Scene55『エターナルソングのルカ』
誰かとの通信を終えた女性は尊の傍に来ると共に、優しく微笑んだ。
「私は『ルカ』。これでも生産系ギルド『エターナルソング』のギルド長をしているわ」
「僕は黒姫尊です。この子はカナタ」
女性の名乗りに応えながら、尊は疑問符が浮かんだ。
「生産系ギルドですか?」
魔法やナビ関連以外は徹底して現実的な武装精霊で、そんな単語が出てくるとは思ってなかったのだ。
「この武装精霊には、生産系のスキルとかゲーム的仕様はなかったはずですよね?」
「勿論ないわよ。でも、現実の技術をそのまま使えば、物を作ることは可能でしょ? なにより、私達には精霊魔法もあるし、更に言えば、この世界独自の魔法もある」
「紋章魔法ですか?」
「ええ、今いる都市ティターニアの至る所にそれが組み込まれ、動力や補強などあらゆることに使われているの。それを取り出し、あるいは参考にして新たな紋章魔法を作り出す。というのが私のギルドの主な活動ね」
「さっきもそう言っていましたよね。温泉川の横に作ったのも、ルカさんが作った紋章魔法だって」
「現物を見せるわね」
そう言って虚空からルカは茶色い小さな球体を取り出した。
握れば掌に隠れる程度の大きさのそれには、中に『念力』と日本語が書かれているのが見える。
「これは言わば念動力の紋章魔法ね。これを起動させて、念じれば十メートル以内の無機物を触れることなく動かすことができるの。ただし、リビングストーンのコアと外殻を主なベースに作っているから、岩以外はその対象にすることができない難点もあるけどね」
「リビングストーンが持っている岩を纏わせる魔法を拡張再現したって感じなのでしょうか?」
「そういうこと。で、ごめんなさい」
「はい?」
「実はこれ、あなたが持っていたリビングストーンのコアと外殻を使って作ったの」
「……はい?」
いまいち意味がわからないという感じの尊の反応に、ルカの方も困惑する。
「あらら? これはどういうことかしらカナタちゃん」
問われた尊の隣にいるカナタは、ジーと己の主を見ているだけで反応しない。
その様子にルカは苦笑するが、文句は口にしなかった。
どうやら尊が寝ている間にある程度カナタの性格を把握したようだったが、逆に主である尊の方は戸惑うことになる。自分以外とカナタがちゃんと会話した所を見たことがない上に、そもそもその機会がなかったからだ。
「武霊も、いいえ、ナビも人と同じで個性は様々だから。私の武霊なんて、私以外には姿すら見せないのよ。それどころか名前を教えるのも嫌うし……困った子よね」
嘆息するルカの言う通り、尊は彼女の武霊を目撃していなかった。
汚れた尊の服を洗濯しているらしいが、岩の影で隠れてしているのかその気配すら感じない。
カナタなら探知領域でその存在を認識しているだろうが、その程度のことをわざわざその主の前で聞くのは躊躇われる。
「えっと……」
「お互いに大変よね。とりあえず、尊ちゃんからカナタちゃんに聞いてくれる? 私からだとちょっと苦労するのよ」
「わ、わかりました」
思わぬところでカナタの個性を知ったことに困惑しつつ彼女へ顔を向ける。
「ルカさんが言っているのって、狭間の森で倒したリビングストーンのことだよね?」
「肯定します」
頷きと共にカナタは虚空から岩の塊を出し、直ぐに引っ込めた。
「前に見た時より減ってるね」
「事後報告します。マスターの精神状態を回復させるためと説明されたので、緊急事態と判断し素材を提供しました……事後確認します。よろしかったでしょうか?」
小首を傾げて見上げてくるカナタ。
無表情だが言葉に若干のためらいを感じた尊は、思わず微笑み、彼女の頭を撫でる。
「その判断は間違ってないよ。ありがとうカナタ」
「……否定します。当然のことをしたまでです」
若干の間を開けて口にされたその言葉に、尊の微笑みが強くなる。
そんな二人の様子を傍で見ていたルカは、なぜか若干うらやましそうに、
「あらら? お姉さんも頑張ったらからお礼となでなで欲しいな~」
などと言い出したのには、あきらかに年下な尊は困った顔になるしかない。
「えっと……あ! 紋章魔法ってどうやって作っているのですか?」
