Scene64『高城八重VSヴァルキューレ』
(侮り過ぎたのですの?)
そう眉を顰めながら白いゴシックロリータが、廃ビルと廃ビルの間を飛ぶ。
都市ティターニアの地上部分にある廃ビル群の高さは均一ではなく、形も同じものがほとんどない上に、崩壊している場所も多い。
それ故に、彼女は屋上に着地することもあれば、隣の窓に飛び込みことも、入るところがなければ壁に着地し上へと駆け上がるなど縦横無尽に突き進む。
ニンジャっ娘が見れば悔しがるほど忍者な動きをしている彼女は、実質的でぃーきゅーえぬの現リーダーヴァルキューレ。
武霊プレイヤー達の中に紛れ込んでいるフェンリル諜報員からの情報を得て、それを知ったことに対する情報対策のために単独で動いていた。
(得た情報を下に即座に動いてしまった場合、諜報員の位置がある程度気付かれてしまう可能性がありますわ。本来ならなにも反応しない方が良いのでしょうけど、動かざる得ない場合はどうしようもありませんの。それをわかった上でこんな不自然なことをしているのであれば、やはり侮り過ぎたと考えるべきですわね……)
そんな風に考えながらヴァルキューレは自身の目だけではなく、VRVRで地上各地の映像を見ていた。
偵察用にカスタマイズしたハイドラゴンフライから送られてくるもので、それまでに集めた探知領域の現在の限界を下にステルス迷彩を使って飛ばしているため、プレイヤー側に気付く手段はない。
映し出されている映像には、無人となったギルド拠点火事場泥棒を始める者達や、プレイヤー同士でいさかいを起こしている姿や、自動兵器が配備されていない場所から地下ダンジョンに侵入する様子など、好き勝手に動く姿が映っていた。
(今までは統率が完全に取れてはいなくても、秩序がありましたの。こんなことをするのは元々統率する気もされる気もないでぃーきゅーえぬだけ。しかも、その全ての行動が、全く黒樹尊に繋がらないですの)
火事場泥棒や喧嘩は勿論、地下ダンジョンの侵入さえ尊の場所へと繋がる入り口ではない。
もっとも、地下三階まで下りれば行けなくはないのだろうが、既にルートが判明していて安易に辿り着ける場所には自動兵器が配備されており、それ以外の場所は遠過ぎて時間が掛かり過ぎる。
都市ティターニアは地上だけでも総面積五百平方キロメートルである上に、地下ダンジョンはその下にそのまま広がっている。というわけでもないのだ。
故に、潜り始めているプレイヤー達の目的は、探索か、
(まあ、こんな状況なら避難するしかないですの)
そうわかっているからこそ、彼らには特に感想はない。が、若干呆れを覚えている。
彼らにはではない、各地で単独で戦闘をしている者達にだ。
プロレスラーが土蜘蛛の足を掴んでジャイアントスイングをかましていれば、相撲取りが突っ張りでノーフェイス達を吹き飛ばし、弓道家が弓矢でアーミービーを撃ち落とし、中国武術家が双剣でアーミーアントを切り刻む。他にも長大な刀を振り回している老人や、十文字槍で突きまくる筋骨隆々な女装家や、触れると爆発する手甲を装備した空手家などがいる。
見た目やその武器・技から確実にRS持ちであることをうかがわせる者達が暴れている映像が、ハイドラゴンフライから送られてくる映像の半分以上を占めているのだ。
ある意味、勝手さのレベルでいえばでぃーきゅーえぬに近いところがあるが故に、ヴァルキューレは呆れを覚えていた。
だが、一方で警戒心も抱き始めている。
(戦の聖人のメンバーですわね。戦闘狂だとは聞いていましたから別段不自然な行動ではないのですけど……)
ヴァルキューレが特に気になるのは、その戦い方だった。
全員が全員、それぞれが持つRSの基礎的な技かもしくは単調な動きしかしていないのだ。
しかも、自動兵器を見付ければ襲い掛かり、周りを配慮せずに戦っているので、他のプレイヤー達は巻き込まれまいと逃げるしかない。
(これではシステムの成長が遅くなりますの。わざと……なのでしょうね)
フェンリルが創り出そうとしている人用自動兵器制御システムは、既に原型が存在しており後は成長させるだけであった。
故に多くの戦闘経験が必要であり、様々な攻撃手段を持つ武霊プレイヤーはその相手に最適な相手であり、次の段階に進めばそのバリエーションも現実に近くなって更なるパターンを得られる。はずだったのが、尊のせいでその直前でつまずいている。
