Scene75『黒樹尊の企み』
八日前、武霊ネットワークにより集まったギルド長達に尊はあるお願いをした。
「僕を見捨ててください!」
そのお願いにギルド長全員が唖然としたのを確認した尊は、畳みかけるようにその理由と内容を口にする。
「勿論、あくまでその振りです。本当に見捨ててほしいわけではありません」
ほっとするギルド長達だったが、続く言葉で顔が引きつる。
「ですが、僕を助けるための動きは一切しないでほしいんです」
「それは実質的に見捨てることとなんら変わらないが?」
鳳凰の問いに、尊は首を横に振る。
「正確には囮です」
「囮だと……」
ギルド長達がざわつき始めるが、尊は構わず言葉を続けた。
「普通であれば救出に動くのに、動かない。それがフェンリルに対する揺さぶりになるんです。でも、もし、ここで実際に救出に向かえば、皆さんは直接的にフェンリルと戦うことになるでしょう。彼らはでぃーきゅーえぬと契約して護衛をしているわけですからね。だけど、その状況はフェンリルが最も望む状況です」
「なるほど、人用自動兵器運用システムの成長か」
「はい。今の僕の状況はそのために最適な餌なんです。そんなあからさまな罠にわざわざ乗る必要はありません」
「だが、仮に救出に向かわない場合であっても、フェンリルはなんらかの行動を起こしてくるのではないか?」
「可能性はあります。ですが、見捨てるという状況は、それはそれでフェンリルにとって都合が良いはずです」
「プレイヤー間の、いや、今明確にファンリルと戦っている我々への信頼が揺らぐ……か」
「はい。フェンリルの動きは一貫してプレイヤー間をバラバラにすることでした」
「現状の自動兵器では多数のプレイヤーを相手にするのは成長を阻害しかねないだろうからな」
「勿論、最終的には一つにまとまって貰いたいでしょうから、適度な分裂である必要があるはずです。その証拠に、彼らの行動には徹底さが掛けています。やろうと思えばもっと効率のよく効果が高い手段などいくらでもあるはずなのに」
「確かにでぃーきゅーえぬを使うやり方は悪手とは言わんが、良い手とは言わないな」
「それに狭間の森が安定しているのもその考えの正しさを証明していると思います」
「次のステップのための相手用というわけか」
「はい。そして、皆さんが僕を見捨てる行動を取れば、例え怪しいと分かっていてもフェンリル側はなにかしらのリアクションを取らざる得ません」
「それは先程の予測と矛盾してないか?」
「リアクションと言っても戦闘などの影響の高い行動には状況から考えてしないはずです」
「つまり……偵察か」
「はい。向こうが完全にこちらのことを把握しているのであれば、わざわざ偵察用の自動兵器を飛ばさないでしょう。それにQCティターニアのクラッキングを完了させていない以上、向こうもこの世界の法則に縛られます。精霊領域や守護の大樹などの干渉できない場所や能力を利用すれば、更に向こうは情報を得辛くなるでしょう。勿論、諜報員からの情報で動き自体は向こうに漏れてしまうでしょうけど、その意味まではわかりようもありません。皆さんにはそれぞれのギルドメンバーが納得する形で、僕を見捨てて貰う予定ですからね。だから、その動き自体に不自然さはないんです。でも、違和感はどうしても付き纏う。掌返しもいいところですから。だからこそ、地上で皆さんがなにをしているのか確認しつつ、諜報員から得た情報で起きたリアクションであることを極力薄めるために直接確認してくるはずです。自分達で調べて確認したから、こっちはアクションしたという状態を作り出すために。こちらとしてもそれを考慮しなくてはいけませんし、それによってどのタイミングで情報が伝わったのかより不透明になり諜報員の位置を絞り込むのも難しくなるでしょう。でも、だからこそ、フェンリル隊員の誰かがわざと確実に現れるはずです。これには、まだ未完成な自動兵器では得られない範囲での情報収集のカバーも含まれていますから、しないというわけにはいかないはずです。まあ、あくまで素人予測ですから、外れる場合もあると思いますから、遭遇したら対応する程度の考えでいいと思いますけど」
「そのタイミングはどれくらいだと考える?」
「……事前の情報収集もあるでしょうから、直ぐに姿を現すことはないと思います。それで、もし現れた場合、ギルバート以外でまだ強制転送を確認できていないヴァルキューレが出てくる可能性が高いんじゃないかと」
「あのゴスロリ少女か……」
鳳凰の重いため息に、ギルド長のほとんどが困った顔になる。
彼女の戦闘力は既に確認できているからだ。故にこの場で対応できる者は数が少ないことが明白だった。
