Scene72『無双な男の娘』
地下四階の階段下エリアにて設置した罠の紋章魔法が次々と反応するのを見ながら、尊はエリア直前の通路で一息吐いていた。
「とりあえず上手くいっているね」
「肯定します」
半透明なカナタは尊の隣に浮きながら頷くが、珍しく視線を主以外に向ける。
「確認します。あれはどうしますか?」
カナタが見ているのは階段上から顔を覗かせている黒い機械的なカメレオン。
ニンジャカメレオンと名付けられている陸戦自動兵器の一種であるカメレオンのBMRだ。
ステルス機能に特化されて作られているため、閉鎖的な場所や飛行に適さない場所での隠密・諜報・索敵などに使われる。ただし、小型であり高度なステルス機能を搭載するために攻撃機能が犠牲にされているという欠点があった。それ故に、見付かると自爆する仕様になっているタイプもあるらしく、地上でアーミーアントが自爆したことを考えれば、尊の前にいる機体もその可能性は高い。
その事を発見と同時に教えられていた尊はちょっと悩み、会話を聞かれていることを懸念して思念会話に切り替えた。
(ん~ここから撃てなくもないんだろうけど、ああいうのは壊しても直ぐに次が送られてきそうだから……変化があるまで無視かな? 見られて困ることは既に済んでるし)
(了解しました)
(ところでシールドの紋章魔法の魔力残量と摩耗率は?)
(回答します。百と三十四です)
(魔力回復はやっぱりここだと早いね。問題は思った以上に摩耗スピードが早いことかな? やっぱり精霊領域による干渉が余計な負荷を与えているんだよね?)
(肯定し、否定します。確かに精霊領域による干渉で負荷は生じます。ですが、紋章魔法から発生した現象に干渉するためそれは微々たるものです。疑問解答します。想定外原因は単純に攻撃密度・威力の高さが原因です)
(激しかったものね……物凄く怖かったよ)
直前までの猛攻を思い出し、顔が引きつる尊。
多重シールドで守られていたとはいえ、無数の銃口を向けられ火線さらされれば我流羅による銃弾の痛みを憶えている尊はどうしても恐怖を感じてしまっていた。
おかげで表情は固まるわ、足が震えるわ、両腕の交替すら危うく精霊領域の補助すら使わざる得なかったりもしている。
(情けないね僕は……)
(否定します。マスターは情けなくありません。マスターはマスターです)
(う、うん? 僕は僕だけど)
よくわからない励ましに尊が戸惑っている時、でぃーきゅーえぬ達のリスタートポイントに変化が起きる。
それまで火や電撃、衝撃波などのなにかしらの強烈な現象が短い感覚で同時発生していた。
だが、気が付くと起きる現象が単一になり始めていたのだ。
「報告します。リスタート転送してくる人数が一人になりました」
「もうちょっと早く気付くと思ってたんだけどね」
紋章魔法には魔術回路の摩耗と内包魔力の限界という二つの問題がある。よって、設置型の紋章魔法の攻略方法は、強引に使わせ続けるのが有効な手段なのだ。
地下ダンジョンには罠自体は存在しないが、プレイヤーメイドでは既に存在しており、むしろでぃーきゅーえぬ達が無意味に地上に設置したりして問題になっていたのだ。
だからこそ、尊は直ぐに一人一人連続で同じ場所にリスタートするという手段を取ってくると思っていたのだ。
(強制転送が通常に戻ってるからかな?)
(推測します。守蜘蛛の防衛網を力押しで突破したため、思考が単純化しているのでは?)
