所ということですね?)
(多分だけど、上のコロシアムでしていたヴァルキューレのお願いは、それを飲ませることだったんじゃないかな? 体内に入らなければVR体リセットの範囲外……だよね? 確か口から、ええっと、外に出るところまで一続きの管になっているから、身体の外側から連続した存在とかなんとか聞いたことがあるし)
(肯定します。VR体リセットの対象に含まれていません)
(だとすればそれを利用しているんだろうね。VR体リセットで気絶させるだけで終わるなら話は速かったんだけど……とりあえず、探知領域で調べてみて。武霊達がいない今なら邪魔されずに調べられるはずだから)
(謝罪します。戦闘と同時並行なので少し時間が掛かります。申し訳ありません)
(うん。いいよ。無理はしないでね)
そんなやりとりを思念会話でし、調べながら九人を無力化させたのだ。
しかし、推測通りだったとしても、喜ばしい結果とはいえない。
バインドネットの糸撃ちでエインヘリャル達を牽制しつつ、展開されたVRA画面を確認。
映し出されているのは、首の横からの断面図で喉の空洞・背骨側にピタリとなにかが張り付いているようだった。
尊がそれを確認すると画像が正面に変わり、それがなんであるか全容を明らかにする。
(羽根?)
(補足します。空想科学兵装の後部に付属している物と同じ物のようです)
(ということは、口を開けながら近付くのは危険だね)
(否定します。マスターに寄生などさせません)
(ありがとうカナタ)
ぶれないカナタに苦笑した尊だったが、直ぐにその表情を引き締め、深呼吸を繰り返す。
本心からすれば目も瞑りたいが、それが許される状況ではない。
ゆっくり息を出し入れしている間も、VRA攻防支援は続き、次々とバインドネットによる無力化を行っているのだ。
なおかつ、部屋の内外で絶え間ない攻撃が続けられていた。
ステルスシールドの魔力切れを狙ってか穴の外から乱射に、紋章魔法の交換をする隙が無いほど休みなく接近戦を挑んでくる。
一人一人バインドネットで封じ続けても、即座に新手が補充されるので尊の周りは常に十人以上が取り囲み高速で回転していた。
こんな状況ではこれからしようとしていることに対する心構えが満足に整えられるはずもなく、尊の心臓は僅かな運動量に対して過剰なほど動き始めてしまう。
(落ち着け、落ち着け僕)
言い聞かせる心の言葉に反して、動揺はかえって強くなる。
それは決して状況から来るものではない。
途切れることなく襲い掛かられている今であっても、尊にはまだ余裕があった。
が、だからこそ、余計なことを思ってしまう。
痛み。苦しみ。怖さ。辛さ。
重ねるべき相手ではないと分かっていながら、尊の本質が共感性を呼び起こし、本人に気付きを与えず追い込む。
だが、それでも、進まなくてはいけない。
心がなんら準備できていなくても。
それが許されないとわかってしまっているから。
薙刀を下段に構え、前へ。
シールドの展開が最も厚い場所から尊が出たことに反応し、エインヘリャル達の動きが変化する。
それまで不意を突くように一人一人突撃していた彼らが、一斉に尊に殺到したのだ。
勿論、その全ての前にステルスシールドが展開され、その動きを拘束する。
ただし、尊と重なる前方への展開はされなかった。
結果として一対一の状況が作り出される。
尊は薙刀。対するエインヘリャルはショットガン。
射撃武器である以上、間合いは敵の方が早く、飛び込むと同時に銃口は向けられている。
ヴァルキューレに操られフルにサムライスーツの機能を使っているエインヘリャルに躊躇いもミスもあるはずもない。
刹那の対峙と同時にトリガーが引かれ、
(カナタ!)
