Scene51『強さの違い』
ゲームと思うことで、例えリアルと同じ仮想空間であろうと、人は普段ではできないことを躊躇なくできる。
例えば、犯罪。
そういうことができる前提のゲームであれば、人は若干の背徳感をスパイスにそれを楽しめてしまう。
例えば、殺人。
現実的な殺しはタブーとなっている昨今でも、ゲームによってはプレイヤーキルが許させているゲームがある。
リアルでは聖人君子な人で、虫も殺さないような性格でも、ゲームでは羽目を外すのは、ある意味、遊びとしては正しいものかもしれない。
別方面からこのことを考えると、人の性格は環境に左右される一つの証明といえるだろう。
つまり、人として正しい反応だといえるのだ。
だが、それが現実にまで影響を及ぼしてしまった場合、どうなるのだろうか?
ゲームの行為は、その多くは現実ではそのままできない。
魔法などあるはずもなく、国によって違いはあるが武器兵器が一般社会で売られているはずもない。誰も彼もがプロの動きをできるはずもない。そもそも人に対して殺傷するという行為は、それだけで人を忌避させる本能的なものなのだ。
だからこそ、かつての人主体だった軍隊は、苛烈な訓練を行いその枷を解き、傷付けられる人間を作り出していた。
ある意味、人を傷付けられるVRゲームというのは、その訓練をソフトにしたようなものかもしれない。
例え仮想であろうと、人な慣れる生物である以上、現実と同じ空間であっても躊躇は覚えなくなる。
それが、仮想の力を利用しながら現実の強さを手に入れた尊と、現実の力を手に入れながら仮想の強さを手に入れた我流羅との大きな違いに繋がった。
(熱い!)
と銃撃が肩をかすめた瞬間、尊は最初にそう感じた。しかし次の瞬間には、激痛に襲われる。
「い、いたあぃいいいいいいっ!」
堪え切れず悲鳴が口からこぼれるほどの痛み。
最低限の精霊領域を自分の周りに張らせ、威力を減衰させ、無効化ではなく逸らす性質に変更させていた。
多少攻撃がかすっても平気だろう。
という甘い考えが尊の中にあったのだ。銃撃など現実で尊が経験したことなどなく、それに関する知識は漫画やアニメ、ゲームなどのフィクションの世界でのみであり、その世界では主人公達は平然と銃弾をギリギリで避け、そのまま戦い続ける。
実際にノーフェイス戦でそれに近いことをやっていたこともその認識に拍車を掛けた。
だが、現実で銃弾をかすめれば一体どうなるだろうか?
答えは今の尊だ。
撃ち出された二発の弾丸は、尊の胸に向けて発射されていたが、尊を僅かに後方に吹き飛ばしつつ途中でその軌道は変え、右左の腕をかすめた。銃口に刻まれているライフリングにより回転エネルギーが加わった物体が音速で触れれば、例え一瞬でも着ている白いシャツは破れ、接触した皮膚を巻き込み、瞬間的に引っ張られる。その急激な変動に人の身体が付いていけるはずもなく、皮膚は傷付き、破壊され、赤い線を描くかのように銃創を形成してしまう。
生じた熱量にまず熱さを感じ、その後に破壊された部位が痛みを訴えれば、こけてかすり傷程度しか経験したことがない尊が耐えられるはずもなかった。
更にダメ押しのように、衝撃波が腕を襲い、腕を痺れさせる。
黒姫黒刀改を持ち上げる力を失い、だらりと床に剣先を付ける以上のことができなくなってしまう。
「はっ! ちょぉ面白れぇ!」
尊が絶叫して一瞬で無力化されたことに、更に畳みかけようと連続でトリガーを引こうとする。
だが、その瞬間、だらりとした尊の腕が跳ね上がった。
峰打ちによる打撃が、我流羅の両腕を跳ね上げる。
「チッ。いてぇじゃねぇかっ!」
天井を撃つはめになった我流羅は顔を顰め、尊を睨み付ける。
(ヒッ! も、もう嫌だ!)
