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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
55/107

Scene54『辿り着いた未踏域にて』

 どこからどう見ても天然露天風呂的なところに入っている自分にさっきとは別の意味で尊は呆然としてしまう。

 「えっと……ここどこ?」

 改めて心から出た疑問に、カナタが即座に答える。

 「説明します。ここは中層エリア地下四階の環境再現部屋です」

 「環境再現部屋? ん~言葉通りに受け取るなら、捕らえた魔物を飼育するために、その個体がいた場所と同じ環境にしている部屋ってこと?」

 「肯定します。そして、補足します。部屋の規模は上の部屋の約五倍であることから考えて、この階層は小型中型のモンスターを観測・飼育する場所だと思われます」

 「都市ティターニアがかつてどんな風に使われていたか考えれば、それは自然だろうけど……ん?」

 尊はふと気付く。カナタの声がとてつもなく近い背後から聞こえてきた上に、温かさ以外に色々と妙な感覚に晒されていることに気付いたからだ。

 「なんだか服を着てないような気が……」

 「肯定します。マスターは現在裸です」

 「それはまあ、お湯に入っているんだからなんとなく予期していたけど……なんか背中に柔らかいものが――」

 そこまで口にして、尊の身体が固まった。

 なにに背中が、正確には身体全体が支えられているか気付いたからだ。

 「事後報告します。マスターが感じたストレスの低減と、VR耐性回復の促進のために入浴させています」

 主の反応のに気付いているのかいないのか、そんなこと言うカナタの声を聴きながら、尊は視線だけをゆっくり下に向ける。

 確かにお湯の中に素っ裸な自分の裸体が見える。しかし、見えたのはそれだけではなかった。

 茶褐色の、自分より細い足が股の横あたりに見える。

 「よって、マスターを安全にお湯につからせるために私も入浴して、身体を支えています」

 「身体を……ささえ――」

 どういう状況かより具体的に説明されてしまった尊は視線すら動かす余力が失われる。

 密着しているほどの距離から感じるカナタの声と、背中に感じる感覚が今の自分がどういう状況かを瞬時に想像させ、湯の影響以上に顔を赤くさせた。

 そこに、

 「あれれ? もう起きたの?」

 などとどこかで聞き覚えがある声が耳に入る。

 あまりにも予期していない自分達以外の登場に、色んな意味でいっぱいいっぱいな尊の頭に驚愕がプラスされてしまう。

 「びっくりしたわよ。あんなところで倒れていたのだもの」

 「あ、あなたは……」

 大混乱に近い頭であっても正常に働いている部分があるのか、その声の人物が誰であるか直ぐに思い出す。

 地上にて招かれた臨時ギルド同盟会議。その到着時に色々な意味でインパクトがある出会い方をしている白衣の女性プレイヤー。

 心拍数が更に上がるようなことを思い出し、それをなるべく頭から追い出すために条件反射のように顔を声の下方向に向けると、

 「ふにゃ?」

 追い出すどころか吹き飛んでしまう光景が、そこにはあった。

 鋭い眉にややたれている目が特徴的な美顔にではなく、その下。

 「は、は……」

 思わずパクパクと口が動き、現状認識をギリギリで踏み止まるためか言葉が出なくなる尊に、目の前の女性は不思議そうな顔になりながら裸を晒してお湯の中に入ってくる。しかも、