なんせ相手をしたのが戦闘狂のギルド戦の聖人の現トップなのだから。
その雰囲気を感じ取った尊は、大きく頷く。
「ええ、八重さんと互角の剣撃戦を繰り広げた人です。十分に注意しつつ撃退してください。可能であれば、一人でも多くフェンリル側の戦力を削りたいところですけど、向こうに強制転送が握られている以上は無理ですからね」
「いや、それの対応策はある」
「ええっ!?」
「そもそも、あれは強制の方じゃない。リスタート転送だ」
「え? あれって強制転送じゃないんですか? リスタート転送?」
「ああ、そして、そうであるのなら対応策が一つ、いや、もう一つあるな」
「じゃあ、それを防ぐ手段は『二つある』んですね」
尊の確認に鳳凰は頷き、指を一本立てる。
「一つはリスタート転送を使わせないことだ。我々プレイヤーの場合は、武霊がリスタートを担当するためにさして使用に意識を向ける必要はないが、フェンリルの場合は己の意識一つで行う必要がある。音声制御でも可能だろうが、工作員の撤退した様子からして思考制御で行われていたのだろう。であれば、システム起動に意識を向けられないほど余裕を与えなければいい」
「えっと……それって難しくありません?」
「普通ならな。だが、こちらにも普通じゃない者は幾人かいる」
鳳凰がVRA画面上で顔を横に向ける。すると、黙って話を聞いていた八重が手を振る。
尊の頭に地上で見た八重の戦いが浮かび、納得したのか頷いた。
「じゃあ、ヴァルキューレが現れた場合は八重さんが対応するということで」
「かまへんよ。うちも全力で殺り合いたい相手やしな」
物騒な八重の発言に尊のみならず幾人かのギルド長の顔が引きつったが、鳳凰は特に気にせず二本目を立てて残りを説明し始めた。
「もう一つはリスタートスフィアが置かれている場所の環境がVR体にとって危険な場所になることだな。リスタートスフィアは強制転送が前提のシステムだ。つまり、精霊領域が張れない状況での帰還を基本想定にしている。であれば、戻る先が安全でなくなればリスタートできなくなるのは当然のことだろ?」
「はい。ということは、本来であればそんな状態になったらどうなるんでしょう?」
「それは単純にログアウトだろうな。正確にはティターニアワールド外に放り出されるか? まあ、誰一人経験したことがないことだが、VR症の予防の観点から考えればそういう通常仕様になっているのは間違いないだろう」
「じゃあ、今の状況では?」
「予測ではリスタート転送が止まる」
「それ以外の手段はないんですか?」
「そうだな……」
腕を下した鳳凰は腕組みをしてしばし考え、直ぐに解いた。
「そういえば三つ目の可能性があると部下から報告があったな」
「なんです?」
「いや、あくまで可能性で、まだ確証が得られていないからな。できるかどうか確認できてから話す」
「そうですか……」
鳳凰の説明に尊の思考が再び沈み、なにごとかをぶつぶつとつぶやいたかと思うと直ぐに止める。
「だとすれば、僕のお願いにとっては都合がいいですね」
「まだあるのか?」
「はい。正確には見捨てるということとセットのお願いです」
「……とりあえず、聞こう」
「ありがとうございます」
鳳凰の頷きに尊が満面の笑みを浮かべると、それにやられたギルド長が何人かうめき声を上げたり、顔を赤くしたりした。
その様子にしてやった方の尊はキョトンとしたが、これから話す話の重要性から直ぐに無視する。
「皆さんには見捨てる振りのためにバラバラの行動しながら、してもらいたいことがあります。一つは地上に残っている今後に必要になる設備や紋章魔法の回収。あ、強制転送されて地上には残ってない人達の持ち物を、武霊ネットを通して本人に確認して目録を作って保管してあげてください」
「それはいずれしようと思っていたことだから構わないが……何故今だ?」
「理由は後で言います。あ、その際に、できれば勝手な行動のように見せてください。火事場泥棒的に見えるようにした方が、より見捨てていると見えるはずですから。ですから、盾の乙女団みたいな人達以外でお願いします」
「……わかった」
「それで、盾の乙女団の皆さんには別のことをしてもらいたいんです。あと、戦の聖人の皆さんにも」
不意に自分に振られたことで首を傾げる八重。ついでに苦笑もする。
「ん? うちんとこか? ……あんまり戦闘以外は役に立たんよ?」
「その戦闘を戦の聖人さんにはお願いしたいんです」
「そりゃかまわんけど……自動兵器を成長させないんやなかったの?」
「はい。ですから、できる限り単独でかつ同じ技で倒してほしいんです」
「なるほど。それなら確かに他の連中が戦うより成長はおそうなるな」
