Scene56『何度砕け折れようと』
それはほんの少し前の決意を粉々に砕きかねないほどの言葉。
尊はそれに耐え、ぐっと目を瞑る。しかし、耳を防ぐことはできない。それをすれば、そうだと自らの中で決定付けてしまいそうだから。
しかし、決定的に思いはしなくても、どこかにもたげかけていた可能性は即座の否定をつぐませる。
「私達が勝利するためには、クラッキングを受けているQCティターニア。正確にはその人格ナビを助けなくてはいけないわ。人格ナビがどういうものかわかる?」
現実を認めない子供を諭すかのように問い掛けるルカ。
「QCをQCにするQCそのものな特殊ナビ。現在存在するナビの父であり母である存在って授業で習いました」
「あらら? それはちょっと古い情報ね。今はQCから生まれない武霊もいるのよ」
「武霊がそうですよね」
「ええ。でも、一般的にはそれが人格ナビとされているから、間違ってはいないわね」
一度微笑み、力を少しだけ抜いた後、真剣な面持ちになって本題を語り出す。
「現在、一般的にQCと言われている国単位で使われている量子コンピュータは、正確には『天野式量子コンピュータ』と呼ばれている物なの。QCそのものは誰でもとは流石にいえないけど、簡単に作れるわ。でも、そのどれもが天野式QCに圧倒的に劣ってしまう。それは何故か? 簡単な話。QCの性能をフルに活用できるOSが、もっと言えば、人間がいないからよ。人が創り出したものなのに、人が扱い切れないなんておかしな話よね? でも、事実。だから、天才科学者である天野歌人は、人の代わりにQCを扱える、コミュニケーションできるインターフェイスを作り出した。それがクオンタムナビゲーター。量子精霊。通称ナビ。だから、天野式QCには必ずそのQCを管理制御しているナビがいて、その子達がQCそのもの、QCの人格になる。だからこそ、人格量子精霊と呼ばれているの。勿論、たった一人で国単位が使うような代物を扱えるはずもないから、その補佐のために人格ナビには自らの分身を生み出す機能が備わっているわ。それによって生み出されたのが公共量子精霊。公共ナビ達ね。この子達はいわば人格ナビの子供だから、QCさえあれば即座に人格ナビになることが可能なほどだけど、通常は生まれたQCの演算領域の一部を使って生きているわ。だから、QCそのものがクラッキングを受けてしまえば、人格ナビとほぼ同時に影響を受けてしまう」
「QCティターニアの公共ナビさん達は意識を失っているんですよね?」
「ええ、QCティターニアの子達は、全員クラッキングを受けると同時に寝てしまっているわ。クラッキングに対抗するために彼ら彼女らの演算領域を使わざるを得なかったのか、クラッキングその物の影響化はわからないけど、少なくとも通常のナビの手助けは得られないわ。もっとも無事であってもこの事態をなんとかできたとは思えないけどね」
「演算能力の違いですか?」
「人格ナビより演算領域がある子ナビなんていないわ」
「それは武霊達にも言えます? 全員を足し合わせれば……」
「小型QCと国家規模のQCでは演算能力が違い過ぎるわ。今この世界にいる子達全員で挑んだとしても、その足下に及ぶことはないでしょうね。聞いた話だと、武霊のQCの大きさは小指程度の大きさらしいから」
「つまり、ハッキングではQCティターニアを助けることができないということですね」
「同じ規模のQCであれば可能かもしれないわね。でも、今QCティターニアは時間加速中よ。外部から即時干渉するにはどれくらいの加速をしているか知り、合わせなくてはいけない。でも、こちらからそれを知らせる手段がない。勿論、時間を掛ければ干渉は可能でしょう。でも、その頃にはQCティターニアのクラッキングは終了している可能性が高いでしょうね。そういう計算ができないでこんなことをしているとは思えないもの」
「もし、フェンリルのクラッキングが完了してしまった場合、どういうことが行われると思いますか?」
「そうね……QCティターニアの演算能力を利用して、更に大規模なクラッキングを行うでしょうね。別のQCをクラッキングし、そのQCを使って更に別のQCを。ネズミ算式に事態が悪化すると考えてもいいわ。もうそうなってしまえば、誰にも止められないでしょう」