なかった。
ステルスシールドがショットガンのトリガーに展開されたのだ。
しかし、エインヘリャルに動揺なのあるはずもなく、あっさり武器を手放し両手首から刃が飛び出す。
サムライスーツには高いカスタマイズ性があり、ギルバートが手首からワイヤーを射出したように仕掛け武器を組み込んでいるものもあるのだ。
もっとも、接近戦において尊とカナタの実力は動作補正プログラムのみであれば上回っている。
特に徹底的に小河彩夢に薙刀の間合いを叩き込まれた二人に、腕の中に仕込める程度の長さなど相手にもならない。
二振りが振るわれるより早く、黒い刃が撫でるように動く。
サムライスーツの喉を。
(感触が……ない。でも……)
斬った手応えはあった。
青い線通りに通った黒い刃は、確かに喉のみを切り裂いている。
血は出ていない。サムライスーツには着用者が万が一負傷した場合、瞬時に人工筋肉の収縮やナノマシンもしくは薬の投与により、止血や痛み止めなどの処置を行う。
よって見た目上の変化はなかった。
それでも、尊の目の前のエインヘリャルは、
「う、あ」
斬られると同時にそれまで続いていた苦痛の声を止め、脱力してそのまま砂の上に倒れた。
サムライスーツの脚力によって行われた飛び込みだったため、転倒した身体は砂を盛り上げながら滑らせ部屋の中央で止まる。
(報告します。羽根の破壊とリセットを確認)
「そのままそこにいてください!」
尊の叫びに僅かに動こうとしたでぃーきゅーえぬが動きを止めた。
エインヘリャルは喉の奥に張り付いた羽根のような装置によって死せる戦士となっている。
故に正確に背骨に触れずに刃を通せばそれから解放することができるのだが、それは一歩でも間違えれば即死を相手に与えてしまう。
勿論この世界はVR世界であり、その身体すら仮想なものだ。
武霊達と違い、人間の死は正式な状態ではなくとも現実には及ぶことはない。
そもそも、首を切り落とした程度でVR体リセットが効かなくなることはない。斬り飛ばせばそのしかりではないが、そんなミスを尊とカナタが侵すはずもない。普通の状態であればだが。
一人目を撃破して直ぐに尊は左に飛び、時計回りに回りながらステルスシールドで拘束しているエインヘリャル達の前を駆け抜ける。
交差の様に刃を閃かせ、一刀ごとに叫び声は消え、力なく砂漠に解放されていくでぃーきゅーえぬ達。
「中へ! そこが一番安全です!」
呼び掛け誘導しながら、二人、三人、四人、五人、六人、七人、八人、九人、十へと薙刀が振るわれようとした時、
(マスター!)
「くっ!」
カナタの呼び掛けに尊は今の一撃が斬撃軌道線からずれていることに気付き、慌てて修正する。
しかし、僅かに直し切れなかったのか、それまで一度も見せなかったことが起きてしまう。
「うぼあ!?」
なにかを吐しゃした音と、首から一瞬だけ吹き出す赤い液体。
刃の角度が切る側面に対して僅かに大きく取られていたことにより、サムライスーツの止血が僅かに間に合わなかったのだ。
頸動脈は脳に血液を送るために太く、そして力強い流れを作っている。だからこそ、ほんの少しの時間であっても血は噴き出す。
そうなってしまう可能性は事前に考えていた。
だが、
「ひっ!」
実際に間近でそれを見てしまった尊は、思わず悲鳴の声を上げ、足が止まり掛けてしまう。
(注意します。次が来ます)
だが、恐怖で身をすくませる暇すら許さないとばかりに、部屋に空いた穴からエインヘリャル達が侵入してくる。
「う……ああああああああああっ!」
声を上げ、怖じ気付きかけた身体を無理矢理動かす。
ステルスシールドの魔力がまだ潤沢な部屋の中頃を駆けながら、襲い掛かってくるエインヘリャルをただのでぃーきゅーえぬに戻していく。
しかし、一度起きたミスは尊の意思に反して更なる失敗を誘発する。
十一、十二、十三は血を吹き出し、続く十四、十五も、十六、十七はなにも起きなかったが、十八、十九、二十は少し長い出血を。
数が増える度に失敗する感覚が短くなり、回数も多くなって、そのミスの大きくなった。
(どうして! どうして! 言うことを聞け! 僕の身体!)
心の中で必死に自分に言い聞かせようとするが、尊は気付いていない。
それが余計に斬撃から意識を離れさせ、致命的な一瞬を作り出してしまったことを。
二十一、二十二、二十三、二十四、二十五、二十六、二十七、二十八、二十九、三十を無力化し続けた尊に目に、砂の大地が徐々に赤黒く染まる光景が入り続け、それが止めとなってしまう。
血が染み込むことによって砂の性質の変化が起きる。
だが、心が自分の身体を思い通りに動かすことに囚われていた尊は、普段通りなら即座に対応を見せていたそれを認識すらできていなかった。
そして、僅かに、ほんの僅か、足を滑らせてしまう。
体制を崩すには至らない。しかし、それでも、一秒以下の硬直を生む。
瞬間、それまで聞いたことないほど大きな銃声が轟いた。