微笑ましい下手な誤魔化しにルカは宙に緑の蔦を生じさせ、そこからルービックキューブを取り出す。
「見ててね」
そう言って、両手で持ったルービックキューブを二つに分けた。
内部は中央が半球状にくぼんでおり、丁度紋章魔法が入りそうな大きさだった。
「で、ここも開くの」
そう言って、キューブの一面を押すと音を立てて開き、四角形の空洞を見せた。
「これは『紋章魔法製造器』。名前の通り、紋章魔法を作ることができるわ。地上で見付けた残骸から復元したもので、まだまだ完全に使い方がわかっているわけではないけど、これを使えばプレイヤーメイドの紋章魔法を自由に作れるってわけ。作り方は中央の部分にリビング系のコアを入れて、周りのキューブに魔法が込められている素材を入れて、魔術回路を抽出してコアに送り込み、組み合わせて作るって感じね。ちなみにルービックキューブと同じ構造をしているのは、魔術回路を組み合わせるのに適した形だから、って私達は考えているわ」
「じゃあ、念力の紋章魔法を作った時にこれにコアと……リビングストーンの外殻を入れたってことですか?」
「そういうこと。リビング系の魔物は、コアからその外殻までほとんどが魔法で出来ている単細胞生物と言うより単魔法生物かしら? だから、外殻になっている物質にも魔法が込まれれているし、コアそのものは純粋な魔力の固まり。そういうシンプルな構造であればあるほど紋章魔法のベースとして最適ってわけ。ちなみに、リビング系は集めている物質によって名前が変わるのは知っているわね?」
「ええ。ストーンとそこに転がっているホットウォータ―以外会ったことがないですけど」
「その二種以外にも色々いるわよ~。この地下ダンジョンで確認されただけでも、百種は下らないのじゃないかしら?」
「そ、そんなにいるんですか!?」
「なんせ、纏っている物質で名前が変わっちゃうからね。ちょっとでも違う物質が混じっていれば、分別されちゃうのよ。そもそも、同一個体と見るには内包している魔法の性質が違い過ぎるから。当然、コアもその影響があるから、紋章魔法を作る時に注意が必要なの」
「属性ですか?」
「そういうこと。リビングストーンなら岩属性。リビングホットウォーターなら温水属性って感じかしらね? それをベースに考えて魔法素材を入れないと、なんにも起こらない紋章魔法が出来上がるどころか、場合によってはコアごと爆発しちゃったりするのよね」
「と言うことは、紋章魔法で欲しい物がある場合は、どんな魔法を起こしたいかで必要になるリビング系コアが変わるわけですか」
「そういうこと」
「なんだか……乱獲されそうですよね。リビング系絶滅したりとかしません?」
「その点については大丈夫だと思うわ。狩り尽くしても、数日するとどこからともなく現れるから」
「どこからともなく?」
「VR耐性の関係で長時間いられないから、まだ調べ切れていないけど、多分、自然発生しているのじゃないかしら? どんな条件で、どんな風にかまではわからないけど、上の階の閉まっている一室にいたリビングを狩って、その数日後にその近くを通ったプレイヤーが、同じ場所に同じリビング系を目撃した。なんてことはよくあるのよ」
「守り人さん達が運んできたとかじゃなくって?」
「ガーディアン系はリビング系には興味を示さないわね。むしろ、個体によっては排除に動くわ。施設を破壊したりするから、一種の害虫扱いじゃない?」
「なんだかよくわからない魔物ですね」
「魔物って扱いにも疑問符を投げ掛けている人がいるわね。場合によっては生物ではなく、魔法法則による自然現象なんじゃないか? って」
「あれが……ですか?」
リビングストーンと戦い追っかけられたことがある尊としては、どうにも自然現象として結び付かず首を傾げてしまう。
「まだ仮説の段階だけどね」
「まだまだよくわかってないことが多いのですね」
「それはそうよ。そっち方面に興味を持っている人はプレイヤー全体からしたらかなり少ないから」
「でも、武霊さん達も魔法を使うわけですし、ある程度はわかるのでは?」
