Scene68『二人の師匠』
でぃーきゅーえぬ再侵攻から五日目。
その日の尊達は、最初の拠点である温泉の川へと戻って寝ていた。
昨日まではVR体リセットを駆使して長時間冒険を繰り返しては、安全な部屋でVR耐性の回復を行っていた。
しかし、巡った部屋は既に百を超え、必要な情報も成果も十分すぎるほど得ているため、これ以上の冒険は無意味。故に、今日からは並行して進められていたもう一つの必要なことに時間が割かれることになる。
「うっ……ん~……」
尊が後頭部と背中がちょっと痛いことに顔をしかめつつ目を覚ました。
が、ふと違和感を覚える。
カナタが当然とばかりに隣で寝ていたことではない。
それは上の階でも何度も体験したことなので、別段違和感を覚えていない。勿論、慣れを感じるほどではないが。
(なんだろ? 別にいつものカナタといえばカナタだし)
いつもの如く寄り添うように寝ている自分の武霊に首を傾げていると、カナタがパチリと目を覚ます。
「挨拶をします。おはようございますマスター」
「う、うん。おはようカナタ」
「報告します。僅かですが成長しました」
「え? そうなの?」
「肯定します。左籠手も生成可能になりました。また紋章魔法のスロットも右左ごとに五つ籠手に追加されています」
「そうなの? それは助かるよ」
「追加報告します。身長も五センチほど伸びました」
「そ、そうなんだ」
なにに対して違和感を覚えたのかわかった尊は、どうにも嫌な予感を覚えてしまう。もっとも、
(このままの勢いだと、あっさり僕の身長抜かない?)
なんてものであり、その程度のことは直ぐに気にしなくなる。
何故なら、
「報告します。『小河 彩夢』様から通信が入りました」
「え? 少し早くない?」
「確認します。繋ぎますか?」
「うん。お願い」
寝ている状態から、正座になった尊は若干緊張した面持ちで頷いた。
「おはようございます尊さん」
展開されたVRA画面に映るのは、おっとりとした老女だった。
老いて美人だった。いや、今でも美人と言ってもいいほど彼女は、小河総一郎元総理の奥さんであり、今の尊の師匠の一人。
「おはようございます彩夢師匠」
「ごめんなさいね尊さん。本日から修行に専念すると聞いたものですから、つい気がはやってしまって」
うふふと上品に手を当てて笑う彩夢に、尊は若干顔を引きつらせた。
「いえ。僕の方からお願いしている立場ですし、時間が少しでも増えることはありがたいです」
「まあ。それは殊勝な心掛けです。こちらも気合を入れて指導しなくてはなりませんね」
本当に嬉しそうな彩夢が映るVRA画面が変化をし始める。
徐々に下へと拡大し、輪郭を持ち、厚みを持ち始め、終には着物を着た老女の立体映像を作り出した。
VRAに決まった形はなく、通信している互いの許可があれば、完全同期するVRA立体映像を作り出すことは造作もないのだ。
そして、そこに精霊領域を加えれば、仮初の実体すら持たせられる。
「では、武装化なさい。早速修練を始めます」
「は、はい」
互いの武霊を武装化し、尊は刀を、彩夢は薙刀を構える。
しかし、尊のみがそこから一段だけ違う行動を取り出した。
柄に収納されている紋章孔を伸ばし、そこに鞘をはめ込んだのだ。
そのままでは一種の長巻だが、金属音と共に完全に一体化すると共に鞘部分が伸び、剣先が僅かに曲がる。
黒姫黒刀改・薙刀バージョンだ。
この形態になると気付いたのは、尊とカナタ本人達ではなく、高城八重だった。
実は当初は八重に武術指導を頼んだのだが、
「うちは無理ね」
「え? ど、どうして?」
「ああ、指導したくないとかそないゆーやなくって、尊ちゃんはとーに自分の型をカナタちゃんと一緒に身に付けてしまっとるでしょ? やさかい、うちみたいな未熟者だと教えるのはややこしいやわ。あと、うちが身に付けとる流派はかなり特殊やさかい、あんまりお勧めできへんってのもあるし」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……」
「そんままでも十分強いとは思うやけど……尊ちゃんが考えとることを実行するには確かにたらんかもしれへんわね……そやね。尊ちゃん。武装化武器って変形するタイプのがあるって知っとる?」
「いえ。そんなのがあるんですか?」
「あるわよ。元々変形機構が付いとる武器は当然として、中には見た目は普通でも思い掛けない形に変形するのもあったりするわよ。ちゅうより、武装化武器は武霊の身体を構成していたVR量子で作られるし、武霊使いのパーソナルデータに影響されて決められとるさかい、わりかしは形を変えられるのよ。見てて……ほら、柄と鞘がくっ付いて仕込み杖が長巻なったでしょ?」
「そんなことができるんですね。気付きませんでした。カナタも教えてくれませんでしたし」
「武霊でこんことを最初から知っとる子はいないんじゃないんやないからしら? うちのライデンも、これがでけることを知った時は驚いていたもの。一種の裏技って感じ?」
「そうなんですか……でも、そうだとしたら、武霊への負担はどうなんですか?」
「形態そのものが大きく変化してしまうのは、流石に元からそういうのじゃないと負担が掛かり過ぎて無理らしいわね。やて、これぐらいなら大体どの武器でも負担なくでけるみたい。武霊自身の能力と性格によっては無理な場合もあるって聞いたことがあるけど、少なくとも刀系でこれができなかったことはないわね。試してみたら?」
