Scene58『忍者マニアな女の子からの報告』
「どうやって?」
そのVRA画面越しの質問に、尊は完全に黙ってしまった。
「尊?」
名を呼んでも反応しないことに問い掛けた本人である鳳凰は動揺したように全身甲冑を揺らす。
「喋らなくならはったな? 答えに詰まったやろうか?」
同じくVRA画面越しに尊を見ている八重が首を傾げる。
尊の周りにはVRA画面が無数に浮いており、それぞれにギルド長達を映しながらゆったり周っていた。
「あらら? 目が動いているから返答に困っているというより、なにか調べているんじゃないかしら? ねえ、カナタちゃん?」
唯一この場にいるルカが尊の顔を覗き込もうとすると、その前にすっとカナタが入り接近を防ぐ。
しかも、主の方を凝視しながらなので、ルカに背を向けながらだ。当然、問いも無視。
「あらら……みんなの武霊もこんな感じなのかしら?」
困ったルカの言葉に周囲のVRA画面も同じような顔をするしかない。
どうやらカナタのみの個性のようだ。
「しかし……どういう経緯でこんなことになっているのだ?」
鳳凰のVRA画面がルカへと向けられる。
ゾーン癖状態に入った時、タイミング悪く鳳凰から連絡が入った。
勿論、新たに出来た武霊ネットを介してだ。
「あらら? 私としてはそっちがどうなっているのか知りたいところね。最後に妖精広場で確認できたのは、アーミーアントとの戦闘に入ったところだけど?」
ルカの問いに、鳳凰はため息を吐く。
「被害なく全滅させることはできた。だが、精霊力を大幅に消費させられ、今はローテを組んで回復させているところだ」
「あらら? 以外ね? あなたのことだから、直ぐにでもこっちに来ようとするのかと思っていたわ」
「入口が潰された上に、その周りに自動兵器を大量に配置されてしまっているからな」
「あらら、アーミーアントは時間稼ぎだったわけ?」
「ああ、小型で数も多く、自爆機能も備えていた。倒すこと自体は難しくなくても、無理に突破しようとすれば集中砲火と連鎖自爆で精霊力が耐えられなかっただろう」
「そんな状況でよく被害を出さなかったわね?」
「武霊ネットで探知領域外のプレイヤー達とも連携ができたからな。なにより、尊の無事が彼らから伝わったことも大きかったのだろう」
「我流羅の……暴挙のところでライブ配信は終わっていたものね」
「ルカが直ぐに駆け付けられる場所にいてよかったよ」
「あらら……私としてはやっぱりあなたか八重が出るべきだったと思うのだけどね。結局、完全には間に合わなかったわけだし」
ルカの少し弱った自嘲に鳳凰は首を横に振る。
「正確な場所がわからなかった以上、探知能力に優れたルカ以外に適任者はいなかった。きっと私や八重では尊達すら助けられなかったさ」
「だからと言って、気にしないというわけにはいかないわよ。特に尊ちゃんはね」
「……なにか言われたのか?」
「まさか。なにも言わなかったわ。私を責めてくれたのなら、少しは楽になったでしょうに……かわいそうに助けられなかったことを強く悔やんでいるみたいだったわ。無理だとわかっているはずの今をどうにかしようと必死になるほどに」
「ルカ。私達は人をまとめる立場だ」
「そうね。でも、それはゲームでの役割よ。こんな事態になってまで背負う役柄かしら?」
その言葉にそれまで二人の会話を聞いていたギルド長達の多くが動揺する。
そんな彼らを一瞥して、ルカは言葉を続けた。
