Scene78『VS死せる戦士たち』
精霊領域補助により飛ぶように地下四階を行く尊。
目線は前に固定され一心不乱に逃げているように見えるが、視界内にはしっかりVRA画面が表示され背後の光景を映し出している。
灰色の集団がほぼ同じ動きで追ってきているからだ。
まるで機械かのような一糸乱れぬリズミカルな動きは、コメディの様でありホラーのようでもある。
もっとも、実際に追われている身からすれば後者であることは間違いなく、確かな恐怖を感じながら尊は思念通信を行う。
「今のところ追跡に全力を向けているためか攻撃はない。が、あきらかに総数が減っているためカナタの探知領域外から回り込んでいることを推測させる。地下四階は巨大であること以外は上の階同様に升目上の構造であるため、容易にそれができるからこそ下手な攻撃により弾丸を無駄に消費するような愚行はしないのだろう」
自身の推測を声のみで語っているのは鳳凰だった。
現状で視界を多少なりとも占有するVRA画面を使うのは突然の状況変化に対応できなくなる可能性が高い。特に尊はカナタとの連携の要である攻防予測線はしっかりと見えている必要がある。
そんな配慮から尊からは思念通信。鳳凰からは音声通信になっていた。
「今直ぐに攻撃が開始されないのは行幸だが、問題はこちらだ。サンフレアバーストによって地上を一掃したのはいいが、それによって消費した精霊力が予想より多く、まだ地下四階に侵入するための準備が整っていない」
(元からその予定だったじゃないですか。大規模破壊をすればガーディアン系が活発化するのは目に見えているわけですし、無理に進めば無用な被害を呼び込みますし)
「だが、現状では尊の方が危険な状況にある」
(でも、彼女の出現は想定内です)
「空想科学兵装なんてものがなければな」
尊達の予測では地上がサンフレアバーストによって破壊された段階で、フェンリルは一時的に完全撤退を行う可能性が高いと考えていた。
何故ならフェンリルの戦力は地上に集中しており、それが全て失わればいくら無尽蔵に新たな自動兵器を生成できたとしても、プレイヤー達が立て籠もる場所に攻め入るほどの戦力を直ぐには用意できないからだ。
地下にあるのは下手にガーディアン系を刺激しないためか、偵察用の自動兵器ぐらいしかおらず、でぃーきゅーえぬ達も近代兵装に身を包んではいても素人の集まり。
つまり、それまでの間に尊を救出し、でぃーきゅーえぬ達を捕縛する。
それが大まかな最後の詰めだった。
しかし、予想に反してフェンリル。いや、ヴァルキューレは尊に執着を見せ、地下四階に現れた。
勿論、尊としては可能性の一つとして彼女がでぃーきゅーえぬのリスタートスフィアを使って自分の下に現れることを予測しており、そのための準備もしっかりしている。
が、無力化したはずのでぃーきゅーえぬを使ってくる未知な兵装を使ってくるとは誰も予想はしなかった。
せいぜい、紋章魔法を使った現代兵装の延長線上の物ぐらいだろうと。
これが他のVRゲームであれば誰かしらが飛んでも兵装のことを予測したかもしれないが、武装精霊の世界は中途半端に現実的過ぎた。
「とにかく、急いでそちらに向かう。それまで耐えてくれ」
流石に我慢の限界だったのか、尊がなにかを思う前に鳳凰からの通信は一方的に切られた。
「困った奴だな」
そんな鳳凰に苦笑する声を出すのは狭間の森にいる元総理小河総一郎。
「まあ、あやつが焦るのも無理もない。わしはなんとか落ち着いとるが、一二三なんぞ無理をしよったからな」
(えっ!? なにかあったんですか?)
「ん? なに、ちょっと気を失っただけさ」
(気を!? なんでそんなことに!?)