(ん~……とりあえず、次の準備をしようか)
(了解しました)
「レーザー」
一言つぶやき、光線の紋章魔法を発動させ、ニンジャカメレオンを破壊した。
「オラ! 次行け次!」
正翼にせっつかれ、でぃーきゅーえぬ達が一人一人リスタート転送しては即座に戻ってくる。
地下四階に到達してから強制転送で戻ってくる数は既に五百を超えていた。
もっとも、罠を張られた段階で気付いていれば三百の無駄はなかったりするのだが、それを突っ込む者はこの場にはいない。
真剣味がなく、余計なことを言うのが怖い、めんどくさい。だから、ただただ正翼の言葉に従う。
もはや組織として終わっているような状態だが、消耗戦でおいてその思考の放棄は有効に働く。
罠でやられることを恐れずにまるで流れ作業かのようにリスタートしていけば、いくら魔力密度が高い地下ダンジョンであっても紋章魔法の回復が追い付かなくなる。
そして、強制転送の数が六百を超えた時、
「止まったぜ!」
SNS経由通信で罠が発動しなくなったことを男でぃーきゅーえぬが告げた時、彼が映るVRA画面が光り輝き戻ってきた。
「へ?」
自分がなんで強制転送されたのかわからない男が間抜けな声を出すが、その間にも次のでぃーきゅーえぬが送り込まれる。
が、今度も直ぐに帰ってきた。
「おい! 罠が止まったんじゃねぇのかよぉ! この がっ!」
正翼に怒鳴られた男は戸惑った表情を浮かべる。
「ま、マジてトラップは無かったんだって!」
「じゃあ、なんで戻ってきた!」
「知らねぇよ!」
「 使えねえ だなっ!」
そんなやりとりの間も、一人行っては、直ぐに戻ってくるを繰り返している。
これでは罠による強制転送と全く変わらないのだが、少し違うことがあるとすれば、それは戻ってくるのに少し間があることぐらいだった。
正翼はたまらずヴァルキューレの方を見るが、そこにあった巨大VRA画面はなくなっており、彼女自身はVRA画面でも見ているのか宙に顔を向けてこちらを気にしてすらいない。
舌打ちしそうになる正翼だったが、彼女にされたことがフラッシュバックして固まる。
「 がっ!」
ワードキャンセラーで聞こえなくなることを見越して悪態を吐くことしかできなかった彼は、被害を七百人に増やしてようやく気付く。
「レーザーの狙撃か!」
ちなみにドヤ顔で彼はそれを口にしていたが、とっくにその事実に気付いている者も結構おり、影で失笑されていた。
尊は腰横で浮く白い鞘を床に突き刺し、黒姫黒刀改の峰を上に置いて水平にし、自身は片膝を付き鍔をターゲットサイトのように覗く。
階段下から離れた十字路。
その足元には白い紋章魔法レーザーが無数に置かれていた。
狙うは通路の先で起きている魔法現象。
(通達します。後一分で魔力が底を突きます)
(うん。わかった)
頷いた尊は口ずさむ。
「僕達が望むのは」
それにカナタが応え、唱え合う。
「我らを拒絶し」「受け止める」「黒く」「白き」「引力と」「斥力の」「道」
ガイドワードが終わり、トリガーワード共に精霊魔法が発動する。
「「蔓!」」
尊の両サイドに白と黒が交互に並ぶ道が発生した。
「報告します。止まります」
「うん」
尊の頷きと同時に、階段下の魔法現象が止まり、灰色のサムライスーツが一人残る。
「レーザー」
黒姫黒刀改の剣先から極太のレーザーが照射され、一瞬ででぃーきゅーえぬ一体が光に呑まれ消え去った。
尊はそれを確認せずに立ち上がると、柄から紋章孔が飛び出し、くすんだレーザーの紋章魔法が五つ一遍に排出される。
「行くよカナタ!」
「ご随意に」
右に少しだけ小さく飛び、ゼブラの道に飛び乗った。
その瞬間、尊の身体が少しだけ浮き、正面を向いたまま高速スライドし始める。
蔓は斥力と引力を交互に発生される白黒の道を形成し、その上をリニアモーターカーのように少しだけ浮いて高速移動を可能にする精霊魔法だった。
通常の高速移動魔法と違い、自身ではなく周囲に魔法現象を生じさせる。そのため、移動に意識を向ける必要がなく、ただ乗れば設定した場所まで移動してくれる使用だった。
これには基礎身体能力が高くない尊にありがたく、精霊領域補助より精霊力の消費が抑えられるメリットがある。
それに加え、今の状況にも非常に使えた。
前を向いたまま隣の十字路まで一気に移動した尊は、即座に鞘を床に突き刺し、片膝を付いて射撃体勢に入る。
同時に地面に事前に置いていた紋章魔法の小山から五つ拾い、出たままの紋章孔に滑り入れ、柄の中に叩き込む。
「レーザー!」
新たに現れたでぃーきゅーえぬに極太光線を撃ち込み、魔力切れの紋章魔法を排出して横に移動。
階段エリアを中心にグルグル回りながらレーザーを撃ち続ける。
度重なる魔法攻撃にさらされた階段は既に原型を留めてないため、文字通り四方八方から攻撃が可能になっており、時々逆回りになれば容易にどちらから撃たれているかわからない。
加えて回っている間に消費した魔力も回復するので、永遠と撃ち続けられる。
ネックなのは蔓に多少の精霊力が取られることだが、消費は僅かなので許容範囲だった。
もっとも、
(……なんか、一向に対策を打ってこないね?)
