Scene60『新たな戦いの始まりは離れた場所から』
そのとんでもないお願いにギルド長達があっけに取られている間に、尊は矢継ぎ早に『その理由と内容』を説明する。
「――というわけです。勿論、これはとんでもないお願いですし、皆さんに大きく迷惑をかけるものです。ですから、できないと拒否してくれてもいいですし、これ以外があるのであれば提案して欲しいです」
そう言葉を切った尊は全員の反応を待つ。
しかし、彼からは一様に沈黙していた。
もっともその原因は人それぞれで、尊の提案を思案しているが故もあれば、いまいち理解できなくてなにも言えない、よくまあそんなことを思い付くなと呆れているなどなど、様相に反して散り散りな状況。
とはいえ、見た目は無反応であることには変わりなく、どうしたらいいか困惑した尊は会話を交わしたことがある者達に視線を送る。
まとめ役になっているはずの鳳凰も黙り込み、素顔が兜の下に隠れているためになにを考えているか読めない。
現状をしつこいぐらい語っていたルカもなにも言わず、若干恍惚したかのような表情になって尊を見ている。
元々なにも口出ししていなかった八重は声を出さずに笑っているのみ。
(や、やっぱり駄目なのかな? こんな提案、今まで武装精霊をプレイしてきた人達からしたら受け入れがたいことだし)
(理解しかねます)
(なにが?)
(逡巡の必要性がありません)
(いや、でも、けっこうなことだよ? 僕の提案って)
(断言します。マスターの考えに間違いはありません)
(いや、でも、僕は中学に入ったばかりの子供だし)
(否定します。関係ありません)
(いや、こういうことって結構大事だよ? 年下ってだけで意見は通り辛いっていうし)
(理解不能です)
などと会話をしていると、少し俯いていた鳳凰が顔を上げた。
「八重はどう思う?」
「ええんやない? うちは尊ちゃんの案にのってもええと思うわよ?」
「そうか。私も同意見だ」
武装精霊の中でトップツーである二人が尊の提案を受け入れたことに騒めきが起きる。
しかし、
「では確認するが、尊の提案以上の案がある者はいるか?」
その問いに誰もが黙るしかできない。
この場にいる者達は、武装精霊がVRゲーム初めてな者より別のVRゲームを経験している者達の方が圧倒的に多かった。
特に一ヵ月でギルド長になれる彼ら彼女らは、それぞれのゲームで名を馳せたトッププレイヤーであることが多く、盾の乙女団のような越境ギルドとまではいかないまでにも各ゲームで築き上げたギルドないしそれに近い集団をそのまま武装精霊内に持ち込んだ者達もいる。
そんな彼らだからこそ、ゲームであっても様々な知識や経験を積んでおり、ただの民間人以上に状況や環境に対する適応能力は高い。
が、それはあくまで調整されたゲームの中での話であり、プレイヤーを諦めさせず飽きさせずそれでいて苦難と思える丁度良いバランスの事態事件にしか直面していない。
故に思い付く案はどれもが現状を打開できるほどのものはなかった。
加えれば既に自分達が最良だと思った行動は潰され、状況悪化の引き金にさせられ、それを完全によくしたとはいえないが覆した実績が尊にはある。
だからこそ、ポツリポツリと賛同者が増え出し、やがてその流れは全員の賛成へと繋がり、一気に動き出す。
「その報告は本当ですの?」
都市ティターニアの地下三階上り階段前にて、ヴァルキューレとコードネームを付けられた少女は眉を顰めていた。
なにもかもが白い場所に同色のゴシックロリータな格好でいると、ちょっと同化しているかのように見えるが、疑問を口にすると同時に傾けられた前髪ぱっつんな黒髪がさらさらと揺れ、彼女の存在をかえって強調させている。
もっとも周りには遠くから爆発などの戦闘音が聞こえるぐらいで彼女以外誰もいない。
それ故に、主張の激しいその格好は虚しく煌びやか。
自分のそんな状況を気にもしていないヴァルキューレは言葉を続ける。
「黒姫尊を救出しようと息巻いていた者達が一斉に心変わりなんてするものなのですの? そんな人でなしの集まりがこんなゲームをプレイしているとは思えませんわ」
あきらかに誰かに対して口にしているその言葉に、反応する者は当然いない。
しかし、それはあくまで彼女の外の話。
「「でも、事実っす」」
返答はヴァルキューレの頭の中に響いた。
