Scene70『会敵』
でぃーきゅーえぬ再侵攻から六日目。
「頭が痛いですの……」
でぃーきゅーえぬのギルド本部であるコロシアムにて、ヴァルキューレとコードネームを与えられている少女は眉を顰めていた。
目の前には地下ダンジョンでのでぃーきゅーえぬ達の戦闘様子と、その情報解析。
順調に進行し、集まってくるガーディアン系魔物の守蜘蛛との戦闘を繰り返している。
時々、コロシアムの座席にサムライスーツを着た者達が強制転送されてくるが、戦況はでぃーきゅーえぬの有利に働いていた。
精霊領域の防御力を前提に、近代兵装の火力を異空間収納で維持しながら撃ち続けているのだ。
いかに紋章魔法によって現代兵器以上の防御力を持っている守蜘蛛でも、一機通るのが限界な場所での戦いは遠距離での殴り合いとなる。そして、武霊使いであるプレイヤーにダメージはなく、精霊力が切れても転送されるだけ。しばらく時間が経てば、コロシアムに置かれている兵器と弾薬を持ってリスタートスフィアを使い転送された場所へと戻ることができる。
だが、対する守蜘蛛は紋章魔法の防御を破られ、本体にダメージを受ければ少なくとも直ぐには修復されない。
彼らがどこに戻り、どこかで補給や修理を受けている可能性はプレイヤーの間で考えられていることだが、でぃーきゅーえぬは二千三十五人もいるのだ。休みなく、絶え間なく攻撃は可能であり、引くことすら許さずダメージを蓄積させられる。
そして、でぃーきゅーえぬが十人強制転送される間に、一機の守蜘蛛を撃破できていた。
もっとも、直ぐに後続が現れるので、その進行は遅く、地下四階の階段前まであと少しというところまで到達するのに五日も期間を要してしまった。
が、ヴァルキューレが気にしているのはそこではない。
「タヒタヒタヒ。精霊力全快タヒ! いくでタヒよ~」
「 ぞ! がっ!」
「ヒッ! ご、ごめんなさいタヒ」
などと直ぐ近くでやり取りをしながらリスタート転送していく者達がいても、彼女の視線は展開されているVRA画面の一つに向けられていた。
映っているのは戦場最前線。たった今いなくなった二人が現れ、巨漢サムライスーツが両手にガトリングガンを出して叫びながら連射し始める。
相対する守蜘蛛の前に光の壁ができて弾丸は弾かれ周囲の壁や天井・床に小さな穴を開け、小爆発を引き起こさせる。が、タヒ太郎が攻撃を行う前も繰り返されていた絶え間ない攻撃で限界が近かったのか、直ぐに光の壁は消失し、周りで起きていた現象が守蜘蛛自体に起き始め、瞬く間にガラクタへと変わってしまう。
一見すると圧勝しているように見えるが、ヴァルキューレから見ると凄まじく無駄が多い。
(折角の近代兵装も宝の持ち腐れですわね)
いくらサムライスーツに動作補正プログラムが組み込まれていようと、その影響が及ぶのはあくまで着用者の行動のみ。精霊領域に頼り切った単純な攻撃と突撃しかしなければ、その真価を発揮できるとは言い切れない。
だからこそ、提供元であるヴァルキューレは正直な感想と共に小さくため息を吐いてしまう。
(わたくし達がなんのレクチャーもしなかったのもいけなかったのでしょうけど、必要以上に知識を付けさせるのは返って使えなくなってしまいますものね。嫌なジレンマですわ)
などと考えている時、頭痛のもう一つの原因が起き始める。
「また来やがった!」
「ヒャッハーハーレム撲滅っ!」
「怨怨怨怨ハーレム撃滅っ!」
「一匹よこせやぁああああああっ!」
次の守蜘蛛が現れる僅かな時間で前進しようとしていたでぃーきゅーえぬが一斉に振り返った。
彼らの視線の先には、旗を持った男性プレイヤーがおり、その周りを老若人種関係なく美少女美女が取り囲んでいる。
でぃーきゅーえぬの構成メンバーはなかなか歪んでいるので、フェンリルが現れる前からリア充・ハーレム系ギルドをまるで仇のかのように付け狙い、因縁をつけてはトラブルを引き起こしていた。
