Scene73『駆逐する男の娘』
(動いた)
コロシアムにいるヴァルキューレにその一報が入ったのは、でぃーきゅーえぬに少しだけ手助けした直後だった。
それまでギルド単位でのみ動いていた盾の乙女団が活発に動き出し、戦の聖人とその下部組織と共に分隊を作って地下一階の方々へ散り始めている。目的は不明。
と、プレイヤーの中に潜り込んでいる複数の諜報員からもたらされたのだ。
地下ダンジョンは守護の大樹の影響などで地上からは探知し難く、自動兵器を送り込んだとしてもステルス機能に特化させた機体でないと直ぐにガーディアン系魔物に排除されてしまう。
もっとも、ステルス機能に特化させた機体であっても、武霊の探知領域の前には通用するはずもなく、ガーディアン系に対してもそれほど有効というわけではない。紋章魔法を組み込んだ独自の探知・認識システムがガーディアン系には組み込まれているだろう。というのがフェンリルのみならずプレイヤーでも予測されていることだった。
よって、どこかに囮でもいない限りヴァルキューレから地下の様子を知るすべはなく、諜報員から情報がもたらされる前までフェンリル側はプレイヤー側の動きに気付けていなかった。
が、ヴァルキューレは特に慌てることはしない。
もしこれが対等な戦力であれば初動の遅れを気にするところだが、例えどんなことが起こっても致命的なことにはなりえない。
という認識がヴァルキューレにはある。そもそも、どんな状況であれ美味しい経験値でしかないのだ。
だからこそ、地上を任されているヴァルキューレが一番気にするのは、これからの状況の変化をできる限り美味しいものへと整えること。
当初予定していたプレイヤー間が疑心暗鬼に陥り、個別に固まって抵抗し続けるという状況は、黒樹尊と彼によって成長を促されたナビ達によって崩されてしまった。
なので、フェンリルが求めている最低限の状況はプレイヤーとの戦闘状況を維持することになっている。
その前提があるため、ヴァルキューレが最大限警戒すべきなのは、フェンリルがプレイヤーに干渉できない環境を作られること。
幸い、プレイヤー側はまだ地下四階に突破するほどの力は得ていない。
今のまま地下一階から三階に立てこもっているだけなら、いくらでも矢面に立たせられるのだ。
故にまだプレイヤーはフェンリルの手の内。
例えこれからどんなことをしても、十分に対応できるが故に、ヴァルキューレはなにもしなかった。
ただいつでもどんなことが起きても即座に動けるように全神経を地上各地に派遣している自動兵器へと向けていた。
(地中貫通爆弾の配備は完了。製造した自動兵器群の八割を精霊領域の及ばない天井にステルス装備と共に配備済み。カスタムノーフェイス並びに監視用の自動兵器群も地上を漏れなく観測するポイントに移動済み……現状の確認できる限りの敵勢力ではこれを覆すことは不可能。ただし、あえて黒樹尊を放置していることから考えて、彼は我々の注目を集めさせるための囮と考えられますわ。であれば、地上でなにかが起きる? 考えられるのは、残ったルートを潰し、地上と地下を隔離し、時間を掛けて地下四階に侵入するかしら? ただ、その場合は黒樹尊の動きが謎ですの。そのパターンでは、奥へ逃げて時間を稼ぐのが最善ですわ。例え今は優位に戦えてはいても、数と攻撃力の差は歴然ですの。精霊力の回復スパンから考えれば、半日持てばいいところですわ。つまり、なにかが起きるのはその半日の間である可能性が高いということですわね……問題はそれがなんであるかが未だにわからないことですけど……案外単純に、一気に黒樹尊に通じるルートに攻め込むとかかもしれませんわね)
ありえないと思っている予測すら考慮して、ヴァルキューレは自分が与えられたもの全てを駆使して準備し、その時を待っていた。
だが、その待ちそのものがそもそも間違っていたことに気付くのは、それから予測通りの半日後だった。
上での動きが活発化し始めたことなど知る由もないでぃーきゅーえぬは、二百人を一瞬でやられても間髪を入れずにリスタートスフィアと同じ数の百人を送り出した。
リスタートスフィアはQCティターニアの加護が掛けられているため、守護の大樹のように仕様以外の一切の干渉を受け付けない。
最初に撃退された位置にそのまま残っているため、適度にばらけた状態で彼らは転送された。
通常のリスタートスフィアでは、武装化した武霊使いしかリスタートされないためシールドの紋章魔法を展開していても魔法現象が元いた場所に置いて行かれるためあまり意味がない。