「武霊の精霊魔法はティターニアワールドの外から行う介入。情報改変って言った方がいいかしらね? 紋章魔法はこの世界に組み込まれた法則そのものの操作。だから、この世界の魔法そのものには疎いし、よくわからないのよ。まあ、それでも介入することはできるから、多くのプレイヤーにとっては精霊と紋章の違いなんてどうでもいいみたいだけどね」
「使えればなんでもいいってことですか……そういえば、上で襲い掛かってきた人から壊れた紋章魔法をいくつか手に入れたのですけど、もしかしてルカさんなら直せます?」
尊の確認に、ルカはなぜか沈黙し、困った顔になった後、優しく微笑んだ。
「あらら。尊ちゃんはもしかして……まだ戦うつもりなの?」
その問いに、間髪を入れずに尊は頷いた。
「必要なら戦うつもりでいます」
「じゃあ、必要なければ戦わないの?」
「戦うことが目的じゃありませんから……でも、それ以外の選択肢はないと思います」
「……武霊達のため?」
「はい」
「……公開されていたライブ映像を見ているから、我流羅との戦いの顛末は知っているわ。あれは、尊ちゃんの責任じゃないわ。あの男の罪よ」
「……わかって……いるつもりです」
「なら――」
尊の弱まる気配と共にルカが続けようとした言葉は、強い意志を宿し決意を浮かべた顔に遮られる。
「でも、このままじゃ、罰をあいつは受けずに……その上、正式手順じゃない強制ログアウトをしたわけですから、記憶が正しく引き継がれていない。自分がやったことを忘れたままのうのうと現実世界で生き続ける。それだけじゃない、同じことが起こることだって他に……いえ、もしかしたら既に……」
「その点に関してだけは安心して、今のところ、殺された武霊はあの子以外はいないわ」
「え!? わかるんですか?」
尊の驚きに、ルカは少しだけ迷って頷いた。
「……断末魔を上げるみたいなの」
「量子通信ですか?」
「ええ」
「カナタ……」
「肯定します。私も確認しています」
「これは『鮮血のウェディング』でも確認されていることよ」
「確か、『ナビ人権法』制定の切っ掛けになったアメリカの事件ですよね? 契約を結んでいた個人ナビと結婚しようとしたアメリカの資産家が、結婚式当日にテロリストに殺されて……」
「ええ、夫の死をQN上から目撃したナビは発狂し、それにあてられたアメリカのナビ達が次々に意識を失い。アメリカのQNが一時的に使用不可能になった。その事態を重く見たアメリカの軍事QCが止めるために初めてナビを殺害し、事態を収拾させた。後に、ナビが発狂した。いえ、正確には既にその時には彼女は死亡していたわ。衝撃的な出来事を強制的にフラッシュバックさせられたことによって自己を維持できなくなっていたそうよ。そうなってしまえば情報生命体であるナビは死んだも同然。そして、その原因は、資産家殺害と共に破壊されたナビ用のアンドロイドボディを介して注入されたウイルスであったことが判明したけど、事件の犯人が殺人の罪に問われたのは資産家殺害のみだった。法整備が整っていないことを世界に知らしめる結果になり、世間からの批判もあって世界各国が一気にナビの人権を認める法案を制定した。だから、我流羅は間違いなく罪に問われ、罰を受けるわ。殺人罪の」
「でも、それは現実世界が今まで通りだったらでしょ?」
「……そうね。でも、事態は既に尊ちゃんだけでどうにかなる域を超えているわ。いいえ、最初っから尊ちゃんの身に起きたことは、個人では持て余すものだった。ここまで無事に逃げられただけでも、奇跡と言ってもいいのじゃないかしら? だから、もういいの。あとはみんなに任せましょ? 幸い、逃げる方法ならあるから」
「……ルカさんがここまで無事に来られた理由ですか?」
「あらら? やっぱり気付いているのね」
「それはまあ、僕とでぃーきゅーえぬのせいで守蜘蛛さん達が強く警戒していたはずなのに、そこを抜けてルカさんは僕のところに来られたわけですからね。なにかがなければと思うのは普通だと思います」
「あらら? かしら?」
微笑みながらルカは再び異空間収納を開き、一枚のベールを取り出した。
ほぼ透明といってもいいほど薄く色がないそれの端には飾りのように色とりどりな紋章魔法が付けられており、直前の話と相まってウエディングドレスでかぶるものを連想させられ、尊はちょっと顔を曇らせる。