「ここから先、どう足掻いても無謀な挑戦になるでしょう。戦うにしても、逃げるにしても、フェンリルは自分達の目的を完遂するために私達を利用し続ける。強制転送をコントロールして狭間の森に集めているというのも、邪魔なプレイヤーを隔離するためではなく、市街戦での経験値稼ぎが終わったら森林戦の経験値稼ぎを目論んでいるだけとも取れるわ。だから、この世界にいる限り、逃げ場なんてない。でも、だからと言って、武霊達を殺すなんてしないでよ? その瞬間から、我流羅と同じ殺人者ですからね。証拠も武霊達がしっかり記録しているから、例えVR症で忘れても確実に裁かれるわ。もっとも、今の社会が存続していればの話だから、フェンリルが目的を達してしまえばうやむやになるかもしれないわね。でも、あなた達はそれを望む? いいえ、生きられる? フェンリルの言う対人戦争というのが、マンパワーによる過去の戦争の在り方。最悪どの国でも徴兵制が復活するかもしれない。秩序は乱れ、治安は悪化し、どこに住んでいても戦火や犯罪に怯えることになるかもしれない。少なくとも今のQN文明は崩壊するでしょうね。好きなゲームもできなくなるのは間違いないわ。ちなみに、フェンリルに味方してもメリットはないわよ? 彼らに私達を利用しようとする考えはあっても、正しく取引しようなんて考えはないみたいだしね」
「なにかわかったのか?」
「知り合いの子がでぃーきゅーえぬの本拠地に潜り込んでいたのよ」
「……聞いてないが?」
「私もさっき知ったのよ。どうも勝手に動いているみたいなのよね。狭間の森にいるその子の叔父さんに嘆かれたわ」
「もしかして、『グラスペッパーズ』の忍者マニアの子か?」
「ええ、その子。乞われて神隠しのヴェールの試作品を渡していたのがまずかったのかもしれないわね。まあ、とにかく、その子から送られてきた映像を見て」
「ニンニンでござる」
黒い忍者頭巾を被った目だけの少女のアップ。
「どうやらでぃーきゅーえぬがフェンリルと取引したそうなので、もぬけの殻な今の内に潜り込むでござるよ! ニンニン」
視点が動き、彼女が見ている光景へと移り変わる。
その際に全身の姿が僅かに見え、全身が黒づくめなザフィクションな忍者の恰好をしているようだった。
「ニンニン! ニンニン!」
サッサッサと廃ビルの影から影へ移動し、いちいち掛け声付きで周りを見回す。
明らかに忍でないように見える動きだが、実際は武霊のフォローが入っているので声は本人以外聞こえず、視覚的にも彼女の姿は見えない。
もっとも精霊領域でそれらを行っているので、同じプレイヤーであればバレバレなのだが、少なくとも向かっている先、その周囲に武霊使いの存在は確認できていない。
「九十九ちゃ~ん。僕としては~無謀だと思うの~」
なんちゃって忍者の隣に半透明な柴犬武霊が現れ、主をいさめようとする。
「なに言ってるの小金丸。こんな大活、じゃなくって、諜報のチャンスはないのよ?」
「九十九ちゃんは~忍者なのに~色んな意味で忍んでないの~」
「なにを言うの? こんなに忍者なのに」
「前々から言おうと思っていたけど~、僕が集めた情報と違うの~。見解の相違なの~」
「むむっ! 積極的に喋るようになってくれたのは嬉しいけど、それだけは譲れないわ!」
「ん~九十九ちゃんは忍者じゃなくてニンジャになりたいの~?」
「……どう意味?」
「んとね~」
「待って、見えてきたわ」
喋りながら着実に近付いていた二人の前に、ドーム型建造物が現れた。
それはかつて捕らえた魔物同士でも戦わせていたのかコロシアムに似た構造をしており、他の場所にもほぼ同じものが建っているある意味ではありふれたもの。
だが、でぃーきゅーえぬ達が本拠地として使っているため、トラブルを避けてこの近隣一帯は他のギルドも使っていない空白地帯と化していた。
そのため、この場がどんな風になっているか知らないニンジャっ子九十九は少しだけ慎重に動き出す。