人生の中で一度も体験したことがないレベルの痛みに、尊の心は折れてしまう。最早恥も外聞もなく涙がこぼれだし、力が抜けてしまった身体がその場にへたり込もうとしてしまう。
だが、その脱力は途中で止まり、不自然な形で固定される。
「あぁ?」
まるでなにかに強引に支えられているかのような妙な姿勢に、思わず我流羅が眉を顰めると、更におかしな動きが始まる。
脱力した状態のまま、上半身を全く動かさず、足だけで動いて後ろ走りし始めたのだ。
「チッ! 武霊かぁ!」
慌てて照準を尊に合わせて二丁拳銃を放つが、今度はかすめることなく壁や床を砕くだけ。
そもそも、素人が動作補正もなしに動く標的に当てるなどということをできるはずもないのだ。発射の反動を片手で抑えるにはそれなりの筋力と技術が必要になり、そこから点である一撃を目標に叩き込むなど片手で、しかも二丁同時になど扱えるはずもない。
避けることなく後ろへと逃げ続ける尊だが、彼自身は目をつぶって泣き続けており、その意思はない。それは当然、これはカナタが精霊領域の性質を変化させ、外から操っているからだ。
「マスター。マスター!」
少しだけ語気が強められた呼び掛けに、尊がビクッとする。
「カ、カナタ?」
今まで聞いた覚えがないカナタの声に、驚く尊は、自分の身体が勝手に動いていることに激しく戸惑う。
「確認します。大丈夫ですか?」
いつもの無感情なトーンに戻ったカナタの声に、ちょっと戸惑いながら頷く。が、
「ご、ごめん。身体が……」
一度脱力した身体機能が直ぐに戻るはずもなく、上手く力が入らないことを自覚する。
「問題ありません。このまま賭けに出ます」
事も無げに宣言するカナタは、虚空から白い鞘を出し、黒姫黒刀改を納刀させると、人形のような動きで尊を反転させる。
ほぼ同時に前方の十字路からでぃーきゅーえぬのプレイヤー達が姿を現し、その手に持つ思い思いの銃火器を尊に向けてきた。
十数以上の銃口に、直前の痛みを思い出して顔を引きつらせる。しかし、カナタは躊躇わずに前へと進ませ、倒れるギリギリまで前に身体を倒して駆けさせる。
まさか接近してくると思わなかったのか、驚いたプレイヤー達は、やたらめったら銃火器を撃ち出す。が、狙いを定めるより早くその隣を通り抜けてしまったため、銃弾はかすりもしない。しかも、それで混乱したのか、尊を追って銃口を後ろに向け、味方を撃ってしまってもいた。
精霊領域によってダメージはないが、それでも揉めだすプレイヤーがいたり、あわあわするプレイヤーや、追撃しようとするプレイヤーがいたりと、絵に描いたような大混乱に陥る。
「邪魔だぁあ!」
ごちゃごちゃになっているプレイヤー達によって我流羅が阻まれた時、そこにさらに混乱に拍車を掛ける事態が起きる。
尊達が進む奥の方から唐突に強烈な閃光と爆音が響き、プレイヤー達が吹き飛ばされたのだ。
唐突に起きた衝撃によりでぃーきゅーえぬのプレイヤー達は通路の天井や壁に叩き付けられた。
精霊領域によりダメージはないため、直ぐに立ち上がるが、真正面にいた者達はなにかに直撃したためか一気に精霊力を失い、強制転送されてしまう。
上手く仲間を盾替わりにし、精霊領域を再展開して無事だった我流羅は、衝撃を放った原因を見て舌打ちする。
床に転がるそれは、人の頭ぐらいありそうな少し白みがかった半透明な球体だった。
その中には幾何学的な文字のようなものが書かれており、衝撃波は紋章魔法によって創り出されたことを示している。
「守蜘蛛かぁ。そういやぁ、出る階だったな……」
我流羅がつぶやきと共に正面に視線を向けると、天井を凄まじい勢いで迫ってくる白く巨大な蜘蛛がいた。
ガーディアン系と名付けられた現実の自動兵器を元にした魔物には、現実にある数だけ種類があると考えられている。
故に、フェンリルが使っている自動兵器と同じタイプのガーディアン系も存在していた。
それが、蜘蛛型BMR多脚自動戦車・土蜘蛛を基にしたと思われる『守蜘蛛』だ。
一見すると蜘蛛のような姿をしているが、その大きさは人間の五倍以上の大きさであり、白々とした色を持つ頭胸部に機銃二門・腹部に砲台一門など兵器が搭載されている姿は、土蜘蛛と色以外は変わらないように見える。
だが、土蜘蛛がある程度の強さを持つ武霊プレイヤーであれば簡単に撃退可能なのに対して、こっちはそうはいかなかった。
何故なら、その全身に紋章魔法を搭載しており、土蜘蛛なら通る精霊魔法もほぼ効かず、更に砲台から様々な属性に対応した紋章魔法弾を撃ってくるものだから、徒党を組んだプレイヤーでも近付くことすらままならずにまとめて強制転送なんてことはよくあることだった。
しかも厄介なことに、彼らは地下三階から地下四階に繋がる階段の周りに配置されているらしく、下に行くためには必ず相対しなくてはいけない存在なのだ。
ティターニア城で手に入れた簡易地図によると、地下四階以降は地下一階から三階とは構造が大きく変わるらしく、探索を主なプレイスタイルとしているプレイヤーや戦闘を主としているプレイヤー達の当面の敵として、エリアガーディアンなんて別称を付けられていたりもする。
そんなエリアガーディアンに、カナタに操られた尊は真っ直ぐ突っ込んでいた。
尊の動きに気付いた我流羅は眉を顰める。
(守蜘蛛をしらねってわけじゃねぇよなぁ?)