(肯定します)
でぃーきゅーえぬの能力の低さを高く見積もり過ぎたのが一番の失敗だったかもしれない。
(…………なんか気持ち悪くなってきた)
何故なら無用な警戒だったと気付かずに位置特定されまいと高速で周っていた尊の三半規管がやられ始めたからだ。
(提案します。次の一週で次の策に移行しては?)
(そうだね……そうしようか)
不意に戻ってくる者が止まった。
レーザー対策のためにシールドの紋章魔法を集めさせていた正翼は舌打ちする。
「てめぇらがとれぇせで逃げられたじゃねぇか!」
いや、お前のせいだろう。とほとんどの者が思っただろうが、誰もなにも言わない。
その隣にはタヒ太郎が座っており、精霊力切れで眠っている自分のバニーガール武霊を抱えながら、まるでダッチワイフかのように尻や胸を揉んで下卑た笑みを浮かべていた。
正翼はそんな彼を気持ち悪そうに見てその頭を蹴る。
「 がっ! 追うぞ! とっとと行ってこいタヒ太郎!」
「ぼ、僕でタヒか!? まだ武霊が起きてないでタヒ」
「一発放つぐらいは回復してんだろうがよ! たたき起こせ!」
「もっと楽しみたかったでタヒ」
「 いんだよっ!」
「い、痛いでタヒ!」
正翼がバニーガール武霊ごとタヒ太郎を滅多蹴りし始める。
サムライスーツを着ているタヒ太郎にはダメージが全くなく、蹴られたことに対するイメージで苦痛を口にしているだけ。だが、抱えられている武霊は生身であるため、蹴られるたびにダメージが身体に浮かび、あまりの痛みから目を覚ます。
顔を腫らし、唇を切れるほどでも、彼女はなにも言わずにタヒ太郎から離れた。
その光景に周りはなにも言わない。
でぃーきゅーえぬからしてみれば、この一連の行為は日常茶飯事のものであり、自分達も同じようなあるいは似たようなことをしているが故に特に気にもしていないのだ。
まさに尊が懸念していた現実がここにはあった。
「とっとと行け! !」
「わ、わかったでタヒ」
蹴られながらタヒ太郎は武装化し、リスタート。
唐突に黄色い巨漢サムライスーツが現れたことで、戻ってこなかったでぃーきゅーえぬ達が仰け反る。
「タヒタヒィィイイイイエクスプロージョン!」
「ちょっ――」
制止の言葉を無視してタヒ太郎は両拳を床に叩き付けた。
サムライスーツの上に展開された棘付きの籠手が灼熱に輝き、彼を中心に階段下エリア全てを埋め尽くす爆発が生じる。
床すら粉砕し吹き飛ばす爆発に巻き込まれ、でぃーきゅーえぬ達は強制転送され、設置されていた全ての紋章魔法が吹き飛んだ。
「タヒヒ♪」
爆風が収まる様子を上機嫌に見るタヒ太郎だったが、
「タヒ?」
視界の下に漆黒の刀身が胸から顔を覗かせているのだ。
「タヒィイ!」
驚きの声を上げると共に、タヒ太郎はコロシアムに強制転送された。
静まり返るコロシアム。
「……逃げてねぇじゃん」
ぽつっと誰かが口にし、正翼が睨むが、一斉にそっぽを向き発言主がわからない。
「 がっ! 逃げてねぇんだったら都合が良い! てめれぇらさっさと行ってぶっ 来い!」
怒りに任せ怒鳴り散らす正翼の横で、再び意識を失った自らの武霊に悪戯をし出すタヒ太郎がいた。
リスタートスフィアは使用した本人以外でも許可をすれば使うことができる。
その許可の範囲が、VRMMO武装精霊でのチームやギルドの枠組みとして使われており、同じリスタートポイントを共有しているかしてないかがそのプレイヤーの所属を表していた。
この共有は武霊から見たら一目瞭然な公開情報であり、リスタートスフィア自体がQCティターニアの追加システムによって運用されているため、プレイヤー達が干渉することができない。
よって厄介なギルドに所属しているプレイヤーを見分けるのには重宝されていたが、そういう仕様であるが故にフェンリルによって都合よく奪われてしまったといえる。
なんであれ、通常通りに使えるようになったフェンリルがリスタートスフィアを使おうと思えば全戦力を地下四階に送り込むことは可能だった。
のだが、最初にやられた時に密集状態だったことが災いして、一度に送れる人数には制限が掛かっている。
要するに、
「邪魔だボケ!」「どこ触ってんだクズ!」「痴漢撃滅★」「ち、違う俺じゃ――」
