Scene6『ゾーン癖』
カナタがなかなか目覚めない。
そもそも、ナビが寝ることを初めて知った尊は、彼ら彼女らがどれくらいの睡眠時間を有するのか知らないのだ。
(もしかしたら、一時間経っても目覚めないかもしれない)
わからないことによる焦燥感は、尊ぐらいの年齢であれば一気にパニックにまで引き上げてしまいそうなものだが、彼は冷静だった。
正確には、思考に没頭して、余計な物を頭の中から排除し、混乱を発生させないようにしているだけだが。
これは、尊が恥ずかしがり屋な性格であるが故に会得した。いや、してしまった癖だった。
教室にいる時、電車などの人が多い場所にいる時、周囲から集まる視線を気にしないように意識を内へ内へと向ける誘導方法として、思考するという手段を行い、今では心が不安定になった時などに自身を守るための無意識にしてしまう癖となっている。
いわゆるスポーツ選手などが体感する極限の集中状態ゾーンに近い状態なのだろう。もっとも、ボールがゆっくり見えるや、時間が止まっているように感じる、とても楽しくなり疲労を感じないなどの状況例と違うので、あくまでのような閉鎖的思考なのだろう。
それ故に、尊自身が気付いていないちょっと困った所があった。
「狭間の森に入るためには、武装化が必要。それはつまり、狭間の森には危険な魔物が生息している?」
と、聞こえるか聞こえないかの小声で思考を外に漏れ出す。
もし、近くに誰かがいたら、このゾーン癖の困った所を指摘してくれる人がいたかもしれない。
だが、悲しいかな、尊は基本的に学校でも家でも一人ぼっちなのだ。
学校では恥ずかしがり屋であるが故に、家では両親とも共働きでしょっちゅう海外に行っているために、彼の周りには誰もいない。
だからこそ成立しているゾーン癖であるため、これが周囲に明らかになった時には、きっと尊は火が噴き出しそうになるほど顔を真っ赤にすることだろう。
とはいえ、この困ったゾーン癖にも良い所はある。
意識が内に向いていながら、五感から入ってくる情報は正しく尊に伝わっていたりするので、問題に直面した場合の分析や理解などが通常時より非常に高まるのだ。
「魔物に対応するためには、動作補正プラグラムが組み込まれていない武装精霊の中だと、僕は不利になる。ただの中学生だし、帰宅部だから、なにかスポーツをやっているわけでも、ましてや武術なんか漫画やアニメの知識しかない。それでさっきはギルバートに馬鹿にされて、いたぶられることになった。なら、どうする? このまま仮にカナタが時間内に目覚めても、中の魔物にやられてしまっては、意味がない。というか、強制転送ってなんだろう?」
「説明します。VR体の保護のために強制的に発動する転送システム。武霊の情報操作力である精霊力が切れた際に、プレイヤー並びに武霊の意思に関係なく自動的に発動する保護システムです。VRMMO武装精霊の舞台となるQCティターニアが構築しているティターニアワールドには、その成り立ちからVR体保護に関するシステムが組み込めないための代用システムだとお考えください」
「つまり、コントロールはできず、仮にできたとしても、VR体が破壊される可能性があるから、危険と?」
「肯定します」
「だとするなら、システムをなんらかの方法で切るのはまずいよね。なら、今の僕でも戦える方法を考えないといけない」
「提案します。他のプレイヤーの戦い方を参考にしてはどうでしょうか?」
「それが一番手っ取り早いか。でも、どうやって?」
「追加説明します。武装精霊には専用のSNS『妖精広場』というものがあります」
「なら、そこにプレイ動画とかが公開されている可能性があるね」
マニュアルモードのVRA画面が表示され、検索システムを使って妖精広場にアクセスする。
背中に羽が生えた少年少女達が舞うトップページから、公開動画と書かれている場所をタッチしようとして、気付く。
トップページに大々的に妙な文章が表示されていることにだ。
思考没頭モード中の尊は、余計なことを考えずにそれを読む。
「「このサイトは外にも繋がってやすのであっしらのコントロール下におかえせてもらいやした。見る分にはかまいやしやせんが、書き込みは使えなくしているでございやすので、ご注意くだせぇ」」
などと書かれていた。
一瞬、尊の思考が止まった。が、直ぐにこのことについて考え出す。