その反応に微笑みを苦笑に変えながらルカは自身の頭にふわりとそれを乗せた。
ゆったりと頭上から肩へとベールが掛かった。その瞬間、
「にゃっ!?」
ルカの姿がかき消え、尊から思わず猫が出る。
「にゃにゃ!?」
更に背後から見えないなにかに抱き着かれ、持ち上げられ、なにかに頬をすりすりさせられる。
「ル、ルカさん!」
じたばたと空中で暴れるが、なかなか離してくれず、なにか柔らかい物に顔をうずめられている感じもし出す。
「うにゃー……」
なにかを悟ったかのようにあきらめの表情になってうなだれる尊。
そんな主をずっと見てなにを思ったのか、カナタは無言のまま尊の背後に視線を移し、音が出るほどの威力で拳振るった。
「おふっ!」
ルカの声が漏れ聞こえ、
「ちゅ、躊躇なく殴るのね……」
などと言うと共に、ようやく尊が宙から降ろされる。
「ふにゃ!?」
はっとした尊は慌ててその場から飛び退くと、すすっとその間にカナタが入り、主を守るように拳を構えた。
が、
「あらら? やっぱりカナタちゃん見えてないわよね?」
構えた方向とは逆、飛び退いた尊の正面からルカの声が聞こえた。
「提案します。マスター武装化を」
「いやいや。そこまでしなくても……というか、ルカさん悪ふざけが過ぎます」
「え~こうでもしないと尊ちゃんをクンカクンカさせてくれないじゃない」
「いや、意味が分かりません」
「あらら? していいの?」
「駄目です」
「同意します。そして、排除します」
「あらら? カナタちゃん怒ってる?」
すすっと尊の隣に移動するカナタは、いつも通り無表情だが、言動からどうにも怒気を発しているように見え、尊はちょっとだけ困惑した。
「えっと……とにかく、カナタ。今のルカさんを認識できないの?」
「……肯定します」
若干間を開けての答えに、そこにカナタの悔しさを感じなくもない。
「この『神隠しのヴェール』は、光や風や、もうありとあらゆる現象に介入して、そこになにもいないように見せるステルスマジックアイテムなの」
などと言いながら、ルカが姿を現す。発動条件が頭から肩にかけてかぶるらしく、両手でベールを脱いでいる姿を見せながら説明を続ける。
「武霊の探知領域は万能じゃないわ。精霊領域が及ばない距離は当然として、通せないものもあるからね」
「通せないですか?」
「ええ。尊ちゃんは、武霊が精霊領域でどうやって色々と認識していると思う?」
「認識ですか? ん~目も鼻も口も耳も肌もない武装化状態でもできているってことは、僕達のような五感で物を捉えているわけではないんですよね? でも、ここは情報世界で、武霊はナビですから、その制限は……介入しているってことですか?」
「あらら? 正解。武霊の精霊領域は、いわば介入できている範囲ってことね。だから、別の武霊が展開している精霊領域には許可がないと探れないし、介入できないQCティターニアの守護が掛かっているものとか、物質として無い空間とかは直接的に認識できないの」
「二つはわかりますけど、物質としてない空間ですか?」
「あらら。尊ちゃんは既にそれを使っているわよ」
「え? えっと……あ、シールドの紋章魔法ですか? 確か、あれは空間湾曲を起こしているって話ですよね?」
「そうよ。あれを周囲に隙間なく展開すると、空間断絶状態になるの。武霊の介入は、マスターであるプレイヤーを起点に、QCティターニアが展開演算しているこの世界に接続することによって成り立っているわ。だから、空間が断絶されてしまうと、そこから先はどうしたって介入することができないの」
「でも、逆に介入できないこと。無いことは認識でいますよね?」
「ええ。だから、普通にシールドを展開しただけじゃ、探知領域は誤魔化せないわ。ん? なんかわからない空間があるぞ? ってね。でもね。ここで探知領域のもう一つの欠点を突くの。なんだかわかる?」
そう言われ尊はふと地下一階での出来事を思い出す。
「武霊の意識ですか?」
「あらら? 直ぐに気付いたってことは、なにか経験があるの?」
「はい。地上に出る時、ファンリルが仕掛けた警報装置にカナタが気付かなかったことがあります」
「ああ、尊ちゃん達も引っかかったの」
「他の人達も引っかかっているんですか?」