「どう?」
「ん~ビルの中に隠れているけど~自動兵器がわんさかいるっぽいの~」
「こっちには気付いてる?」
「偽装は完ぺきなの~。少なくとも探知領域に触れなければ気付かれることはないの~。でも~あんまり近付き過ぎと激しい動きは駄目なの~。存在を消しているわけじゃないから~なにかしらの痕跡を探知される可能性もあるの~」
「わかったわ。じゃあ、幾でござる。ニンニン!」
「そういうのも厳禁なの~」
「くっ私のアイデンティティーがっ!」
「静かになの~」
流石にここ最近一人だと厳しくなりつつある自動兵器達と戦うのを避けたいのか、それまでとは違い無言でかつ余計な動きをせずにコロシアムに向かい始める。
「プレイヤーを探知したの~全員、武装化してないから入っても平気だと思うの~」
主だけに聞こえる声で小金丸は欲しい情報を報告し、VRA地図を展開。
観覧席に当たる場所に二千近い黄色い光点と同じ数の白い光点があること確認しながらあと一つビルを超えればコロシアムの敷地に入れるというところまで歩き、そこで動きを止めた。
周囲のビル窓にノーフェイスの影を見たのだ。
「いっぱいいるの~」
怯えたような小金丸の言葉に、ゆっくり周りを見回すと、ノーフェイス以外にもアーミーアントやらアーミービーやらが二以上の階に、果ては隠れ切れていない土蜘蛛が一階にいるのを確認できた。
待機状態になっているのかピクリとも動かないその姿は不気味であり、更にVRA地図上に追加された赤い光点の数にごくりと生唾を飲んでしまう。
思いのほか音が出たことにしまった! と頭巾の下で顔を歪める九十九。
「大丈夫なの~気付かれてないの~。あと、ごめんなの~。待機状態の自動兵器を正確に認識するのが遅れたの~。いつもと違って変な感じなの~」
小金丸の報告に九十九は大丈夫という意味を込めて頷き、そろりそろりと今まで以上に慎重にコロシアムに近付く。
ほどなくして巨大なアーチ状の入り口前まで移動を終え、ふーと一息吐く。
「警告なの~ここから先、武霊状態の探知領域がいくつかあるの~」
小金丸の言葉に頷いた九十九は、頭上に両手を伸ばす。
すると指先に風が集まり、そこからベールが現れる。
異空間収納で神隠しのヴェールを取り出したのだ。ただし、ルカが試作品と口にした通り、それに付いている紋章魔法の数は少ない。
「合計発動時間は一分なの~。できる限り節約するために~、探知領域の範囲をマップに表示するの~」
VRA地図に薄い白い円が無数に出てきたのを確認しつつ、九十九はベールをかぶらずそのまま持ちつつ建物に入った。
コロシアム内部は大きな入り口をそのまま進むとアリーナに入ることができる仕様になっており、その通路にはスタンドに上るための階段がいくつも用意されているようだった。
九十九はまずは観客席からと足を向けようとして止める。
いつの間にか3D表記になっていたVRA地図で、ほとんどの階段が探知領域の範囲に入っているのを確認したからだ。
武霊状態の探知領域は範囲が武装化時より範囲が極端に狭くなっているが、二千人以上の武霊がいれば簡単に隙間など見付けられるはずもない。
階段からのアプローチを諦めた九十九は、アリーナの方へと歩みを進める。
VRA地図上では、なぜかその場所には誰もいないのだ。
通常の強制転送システムが働くと、二つ一組のリスタートスフィアと呼ばれる棘の突いた球体の帰還側に設定した方に瞬間移動する。
つまり、スタンドに片割れを置いていた。と考えられるが、だとしても下に降りないというのはいささか不自然だった。
何故なら、入り口付近からも見えるほどの大量な武器兵器がアリーナに置かれていたからだ。
しかし、誰一人としてその場にはいない。
