Scene63『アンゴラベア』
カナタが指し示した場所を掘り返すのに流石に素手で行うのは骨が折れそうなので、尊は紋章魔法を使うことにした。
異空間収納から取り出されたのは、黄色い半透明の玉。
ルカに修復してもらい新たに使えるようになった紋章魔法の一つだ。そして、書かれている文字は、
「爆発?」
「肯定します」
と半透明なカナタに頷かれても、困ってしまう尊。
なぜ物騒な紋章魔法一択なのかと。
「……他に雪を一気にどかせる紋章魔法ってないの?」
「妖精広場を参照した結果、修復された紋章魔法の中でこれ以外に最適なものはありません」
「そっか……威力は?」
「不明です。ただし、画数から雪を吹き飛ばすのに十分な威力があると推測されます」
「ん~……」
若干の躊躇を覚える尊だったが、寒さやら精霊力の限界やらなどで、あまり無用な悩みに時間を割いている余裕はないことに気付く。
「とりあえず、やってみるだけやってみようか?」
「同意します」
「え~っと」
「説明します。爆発させる場所を指差し、エクスプロージョンと唱えてください」
「うん。わかった。エクスプロージョン」
言われた通り人差し指を下に向けながら紋章魔法の名前を唱えてみると、指先から小さな火球が現れ、一直線に指し示す方へと飛び、雪に触れてジュっと音を発てた。
(あれ? 思ったより――)
その瞬間、尊の視界が真っ白に染まった。
(なに? なにが起きたの?)
頭の中がクエッションマークでいっぱいになる尊だったが、直ぐに自分の身体が動き難いことに気付く。
(もしかして、雪に埋もれてる?)
(肯定します)
カナタの思考通信に眉を顰めるしかない尊だが、
(なんで? あ、いや、それより先にここから出ないと)
視界の中で精霊力ゲージが緩やかだが減少し始めている上に、今の一瞬で後もう少しで赤になるまでになっていた。
(とりあえず、最短で出れるルートを表示して)
(了解しました)
わけがわからないままカナタが矢印で示す方向の雪を全身でかき、もがきながら掘り進めると、ほどなくして手が抜け、頭を飛び出させることに成功した。
「うわ……」
そこで見たのは、白い床が露わになり、永遠と続く雪原を映していた壁全てが隠れるように雪が張り付いている光景だった。
尊が出たのは天井すれすれの位置であり、どうやって下りればいいのかちょっと困る尊だったが、それよりなにより、
「……吹き飛ばすってレベルじゃないんですけど」
「同意します」
「いや、同意されても……でも、こんなんじゃ、カナタが見つけてくれた魔物さんの遺体も無事じゃないよね……」
キョロキョロと周りを見回してみるが、それらしき物が見当たらないことにため息を吐く。
「否定します。変わらず存在していますが?」
「へ?」
消えていた矢印が部屋の中央に表示される。が、尊の目には白い床しかないように見える。
とはいえ、ナビであるカナタが嘘を吐くとは思えないので、じーっと凝視していると、床の一部になにか変なのがあることに気付いた。
「あ、なんかもふっとしているのがある」
その正体を確かめるために尊は下に雪を掘りながら降り、近付いて見ると、それは自分の二倍はある大きさの白い毛玉だった。
「これ、雪の下にあったんだよね?」
「肯定します」
「その割には不自然なぐらいにフワフワしているね」
恐る恐る触れてみると、まったく濡れておらず、その毛は軽くとてつもなく滑らかで柔らかいものだった。
「お母様が持ってるアンゴラコートみたいな感じだな……あれ、なんか妙に深い」
毛が生えている場所を求めて手を突っ込んでみるが、なかなか手に違う感触を感じない。
ちょっと怖くなった尊は手を引っ込め、困惑しながら隣で浮いている半透明なカナタを見る。
「ん~……カナタ。スキャンしてるよね?」
「肯定します」
「VRAで断面図見せてくれない?」
「了解しました。展開します」
尊の前にレントゲン画像のようなものが表示される。そこに映し出されていた骨格はうつ伏せに寝そべっている熊のような姿だった。
「てっきりウサギを想像してたよ……」
前足に当たる場所を両手で毛をかき分けるように見てみると、確かに肉食獣特有の鋭い爪があり、頭部に当たる所を見てみると、目を瞑っている熊の頭のようなものが出た。
「……これを剥げって言うの?」
「否定します」
「へ?」
「既に肉体のみミイラ化しているため、毛皮との剥離は不要です」
「えっと……よくわからないけど、普通ミイラ化したら、皮膚も一緒になるんじゃないの?」
「説明します。この魔物が保有していた魔法は、常時発動型の防御に特化したものだったようです」
「つまり、毛皮が異常なほど丈夫だったから、死んだ後も毛皮だけはほとんど変わらず残っちゃってるってこと?」
「補足説明します。生体活動は停止していますので、破損すればそのままになります」
「それはそうかもしれないけど……ん~……」
恐る恐る口らしき場所に手を入れ、ぐいっと上下に開けてみる。
皮膚がゴムのように伸縮性を持っているのか、若干の抵抗感を感じながら自分が悠々と入れるほどまで広がったことにまず軽く驚き、その中に現れたしわっしわのからっからな熊の死体に硬直してしまう。
「え、映像でミイラは見たことはあるけど……」
なんとかそう言葉を絞り出し、ゆっくりと開けた口を閉じる。そして、三回深呼吸。