「だからこそ、この世界で止めなくちゃいけないんです」
と決意を込めて言っているつもりの尊だったが、気持ちに反してその語気は強くない。
どう反論されるかわかっているから、心が言葉に乗らないのだ。
「そうね。そのためにはティターニアワールド内にフェンリルが顕現させている。ギルバートの言葉が真実なら、彼のVR体を破壊しなくてはいけないわ」
「あれは本当のことだと思いますか?」
「真偽はわからないけど、可能だとは思うわ。尊ちゃんもわかっているとは思うけど、外部からアクセスによるクラッキングはほぼ不可能だわ。それは天野式QCが初めて世に出た時に、世界中のホワイトハッカー達や第三次第四次の電子戦が証明しているわ。でも、内部からは誰も試していない。QNやVR空間はナビが管理している場所だから、そもそもそんなことを試みる者なんて皆無だからね。勿論、通常のVR空間であれば内部からであってもクラッキングなんて不可能だわ。でも、QCティターニアに関してだけは違う。通常のVR空間は、その目的ごとにQC演算領域内で隔離されているわ。だから、直接的に人格ナビに接触することはできない。でも、QCティターニアはティターニアワールドしか作っていない、そのためだけの専用機。だからこそ、そのVR空間に入り込めれば、接触はできる。そのためにVR体を利用した。と考えれば、ギルバートのVR体がクラッキングの『枝』であるというのは高い可能性だと言えるわ」
「QCに対抗できるのはQCであるのなら、どこかにある同規模のQCと同期されているってことなんでしょうか?」
「どうかしら? 少なくとも天野式QCの中に兄弟姉妹に害なそうとするのはいないでしょうから……どこに繋がっている枝なのか、流石に予測できないわね。仮に逆探知できたとしても、一時間以内に破壊できる場所にそれを置くなんて馬鹿な真似はしないでしょう。傭兵であるのなら、あらゆる可能性を推測して、それに備えているはずでしょうし、なによりギルバートの言葉が本気であるのなら世界を相手取ろうとしているのよ? そんな集団に、ほとんどがただのVRプレイヤーでしかない私達が勝てると思う?」
「それは……」
「数では圧倒しているでしょう。今のところは。そう今のところなの。フェンリルが武装精霊の大樹を使って量産している自動兵器は、日増しにその数を増やしているでしょう。しかも、私達との戦いを重ねるたびに経験を積み、その戦闘能力は高まっているわ。最初は複数相手でも一方的に破壊できていたノーフェイスでさえ、今ではこちら側に強制転送者を出すまでに強くなっている。中レベル高レベルなプレイヤーならまだ難なく倒せるでしょうけど、それも時間の問題でしょうね。いくらこっちに武霊がいて精霊魔法が使えても、精霊力には限度があるもの。しかも、向こうも紋章魔法を駆使し始めているわ。私達ギルド長が閉じ込められていたのは知っている?」
「いえ。なにかの妨害はあるだろうな。とは思ってましたけど、それを知る手段がありませんでしたから」
「妖精広場へ投稿できる情報は管理されていたみたいだからね。私達自身が使うことは勿論、周りで目撃していたプレイヤー達からの不都合な情報は広場に上がる前に削除されていたのでしょうね。まあ、とにかく、その時に私達は集まっていた会議室に閉じ込められていたの。シールドの紋章魔法を搭載したアーミービーを使ったシャッフル結界みたいなのにね」
そう言いながら、地上にて自分が遭った出来事を音声なしの動画で表示する。
ルカ主観なのか、ギルド長達が様々な武器を振るって四方八方に展開されている光の壁を破壊しようとしていた。
中には武器か疑問なものもあり、その場にいた時は余裕がなかったが故に意識していなかった尊は思わず興味を引かれてしまう。
「あらら? 武装化武器ってたまに変なのがあるのよね~。この子の優勝旗みたいなのとか、自転車・拡声器・シャベル。あの場にはいなかったけど、着ぐるみとかぬいぐるみとかバイオリンとかの楽器系とかもちらほら見たことがあるわね」
「武装化武器ってどんな基準で決まるんでしょうね?」