 「ここまで二人で運ぶのも苦労し……あれれ? どうしたの?」

 髪でカチューシャを作っていた髪型をおろし、丁度胸が隠れるほどになったロングヘアーが豊満な体をより妖艶に演出させるおまけ付き。

 「お、温泉ですものね」

 「ええ、そうね?」

 あまりにも刺激が強過ぎる光景に、段々頭がくらくらして当たり前のことを口走る尊に、彼女が首を傾げた。

 その瞬間、辛うじて隠れていた部分が少しだけ露わになり、

 「ふえ!」

 思わず変な声が出て、仰け反ろうとしてしまう尊。

 結果、支えているカナタにより密着することになり、視覚的情報、体感的情報、記憶的情報が一気に噴き出して……

 「ふにゃあ……」

 「報告します。マスターは気を失いました」

 「えっ!? なんで?」

 目覚めたばかりだというのに失神することになるのだった。




 「あ~なるほど……男の子だったのね。だとしたら、ちょっと私達の行動は刺激が強過ぎたのかもしれないわね」

 「疑問提起します。女の子であれば問題がないのですか?」

 「そりゃ同性なら……ん~でも、人によるかな?」

 などという会話が耳に入り、再び意識を取り戻した尊は、自分が温泉の中から引き上げられている最中なのことに気付いた。

 ついでに正面にいる女性がガッツリ自分の股間を見ながら両足を持っているのが視界に入る。

 「うにゃにゃっ!」

 「あ、暴れないで」

 咄嗟に両手で局部を隠した為、バランスを崩して足を滑らせたのか、女性が後ろに倒れてしまう。

 「うにゃにゃうぶぼ」

 握られた両足を放してくれなかったため、カナタと一緒に再び湯の中にダイブする羽目になり、思いっ切りお湯を飲んでしまう。

 「おぼぼれ、にゃう!」

 反射的にもがいてしまうと柔らかいなにかが顔面にあたり、それと共にお湯の中から引き上げられる。

 「まったくもう。君はもうちょっと冷静な子だと思っていたんだけどね? 色々と意外よお姉さん」

 などと言う声が頭の上から聞こえてきて、自分がなにに顔を埋めているかを理解した尊は、もうなにがなんだかドギマギし過ぎて硬直するしかない。

 「警告します。とりあえず、マスターを離してください。このままでは脂肪の塊で窒息してしまいます」

 「あれれ? そんなに大きくないと思うのだけど?」

 などと言いながら身体を遠ざけられた尊は刺激が強過ぎてくらくらする頭で一言。

 「は、鼻血って出ないものですね」

 「あれれ? 意外と冷静? それはそれでショックかも」

 クスクスと笑う女性に、尊は顔を赤らめ見ないように視線をお湯へと落とすことしかできなかった。




 他二人と時間差で温泉から上がった尊は、近くにある巨大な岩の影にて素っ裸のまま固まっていた。

 (さっきから固まってばかりだよね……)

 自分の反応に自嘲しながら、それでも動けないのはどうしようもない。

 今は一人で、彼の近くにはカナタもいない。ただ、手元にある服に向けて視線を注いだまま困ったような顔になっている。

 「ごめんなさいね。私の服の予備、それしかないの」

 そう謝る女性の声が岩を挟んで聞こえてくる。

 「えっと、僕の服は?」

 「あれは洗濯中」

 「そ、そうですか……」

 尊の着ていた服は、我流羅との最後の戦いでボロボロになってしまっていた。

 ダメージ個所から着られないことはないのだろうが、血を吸ったものは流石にそのままというわけにはいかない。

 だからこそ、女性の気遣いはありがたいのだが……

 なんとなく目の前に持ち上げて広げてみる。

 どう見ても、白いシンプルなワンピースにしか見えない。

 尊は可愛いものも好きな性質だが、服装に関しては男っぽいものを好む。

 が、流石に裸でうろうろする趣味はないので、背に腹は代えられない。

 (これしかないんだよね……)

 ため息一つ吐き、ワンピースに着替えた。

 下着も洗濯中のようなので、股下がやたらとスース―、身体の小ささからブカブカするのを感じながら、尊は岩陰から出た。

 既に黒いワンピースに白衣な姿に着替えた女性がその姿を見ると、ちょっと意外そうな顔になる。

 「あれれ? てっきりもうちょっと躊躇うか恥ずかしがるかと思ったのだけど、思いのほか平然としているわね?」

 その疑問に尊は首を傾げる。

 「確かに男の僕が着るのは変ですけど、お母様がよく着させるので着慣れてはいるんです」

 「あれれ? それはまた予想外だわ」

 再び尊を首傾げさせる言葉を口にした女性は苦笑する。

 若干だぶだぶなワンピース姿の尊は、まごうことなき美少女。

 湯上りで火照った顔が更に魅力を上げているのか、女性は思わずといった感じで尊には聞こえない声でつぶやく。

 「ある意味親の教育が行き届いているって言えるのかしら?」




 尊が目を覚ました場所は不思議な場所だった。

 カナタが映し出すVRA地図上ではこの場所は、地下四階の一室なのだが、どこからどう見ても閉鎖空間に見えない光景が周りに広がっている。

 ゴロゴロと置かれている大小様々な大岩。その間を湯気が立ち上る水が流れている。

 要するに温泉の川。

 それが横を見ても後ろを見ても永遠と続いているのだ。

 上の階で見たような壁はない。勿論、天井もなく、代わりにあるのは雲一つない真っ青な空。

 (カナタがいなければ、きっとここを外だって誤認していただろうね)