トップであるギルバードはさして気にしてはいないが、ヴァルキューレは役割上そこまで気軽に考えられない。
だからこそ、様々なパターンを経験させないように動く戦の聖人が、プレイヤー達の中で最も目立つことも重なって目障りに映る。
(システムが成長して今の戦の聖人に対応できるようになれば否が応にもそれ以上を見せる必要が出てくるのでしょうけど、そうだとしても予定しているラインを大きく下回ってしまいますの。せめて、魔法を得意とする者達と戦えれば話は違ってくるのでしょうけど……)
フェンリルの爆撃によって折れて横に倒れているビルを滑り降り、まともに残っているビルの影に隠れ、人差し指を出す。
彼女は白ゴスの下にサムライスーツを着込んでおり、人差し指の先には小型カメラが付いているのだ。
それによって見るのは、ビルを十ほど挟んだ先で避難誘導をしている盾の乙女団団長鳳凰とその団員の姿。
(これもこれでらしい行動ですの。でも、最も助けが必要であるはずの者を放っているのは不自然ですわ)
指を引っ込め壁に背を付けて思案する。
(全員の行動が間違ってはいないけど、完全に正しいかといえばそうではない。一番ありえるであろうことをしていないのは、何者かの意思が働いているからですの?)
頭に浮かぶのは、美少女のような見惚れるほど美しい少年の姿。
(なにを企んでいますの? 諜報員から彼の情報が入っていないのは、彼自身が接触を絶っているのか、それともどこかで情報が止まっているのか……まるで、盤上が見えない将棋盤に透明な駒を打っているかのようですわ……確認できる範囲内だけではどうしても不透明な部分が出てきますわね。武霊ネットなんてものが出来ていなければ……たらればなんてしても意味ないですわね)
苦笑と共にため息を吐き、ついある思いが浮かんでしまう。
(ギルならわかるかしら?)
浮かんでしまった思いに、ヴァルキューレは首を横に振る。
(ギルはこれ以上こっちに構っている余裕はありませんの。これはわたくしだけでなんとかしませんと……そのためにはまず、どこかで――)
情報工作のためとシステム成長のために盾の乙女団にわざと見付かろうとした時、ヴァルキューレはその場から飛び退いた。
ほぼ同時に、雷が落ちる。
いや、正確には一人のプレイヤーが着地したのだ。
「あら? あなたが直接現れるなんてお姉さんはちょっと予想外やわ」
目をつぶった着物姿のプレイヤー・高城八重はそう微笑み、その手に持つ仕込み杖を前に突き出し、
「ほな、いつぞやの続きをしまひょか?」
浮かべる表情が獰猛なものへと変える。
(と、とりあえず目的は達しましたわ。長居は無用ですの)
放たれる剣呑な気配に、ヴァルキューレはちょっと顔を引きつらせつつスカートの裾を持ち上げて優雅に一礼。
「わたくし、あなたと戦いつもりはありませんわ。ごきげんよう」
転送システムを発動させようとした。が、
「させへんわよ?」
放電音と共に、一瞬で間合いを詰めた八重に驚きつつヴァルキューレは飛び退く。
その両手には腕に仕込んでいた仕掛けナイフが握られており、放たれた居合切りを防いでいた。
「……ばれていますのね」
苦々しい表情を抑えきれないヴァルキューレに、首を傾げる八重。
「あれだけのプレイヤーの前に転送して逃げられれば、あんた達の転送がリスタートシステムを利用したものだってぐらい武霊じゃなくたってわかるわよ?」
フェンリル工作員が逃げるのに使ったのは、武霊が使う強制転送ではなくリスタート転送を使ったものだった。
この両者は同じようであって同じではない。
強制転送は武霊の精霊力がなくなることによって自動で行われるシステム。
リスタート転送はリスタートスフィアを使った手動で行われるシステム。
普通の武霊プレイヤーであればなんの問題もない仕様だが、フェンリル側には前者がないため後者を使うためにどうしても一瞬だけ意識をシステムに向ける必要があるのだ。
もっとも、それを突けるほど素早く反応できる者などゲームプレイヤーに過ぎない者達にはほぼおらず、VR体を一瞬で破壊できないのであればさして意味がない。
フェンリル達の身体もVR体である以上、リセットは発動するからだ。
だが、
(困りましたわね……今の一撃、受け流してなければ確実に即死でしわ)
八重の一撃は困難である二つの一瞬を成し遂げていた。
(前も思いましたけど、精霊領域なしで相手をするのは流石に怖いですわね)