「よし!」
気合いを入れて再び開けた口から中へと潜り込み、中からミイラを取り出す。
「う~~」
思わず声が漏れながら、カサカサな遺骸を取り出し、そっと白い弾力のある床の上に置く。
流石に死体を持った経験はVRも含めてなかった尊は、高まった動機を抑えるために深呼吸。
「じゃあ、失礼します」
なんとなく挨拶しながら、口の部分をもう一度開け、中に入ってみる。
「うわ~ぴったり」
元々の大きさが尊よりちょっと小さいぐらいだった上に、伸縮性があるためか、魔物の四肢どころか身体全体が身体にフィットし、瞬く間に寒さが無くなった。
「あの爆発でも耐えられたってことは、寒さだけじゃなくって、衝撃とかにも強いってことかな?」
などとつぶやきながら、口から顔を出し、爪が生えていたところから指を出してみる。もっとも、それでも長い毛に覆われて寒さを感じない。
そして、ふと思う。
「……なんか、魔物に丸呑みされているみたいな気分だよ」
「肯定します」
「いや、肯定されても」
「申し上げます。客観的には丸呑みされている状況と同じだと思われます」
「まあ、そうなんだけどね……」
思わず苦笑しつつ、目の前で浮いているカナタに目線を向ける。
「とりあえず、暖房は確保できたし、この部屋は安全でしょ?」
「肯定します」
「なら、武装化を解除して、精霊力の回復に専念しようよ」
「了解しました。武装化を解除します」
尊の身体から黒と白の光の粒子が吹き出し、半透明なカナタに集まると、その姿は瞬く間に実体を得て床の上に着地した。
「はい。おいでカナタ」
もこっとした両腕を広げで、自分の胸に来るように尊が手招きすると、カナタは小首を傾げた。
「疑問提起します。私はナビなので、寒さを感じても身体機能に影響はありませんが?」
「でも、寒さは感じるんでしょ? なら、いいじゃない。温かいよ」
にっこりとする尊に、カナタは目を瞬かせたが、少ししてこくりと頷き、尊の腕の中に背を向けてしだれかかった。
それに合わせて尊を座り、隣に置いた魔物のミイラを見る。
「あなたの毛皮を貰います。大切に使わせて貰いますね。え~っと……アンゴラベアさん」
「了解しました。自動共有図鑑システムに登録します」
「あ、やっぱり初発見の魔物なんだ。というか、死体でもいいの?」
「可能です。原型がわからないほど破壊された物であれば認可はされませんが、ほぼ残っているこの個体であれば問題はありません」
「なるほどね……ん~さっきから思っていたけど、僕みたいなのが新発見とかしちゃっていいものなのかな?」
「問題はありません。武装精霊のプレイ目的の一つとして、新種や新発見をし、図鑑に名を残すというものがあります」
「こういう状況じゃなかったら素直に喜べるんだけどね……」
思わずため息を吐いた時、不意にもこもこの白い体毛に包まれているカナタが顔を上げ、尊を見た。
「どうしたのカナタ?」
「報告します。武霊ネットワーク経由で、プレイヤーが再び接触を図ってきています」
「なんで? 約束の時間はまだだよね?」
「安否確認のようです」
「もしかして、辞書に魔物が自動追加されたことに気付いたってことかな?」
「確認します。応えますか?」
「そうだね。着る物も手に入ったし、拒む理由はないよ。」
「了解しました。VRA通信を開始します」
カナタがぱっぱとVRA画面を展開し始め、一つ繋がる度に、映ったプレイヤーが次々と噴き出したり、フレームアウトしたり、悶絶させたりと様々な反応を見せ始め、尊を困惑させた。
「……なんで?」
「不明です」
「きゅ、きゅんじぬわ~」
などと言ってプルプルと床に手を付けているのは八重。
その隣で、鳳凰は小さくため息を吐く。
「緊迫が一気に萎えてしまったな……」
立て続けに新種の発見が報告されたことにより、尊が戦闘状態に入ったと判断したギルド長達は、『直前の出来事』も加えて、緊迫感を持って尊を待っていた。のだが、現れたのがモッコモッコななんかに顔だけ出している可愛らしい女の子二人(一人違うが)だったため、大半のギルド長は思わず吹き出し、悶絶することになった。
ドツボにハマった者などは、八重のように崩れ落ちたりしているのだから、その破壊力は押して図るべしと言ったところだろうか?
もっとも、当の本人達はなんでこんな反応を取られているのかわかって無いようで、二人同時に小首を傾げており、それにも反応して何人かがはぁ~や、くっなどと思わずな行動を取るはめになる。
このまま待っていても埒が明かなそうだったので、尊は意を決して口を開く。
「えっと……安否確認ですよね?」
「ああ。それもある」
「も?」
代表して対応した鳳凰の言葉に、またしても可愛らしく傾げられ、なんともなさそうに表面上は見える鳳凰がしばらく無言になる。鎧の下で悶えているのかもしれない。
どうであれ、唯一まともに会話してくれた相手は鳳凰しかいないのことには変わりなく、少し待ってから尊は再び問う。
「なにか予定外のことが起きたんですか?」
「…………予想より早くヴァルキューレと接触があった」
「もうですか!?」
若干鈍い返しだったが、内容には驚くしかなく、尊一人だけが緊迫感が上昇する。
「正確には八重が見付けたのだが……」
名を呼ばれた彼女は床で悶えているのでなんか色々と駄目っぽかった。
「……とりあえず、動画を送る」