そして、現れた一団もでぃーきゅーえぬの被害を受けたハーレム系ギルドの一つだった。
互いに因縁のある同士であり、接触すれば起きるのは当然のことながら激突である。
しかも、なんの嫌がらせか、でぃーきゅーえぬがプレイヤーに横流しした重火器をハーレム系ギルドが持っており、不毛な銃撃戦が始まっているのだ。
ただし、我を忘れているでぃーきゅーえぬ達と違い、ハーレム系ギルドの方は冷静だった。
ある程度撃ち合ったら精霊力が切れる前にあっさり引き上げるのだ。
そのある程度というのが、守蜘蛛が戻ってくるタイミングであるため、後ろを向いているでぃーきゅーえぬ達は一方的な攻撃を受け、一気に全滅したりするマヌケを見せる。
おかげで一歩進んでは二・三歩交代するなんてことが昨日からしょっちゅう起き始めており、後もう少しというところで大きく足止めを喰らっていた。
(時間を与えればまずい相手だというのに、彼らの状況把握、いいえ、理解力にはほとほと呆れてしまいますわ)
ちょっかいを掛けてくるプレイヤー達は、旗持ちの以外にも、逆ハーレム系ギルドやリア充カップル同盟などが入れ代わり立ち代わりで現れている。
どうやら向こうはでぃーきゅーえぬ被害者の会でも立ち上げているようだった。
(彼ら彼女らが邪魔をしてくるのは、日頃の恨みというのもあるのでしょうけど……邪魔をするには適格過ぎる人選ですわね……だからこそ、これが明確な時間稼ぎだとわかりますの)
地下側で見せる初めての反応であるため、強い警戒心を呼ぶが、
(だからと言って、介入するわけにもいかないですわね……これもまた、わたくし達が望んだ状況ですし)
フェンリルとしては今より更に混乱状態に陥ってくれた方がなにかと都合がよく、それを成し得るためにはプレイヤー自身が明確に同じプレイヤーの敵になり得ることを証明させなくてはいけない。勿論、ゲームとしての枠組み内での敵対ではなく、ゲーム外でのだ。
だからこそ、黒姫尊の強制転送は停止させたままにし、なにかとトラブルが多かったでぃーきゅーえぬ達をけしかけている。
故に、彼らの彼女らの妨害は思惑通り。
だが、わかりやすい時間稼ぎをそのままにするのはどうにも心が落ち着かない。
(とはいえ、直接わたくしがプレイヤーに対して害をなせば、現在の対立構造の延長線上、状況の悪化は見込めませんわ。工作員の皆さんが、折角抵抗せずに逃げて下さったのに、わたくしがそれを潰すわけにもいきませんものね)
故に、でぃーきゅーえぬが愚かな行動を取ろうと、あくまでヴァルキューレは依頼者という立場でいなくてはいけない。
勿論、それは今の話であり、近いうちにその前提が崩れざるを得ない時が訪れるであろうと確信はしている。
何故なら、地上にてまたしても変化があったのだ。
視線をでぃーきゅーえぬが映るVRAからコロシアムの外へと向ける。
前日まで都市各地で暴れ回る戦の聖人や盾の乙女団の戦闘音が途切れることなく鳴り響いていた。
だが、今日は少なくとも近くでは聞こえてこない。
遠くの、しかも、一定方向から散発的に聞こえてくるのみ。
ヴァルキューレはその原因を既にカスタムノーフェイスを通して確認した。
地上からでぃーきゅーえぬ以外のプレイヤーが完全撤退しているのだ。そして、戦う場所を出入り口にのみに限定し、防衛戦に移行させている。
しかも、それを見越してだったのか、盾の乙女団によりほとんどの大型進入路は潰され、これまで各地で起きた戦闘によりビル内などの出入り口も崩壊していた。
勿論、全てが破壊されたわけではないので、いくつかのビルは無傷であり、警備を厳重にしていた尊へと繋がる大型ルートは残されている。