「同時に派手に戦闘をして近くに潜んでいるプレイヤーの皆さんの危機感を煽ってください」
「ほうほう。その心は?」
「盾の乙女団の皆さんにやっていただく避難誘導を受け入れやすくするためです」
ようやく自分達の出番を言われた鳳凰は首を傾げる。
「確かにそれなら普通より呼び掛けに応じてくれ易いだろうが……どこにだ?」
「地下にです」
「先程のフェンリルの工作で入り口は潰されているぞ?」
「僕のところに繋がるルートはですよね?」
「……ああ」
「それにビルの地下などの細かなルートだってあるはずです」
「そうだな」
「盾の乙女団の皆さんには、それらを使って地下ダンジョン全域に満遍なくプレイヤーの皆さんを配置して欲しいんです。できれば、精霊魔法の能力が一定でかつ、属性が被らないように」
「それは構わないが……精霊魔法? 満遍なく? ……っ! まさか!」
尊の発言を脳内で繋げ答えを導き出したのか、驚きの声を上げる鳳凰にほとんどのギルド長は不思議そうな顔を向けた。幾人かが同じ答えに辿り着いたのか驚愕の表情を尊に向けてはいるが、彼はそれを無視して言葉を続ける。
「そして、地上の避難と撤収が終わったら、地上にある大きな入り口を潰し回ってください。ついでに、応援でそれを邪魔されないように転送球を襲撃して、どれくらいの自動兵器を一度に出せるか、その種類はなどを調べてくれてもいいと思います。そうすれば後々に役に立ちますからね」
地上からの設備と紋章魔法の回収に、全プレイヤーの地下への避難と配置。更にダンジョンへの入り口を潰し、転送球の性能を調べる。
それらを繋げ、そこに精霊魔法というキーワードを組み込めば、答えは自ずと導かれ、時間の経過と共に尊がなにをお願いしようとしているのか理解するものが増えていく。
驚愕の視線が半数以上になるまで黙った尊は、少し深呼吸して頷いた。
「はい。皆さんの想像通り。地上を僕達にとって戦いやすいように破壊します」
尊のその言葉に答えを導き出せなかった者達も驚愕の表情になる。
「このまま廃ビルがある状況下で戦うのは、自動兵器に市街戦というデータを蓄積させることになります。更に障害物があることにより精霊魔法という武器を最大限に利用できません。では、障害物がなくなれば? そして、いっぺんに地上から自動兵器を排除できれば? そうなれば転送球から出てきた瞬間に自動兵器を一方的に破壊することが可能になります。それこそなんの学習すらさせないほどに。勿論、狭間の森でもできれば似たような状況を作り出してもらいたいです。こちらが手詰まりだから向こうでなんてことになったら、意味がないですからね。狭間の森は安定しているみたいですし、それはつまり向こうにはあまり自動兵器が送られていないという証拠でしょう。なので、こちらのように『戦略級精霊魔法』を使う必要はないと思います」
「ま、待て! そもそも戦略級の、地上全てを破壊するほどの精霊魔法などできるはずもない!」
珍しく慌てた様子の鳳凰に八重は面白いものを見たというか顔を向けるが、他のギルド長は心情的に近い状態なので大体が気にせず頷いていた。
「武霊はそれぞれがティターニアワールドの理の一部を代行していて、それが属性になっていると聞きました」
「ああ、その通りだ」
「では、戦略級ができないのではなくって、確認してないというだけでは?」
「それは……確かにその通りだな……」
「僕は武霊達が息を合わせればどんな現象も起こせると思っています。カナタにも確認を可能性は高いと考えを肯定してくれましたし、幸い武霊ネットという息を合わせるために最適なものが出来上がってますしね。あと、一人の武霊使いでビル一つを砂塵に変えるのを僕は目撃しています。だから、満遍なく配置して、精霊魔法を使えばできないことはないのでは?」
「か、かもしれないが……」
あまりにもスケールが大きな話にギルド長達はしばらく唖然としていたが、正気を取り戻すためか鳳凰は首を横に振った。
「だが、そんな大規模なことをしようとすればフェンリルに事前に察知され潰されかねないぞ?」
「だから、僕が見捨てられ、一見するとバラバラな行動を取って貰いつつ、表向きは正しい行動を取って貰いたいんです」
「それらの行動を隠れ蓑に、秘密裏に準備をしろと?」
「はい。満遍なく避難させるのは地下ダンジョンの構造上そうせざる得ないというのと、被害を最小に減らせるという実際の理由があります。ですから、なにかを企んでいるとは思うかもしれませんが、なにをまでは辿り着けないはずです。だって、どれも表に出ている行動はその通りなんですからね」
「しかし、精霊魔法はそんなに簡単なものではないぞ?」