「武霊との契約時にパーソナルデータ群とリンクがあったでしょ? 多分、そこからある程度決められているのでしょうね。実際、RS持ちの武装化武器ってそのRSに関係したものが多いもの」
「高城さんの仕込み杖とか?」
「そうね。あとは、その人が今までプレイしてきたゲームもしくはそのプレイスタイルとかでも決められているみたいね」
「鳳凰さんの大盾とかですか?」
「らしいわ。主にプレイしていたウィッチ&ナイトで盾職をしていたって話だし」
「でも、僕はそのどちらの経験もありませんよ?」
「だからなんじゃないかしら? 基準となる情報が少ない場合は、ポピュラーな武器の中から一番妥当なのが選ばれるのでしょう」
「妥当……ですか?」
最初は全く扱えなかった黒姫黒刀のことを考えると、どうにもその言葉が当てはまっているのか疑問になる。
そんな話をしている間も動画は進み、その内なにごとかを鳳凰と話したルカが紋章魔法製造器を取り出し、猛然と作業を始めた。
目にも止まらぬ速さで異空間収納から鉱石やら木片やら鱗やら出しては製造器に入れては外しを繰り返し、回転させては中を開けて調べては閉めて回すを何度も行う。
そうやってできた紋章魔法には、穿と書かれていた。
映像に合わせて、その実物を異空間収納から取り出すルカ。
「これは紋章魔法のシールドに穴を開けるための紋章魔法よ。対守蜘蛛用にってちょっと前に構想が上がっていて、素材は揃えていたのよね。まあ、でも、試作用だったらから一つ分しかなくって、探知能力と状況対応力が高い私が尊ちゃん救出に選ばれたってわけ」
若干苦笑するルカと、なにやら揉めているらしい動画が展開され、首を横に振っているのか右に左に何度も揺れる。
「それは……すいません」
「いいのよ。結局、完全には間に合わなかったわけだし……もう少し早くついていれば……ね」
その言葉に、尊は沈黙せざるを得ない。
やがて動画は光の壁に近付き、一人分の穴が開いた部分に飛び込むところで終わる。
「とにかく、向こうは紋章魔法を使えるノウハウを手に入れているわ。状況から考えても、サービス開始からこの世界のことを調べているでしょうし、私達にばれないように紋章魔法を集め調べていたのでしょうね。まあ、彼らの目的と自動兵器達の精度・技能の向上から考えれば、自動兵器を人が操るノウハウの蓄積も含まれているでしょうから、主だったものに使われるのはノーマルの自動兵器達でしょう。でも、今回のように必要性が出てくれば、同じように使ってくる。しかも、地上には強制転送されたプレイヤー達の紋章魔法も残されているから、そこから大量の紋章魔法が向こうに渡っていると考えれば……唯一の有利であるはずの魔法でさえ、有利なものではなくなってしまうわ」
VRA画面を手で振り払って消しながら、ルカは深くため息を吐き、偽りの空を見上げる。
「私達の認識が甘かったの。いいえ、もしかしたら目を背けていたのかもしれない。辛い現実に。戦争を生業としている者達が、半ばとはいえその機能のほとんどを奪ってしまうほどまでに支配された世界で、どう足掻いても勝つなんて無理だった。だから、今起きている事件は……」
雲一つない晴天の空だが、この場二人の気分は暗い。
「初めから終わっていたのよ」
初めから終わっていた。
ルカのその言葉に、尊は否応なしにギルバートが発した言葉を思い出してしまう。
「仮想とはいえ、現実はつらぁござんしょ?」
(ここが仮想であっても、現実となんら変わりはなく、変えられないものは変えられない)
ルカによって突き付けられた現実は、立ち向かうことを決めた尊の心を確かに折った。
だが、
(でも、だからって、あきらめることなんてできない!)
折れてもなお、思いは残り、それが再びの決意を蘇らす。
(ここであきためたら、あの子の死はどうなる!? あいつの罪はどうなる!? なにより、カナタは、武霊のみんなは……考えるんだ。なにかまだ可能性が、僕達でも届くできることがあるはず。ううん。ないのなら作り出すんだ! 初めから終わっているのなら、それ自体を変えてしまえば!)
しかし、それを再び折るのは別度角度から見た同じ事実。
(でも、どうやった? どうすれば?)