正確には、彼女の意識下にあるもう一つの空間内でだ。
仮想空間の中で拡張現実を再現したVRAではなく、仮想空間の中で更なる仮想空間を構築し、そこで仲間と会っている。それが一見すると独り言のように見える行為の真相だった。
そんなVRVRは、周りの白一色な光景と違い、黒一色でありなにもない。
VR体と同じアバターが立っていることから、少なくとも床の存在は形成されているようだった。
「情報源は完全潜入中の諜報員からですの?」
VR体が口を動かせば、アバターも口を動かし、声を発する。勿論、片方だけ喋らせることは可能だが、意識してやらねばならないため、臨時会議の時のような状況下ならいざ知らず、誰もいない今はそんな面倒をする気はないということなのだろう。なにせ彼らにはその面倒を低減してくれるナビが憑いていないのだから。
「そうっす。諜報員先輩達が誤情報を送ってくるはずはないっす」
ヴァルキューレの問いに答えたのは、彼女のVRVRアバターの前にいる黒人少年だった。
濃い黒肌で天然アフロヘアな彼は上下ともに青いデニムな格好をしており、開かれたジージャンの下には何故か夜露死苦と描かれたTシャツを着ていた。
若干格好にマッチしない整った顔立ちに人懐っこい笑みをニコニコと浮かべている彼に、ヴァルキューレは深いため息を吐く。
「『スルト』。ロキはこのことについて、なんて言っていますの?」
「……スルト? ロキ?」
キョトンと首を傾げる彼に、ジト目になるヴァルキューレ。
「……あなたとギルのコードネームですわ」
「ああ、そうだったっす。すっかり忘れてたっすっ!」
やっぱりニコニコとそんなことを言うスルトに、顔を引き付かせ、ヴァルキューレは嘆息する。
「どうしてうちの男共はこうなのかしら?」
「こうって?」
「なんでもありませんの。いいからギルはなんて言っているか教えなさいですの」
「うっす。任せるって言ってたっす」
ヴァルキューレの細めていた目が驚きで開かれる。
「トールは!?」
「トール?」
「ああ、もう! 『ティリア』のことですの!」
「ああ!」
ポンと手を打つスルトに再びジト目になるヴァルキューレ。
「後で説教ですの」
「なっ! なんでっすか!?」
「そうやって自覚ないからですの。とにかく、ティリアはなんと?」
「え~っと……私は一度様子を見た方がいいと思うのです。即反応することで諜報員の存在を確定させてしまうかもしれないですけど、あの子のことなのです。きっと、その存在を確信しているはずなのです。だから、そちらのリスクより、なにを企んでいるか探る方が先決なのです。勿論、前線指揮はあなた達なのです。最終的な判断は任せるのです。って言ってたっす」
「……そうですの……」
目を瞑り、眉を顰めて考え始めるヴァルキューレは、少し間を置いて頷く。
「一旦、下がらせ、探りを入れますの。このまま確認せずに進ませるのは危険ですわ。一斉にバラバラな行動に出ているということは、逆になにかしらの統一意思が存在している可能性を考慮すべきですわ。少なくともそれを確認し、現状の策のままで良いか検討すべきですの」
「そうっすか。わかったっす」
朗らかに頷くスルトだが、ヴァルキューレは三度目のジト目を向ける。
「本当にわかっていますの? これからなにをするか、なんでそんなことをするか、理由を言ってみなさいですわ」
「……」
笑顔を固定したまま固まり、目を泳がせ始めるスルト。
「……することが終わったら長い説教が待っていると思うのですの」
「そ――」
「通信カット」
黒一色のVRVRを消し、意識を一つだけに戻したヴァルキューレは深く長いため息を吐く。
「まったく、うちの男共わ……ですの」
愚痴一つを口にしたヴァルキューレは歩き出す。
少し前に送り出したでぃーきゅーえぬのメンバー達が、続々と集まってくる守蜘蛛と激しい戦闘を繰り広げている場所へと。
こうして少年と少女の戦いは二人が直接会わずに始まるのだった。
ひらひらと揺れるワンピースの裾を気にしながら、温泉の部屋から出る尊。
「いってらしゃ~い」
ニコニコと手を振るルカに振り返って返事をしようとすると上階より大きなスライドドアが物凄い勢いで閉まった。
自分の五倍以上ある扉が勢いよく閉まる光景に硬直するほど驚いてしまう。
「謝罪します。申し訳ありません」