普通に考えれば守蜘蛛に単体で突っ込むなど自殺行為に等しい。今のところ誰も勝てない相手なのだ。そのことは少し調べれば簡単にわかること。それなのに突撃している。
行先は、その向こうにある地下四階に繋がる階段だろう。
だが、守蜘蛛に攻撃されてしまえば、それで終わりだ。
それがわからない尊ではないと思っている我流羅は、気付く。
尊が納刀していることにだ。
そして、こっちは全員銃火器を持ち、しかも、中には義務感でもあるかのように尊の背中に銃口を向けている者達すらいる。
「そういうことかよぉ!」
尊の意図に気付いた我流羅は、持っていた二丁拳銃を虚空へとしまう。
しかし、その行動の真意を直ぐに理解できるものはこの場にはいなかった。
キョトンとしている近くのプレイヤーが、唐突に吹き飛ぶ。
それと共に始まったのは、強烈な途切れることなく続く銃声。
守蜘蛛がその動きを止め、頭胸部に付いた機銃二門を撃ち出しているのだ。
狙いは、武器を持った者達。
ガーディアン系には攻撃対象に優先順位が設けられており、自分に対して攻撃してくる対象を真っ先に制圧しようと動く。
その為、銃口を尊の方に向けてしまえば、それが攻撃の意思ありと判断され、例え近くに別の個体がいてもそちらより先に銃を持つプレイヤーを倒そうとする傾向があった。
勿論、ガーディアン系の主な行動原理は警備だ。それが故に、守っている場所に侵入しようとしている者がいれば、そちらの方にも反応するだろう。
でぃーきゅーえぬ側がなにもしなければ。
なにかが弾ける音と共に、守蜘蛛の正面に光の壁が現れ、四方の壁や床に小さな穴が無数に空く。
機関銃による銃撃に、元から混乱していたプレイヤー達は更に混乱し、思わず引き金を引いてしまう。あるいは、銃撃を受けた衝撃で、引き金を引いてしまった者もいただろう。
もっとも、どちらであろうと、撃ち出された弾丸が常時展開する守蜘蛛の防御魔法に当たってしまった事実は変わらない。
そして、尊は手ぶらで武器をしまっており、通り抜けようとしてはいてもただ一人。でぃーきゅーえぬは集団で、銃火器持ちな上に攻撃してきた。
どちらの脅威度が高く見えるか、考えなくてもわかることだった。
「クソの役にも立たねぇ!」
悪態を吐く我流羅は、早々に馬鹿どもを見捨て、前へと走り出す。
残されたでぃーきゅーえぬのメンバーは、ただでさえ統率が取れていないのに、そこからリーダーがいなくなれば、蜘蛛の子のように逃げ出す以外できようがない。
四方八方に逃げ出す彼らを、蜘蛛を模した守蜘蛛が追い出す少々皮肉的な光景の中、我流羅だけが尊の後を追う。
「逃がすと思ってんのかくそがきがぁ!」
守蜘蛛がでぃーきゅーえぬに気を取られている内に、尊を操るカナタはその身体を階段のところまで運ぶことに成功していた。
八本の通路が繋がっている巨大なドーム状の空間。その中央に守蜘蛛でも余裕で通れる大きな階段が存在している。
「宣言します。今から地下四階に侵入します」
カナタのその言葉と共に、尊達が入ってきた通路とは違う通路から、先程とは別の白い蜘蛛が姿を現す。
守蜘蛛が厄介な所は、単体でもプレイヤーを圧倒する上に、常に集団で行動していることだ。連携して挟み撃ちは定石であり、更に近隣の同機体同士で情報交換でもしているのか、対応力も高く、同じ手は大体二度と通じない。
それはつまり、尊が今回したような囮が、このエリアを守っている守蜘蛛達には通じなくなることを意味している。
「カ、カナタ!」
「少し慌てます」
転がるように階段を駆け出そうとしたその時、
「逃がすと思ってんのかくそがきがぁ!」
我流羅が現れ、氷の足場を作って一気に尊へと接近してくる。
互いに武器は出していない。だが、新たに現れた守蜘蛛は他の個体と連携しているとはいえ、初めて目撃したのは尊達のみ。
結果として腹部の砲台は尊達へと向けられる。
二人が同時に危機を認識した時、砲弾は容赦なく放たれた。
だが、故意なのか偶然なのか、着弾した場所は我流羅が通り過ぎた床。
その瞬間、二人の視界は爆発に染まった。