とはいえ、プレイヤーの数はまだまだ多く、最大戦力である盾の乙女団も戦の聖人もほとんど被害が出ていない。
結果として自動兵器はプレイヤーの思惑通りに防衛戦に付き合うしかなく、戦闘地域はほぼ限定されてしまっていた。
もっとも、それそのものはなんの問題もない。
何故なら、その状況の変化もまたシステムの成長を促すからだ。
(現状から考えれば、不利はむしろ望むところですわ。むしろ不利であればあるほど経験値は多く手に入りますの。守りに転じれば、精霊領域ほど厄介なものはありませんし)
あらゆるものを防ぐことができる精霊領域は、流動的より固定的な戦闘の方がその真価を発揮する。
ただただ立っているだけで究極の防壁となるのだ。
問題があるとすれば燃費の悪さぐらいだろうが、それも数の力でローテーションを組めば大して問題にならない。
それ故に今の自動兵器達は攻めるに攻められなくなっているのだが、それもまた人用自動兵器制御システムが成長すれば対処できる。
いや、それ以前にフェンリルが直接動けばいくらでもどうにもなるのだ。
だからこそ、その点に関してヴァルキューレはなんの脅威も感じていない。
いないが、こうも正しいが正しくない状況の変化が続いていると、言い知れぬ不安に襲われる。
勿論、その不安の原因は未だに姿を見せない黒樹尊。
(ここまで一切仕掛けてこなかったことを考えれば、そのタイミングはでぃーきゅーえぬ達が彼に接触した時。なにかが起きるのか予測すらできない状況で、彼らが対応できるとはあまり思えませんわね)
地下の様子をVRA画面で再確認すると、またしてもプレイヤー達からちょっかいを掛けられていた。
今度は羽毛扇子を持ったチャイナドレスのプレイヤーが率いる逆ハーレムギルド。
でぃーきゅーえぬには女性もそれなりの数いるため、こういうタイプにもしっかり引っかかる。そして、周りが動けば関係なくとも流されるのが烏合の衆たる問題ギルドの特徴だ。
よって相手が違うだけでまるでリプレイ動画のような愚かさがVRA画面に映し出されていた。
ため息と共にVRA画面を消す。
(本当に仕込んだものを使うことになりそうですわね)
ヴァルキューレは陰鬱な気分になりながら、今はただ傍観者として強制転送されてくるでぃーきゅーえぬ達を見続けるのだった。
そして、瞬く間に時間は過ぎ……尊が地下四階に到達して八日後、時間加速化が始まってちょうど二週間目が終わった日にでぃーきゅーえぬは守蜘蛛の防衛網を突破した。
ぞろぞろと階段フロアに灰色のサムライスーツ達が姿を現し、その手には直前まで使っていたと思わしきミニガンやロケットランチャーなどの思い思いの重火器が握られている。
そんな者達の中で、二人だけカラーリングが違う者がいた。
「タヒタヒタヒ。尊ちゃ~ん。どこでタヒィ?」
奇妙な笑い声を上げながら、全身を黄色にしている巨漢なサムライスーツ・タヒ太郎が、周りをかき分け先頭に出る。
持っている武装は、普通は小柄だな大人ほどありそうな巨大なガトリングガン。それを両手に持ち右に左に振り回していた。
周りと頭一つも二つも抜き出て広いタヒ太郎がそんなことをすれば、迷惑でしかないのだが、誰も文句は言わない。かに思われたが、
「 だっ! がっ!」
タヒ太郎の背中を蹴るワードキャンセラーが発動している赤と白のゼブラ柄のサムライスーツ・正翼。
手加減せずの前蹴りだったのか、黄色い巨体はあっさり前に吹き飛び両手を広げて顔から地面にダイブすることになる。
「い、痛いタヒぃ!」
「うっせ、 みたいに、突っ立ってんのがわりんだよこの がっ!」
「ご、ごめんなさいタヒ……」
サムライスーツによって顔も姿も隠れていうというのに、所々が聞こえない恫喝に滑稽なほど怯えるタヒ太郎。
「行くぞオラ! てめぇもとっとと立て! がっ!」
「は、はいタヒィ」