妖精広場で公開された、いや、武装精霊のサービスが開始された頃から見てきたでぃーきゅーえぬ達であれば、喜び勇んで近付き馬鹿騒ぎの一つでもしてそうなものなのだが……
九十九は首を傾げつつ、アリーナへと近付く。
格子状の大門が入り口側に向けてひしゃげて倒れており、容易に侵入は可能だったが、思わず足を止めてしまう。
山積みされた武器兵器の山の上にVRA画面が展開されていたのだ。
そこには一人の少女が映っていた。
真のフェンリルの工作員・前髪ぱっつん姫カットな白ゴス少女だ。
どこからでも顔が見えるようか三角柱なVRA画面が展開され、幼いが余裕のある微笑みを彼女は浮かべていた。
「皆様、理解が早くて助かりますわ」
彼女の言葉にハッとした九十九は視線を建物と武器兵器の山の隙間から見える観客席に視線を向けた。
主の意図をくんだ小金丸により視覚がVRAにより拡大される。
老若男女入り混じった者達が、あきらかな恐怖の視線を白ゴス少女に向けていた。
その場ではその理由が完全にわからないと判断した九十九はなるべく素早く、かつ、下手な存在痕跡を出さないように慎重にアリーナに出る。
そして、恐怖と観客席から動いていない理由を目撃する。
少人数グループで固まっているでぃーきゅーえぬ達の周りに、PDWや散弾銃、刀や槍など様々な武器で武装した顔のないマネキン・ノーフェイス達が大量に控え、一部がその中の一人を捕まえ強引に観客席に座らせているのだ。
「神隠しのヴェールほどじゃないけど~、に近い紋章魔法の気配を感じるの~」
「魔法ステルスノーフェイス!?」
思わず驚きを口にしてしまう九十九に、小金丸は頷く。
「神隠しのヴェールを作ってる情報は作るための素材を集めるために公開されていたから~、もしかしたら一部の技術が漏れていたのかも~。ルカさんも~、プレイヤーは警戒しても自動兵器まで警戒はしてなかったはずだし~」
「そりゃことが起こる前なら仕方がないけど、未完でも魔法ステルスは脅威よ?」
「大丈夫なの~そうと分かっていれば僕達には通じないの~。あと、九十九ちゃん喋り過ぎなの~精霊力がガンガン減ってるの~」
「ご……」
謝ろうとしてそれも負担になると途中で口をつぐみ、事の成り行きを大人しく見守る。
静まり返っているコロシアム。
誰一人として動きも喋りもしない。
遠く起きているであろうプレイヤー達の戦いの音が聞こえてくるほどの静けさは、普段から害悪あるレベルのふざけをする彼らからすると酷く不自然に見える。
数だけで考えれば、この場にいるノーフェイスより圧倒的に彼らの方が多いのもそれに拍車を掛けた。
精霊力が切れていた者達がこの場に強制転送されたとはいえ、全員が全員そうであったわけではないはずだ。多少なりとも回復していれば、武装化はできる。
眉を顰めながらVRA地図を見ると、プレイヤーの数は二千三十五人と出ていた。
そんな彼ら彼女らに、白ゴス少女はぺこりと頭を下げる。
「幾人かは面識あるかもしれませんが、ほとんどの方は知らないはずですので、ご挨拶をしますわ。初めましてですの。わたくしは『ヴァルキューレ』。ああ、勿論本名ではございませんわ。今作戦でのコードネームですの。皆様、どうぞよしなに」
そう微笑むヴァルキューレに、誰一人として反応しない。
あまりの無反応に沈黙した彼女は、少しして呆れたようにため息を吐く。
「これだけの人数がいながら、誰も助けに動かないのですわね? 皆様、薄情でございますわね~」
呆れたような、しかし、少し悲しそうな声と顔。
掲示板時代の惰性で集まっているだけの集団に、危険を冒してまで他人を助けるという気概などあるはずもない。だからこそ、ただただ恐怖の視線を向けるだけで終わってしまっているようだった。