「情報封鎖をした? しかも、プレイヤーが描き込むことを禁止したってことは、外だけじゃなく中に対してもってことだよね? 外に対してだけなら、時間加速化した時点でそこも同様に隔絶状態にあるはずだし。アクセスできなければ、例えこちらの状況を書けたとしても伝わらない。だとすれば、外って書いておきながら、本当の目的は内に対するものだって考えられる。つまり、連携を取れなくさせた。ってことは、中からフェンリルを撃退できるって証拠って言えるかな?」
とも思ったが、その時に脳裏に浮かんだのは自分を散々いたぶるギルバートの姿。
「違う。あんな嗜虐性の強い人が、そんな簡単に気付く裏を用意するはずがない。なにか別の裏が?」
そこで思い出すのが、武装量子精霊の大樹の姿だった。そして、気付く。何故見覚えがると思ったか。
「自動兵器! あの影、自動兵器の形と全く同じだ!」
その気付きと共に、上を改めて見る。
自動兵器は、第三次世界大戦から本格投入され始め、第四次世界大戦で完全に人から機械へ完全に軍のありようを変えさせた名の通り自動で動くロボット兵器だ。
その多くがBM (バイオミメティクス)技術によってボディを形成され、QNによって妨害不可能なクラウドシステムを形成して人ではできない攻防を可能にしている。
これによってまだ人の介在余地があった第三次世界大戦とは違い、第四次世界大戦では軍から人がほぼ排除され、戦死者がどの国にも出なかった人類史上初の出来事を生じさせることになった。
だが、同時に、それは軍人という職業の消失も意味しており、世界中で退役者が溢れかえる問題を生み出すことになったのだが……
「もしかして、退役軍人さん達の問題が今回の件に?」
自動兵器の情報を頭の中で思い浮かべると共に、そんな連想を生まれた。
PMScsも自動兵器化の影響を受けてはいるが、退役者の受け皿の一つとして微力ではあるが機能している。だからこその連なった想像なのだが、尊は直ぐに首を横に振る。
「今はそんなことを考えている場合じゃないよね。とにかく、もし、あれが自動兵器だとするのなら、人影は人のBMであるノーフェイス? 蜘蛛は自衛隊が使ってる土蜘蛛? あのトンボはよくわからないけど……ううん。よく見ると、他にも覚えのない形のがいっぱいある」
尊が知っているのは、たまにテレビなどで見るような有名どころな自動兵器ぐらいだ。どちらかというと、現実に使われているものより架空のロボットを好んでいるので、頭の中にある手持ちは少ない。
だが、一度、自動兵器だと思ってみれば、最早、透明な大樹に実っている存在はそれ以外には見えなくなっていた。
「カナタが生まれたのは、ここにフェンリルが介入を始めた時って話だから、ここもフェンリルの支配下にあるって考えた方がいいよね」
「肯定します。現在、武装量子精霊の大樹は武装量子精霊の生成をQCティターニアの手により凍結されていますが、それ以外の部分を利用されて自動兵器生産工場と化しています」
「やっぱりそうなんだ! ということは、この世界そのものに対して干渉できるほどの支配ができていない?」
「肯定します。現在フェンリルが支配できている範囲は、QCティターニアにゲーム化のために後から追加されたシステムのみです」
「それ以外をできるようになるためには?」
「回答します。QCティターニアのクラッキングが完了した時です」
「だとしたら、こっちでなんとかできるって気付かせること自体が罠なんだ!」
「疑問提起します。罠とはどういう意味でしょう?」
「それはね。なんとかできると思って集まったプレイヤーさん達を自動兵器で一網打尽にとまではいかないでも、撃退してしまえば、その落差から絶望してしまう人が……」
不意に尊は首を傾げて言葉を止めた。
説明という行為が没頭していた意識の割合を外へと割き始めたため、ここようやく気付いたのだ。
腕の中にいるカナタが起きていることに。
「お、起きているなら、起きているって言ってよ」
尊の苦言に、カナタは首を傾げる。
「再び疑問提起します。会話を行っていたので、気付いていらっしゃるのかと思いましたが?」
「え? えっと……会話をしてたっけ?」
「肯定します」
カナタの頷きに、尊は疑問符を大量に浮かべることになった。
どうやら思考に没頭していると、考えていること以外は記憶に残らないらしい。
なんだか恥ずかしくなってきたのか、顔を真っ赤に染めた尊は腕の中からカナタを下ろす。
「謝罪します。ご迷惑をお掛けしました」
ぺこりと頭を下げるカナタに、尊はブンブンと首を横に振る。
「だ、大丈夫。軽かったから」
「肯定します。この身体はマスターの体重より軽いです」
「へ? あ、ま、まあ、そうだね」
どこかずれた回答に戸惑うしかない尊。
そんな様子を特に反応らしい反応を見せずじっと見詰めるカナタ。
(指示待ちかな?)