正翼の先導にやや足取り重く従うサムライスーツ達。
どうやら今のでぃーきゅーえぬは正翼によって統率されているようだった。
ただし、怯えるタヒ太郎や足の重さから、全員が心から正翼をトップとして認めている様子はない。
しなくてはいけない。でも気乗りしない。そんな雰囲気を全体が醸し出しているからこそ、あからさまな妨害にわざと引っ掛かり、最新鋭の兵装を使っても防衛網突破に八日という期間が掛かってしまったのだろう。
だが、それはある意味、脅威度の高さを示しているといえる。
何故なら、守蜘蛛の防衛網は現在のプレイヤー達が突破しようと思っても突破できなかったものなのだから。
それをやる気なくクリアできることは、サムライスーツを始めとする最新鋭兵装が優秀だからにほかならない。
誰が見ても、そんな者達の前に姿を現すのは危険だとわかり、隠れるか遠くに逃げるのは正しい選択。
そうでぃーきゅーえぬ達も考えていた。
だが、
「予想より遅かったですね」
尊は現れた。堂々と真正面から。
名前『大桜=健人』
性別『男』
性格『楽しいことのためならなにごとよりも優先する自己優先的。ビビりでスケベだが、楽しいことが絡めばそれを抑えて演技できるほどの自制心はある』
誕生日『四月三日』
年齢『二十五歳』
人種『黄色人種』
国籍『日本』
容姿『中性的な顔立ち。肩まである黒髪。細マッチョ』
職業『フリーター』
趣味『読書(主にラノベと漫画)』
ポリシー『女性は助ける』
特技『VRゲーム』
技能『特になし』
所属ギルド『フリーフラッグ(討伐系ギルド・ハーレム系ギルド)ギルド長』
契約武装量子精霊『エール(狐耳金髪ツインテールチアガール)』
武霊属性『流動と固定』
武装化武器『旗槍(優勝旗のような形をしており、旗の部分を使って防御や、普通の槍のように使うことも可能。また、旗の部分を精霊領域の応用で様々な形にすることが可能であり、メイスやハンマー・アックスなど簡易的な別の武器にすることができる。更に受け止めた現象を包んで一時的に保存しておくこともでき、それが現象であれば武器に宿すことも、解き放つこともできる)』
武装化防具『長ラン。以下まだ出ていない。指なし手袋。鉢巻き。籠手。具足』
備考
『現実ではVRゲームをするための時間を作るためにフリーターをしているほどのゲーマー』
『発売前から色々と話題となっていた動作補正がないVRゲーム武装精霊のために身体を作り、槍の使い方をVRで身に付けた』
『趣味で読んでいるラノベや漫画の主人公に憧れを昔から抱いており、それに近い体験ができるVRゲームを好む。特にハーレム系主人公に興味があり、一種のロールプレイングとして、朴念仁でフェミニストを演じ、行く先々で出会った女性を助けている。そのプレイを理解した女性プレイヤーが集まり、ハーレム系ヒロインに憧れたり、その状況を楽しむためにいつの間にかハーレム系ギルドが形成された。よって、偽のハーレム系ギルドなのだが、外から見ると区別が付きにくく、表面しか見ない者達、特にギルドでぃーきゅーえぬに目の敵にされていた。ただし、ギルドメンバーの中には演技だと気付かず惚れている者も何人かいる上に、フェンリルによる危機的状況下によって演技が本気になってしまうメンバーも出始めたことにより、段々と修羅場を経験する羽目になり、ギルド長を止めたいと密かに嘆くようになる』
『演技から本当のハーレム系主人公タイプになる人物だが、黒樹尊がいる時点で主人公にはなれないただただ女性関係で苦労するある意味かわいそうな人』
『今話でもちょいと出ているように、作中でちょいちょい出ている』
『ちなみにScene36『踊り踊らされ』とScene37『再び地下へ』に出てきたショートボウを持った女子高生は彼のギルドのメンバーで、数少ないマジで惚れている組の一人』