だが、発動している光の壁を含めて転送対象にすることはできる。
本来であれば精霊領域だけで十分といえるのだが、尊は紋章孔に装備させている紋章魔法の魔力を一気に使い切ることで攻撃力増幅させているため、大して武霊が成長していないでぃーきゅーえぬ達では耐えられないのだ。
そのことにようやく気付いた彼らはシールドをリスタート転送の範囲に含めて転移した。
が、彼らは気付いていない。
どうしてデフォルトが武霊使いだけをリスタート転送させるかの理由を。
光の繭状になって階段下エリアに現れる百人。
しばらくそのままの状態を続けていたが、特に攻撃される気配がなかったため、一斉にシールドを解除した。
即転送の危機がなくなったでぃーきゅーえぬ達は、少なくとも自分達の周りに尊がいないことに安堵のため息を漏らした。が、
「うおっ!」
一人だけ驚きの声が出る。
何故なら、その胸に黒い刃が出ていたからだ。
「なん――」
言葉を言い切る前に強制転送され、その後ろから薙刀バージョンの黒姫黒刀改を構えた尊が現れる。
「嘘だろ!? なんでここに!?」
と誰かが口にしたが、小柄な尊からしたら大人が余裕をもって転送される距離など丁度いい待機場所でしかなく、しゃがんで待っていれば視界にも入らないのだ。
勿論、尊とてそんなリスキーな距離で待っているつもりはなかったが、でぃーきゅーえぬ達が武霊どころかサムライスーツすら満足に活用していないことをこれまでの戦いで見切っていたが故に大胆だった。
(武霊とちゃんと接していれば僕の位置なんて、ううん、サムライスーツをちゃんと使えていたら直ぐにわかったよね?)
周りの驚愕に尊は思わず呆れのため息を吐いた。
サムライスーツは身体を完全に覆う仕様のため、各種センサーが搭載されている。場合によっては生身以上に周囲の環境を知れるのだが、それらを使うためには思考制御をちゃんと使う必要があり、強弱もそれでコントロールしているため基本的にオフにされている。
勿論、その仕様はでぃーきゅーえぬも知ってはいる。が、下手に使って溢れる情報でパニックになる者達が続出したが故に誰も使っていなかったのだ。
いや、正確には使わなくても今まではなんの支障がなかったというのも大きい。
一応、音声制御や外部コンソールは用意されている。だが、それらを使わなくても彼らは普段通りに周りの状況をしれているのだ。彼らは気付いてはいないが、例え扱いが酷くても、契約した主のために健気に尽くす武霊達が自らの能力でサポートされているのだから。
だからこそ、どうしてそうなっているか気付きも、わかってない者達がたとえその存在を知っていてもセンサーの使用と調節をするはずもない。
そのことを精霊領域で接触したカナタから知らされている尊は、心が落ち着いているのに怒りが湧き上がる不思議な感覚に襲われていた。
(カナタ。残りは?)
(回答します。千二百十五です)
(わかった。行くよカナタ)
(ご存分に)
唖然としているでぃーきゅーえぬ達を気にせず、尊は強制転送されたプレイヤーがいた位置へ移動し、薙刀を頭上で振り回した。
その一撃は周りのプレイヤー達の僅かに届かないものだった。が、ただそれだけで、周りは面白いように強制転送されてしまう。
「はあっ!? つうか! 今斬られてねえよな!?」
その様子を間近で見ていたでぃーきゅーえぬが叫ぶが、彼がその疑問の答えを得られる前に尊の一撃が振るわれる。
振り回しからの振り下ろし。
それもまたプレイヤーの身体に接触しないものだった。のだが、やはり強制転送させられてしまう。
リスタートスフィアそのものはQCティターニアの管理下にある外付けシステムだが、その転送自体は武霊、正確にはその彼らの精霊力で行われている。そのため、余計なシールドを含めてリスタート転送すればその分だけ精霊力を消費されるのだ。
しかも、でぃーきゅーえぬ達は範囲攻撃を恐れて自分達を包むようにシールドを薄く展開していた。
尊のように多重シールドで展開していれば話は違ったかもしれないが、たった一個のシールドでは凶悪までに切れ味を持った黒姫黒刀の刃を受け続けるなど一瞬でもできるはずもない。
空間湾曲は戻る力が多いほど大量に魔力を消費する。だからこそ、絶え間ない攻撃が有効であり、もっといえば長く干渉し続ける斬撃などは最悪といっていい相性なのだ。
故に、シールドの仕様は弾くがベストだったりするのだが、仮にでぃーきゅーえぬ達がそれを知っていても尊とカナタの斬撃でそれができるほどの技量を持っているはずもない。
結果としてシールドはあっさり破られ、その下の精霊領域を斬られるだけで強制転送が発動してしまうことになった。