フェンリル型のほとんどは正式アクセスではないため、武装量子精霊と契約しておらず、完全にQCティターニアを支配していないので似たようなこともできない。できることといえば、現実でも使っている本物の兵装を駆使すること。それだけでも十分な戦力ともいえるが……
(仕方ないですわ。少しだけ『使う』覚悟を決めるですの)
そう心の中で嘆息しながら、ヴァルキューレは二振りのナイフを構えた。
(想定していたより早い接触だけど、それ以外は尊ちゃんの予想通りね)
ヴァルキューレと対峙しながら、八重は尊の作戦を思い出していた。
「皆さんが僕を見捨てる行動を取れば、例え怪しいと分かっていてもフェンリル側はなにかしらのリアクションを取らざる得ません。向こうが完全にこちらのことを把握しているのであれば、わざわざ偵察用の自動兵器を飛ばさないでしょう。それにQCティターニアのクラッキングを完了させていない以上、向こうもこの世界の法則に縛られます。精霊領域や守護の大樹などのQCティターニアの直接庇護が掛かっているところをこちらが利用すれば、更に向こうは情報を得辛くなるでしょう。勿論、諜報員からの情報で動き自体は向こうに漏れてしまうでしょうけど、その意味まではわかりようもありません。皆さんにはそれぞれのギルドメンバーが納得する形で、僕を見捨ててもらいますからね。その動き自体に不自然さはないんです。でも、違和感はどうしても付き纏う。掌返しもいいところですから。だからこそ、地上で皆さんがなにをしているのか確認しつつ、諜報員から得た情報でのリアクションを極力薄めるために直接確認してくるはずです。自分達で調べて確認したから、こっちはアクションしたという状態を作り出すために。こちらとしてもそれを考慮しなくてはいけませんし、それによってどのタイミングで情報が伝わったのかより不透明になり諜報員の位置を絞り込むのも難しくなる。だからこそ、フェンリル隊員の誰かがわざと現れるはずです。これには、まだ未完成な自動兵器では得られない範囲での情報収集のカバーも含まれていますから、しないというわけにはいかないはずです。まあ、あくまで素人予測ですから、外れる場合もあると思いますから、遭遇したら対応する程度の考えでいいと思います。……ん~情報収集もあるでしょうから、直ぐに姿を現すことはないと思います。それで、もし現れた場合、ギルバート以外でまだ強制転送を確認できていないヴァルキューレが出てくる可能性が高いんじゃないかと……ええ、八重さんと互角の剣撃戦を繰り広げた人です。十分に注意しつつ撃退してください。可能であれば、一人でも多くフェンリル側の戦力を削りたいところですけど、向こうに強制転送が握られている以上は……え? あれって強制転送じゃないんですか? リスタート転送? ……じゃあ、それを防ぐ手段は『二つある』んですね」
なんて言っていた。
尊の声は男の子だとは思えないほど綺麗な声なので、ついつい彼以外の声をシャットアウトしていたりするが、自身の武霊であるライデンがちゃんと聞いていたので、リスタート転送対策はばっちり。
(ん~でも……この子にはもう一つの対策はなかなか難しそうね……)
油断なく軍用ナイフを両手に構えているヴァルキューレは、RS持ちである八重であってもそう簡単に攻撃できないほど隙が無かった。
とはいえ、ただリスタート転送を使うのを待つというのもなんなので、対面していることを最大限利用して情報収集に努める。
意識を耳、皮膚、鼻、舌により集中し、少しだけ仕込み杖を抜刀しわざと納刀の音を激しく打つ。
放たれた音が反射し、蝙蝠や鯨などが使うエコロケーションを再現したのだ。
それに加え八重は失われていない他三つの感覚も併用して使い、音をより正確に、匂いと味でそれを補足し、白ゴス少女の全身を舐めるように感じていた。
(大型ナイフは高周波ブレードに、私の一撃を受けても無傷なのはシールドの魔法が組み込まれているのかしら? 白いゴシックロリータの下には軽装版のサムライスーツ。重心がしっかりしているから、振り回されてはいないわね。強化服同調戦闘術を取得していると考えるべきかしら? 骨格・肉付きに不自然なところはないけど、一部おかしな感じがするわけね……でも、整形手術で子供の姿になっているわけじゃない。体臭から見た目通りの年齢であることは間違いなさそう……少年兵? この時代に?)