既に武装化しているため半透明なVRAで主の隣に姿を現すカナタに、尊は目をしばしばさせつつ首を傾げる。
「どうしたの?」
「釈明します。あまり長く開いているとガーディアン系に探知される恐れがあります」
「なるほど~流石はカナタだね」
「喜びます。お褒めに与り光栄です」
カナタの言葉になんの疑問も抱かない尊だったが、少しだけ身震いした。
直前までいた部屋が温泉の影響で暑かったため、外に出るとかなりの涼しさを覚えるのだ。
もっとも適温が維持されているのか、寒さどころかそれなりに心地よさを感じなくもない。が、そうなればそれである感覚に襲われる。
「ちょっと水が飲みたいかな? 冷たくて美味しい奴」
大分血を流した影響か、それともお湯に長く使っていた影響か、喉の渇きを少しだけ覚えたのだ。もっともこんな場所なので、大して期待はしておらず、なんだったら部屋に戻ってお湯でも飲もうとか思っていた程度のつぶやきだったのだが……
「報告します。該当する水の存在を探知しました」
カナタは即座に反応した。
ふわふわと自分の隣に移動したカナタに、尊は思わず目を瞬かせてしまう。
「そうなの? こんな場所に? まあ、お湯が延々と流れ続ける川の部屋があるんだから、清水の川があってもおかしくないか……つくづく上とは違うよね」
上の階は白い柔らかい素材でできたなにもない部屋か、白い堅い素材でできた通路ぐらいで、それ以外になにかあるとしたらガーディアン系と呼ばれる現実の自動兵器を模した魔物ぐらいしか遭遇していない尊は苦笑した。
(ルカさんの話だと色々と魔物とか素材とかあったみたいだから、ただ単に見過ごしていたんだろうけど……必死だったしな……)
などと考えている間に、カナタがVRA地図を空中に表示する。
この階層も、規模が大きくなっている以外、上層と同じように十字路によって区切られたマス目上の構造をしているようだった。
それに関しては目に入る光景から予測はできていた尊だったが、各部屋の上に描かれた文字に首を傾げる。
雪・溶岩・砂などなど、法則性が全く感じられない適当に再現する環境を決められたかのように見受けられたからだ。
そんなマップを一通り眺め、丁度お湯川の部屋の隣に環境再現部屋(水)と描かれた部屋があることに気付き、喉を鳴らす。
「まあ、水分補給だけならさっきに部屋でもいいっちゃいいけど、どうせだったら冷たい水を飲みたいしね」
「追加報告します。いくつかの部屋に魔物の存在も探知しました」
水の存在を示すためか水の部屋が水色に淡く色づけされ、同時にその中で赤色の光点が幾つか現れ、うろうろし始める。
それら魔物を表す光点は次々と他の部屋に表れだし、少なくとも一つの部屋に二・三体は確実にいるようだった。
「リビング系とガーディアン系?」
だけじゃないと予感しつつ問うと、カナタは頷く。
「肯定します。主な魔物はリビング系ですが、中には生体反応がある個体も存在しているようです」
生体反応という言葉に、尊としては眉を顰めるしかない。
少なくとも、今までの自分が遭ってきた魔物は、どれもそういう反応があるような個体には見えないからだ。
「……どれだけの年月が経っているかわからないけど、ここが放棄されてから結構立っているのは間違いないよね?」
「肯定します。魔法法則の影響があるため正確な所はまだ判明していないようですが、建物などの経年経過を調べたプレイヤーによると一万年前後ではないかと推測しているようです」
「一万年……」
地上や上層階層の荒廃ぶりを思い浮かべれば、確かにそれぐらいの年月は経っていそうな気がするが、目の前に広がるのは真新しい空間だった。
広々とした白い通路には、上のエリアとは違い、どこにも壊れ場所が見当たらず。それどころか手入れが行き届いているかのように古さすら感じないのだ。
もっとも、古さに関していえば、上のエリア、特に尊が閉じ込められていた地下三階はほとんどなかった。
(ペケさんが動いていたし、守蜘蛛達が稼働していたことを考えれば、掃除ロボットとかも動いているってことかな? 地下が捕獲・採取したサンプルを保管する場所だとすれば、その世話をする飼育員的なガーディアン系もいるってことかな?)
そんな予測をしつつも、それでどうにも一万年という年月と結びつかない光景に、小首を傾げつつ歩み始めた。