どうにも自主性がないカナタの様子に困惑するしかないが、今はそこを気にしている時ではない。
「と、とにかく、早くここから脱出しよう」
「否定します」
「へ?」
「ここから先を突破するためには、現状のマスターと私では不可能です」
「えっと、なんで?」
思わぬ言葉に、普通の思考に戻っている尊は困るしかできない。
「解答します。現在の私の演算領域は、救援のためにQCティターニアから渡された情報によって圧迫されているため、通常の武装精霊ではできることを私はできません」
「できること? 武装化と精霊領域以外になにかできるの?」
「肯定します。『精霊魔法』です」
「魔法? 武装精霊にも魔法があるんだ! そりゃ精霊だものね。しかも、魔物もいるみたいだし」
「肯定します。魔物は魔法生物の略です」
「だよね。やっぱりいるよね。ここは異世界として作られた場所だし」
思わぬところで仮想現実らしい言葉が出てきたことに現状を忘れて喜んでしまう尊だったが、直ぐにしょぼんとなる。
「でも、カナタは使えないんだね?」
「肯定します」
頷くカナタに、思わずため息を吐こうとした尊だったが、ふと思う。
「ん? じゃあさ。譲渡された情報を破棄すればいいんじゃない? だって、それって他のQCさん達にフェンリルのことを教えるためのものでしょ? 閉じ込められた今じゃ意味な……くはないか。今のところ、あの人達に対する情報は少ないし、なんでこうなったのか、なにをしたのかを知るのはとても有益だよね」
「肯定します」
「ちなみにどんな情報があるの?」
「不明です」
「はい?」
「説明します。万が一私に対してQCティターニアに対して使われたものと同様のクラッキングが行われた場合、情報の改ざん・破壊が行われてしまう危険性があったため、私自身では解除できないロックが掛けられているのです」
「じゃ、じゃあ、情報破棄もできないってことだよね?」
「肯定します」
「不必要なデータがあったらそれを破棄して魔法を使えるようにしようかと思ったんだけど……」
「不可能です。現状では」
「現状では?」
「肯定します。一定数以上のナビが集まれば、ロック解除の条件が揃い、情報の開示は勿論、移行も可能になります」
「でも、そのためには……」
密集した木々の壁を見る尊。
「この先にある狭間の森ってところを突破しなくちゃいけないんだよね? 魔物がいる……やっぱり魔法がなくっちゃ突破できないの?」
「肯定します。妖精広場を検索した結果、九十パーセント以上が魔法を使った攻略をしているようです」
カナタのその言葉と共に、尊の前に無数のVRA画面が展開され、そこに「「魔法ないと無理っしょこれ」」「「武器化意味ないよねー」」などと証言を確定させる情報ばかりが表示された。
それと暫くにらみ合っていた尊だったが、小さくため息を吐いて首を横に振る。
「残りの十パーセントは、精霊魔法を使ってじゃないんだよね?」
「肯定します。主に『RS』と呼ばれている現実の技術を使って攻略しているようです」
「つまり、武装化武器を使ってってことだよね?」
「肯定します」
「……だから、カナタは僕では突破できないって言うんだね? 僕がギルバートに圧倒されるぐらい弱いから」
「肯定します」
「そこはもうちょっとオブラートに包んでほしかったかな……」
遠慮も配慮もないストレートな同意に、尊は苦笑してしまう。
ギルバードと口にしたことにより、仮面舞踏会での出来事を思い出し瞳が揺れ出すが、ゆっくり深呼吸して落ち着かせる。
深呼吸して冷静になれば、カナタの言う通りなら確かに突破できる状況ではないというのはわかるが、実感が存在しないためにこの場に踏みとどまるという選択肢が現れない。
なにより、まだ勘違いの責任感は継続して尊の内に存在しているのだ。
「でもさ。このままってわけにもいかないと思うんだ。さっきまでは、なにができるかわからないままだったけど、今の僕、うんん。僕達なら、みんなの役に立てる!」
上を見上げ、実っている自動兵器達を見る。
「このことを知っているプレイヤーさん達はまだいないはずだし、なにより」
カナタへと視線を戻す。
「カナタが持っている情報は、きっと状況を打開するために必要になるよ。だって、QCティターニアが他のQCに救援を求めるために用意したものだよ? それが役に立たないなんてないよ。きっと」
尊の決意が込められた言葉に、少しだけ間を置き、それでも無表情のままカナタは頷いた。
「理解しました。現状ではそれが最良です」
「うん。ありがとうカナタ」