「決定的な指導者不足といったところでしょうか? 我流羅がいればまた違ったのでしょうけど、あれはあれでどちらかといえば扇動者でしたし、わざと形だけのギルド長に収まっていた節もありますし、結局は変わらなかったかもしれませんわね」
再びため息を吐き、沈黙。だが、ふと思い出したかのように付け加える。
「ああ、一つ伝えなくてはいけませんわね。我流羅は先程退場しましたわ」
流石にその言葉には動揺が走ったのか、でぃーきゅーえぬ達にざわめきが生じ、幾人かが自身の武霊に命令しようとし、ピタリと止まる。
唐突にそれまで微動だにしていなかったノーフェイスの一部が動き出したからだ。
それと共にVRA画面が一人のプレイヤーの姿へと切り替わる。
尊と戦い強制転送されたタヒ太郎だ。
両肩と両腕を掴まれて椅子に抑え付けられている肥満巨漢な彼にノーフェイスの一体が近付き、その頭を鷲掴みにする。
「な、なにをするタ――」
抗議の声を上げようとするタヒ太郎の腹に拳が叩き付けられた。
金属同士がぶつかったような高い音が生じ、でぃーきゅーえぬ達が一斉に身体を振るわせる。
タヒ太郎の傍には無表情の赤髪バニーガールな武霊がおり、精霊領域を展開してノーフェイスの打撃を防いだようだった。
だが、それでも攻撃された事実からタヒ太郎は脂汗を流し始める。
抗議か制止か、口をパクパクと開けている彼にヴァルキューレが声だけで宣言した。
「強制転送は既に止めてありますの」
その言葉に、精霊領域によって無傷なタヒ太郎は震え出す。
殴られた程度なら精霊領域で十分に防げる。だが、この場にいる者達は地下の戦闘に参加できぬほど精霊力を消費した者達だ。特にタヒ太郎は尊に負けたばかり、例え重火器を使わない攻撃であったとしても、後何発防げるか……
「なんでこんなことをするタ――」
タヒ太郎の言葉を遮るようにノーフェイスが再び拳を叩き付ける。しかも、今度は連続で、かつ、まるでそれを見せつけるかのように、じっくりと間を取って。
「さて、あなた達にはこれからギルド長が交わした取引通りに、動いて貰いますわ」
精霊領域に打撃が防がれる音とその度に上がる情けない悲鳴をBGMに、ヴァルキューレは更に宣言する。
「ただ、ギルド長のように勝手に離脱されても困りますの」
暴行を命じているとは思えない朗らかな声が響く中、打撃を受け続けていたタヒ太郎の身体から赤い粒子が吹き出し霧散する。
同時に赤髪バニーガールが意識を失い、近くにいたノーフェイスに受け止められた。
小さな寝息を立てている彼女は明らかに精霊力切れであり、それなのに強制転送されないことに周囲は騒然となった。
できることを実際に見せ付けられたことにより、否が応にもフェンリルの脅威を認識してしまった。
恐怖度が上がったためか、あちらこちらで悲鳴や怒号が巻き起こる。
しかし、それも直ぐに止まった。
ノーフェイスが容赦なくタヒ太郎の腹部を蹴ったからだ。
邪魔するものが無くなったことにより、爪先がタヒ太郎のでっぷりとした腹に突き刺さる。人工筋肉によって放たれた力は凄まじく、巨漢である上に肥満な身体が僅かに椅子から浮き上がり、生じた鈍い音から僅かに遅れて、吐瀉物が床に撒き散らした。
「これは見せしめですの」
その言葉の間も、ノーフェイスによる暴行は続けられており、頬を殴られ歯を砕け散り、指を掴まれ爪を剥がされ、その内容は徐々に徐々にエスカレートしていく。
拘束されているが故に絶叫することしか許されず、コロシアム中にタヒ太郎の声が響き渡る。
いや、彼だけではない。
同じ悲鳴はコロシアム中で生じていた。