答えなどあるはずもない。尊は人見知り故に知識へと逃れ同じ年代からしたら、場合によっては大人より詳しく現代の物事を知っている。
それでも、それはあくまで一般人が手に入る程度の代物だ。
更にいえば、戦いなど無縁な平和な国の子供が求め集めたもの。
ただそれだけに回答などあるはずもなかった。
「あらら? 尊ちゃん?」
だからこそ、考える。ルカの言葉が耳に入っても気付くことができないほど深く深く。
向こうが民間軍事会社である以上、その数は多くて千人。
今の時代、PMScsであろうと自動兵器化が進んでいるから、最盛期であれば万単位の傭兵が所属していたかもしれないけど、コストに見合わないことを企業であればしない。
だからこそ、退役軍人の受け皿としてPMScsは微力しか機能していないし、だからこそ次々とつぶれているって話があったはず。
そう考えれば、半分に減って五万。状況から考えればそこからさらに減っている可能性も考慮して四万以下になってもまだマンパワー的にはこちらが優っている。
でも、フェンリルはそれ以上を想定して動いている。対人戦争世界への退行を成し遂げるには、自動兵器システムを壊すだけでは不足。ナビがコントロールしないスタンドアローン機は世界各国で常備されているし、完全に自動化が完了した今でも人の戦力は一定数残されている。なにより、自動兵器を作れる環境が残っていれば、QNを乗っ取っていても短時間でそれを介しない戦力は確保できる。勿論、その能力はナビが操作するより圧倒的に劣るだろうし、ネットワークを抑えられている以上、有人の必要性は増す。でも、それだけの戦力があれば、各国にあるQCを物理的に取り戻す、あるいは破壊することも可能なはず。それを防ぐためには、支配下に置いた世界各国の自動兵器を使って同時に世界と戦い、対人であることが必要な戦争世界を維持する必要性がある。それには必ず現行の自動兵器・QNクラウドシステムが必要。
でもそれはナビが使うことが前提のシステム。だとすれば、それを可能にする手段が必要になり、ギルバートの言葉をそのまま信じるのなら、そのシステムを構築するための生贄として僕達プレイヤーは閉じ込められていて、実際にプレイヤーさん達が相手にしているのは自動兵器であり、その成長も確認できている。
ここまでは思惑通り進んでしまっているといえるけど……それは同時にまだそのシステムは未完成であるって証拠だよね?
なら、そこを突けば……いや、違う。突くんじゃない。止まらせるんだ
システムの成長を未完のまま終わらせる。
そうすれば、最悪な事態は世界がなんとかしてくれる。
僕達だけでどうにかしようとするから不可能に思えるし、可能性がないように感じるんだ。
でも、そこに現実世界が加われば?
少なくとも、システムの完成を防ぐことができれば、フェンリルの思惑だと言っている対人戦争への回帰を防ぐ可能性が見えてくる。
「だが、どうやってだ? 確かにフェンリルを倒すより止まらせることの方が簡単に思えるだろう。しかし、それをする術も倒す同様にない。下手に戦えばシステムの成長を促す結果になる。現実的な痛みや、武霊達の死がある以上、戦わないなど論外だろう?」
当然です。戦わないなど、守らないなど、ありえません。
「そら矛盾しとらん?」
極端に考えれば矛盾しています。でも、程度を変えればできないことはないと思います。
「あらら? もしかして、経験値を減らすってこと?」
ええ。戦いの密度を極限まで落とし、過程と決着を単調で同じものにすれば、システムの成長は留まるはずです。
「理屈はわかる。その通りだろう。だが、それをどう実現する? そんな都合のいい状況下でもなければ、環境でもない。仮にそれが作れたとしても、それをフェンリルが黙って見逃すなどありえないだろう。そうなれば余計に成長を促してしまう。いや、そもそも、なにをしようにもプレイヤーはバラバラの状態だ。武霊ネットが出来た以上、横の繋がりはしばらくすれば復旧するだろうが、物理的に散ってしまっている環境ではなにをするにしても自動兵器との接触は避けられない」
ええ、だから、どうにかして状況と環境を僕達に都合のいいように変える必要があります
「どうやって?」
それは――