「どういう魔法を使うかをあらかじめ決めてシミュレートしていれば、例え直前まで政略級精霊魔法を使うと知らされていなくても、武霊ネットにより短い時間で理解と協調はできるでしょうし、それによる多少の威力や誤差などはあるかもしれませんが、四万組という武霊使いの数をもってすれば多少の力技であってもなんとか……なりません?」
「それは……」
尊の不安そうな問いに鳳凰を始めとした精霊魔法が得意な面々が考え出す。自身の武霊とも相談しているのか、なにごとかを呟いている者達もいた。
若干の沈黙が続いた後、彼ら彼女らはバラバラに頷く。
それを確認した鳳凰は、自身の考えを口にした。
「この場にいない精霊魔法の使い手にも協力してもらいデザインを決めてシミュレートを繰り返せば……多分、なんとかなるな」
「そうですか。よかった」
「だが、いきなりそんなことをなにも知らないプレイヤー達がお願いされて素直に応じるか?」
「その時は僕を利用してください。本当は僕を助けるためにあえて見捨てるふりをしていたことと、みんなが協力してくれなくては助けられないことを訴えれば、できる状況下にある人達がなにもしないなんてことはないと思います」
「それは……」
「ええ、卑怯な手です」
口ごもる鳳凰に尊はちょっと困ったように微笑んだ。
「でも、使える物を使わないと、この状況を打開できませんし、僕の方もでぃーきゅーえぬ達から武霊達を助けられません」
「……武霊達を助けるつもりなのか?」
「はい。そのために、どうしてもでぃーきゅーえぬには彼らだけで僕に襲い掛かってもらう必要があります」
「相手は二千人いるのだぞ? どうやってだ?」
「それについては詳細をまだ決めていないのでまだ話せませんが、ルカさんに手伝ってもらおうと思っています。こっちには手付かずの資源が豊富にありますからね。あと、直接的じゃなくても間接的な助けをいっぱいお願いすると思いますけど、よろしいですか」
「ああ」
その頷きに、尊は微笑み、宙に浮かぶ全てのVRA画面を見回した。
「これが僕からのお願いというわけです。勿論、これはとんでもないお願いですし、皆さんに大きく迷惑をかけるものです。ですから、できないと拒否してくれてもいいですし、これ以外があるのであれば提案して欲しいです」
そして、願いは賛同され、そこから尊達は忙しく動き出した。
尊は地下四階を探索してでぃーきゅーえぬを一網打尽にするための罠をルカと共に作るなどの準備に追われ、鳳凰達は指示通りに見捨てる振りをしながら戦略級精霊魔法の開発を進める。
それは狭間の森のプレイヤー達を巻き込みながら規模を大きくし、尊の当初のお願い以外のことも行われ……そして――
名前『真田幸子(本名=竹下忠雄)』
性別『男』
性格『若干臆病で心優しく面倒見が良い気配り上手』
誕生日『三月九日』
年齢『三十一歳』
人種『黄色人種』
国籍『日本』
容姿『筋骨隆々な二メートル近い大男なのだが、ニューハーフであるため常に女装している』
職業『バー経営者』
趣味『衣服制作』
ポリシー『可愛いは正義。服飾は正しく』
特技『槍・家事全般』
技能『自己流槍術』
所属ギルド『戦の聖人(戦闘系ギルド)ナンバー5』
契約武装量子精霊『ぶんちゃん(昔話のぶんぶく茶釜の狸みたいな姿)』
武霊属性『糸』
武装化武器『十文字槍』
武装化防具『ドレス。以降まだ出てない。ドレスの装飾や手袋靴など』
備考
『真田幸村に憧れていた時期があり、その関連で槍術マスターし、その後性同一障害を自覚し、ニューハーフバーなどで働くようになった(真田幸子は源氏名でもある)。ただし、注射や手術などは怖いため、性別適合手術などはしていない(作中の時代ではやろうと思えば見た目も中身も完全な女性にすることはできるため、してない性同一障害者は珍しい分類に入る)』
『戦の聖人に入ったのは単純に好みの男性が多く、直接的に触れ合いたいから。そのため、同ギルドメンバーのノーマルな男性方々からはちょっと恐れられている。なお、自身がナンバー5にいるのは、恵まれた体格と、槍というアドバンテージがあるためであり、技術的にはそれほど高いものを持っていないと思っているため、目立つ見た目に反して裏方に回ることが多い』
『基本良い人であるためギルドだけにとどまらず彼というか彼女を慕っている人は多い』
『衣服を作る趣味と自身の武霊の属性も合わさって、戦うこと以外にも戦の聖人メンバーの服を作ることもしている』
『Scene64『高城八重VSヴァルキューレ』でチラッと出てます。作者的には後々もうちょいというか、ちょいちょい登場させようかな~と思っているキャラでもあったりします。まあ、あくまで予定ですが』