「さてな」
明らかなはぐらかしに尊は困惑の表情を浮かべると、答えはカナタからもたらされた。
(確認しました。対象の武霊によると、主の体内にナノマシンを感知したそうです)
(ナノマシンって……サイボーグ治療で使われている奴だよね? 生体と機械を融合させたりするのに使うって聞いたことがあるよ)
(補足します。他にも遺伝子治療や再生治療などの治療以外にも、工業・農業などなど多岐に使われつつあります)
(それが気絶させた?)
(正確に伝えます。そこに至るまでに、喋れなくなり、動けなくなり、そして、気絶したようです」
(つまり、僕になにか伝えようとしてくれたんだね?)
(確認します。その時の映像を再生しますか?)
(うん)
一二三の武霊から送られてきた映像は短いものであり、彼が口をパクパクさせた後、腕を上げようとして硬直し、それでも足掻こうとしてか身体を震わせたところで不意に意識を失って倒れた。
その僅かな映像になにかしらの意図があるように感じられたが、あまりにも情報が少なく直ぐにはわからない。
(こうなることはわかっているはずだよね? なのにこれをした……武霊による排除はできないの?)
(否定します。不可能です。ナノマシンを含めて健康な体としてVR体が構築されているため、排除は危害を加える行為と同意義に認識されてしまいます。加えます。また、仮に排除できたとしても、VR体のシステム上、リセットされてしまえば補充されてしまうでしょう)
(思ったより重い枷だね……それだけの内容なんだろうけど……とにかく!)
意識を総一郎の方に切り替え、念話通信を行う。
(あとどれぐらいで準備が整いますか?)
「十五分……いや、十分でなんとかさせる」
(お願いします。それまでに――)
尊の視界にVRA地図が展開され、後方だけでなく四方八方から急速に接近する赤い光点が表示される。
(できる限りの情報を集めます!)
近くの部屋に飛び込み、黒姫黒刀改を抜刀し、柄の紋章孔を入れ替え、鞘と接続して薙刀に変化させる。
尊が逃げ込んだ場所は、岩も植物もなにもない砂漠を再現した環境部屋だった。
(カナタ!)
(了解しました。起動します)
尊の呼び掛けに応えたカナタだったが、表面上はなんの変化も起きない。
しかし、それでも、エインヘリャルの動きは止まった。
突破ではなく、防衛を尊が選んだことに警戒したのだろう。
これまでの戦いから考えればそれは当然であり、勿論なにもしてないなどということはない。
とはいえ、元々が強化でぃーきゅーえぬか、空想科学兵装を身に纏ってないヴァルキューレを想定して整えた部屋の一つであるため、目論見通りの効果と時間稼ぎができるかが尊には不安がある。
(できればずっと警戒してて)
思わずそんな言葉が心に浮かぶが、その願いはむなしくエインヘリャル達が僅かな間をおいて動き出す。
四方の壁から小規模爆発が同時に四十発生し、人が通れるほどの穴が開く。
同時に手榴弾が投げ込まれ、無数の球体が尊に迫る。
だが、それらは途中で止まり、目標に届く前で爆発四散した。
それは空中で、あるいは、砂の上で、なにもないはずの空間に防がれている。
しかし、爆発によって舞い上がる砂塵ではそれは姿を現さない。
間違いなく防ぐ何かがあるのにだ。
(うまくいったねカナタ!)