捕まえているプレイヤー達を全て、老いも若きも男も女も関係なくタヒ太郎と同時に暴行していたのだ。
まさに阿鼻叫喚の地獄に、VRA画面が切り替わってから固まっていた九十九の身体が震え出す。
「九十九ちゃん……大丈夫なの~?」
小金丸の心配に返事を返す余裕すらない九十九は目をつぶり、耳を塞ぐ。
「音声カットするの~」
成長している武霊である小金丸の自主的な判断により、九十九の耳に悲鳴が届くことはなくなった。
少しだけほっとする彼女だったが、頭巾の下の表情は硬い。
「き、記録の方の音声は?」
絞り出すような問いに、半透明な柴犬は頷く。
「勿論、わかっているの~」
そんな会話をした時、唐突に悲鳴の量は少なくなる。
あまりの痛みに気絶した者が出たのだ。
その中にタヒ太郎もいた。
だが、その気絶が更なる惨劇を呼ぶことになる。
VR体リセットが発動し、タヒ太郎の身体が淡く輝くと共に、無くなった爪や歯などの肉体の部位すら再生され、暴行を受ける前の状況に戻ってしまう。
そして、僅かに間を開けて意識が戻り、
「うっあ?」
状況を咄嗟に思い出せないタヒ太郎に再び蹴りが叩き込まれる。
再び吐瀉物を撒き散らした彼は、目や鼻や口から液体を垂らしながら、懇願しようと口を開く。だが、言葉を発するより早く歯を砕くほどの殴打を受けた。
まるでリピート再生かのように同じ暴行を繰り返し、再びタヒ太郎が気絶すれば、最初に戻る。
永遠と続くかのようなループ拷問を見せ付けられているでぃーきゅーえぬ達。
九十九は小金丸によりその惨劇を目撃せずに済んだが、彼らの武霊はなぜかなにもしなかった。
その証拠に、ほぼ全ての者達が身体を震わし、中には目を閉じ、耳を塞ぎ、何事かをぶつぶつとつぶやき出す者まで現れ始める。
誰にも守られないが故に限界を超えたのか、何人かがその場から逃げようと走り出す。
が、外へと繋がる階段入り口にもノーフェイスが配置されており、出るどころか捕まる人数が増えただけで終わる。
「離しやがれこの ロボがっ! がっ! すっぞっ! ああっ!?」
真っ先に逃げ出した作業着姿の中年太りな無精ひげ男・正翼が階段から引き離され、他のでぃーきゅーえぬ達に見やすい位置まで連れていかれる。
そして、始まったのは、
「や、やめろこの がっ! やめ――」
直前まで見ていた同じループ暴行。
でぃーきゅーえぬの中で我流羅についで勢力を持ち、戦闘能力も同様な二人があっさり捕まり一方的になぶられている光景に、泣き出す者、叫び出す者、失禁する者など恥も外聞もないことがコロシアム中で巻き起こる。
地獄絵図のような光景が完成したその時、唐突にノーフェイス達の動きが止まった。
アリーナ上に展開されていたVRA画面が消え、まるでその代わりかのように空から白ゴス少女が降ってくる。
なんらかの魔法か兵装を使っているのか、鳥のようにふわりと着地し、でぃーきゅーえぬ全員の視線を集めた。
直前まで起きていた、今でもコロシアム各所でうめき声を上げている原因であるはずの彼女は、まるでそんなことを命じていなかったかのように優しく微笑む。
「皆様にお願いがありますの。今からすることを素直に受けてくれるのであれば、もうこんなことはしまわせんわ」
そのヴァルキューレの言葉に逆らえる者などいるはずもなく。
「返事は?」
怒涛のような了承の言動が吹き荒れた。
そんな光景を見渡したヴァルキューレは、不意に首を傾げる。
「九十九ちゃん」
ゆったりとした動きで、四つあるアリーナ入り口の一つへと視線を向ける。
精霊領域で武霊使い以外認識でき難くしているはずの九十九へと。
「逃げるの~!」
小金丸の絶叫に、九十九は掲げていた試作神隠しのヴェールを被り、脇目も振らず逃げ出した。