このことは少し考えればわかることなのだが、目の前の出来事に混乱した彼らがそんなことに気付くはずも、精霊力の確認をするはずもない。それどころか、間抜けなミスをし始める。
「ふざけんな!」「やっちゃえ!」
でぃーきゅーえぬ達が彼らにとってすればわけがわからない現象に喚きながら、その手に持つ重火器を撃とうとした。
が、トリガーが引けない。
「なんで!?」「壊れてんのか!?」「くっこのっ!」
どんなに力を入れても尊に向けた重火器は発砲されず、わけがわからずがむしゃらにトリガーを引こうとしていると、その中の何人かの銃口が誰もいない空間へと向けられた。
その瞬間、トリガーが思いっきり引かれ、本人が予期しない力が加わってしまう。
サムライスーツに組み込まれている動作補正システムは、行おうとする行動に対する最適な補正が掛かる仕様になっている。その対象は意識してない部分も範囲となっており、外部からの力に自動的に対応しようとする。
つまり、フレンドリーファイアを防ぐために指を動けなくさせ、本人が予期していない力を受けるとそれに抵抗もしくは流すための動作を勝手に始めるのだ。
よって、集団のあちらこちらで転がる者や硬直するものが現れてしまう。
そして、そんなことになればどうなるかというと、
「なにしてんだ!」「ちょ、ちょっと!」
転がる者達から避けようと飛び退く者に、その飛び退いた者避けようと横にステップする者、更にそのステップした者から避けようと――
連鎖的に集団が意図せずに回避運動をしてしまうのだ。
当然、その瞬間は大きな隙になる。
(彩夢師匠との修行いらなかったかも……)
(肯定します)
勝手に混乱するでぃーきゅーえぬ達を次々と強制転送させながら尊はため息を吐く。
血反吐を吐くとまではいかないが、何度も気絶させられた修行が無駄になりそうな一方的な戦いをしているとどうしてもそう思ってしまうのだ。
とはいえ、周りが混乱して滅茶苦茶に動いている中を正確に無駄なくカナタの指示に従って振るえているのは、確実に小河彩夢のおかげであるといえる。
ただただ尊の無双が続き、いっぺんに倒していないが故に次々と新たなでぃーきゅーえぬが途切れることなく現れては現状を把握していないが故に現場の混乱に巻き込まれて新たな混乱の原因になるを繰り返す。
それによって尊に強制転送された数が百を超えた時、不意にカナタが呼び掛けてきた。
(マスター)
(どうしたの?)
(警告します。新たに現れたでぃーきゅーえぬはシールド展開せず、装備が近接装備になっています)
(ようやく? いちいち反応が遅いよね……)
(肯定します)
地上コロシアムにて正翼が一人一人強制転送させられるたびに激昂して即座に新手を送り出し、やられた者達からなんの証言も取らず、余計な報告をしようとすれば喚き散らす。それ故に武器の切り替えは組織としての対応ではなく、まだ正翼に呼ばれていないメンバーが自主的に個人で確認を取って行われていた。
相手がそんな状態で襲い掛かっているなど知る由もない尊は、段々と気持ち悪くなってくる。
(なんなんだろうねこの人達って)
(肯定します)
とはいえ、気持ち悪かろうと相手をし続けなくてはいけないことにはわかりなく、重火器持ちを倒しながら近接武器持ちの動きをVRA地図で確認。
尊がわかりやすいように光点の代わりに近と書かれている彼らの位置は、どうやら混乱の渦からいったん抜けだし重火器持ちが全て強制転送されるのを待っているようだった。
重火器持ちが一人減るたびに近接武器持ちが増え、尊を取り囲むように円が形成される。
(一斉攻撃しようとしているのかな?)
(同意します)
(なら、あれだね)
(同調します。はい、あれです)
九百五十人を強制転送させた時、階段下には近接武器持ち以外誰もいなくなっていた。
尊は特に息を荒くしているわけではないが、構えを止めてしまう。
そして、周りを見回し、これ見よがしにため息を吐く。
わざとではない、本心からの呆れを表現していた。
何故なら近接武器持ち達が持っているのは、武装化武器ではなくフェンリル達が使っていた軍用ナイフや刀だったからだ。
彼らの武装化武器がどんなものであるかは知らないが、武霊によって作られたものが例えその切れ味を強化するギミックが入っているとはいえただの武器に劣るはずもない。
凶悪な切れ味を持つ刀だったり、炎を纏える盾だったり、それ自体の特殊性は勿論、紋章孔が増えることは武霊使いの戦い方の幅を広げる。
(精霊力の消費を抑えたのかな?)