無理に二百人も送ろうとすれば団子状態になるのだ。
リスタート転送される範囲は個人が使うことを前提としているためかスフィアから大体一人分。勿論、それまで複数の人間が問題なく使っていたことから、同じ場所に転送されれば自動的に重ならないように範囲が伸びる。加えて、武霊同士が勝手に調節してくれるため、普通ならこんなことにはならない。
武霊を道具のようにないがしろにし、自由意思を奪っているでぃーきゅーえぬ達だからこそ起きた事態だった。
そんな呆れるしかない光景を前に、尊は大きくため息。
「酷い酷いとは聞いてましたけど……ここまでとは」
そのつぶやきにようやく近くにターゲットがいることにでぃーきゅーえぬ達が気付く。が、
「エクスプロージョン」
黒姫黒刀改の剣先から指向性爆発が生じ、でぃーきゅーえぬ団子を飲み込んだ。
五つの爆発紋章魔法を紋章孔にはめ込み、その全ての魔力を使い切った威力は転送してきた二百人を一瞬で強制転送された。
これで尊一人に強制転送させられた数は七百人。
柄から排出される輝きを失った紋章魔法達を見つつ、チラッと視界内の精霊力ゲージを確認する。
(思ったより減ってないね)
(肯定します。攻撃手段をほとんど紋章魔法にしているため、消費量は自然回復をほとんど上回っていません)
(このまま同じペースを続けられるといいね)
(同意します)
思念会話をしながら尊は視線を上に向ける。
階段がなくなりぽっかりと開いている天井には守蜘蛛がうろうろしており、こちらの戦闘に反応しているのは間違いない。
それなのに、地下四階には未だにガーディアン系は姿を現していなかった。
(そろそろこっちの不自然さに気付くかな?)
(否定します。でぃーきゅーえぬ達だけでは無理でしょう)
(でも、フェンリルならとっくに気付いているよね?)
(だとしても、地上組が既に動いています)
(そうなの? なら、もう少し大丈夫かな?)
ちょっとだけ安心したように尊は笑い。次の準備をするのだった。
名前『リリー=マッケンロー』
性別『女』
性格『適当で自由気まま。バトルジャンキーで百合属性がある』
誕生日『八月七日』
年齢『十八歳』
人種『白色人種』
国籍『カナダ』
容姿『そばかす赤毛な三つ編みの少女』
職業『大学生』
趣味『チェーンソーアート』
ポリシー『好きなことは我慢しない』
特技『チェーンソー』
技能『野生の観』
所属ギルド『戦の聖人(戦闘系ギルド)ナンバー2』
契約武装量子精霊『ブルース(オネエなグリズリー)』
武霊属性『森』
武装化武器『ダブルチェーンソー』
武装化防具『オーバーオール。以下まだ出てない。麦わら帽子・軍手・皮のブーツ』
備考
『RS持ちばかりの戦の聖人の中で異彩を放つ人物で、特になにかを習得しているというわけでもなく、それまでVRゲームの経験があるわけでもないのだが、そのデタラメで予測不能な動きと、ダブルチェーンソーという凶悪な武装化により瞬く間にギルド長である高城八重以外を倒し、ナンバー2に収まった天才肌な天然の戦闘狂』
『百合属性らしく、物語が始まる前まではことあるごとに八重と過剰なスキンシップを取ろうとし、彼女の居合切りで強制転送されるということを繰り返していた』
『武装精霊を始めた理由は、就職もしくは生活が有利便利になるかもという理由で、なんとなく作っていた趣味のチェーンソーアート売り上げを使って始めただけ。そのため、VRゲームはVRMMO武装精霊。最初に目撃したのが戦の聖人のランキング戦で、あまりの興奮に乱入。その場の戦の聖人メンバーを次々と倒し、八重に倒されるまでその無双は続き、戦の聖人に入った』
『カナダの牧場主の一人娘で、幼い頃から親に内緒で森で遊んでいたせいかやたら勘が鋭く、かつ、身体能力が武術家と同等かそれ以上であるため、武霊のサポートが加わると手が付けられなくなる。特に戦の聖人は武術家が多いため、型にはまらないその場の思い付きのように繰り出される彼女の攻撃には非常に相性が悪い。八重いわく野生児と認識されるほどの観の鋭さもあり、彼女が戦の聖人に入ってからナンバー2は彼女で固定されている』