「ええ。あれに気付かない武霊って結構多いのよ。探知領域でなにを優先的に認識するかは、武霊自身が決めていることなの。だから、それ単体で脅威度が低いものは、守る意識が強い武霊は無意識に優先度を下げてしまうみたいなのよね。それ以外にも、武霊も疲れたり、気が抜けたりと、生理的な強弱と同じようなことが起きたりもするし、知識・経験なんかにも左右されるわね。あとは、武霊自身の個性とか?」
「じゃあ、そのヴェールは、魔法で脅威度を下げるようにしているってことですか?」
「そういうこと。砕いて説明すると、シールドをベースに身体を空間断絶で覆い、それによって生じる物理的現象を生じさせないようにしているって感じかしら? 勿論、動いたりすれば生じる現象は多くなるから、完全には消せないし、そもそも完全に空間を断絶するなんてできないからね。どんなことも結局はQCティターニアの演算上の出来事でしかないわけだし。でも、出来る限りそこになにかあるという証拠たる現象を少なくしてしまえば、例え目の前で消えても武霊には認識できなくなるってわけ。当然、武霊より探知能力が劣る魔物はこれを使っている間は気付くことはないわね」
「そんな便利なものがあるのなら、地下四階に直ぐに到達できたんじゃ?」
「あらら。それは無理よ。だってこれ、被った一人しか使えないし、量産したくてもなかなかた発見できない貴重な素材をふんだんに使っている上に、物凄い手間暇が掛かるから。一か月掛かってようやくこの一点が出来たって感じなのよね。しかも、制限時間が短くて、魔力消費がとてつもないから魔力回復も時間がとっても掛かっちゃうし、でぃーきゅーえぬ達があらかじめ魔物を排除していなければ、尊ちゃんの下に辿り着くのはもっと遅くなっていたと思うわ」
「ちなみにどれくらい時間が掛かるんですか?」
「魔力濃度が濃い場所に置いて一日でようやくフルチャージ。使用最大時間は約三分ね」
「……そんな貴重なのをおふざけに使ったんですか?」
「あらら? つい」
「ここが安全圏だからいいですけど、いや、よくないですけど」
「だって、尊ちゃんがあまりにもかわいーんだもの」
テヘペロとウインクと舌出しをするルカに、カナタは無感情な目を向け、尊は深いため息を吐いた。
「……うちのお母様みたいな人ですね。ルカさんは」
「あらら? それはぜひ尊ちゃんのお母様とお友達になりたいわ。紹介して」
「いい予感がしませんので、お断りします」
「あらら」
残念といった感じのルカにため息一つ吐く尊。
「とにかく、それを使っても、僕が地上に戻れても、ルカさんが戻れないじゃないですか」
「私は、強制転送がまだ生きているから、最悪は狭間の森に避難するわ。向こうの状況は、こっちより安定しているみたいだし」
「そうなんですか?」
「ええ。さっきの通信は、狭間の森にいるギルドメンバーからだったの。彼らから現状を聞いたから間違いないわ」
「妖精広場は使えないはずですよね? あ、小型QCの量子通信ですか」
「ええ、カナタちゃんの呼び掛けで武霊達だけのネットワークが出来たそうよ。勿論、QCティターニアを通してないから妖精広場のように使用禁止にさせられることも、盗聴されることもないわ。もっとも呼び掛けに応えなかった子達もいたみたいだから、全ての武霊達と繋がっているわけじゃないみたいだけどね」
少し悲しそうに微笑むルカ。
「そう……ですか……」
思い出すのは自分の目の前で応えなかった雪女の武霊。そして、想像するのはでぃーきゅーえぬ達の武霊達。
しかし、今はそのことを考えてもなにもできない。
尊は少しの間だけ忘れるために小さく首を振り別のことを口にする。
「さしずめ『武霊ネットワーク』ってところですか」
「了解しました。以降、武霊ネットワークと呼称します」
「へ?」
なんとなく口にしたことをカナタに頷かれ、困惑する尊だったが、続くルカの言葉にそれどころではなくなる。
「だから、もう無理をする必要はないの。それに……尊ちゃん。賢いあなたならわかっているのじゃない?」
「……」
なにを? とも口にすることは尊にはできなかった。
その問いに、なにを言わんとしているのか予感したからだ。
「もう私達に勝ち目がないってことに」