 そう思いながら、VRA地図上では壁となっている視覚上はなにもない目の前の空間にそっと手を伸ばしてみる。

 空中を進む手が途中でピタリと止まる。上に階で経験した柔らかい感覚と共に。

 (上の壁と同じ……環境再現部屋か……)

 などと心の中でつぶやきつつ、首を回して背後を見る。

 そこには尊とカナタを助けてくれた女性が少し離れた岩の上に腰かけて通話中。

 互いに名乗り合おうとしたタイミングでどこからか緊急の連絡が来たため、彼女の名前すら知らない状態なのだが、とりあえず自分を助けてくれたのは間違いないので、味方として認識している。のだが、そんな彼女は、通話と同時にVRA画面を複数展開して何事かを猛然と確認し始めてしまったので、色々と聞きたくてもどうすることもできなくなった。そんなに時間はかからないだろうが、手持無沙汰になった尊は、なんとなしに閉鎖空間であると実感したくなり、壁側まで来たのだった。

 (群れで行動するようなペンギンを飼育するために、檻の中に鏡を設置したとかそういう話を聞いたことがあるから、ただ単純に白い壁よりこういう仕組みの部屋の方が魔物をストレスなく過ごさせられるってことなのかな? と言っても、この部屋の魔物にはあんまり関係ない気がするけど)

 ふにふにと触ってすら映像にブレが出ないことに十分な驚いた後、今度は身体ごと振り返って部屋の中央を見てみる。

 視線の先、湯気を出しながら流れる三・四メートルぐらいの小川の中に、ふよふよと転がっている透明な魔物がいた。

 真ん中にある虹色に輝く球体のコアに、その周りに魔法でも働いているのか一メートルぐらいのお湯の球を纏わり付かせている個体。

 (どう見てもリビング系だよね?)

 纏っているのが岩と湯の違いはあるが、ふよふよと川の中を転がっている姿は、狭間の森で戦ったリビングストーンと全く同じだった。

 カナタが気を利かせたのか視覚内に、『リビングホットウォーター』と表示される。

 「わかり易いけど、単純な名前だよね? というか、わざわざホットって分けているってことは普通のウォーターもいるのかな?」

 「肯定します」

 「あ、やっぱりいるんだ……とりあえず襲ってこないからいいけどさ」

 正直な感想を尊が口にすると、傍で控えていたカナタがなにを思ったか説明し始める。

 「説明します。この個体は、高温の水のみを纏わせ集める習性があります。そのため温水より低い温度のマスターには興味を示さないようです」

 「なるほど……こうしてみるとマリモみたいで可愛い……かな?」

 球状集合体を作る淡水性の緑藻を思い出しながら、小川を下流から上流へ、上流から下流へ自由気ままに転がっているリビングホットウォーター達を見る。

 川辺に掘ってでもして作ったのか、円形の先程まで尊が入っていた人工池には目もくれない様子を見るにどうやらそちらの方がかなりの高温であるようだった。

 そのことに気付き、尊はふと思う。

 「あの温泉池ってあの人が作ったの?」

 どう考えてもこの部屋には必要なさそうな場所であるため、最近作られたものだろうと推測した質問に、カナタは頷く。

 「肯定します。彼女の紋章魔法によって構築されました」

 「紋章魔法? 精霊魔法じゃなくて? と言うか、穴を掘る用とかあるんだ? まあ、明かりとか捕縛とか色々とあるみたいだから、そういうのもあるんだろうけど……ちょっと都合が良過ぎるような?」

 たまたま避難した部屋で、たまたま穴を掘るような紋章魔法を、掘れるような場所がないダンジョンに潜っていた人が持っていた。

 (そんな偶然あるのかな?)

 他人に追い詰められ疑心暗疑が芽生え始めている尊だったが、基本的に優しい子である彼にはこの程度が限度だった。

 なにより、

 「三人がゆったり入る程度の穴を掘る程度の紋章魔法なら、そんなに素材もいらずに作れるのよ」

 答えは直ぐに女性からもたらされたからだ。

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