(肯定します。はい、目論見通りシールドとマッチしています)
周囲の環境の変化すら対応する完璧な迷彩は、環境部屋の壁に使われている紋章魔法。
尊達はそれらを回収して、シールドと組み合わせて部屋中に仕掛けていた。
本来なら全力発動すると光の壁になるシールドが、見えない力場となって尊を守っている。
(警告します。ただし、空間の歪み自体は確実に存在しているので、でぃーきゅーえぬ自身ならいざ知らず、サムライスーツの機能を正しく使っていると仮定できる今のエインヘリャルに効果があるかどうか不明です)
(うん……多分、直ぐに対応されるね)
その尊達の懸念は正しかった。
一瞬の静寂。
尊が一呼吸、二呼吸したタイミングで灰色のサムライスーツ達が部屋の中に雪崩れ込んできた。
彼らはなにもないところで横に飛び、ジャンプしては、滑り込み、回避動作をしながら迫ってくる。
明らかに見えなくなっているステルスシールドを感知しているようだった。
折角の罠が無駄になっている光景だったが、尊は冷静に薙刀を構える。
(宣告します。始めます)
カナタの言葉と共に、尊の視界に矢印とファイブカウントが始まる。
素早く矢印に合わせて身体を動かし、剣先を迫る一人に向けた。
「バインドネット」
本来なら蜘蛛の糸状に撃ち出される粘着の紋章魔法は、カナタからの干渉により一本の糸として射出された。
もっともその発射速度は遅く、あっさり避けられてしまう。
が、その先で灰色のサムライスーツは消える。
痕跡すら全て消失したその光景に、エインヘリャル達が一瞬だけ止まった。
この部屋で唯一止まらなかったのは尊のみ。
「多重バインドネット」
剣先を僅かにずらして網というより、布団と呼べるほどの厚く大きな粘膜魔法を消えた場所へと撃ち込んだ。
その直後、灰色のサムライスーツは姿を現し、バインドネットにのまれ砂の上に吹き飛ばされる。
砂粒を巻き込みながら転がった白い塊は、瞬く間に地面と同色になり、僅かにもがく動きを見せた後、動かなくなった。
(報告します。作戦は有効です)
(うん。このまま数を減らすよ!)
尊は再び動き出したエインヘリャル達に薙刀黒姫黒刀改の剣先を向けた。
「全方位展開によるシールドの檻ですわね」
砂漠の部屋の入り口前上空にて飛びながらヴァルキューレは中の様子を観戦していた。
エインヘリャルシステムを起動した今の彼女は全てのでぃーきゅーえぬ達と繋がっているため、外にいても中の様子は手に取るようにわかる。
「バインドネットでけん制し、回避すればそのタイミングで閉じ込め、当たればそのままネットで拘束。不可視シールドはこちらの探知でも捕らえられるけど、攻防にも、妨害・拘束にも使えるのであれば、まず先にシールドを破壊するべきかしら? ……ですけど、紋章魔法自体は砂の奥深くに埋められては、スーツの機能ではどこにあるかまではわかりませんわね。砂の中と考えれば直接破壊という手段も取れないでしょうし。かと言って、放置では銃撃も届きそうもありませんわね」
ヴァルキューレが独り言をつぶやいている間も、エインヘリャル達は尊に迫り、攻撃する。
でぃーきゅーえぬ達を操っているシステムは、基本的に自動兵器と同じだ。
そのため、ヴァルキューレが止めない限り勝手に指定した目標に向けて動き続けるのだ。
例え、シールドの檻に囚われた仲間が、次の瞬間に解除と同時にバインドネットを通常状態で大量に撃ち込まれ白い塊にされても。
例え、撃ち出したグレネード弾がその間近で着弾し、生じた爆風で吹き飛ばされても。
例え、急接近しようと高くジャンプしようとして直後に脳天を透明シールドにぶつけても。
例え、灰色のサムライスーツが「やめてくれ! やめでくれぇええ!」「イタイイタイイダィイイイイ」「おがあざんおがあざん」と中で叫んでいても。
止まることはない。
「一対集団を想定した場所の一つ。ということなのですわね? こういう場所を彼はいくつ作っているのかしら?」
空中で羽ばたきながらヴァルキューレはタイミングを計っていた。
「彼のことですからきっと他にもあるのでしょうね……だとすればこの場で決めなければなりませんわね」
己が突入する瞬間を。そして、自らが使う生身の自分とほぼ同じ大きさの大型機関銃を転送しながら。