次々とその正体を明らかにしていくが、それはそれで疑問が出てくる。
自動兵器が登場してから、少年兵はゲリラやテロリストであっても使わなくなっていた。人が使える銃器や兵器がメインでなくなっている以上、自ずと戦う者達全ての水準が引き上がっているのだ。
だからこそ、少年兵は過去の話であり、現代で使うメリットもない。
もっとも、そもそもにおいてゲリラやテロリストなどの存在も過去の話になりつつあるのだが……
(まあ、私は戦える人であっても、結局は一般人の域を出ていないわけだし、なにか普通では知りえない闇の中では彼女のような存在は当たり前なのかもしれない)
そう結論付けつつ、仕込み杖を前に突き出す構えから、左腰に構え変える。
(精霊力の限界もあるし、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょうか。どうせ互いの目的は果たしているわけだし。この場所なら加減の必要もないしね)
臨時ギルド長会議室での抑えざる得ない状況での一戦を思い出し、より獰猛な表情になりながら思考制御で精霊魔法を発動。
八重の両手と仕込み杖に雷が宿った刹那、両腕が霞み、電光の刃が彼女を中心に現れ消えた。
少し間を置き、前方にあったビル達がずり落ち始める。
(むっ? やっぱりライデンだけの精霊魔法では威力が落ちるわね)
普通に精霊魔法を使った場合は、周りだけでなくその向こう側のビルも切り落としたこと思い出し、少しだけ嘆息する。
(申し訳ないでござる)
(いいのよ。今回は速さが重視だし、彼女にテレホンパンチするわけにもいかないしね)
今の間合いでの最速の斬撃であったのに、ヴァルキューレは後転して十字路に少しでて避けていた。
(まあ、これぐらいは避けるわよね。じゃあ、ジャンジャン斬るよ)
(了解でござる)
隙を作るためかヴァルキューレが投擲してきたナイフ二本ごと、縦の斬撃を飛ばして切り裂く。
横にステップして避けられるが、既に納刀していた八重は続けざまに居合斬撃を飛ばし続ける。
斜めに、縦に、横に、雷の斬撃が飛ぶたびに、周囲の廃ビルが切り刻まれ、ヴァルキューレの逃げ道を潰す。
転がり飛来してくる瓦礫が回避の邪魔になり始めもしている。
(これは……思った以上にとんでもないわね)
連続居合を続けながら、八重は嘆息した。
一撃一撃を振るう度に避ける選択肢が目に見えて狭まっているし、そうするように攻撃している。
なのに、電撃の斬波はかすりもしない。
勿論、八重が加減しているというわけではないのだが……
(ライデン。彼女の目の動きは?)
(こちらにずっと固定され、主な焦点は顔に集まっています)
(そう……なら、彼女はもしかしたら私と同等な技術を身に付けているのかもしれないわね)
(主のをですか?)
(健常者であっても、いるのよ。そういう達人……ただ、ここまで若い子がってなるととんでもない才能の持ち主なのかもね。ああ、だから、フェンリルにいるのかしら? 異常と言える才能は、大体どこかに囲われているものだしね)
(そういうものでござるか?)
(私も時代が時代なら彼女と近いことになっていたかもね。そういう意味では自動兵器時代に感謝かしら? 人の歩兵なんて普通は役に立たないもの)
などと思念会話をしている間も、八重はリスタート転送をさせないように絶え間なく斬撃を繰り返し、廃ビルと十字路はもはや原型をとどめないほど破壊し尽くされていた。
対してヴァルキューレは着ている白ゴスすら破れも汚れすらしていない。
(状況は拮抗しているように見えるけど、精霊力がそろそろ怖いわね。対して向こうはサムライスーツによる補正で体力には余裕がある。あ~……もしかしてピンチかも)
(我が君!)
ライデンの緊迫感の籠った呼び掛けと共に、地図のイメージが送られてくる。
敵を表す赤い光点がこちらに迫っていることに嘆息する八重。
「ここでしまいやね」
おまけとばかりに居合斬波の速度と密度を上げるが、これもあっさり回避されてしまう。
もっとも上がった分だけ回避が大きくなったので、八重はその瞬間に高速移動魔法を発動。
(あのレベルのがフェンリル隊員にごろごろしていたら、例え魔法があっても簡単には倒せそうにないわね)
出来上がりつつあった包囲網から一気に抜け出し、思わず深いため息を吐く八重だった。