「……出来ました」
「って、薙刀にまで変形しているじゃない!? カナタちゃん無茶してない? ……カナタちゃん?」
「すいません。カナタってどうにも人見知りするみたいで……」
「それってほんまに人見知り? ……まあ、ええわ。普通に武装化も維持したはるみたいだし……とりあえず、薙刀になれるなら、鳳凰に薙刀を使うRS持ちを探してもらったらどう? とーに身に付けている刀の扱い方を別流派に変えるより、薙刀の使い方を覚えた方がええわよ。対集団戦になるのなら、リーチが長い方がええからね」
「わかりました。後で鳳凰さんにお願いしてみます」
という会話の後、鳳凰から総一郎へ、総一郎から彩夢にと依頼が伝えられたというわけだ。
結果としてそれは正解だったのだが……
「ほら、足がお留守ですよ」
「にゃっ!」
彩夢の上段からの一撃を受け止めた瞬間、柄が半回転し、石突が尊の足を襲う。
精霊領域でダメージカットしないように設定させていたため、激痛に一瞬だけ顔をしかめる尊だったが、強引に反撃に転じよう右斜め上から薙刀を振り下ろす。
だが、彩夢は尊を襲った石突を引き戻さずに、足元の岩に突き刺し、そこを起点に回転。
避けると共に空を切って隙が出来た尊の背後に容赦なく一撃が叩き込んだ。
刃が引かれているので斬られることはなかったが、その威力は尊の小さな体が前に吹き飛ぶほど。
受け身のためにごろごろと転がるが、止まったところであまりの痛みに悶えざるを得ない。
「まだまだですね。前にも言いましたが、薙刀という概念に囚われずに、自由に振るってみなさい」
「ひゃ、ひゃい」
「さあ、早くお立ちなさい。あの子の授業まで時間がありませんよ」
「お、お願いします」
なかなか引かない痛みを堪え、懸命に立ち上がる尊へと彩夢は容赦なく襲い掛かってきた。
総一郎の紹介で尊の指示をすることになった彩夢が最初に行ったのは、どうやって刀の振り方を身に付けたか? だった。
そして、基本的な薙刀の特性と振り方を教えて直ぐに実戦形式の修練を始めた。
要するに尊とカナタにはそういう方が向くと判断されたのだ。
しかも、より二人を本気にさせるためにか、ダメージカットの制約を課すおまけ付き。
当然ながらカナタの猛反発があったが、痛みという危機感があった方が必死になると考えた尊が同意してしまったため、武霊としては主に従うしかない。
とはいえ、だからといって、痛いことに対して積極的かというとそうではなく、妙にやる気な彩夢に尊が引いてしまうのはどうしようもないことだろう。
なんにせよ。そんな地獄の修練は昼過ぎまで続けられたのだった。
「HEY! ミコト、大丈夫なのデース!?」
という声でVR体リセットのために、というより彩夢に気絶させられていた尊が目を覚ますと、目の前には金髪青目なツインテール美少女がいた。
正確にはVRA画面越しだが、枠が見えないほど接近されているので、見た目に反して普通に男の子な尊としては顔面を真っ赤にするしかない。
「だ――」
大丈夫ですと言おうとした瞬間、なぜかVRA画面が一気に遠ざけられる。
「NOOOOOOO!」
天井まで上昇しながら絶叫するVRA画面に尊は唖然とするしかない。
「えっと……カナタさん?」
自分を膝枕している着物ダークエルフに困惑した視線を向けると、目が合う。
「事後報告します。マスターの心拍数が異常な数値を計測したため、原因であろう対象を遠ざけました」
「え……えっと、まあ、確かにドキッとはしたけど、危険はないよ?」
「了解しました。元の位置まで戻します」
と言いながら、カナタがVRA画面を戻したのは、最初の位置より離れた位置だった。
普通の距離といえば距離だが、
「……」「……」
人間二人は沈黙するしかない。カナタは相変わらず無表情無感情なのだが、なんか妙な圧力を感じるのだ。
そんな様子を見てか、お上品な笑い声が起きる。
VRA実体映像を止めた彩夢が、カナタの横にいたのだ。
「駄目ですよシャーロットさん。カナタさんは過保護なのですから」
「Oh! そうなのでしたデース。sorryカナタ」
金髪青目なツインテールことシャーロットが謝るが、無視される。
「ついでに私達には興味がないようですね」
「Oh……それは悲しデース」
「武霊は様々ですし、彼女達は生まれたばかりなのですよ。寛大な心で見て上げましょう」
「Yes! 勿論なのデース!」
「うふふ。それで尊さん、カナタさん、シャーロットさん。ごきげんよう」
「あ、はい。明日もよろしくお願いします」
「ええ」
「ごきげんようなのデース」
彩夢のVRA画面が消えるのを確認した尊は立ち上がり、一緒に動いたシャーロットのVRA画面に頭を下げる。
「お忙しい中、今日も来てくれてありがとうございます」
「いいのデース。今日のライブはさっき終わったデース」
なんて言いながら、シャーロットはVRA画面を実体映像化させた。
妙にフリフリな丈が短いドレスを着た彼女は、身長が低めだがトランジスタグラマーな体格で、青い瞳はクリクリとしており若干リスを思わせる。
いわゆるアイドル衣装を着ている彼女は、尊のもう一人の師匠である『シャーロット=彩夏=オルティース』。
世界的に活躍するアイドルであり、武装精霊内ではトップレベルの精霊魔法使いだった。