(否定します。ただわかってないだけと推測されます)
(そういう人達だからこそフェンリルに選ばれたんだろうけど……)
わかってはいても抑えられない尊はもう一度深いため息を吐いてしまった。
流石のでぃーきゅーえぬ達も自分達が呆れられているとわかったのか、その瞬間に激昂してなにごとかを喚きながら一斉に襲い掛かる。
だが、彼らの刃が尊に届くことはない。
「バインドネット」
尊を中心に白いネットが津波のように放出され、飲まれたでぃーきゅーえぬ達は床に押し倒され、そのまま張り付けにさせられたのだ。
柄に事前にはめ込んでいたバインドネットの全力使用により辺り一面はねちょねちょした大量の糸に埋もれ、中でもがけばもがくほど絡まってナイフも刀も意味をなさない。
喚くでぃーきゅーえぬ達を尻目に尊は余裕をもって右籠手の紋章孔にエクスプロージョンの紋章魔法をはめ込み。
「シールド。エクスプロージョン」
左のシールドを展開した後に部屋を埋め尽くす爆発をもって一掃した。
これで千五十人。
だったのだが、
「……来ないね?」
「肯定します」
なぜが急にリスタート転送が途切れた。
「流石に警戒したかな?」
「肯定します」
魔力切れになった紋章魔法達を外して新しい紋章魔法を嵌めながら尊は苦笑した。
「ん~……まあ、流石にこんなに一方的にやられればだ――」
不意に尊の身体が上に落ちる。
精霊領域に属性付与させれ、重力が逆転したのだと直ぐに気付くが、それでもいきなりなことだったため驚きを抑えられない。
(カナタ!?)
(警告します。大量のリスタート転送を確認しました)
(へ? 大量?)
カナタの警告を頭が理解するより早く、床へと顔を向けていた尊の目の前が灰色で埋め尽くされた。
でぃーきゅーえぬ達が残り九百八十五人を一斉にリスタート転送させた瞬間だった。
名前『張 国豪』
性別『男』
性格『自信過剰で弱肉強食を地で生き、傍若無人。だったが、現在はやや大人しい。理由は備考で』
誕生日『九月十日』
年齢『二十五歳』
人種『黄色人種』
国籍『中華人民共和国』
容姿『細目黒髪おさげで体脂肪ゼロの細マッチョ』
職業『警備員』
趣味『中国武術』
ポリシー『弱肉強食』
特技『双剣』
技能『中国武術』
所属ギルド『戦の聖人(戦闘系ギルド)ナンバー3』
契約武装量子精霊『童童 呑気なパンダ』
武霊属性『土』
武装化武器『中国双剣』
武装化防具『カンフー服(袍)。まだ出てない籠手・具足・戦笠』
備考
『中国武術の双剣を操り、繰り出す攻撃速度と密度は他の剣タイプの武霊使いの追随を許さない』
『元々は武術と三国志を組み合わせた中国のVRゲーム『武帝』のナンバーワンプレイヤーであり、あまりの強さから武帝を飽きてしまい、新たな強者との戦いを求めて武装精霊を始めた。そして、戦の聖人に入り、当時ギルドマスターだった現ナンバー4ロドリゲス=オオムラとの一騎打ちに勝ち、ギルド長になる。が、次の日には、誰彼かまわず無作法に戦いを挑むチャンを目撃した高城八重に苦言を呈されたことにより、流れから一騎打ちとなってあっさり負けてしまう。その際に、その姿と強さから彼女に一目ぼれしてしまい、八重を強引戦の聖人のギルド長にし、自分はナンバー2に収まる。が、その直後に現れたリリーにあっさり敗れたためちょっとだけ荒れて即八重にぼこぼこにされ大人しくなった』
『同じ人物に惚れているのと、どうやっても勝てない相手であるためナンバー2リリー=マッケンローが苦手』
『今は事態が事態なのでランキング戦は行われていないためナンバー3のままだが、トップ10の八重とリリー以外の実力は拮抗しているため普段は日単位で数字が上がったり下がったりしている』
『Scene64『高城八重VSヴァルキューレ』で暴れ回っていた一人。その後の転送球の襲撃で八重と合流したがっていたが、リリーに撃退されている』
『ちなみに八重は彼のことをなんとも思ってない。精々できればもうちょっと強くなってくれないかな~ぐらい』




