Scene50『マンハント』
ギルバートと我流羅の取引は、いつもの強制VRA画面により全プレイヤーに一方的に流されていた。
だからこそ、鳳凰は即座に動いていたのだが……
「急いで救出に向かうぞ!」
鳳凰の命令に応じ、次々と後に続こうとするプレイヤー達だったが、その直後に強烈な地響きが起きる。
「なんだ!?」
驚く鳳凰に、背後で半透明な姿で浮いている炎のライオンは告げる。
「地下にて同時多発的に爆発を確認いたしました」
「爆発だと!?」
そして、ギルバートの侵入経路を潰した発言。
「入り口はどうなっている!?」
「探知できる範囲では、侵入経路は今の爆発で全て崩落しているようでございます」
「くっ! 次から次と! 物質転換系のプレイヤーを集めろ! 精霊魔法で強引に道を開く!」
命令を飛ばし今度こそ行こうとする鳳凰だったが、その前に仕込み杖が差し出され止められる。
「ちょいまち。そう簡単にはいかせてもらえへんみたいやよ」
八重の言葉通り、周囲からなにかが近付いてくる音が聞こえ出す。
「今度はなんだ?」
軽い足音のようなのだが、四方八方から無数に発せられているようで、プレイヤー達に不気味さを与えていた。
「確認いたしました。アーミーアントのようでございます」
「今度は蟻の自動兵器か……」
リチャードの報告と共に、鳳凰達の前にそれが姿を現す。
名の通り蟻を模した姿をしている黒い陸戦自動兵器は、色からすれば本物のように見えなくもない。しかし、それは赤子ほどの大きさで、道を、ビル壁面を、全て覆い尽かさなければだ。
「こんだけの数。いったいどこに隠しとったんやろな?」
呑気にそんなことを言う八重に鳳凰がなにかを言ったが、その言葉は届くことはなかった。
何故ならアーミーアント達の腹部を一斉にプレイヤー達に向け、備え付けられた重火器を撃ち出したからだ。
地下爆発という暴挙を知らせるギルバートに、流石の我流羅も目を丸くする。
そして、少し間を開けて爆笑し始めた。
「くっ、くっははっははは! マジかよぉ。ちょぉおもしれぇじゃん! いいぜぇ いいぜぇ、その取引に応じてやんよぉ」
「そりゃようござんした。リスタートスフィアは持ってござんすね」
「ああぁ、持ってるよぉ」
虚空から棘の突いた透明な球体を取り出した我流羅は、無造作に投げ、床に突き刺した。
その瞬間、球体部分に魔法陣のようなものが発生し、ぐるぐると中で回り出す。
「ようござんす。それでは転送するとしやしょう」
ギルバートがにやりと笑うと同時に、リスタートスフィアと呼ばれた物を中心に、次々とでぃーきゅーえぬメンバーが転送され始める。
「とりあえず、精霊力が切れているプレイヤーの方々は、あんさんらの本拠地に転送してございやす。勿論、自動兵器の護衛付きでござんすよ」
「はっ、なにからなにまでサービス満点じゃんよぉ」
「これぐらいは当然でござんしょう。それでは朗報を期待しているでござんす」
要件は終わったとばかりに、ギルバートは通信を切り、工作員少女はため息を吐く。
「これがとりあえずの武器ですわ」
彼女の言葉が終わると共に、我流羅達の背後にノーフェイスが現れ、その手に持つ自動拳銃・ショットガン・マシンガン・スナイパーライフルなどなど、様々な銃火器をその場に置いて去って行った。
「はっはぁ! すげぇすげぇ。他のVRゲームで使ったことはあんがぁ、流石は傭兵が使う奴だなぁ。質感が全然ちげぇ」
などと言いながら、無邪気に拳銃を拾う我流羅。それに倣うように戸惑っていたでぃーきゅーえぬのメンバー達も思い思いの銃火器を拾う。
「では、ご活躍をお祈りしていますわ」
どちらに対してなのか、気楽にそう言って工作少女はその場から立ち去った。
その瞬間、尊は振り返り、壁を切り裂く。
「はっ! 逃げろ逃げろぉ!」
明らかな隙であるのに、なにもせずにニヤニヤと笑いながら手に入れた銃を弄り回す我流羅。
「そうじゃなけりゃぁマンハントなんてつまんねぇもんよぉ!」
その声を聞きながら、尊はできた穴から隣の部屋へと飛び込み、隣の通路へ脱出した。
白い通路の中を激走する尊は、ギリっと音がなるほど奥歯を噛み締める。
(報告します。プレイヤーの中に潜んでいた工作員は全て特定され、撤退を確認。また武霊を通じてマスターの疑惑は全プレイヤーから晴らされたはずです)
(疑惑なんて元々薄氷だったんだ。最初っから信じていなかった人もいただろうし、確信なんてしていた人なんかもっといなかったはずだよ。でも、工作員を特定する手段がなかったから、疑惑はどうしたって残っていた。それをなんとかしてもらうことで、プレイヤー同士が疑心暗鬼になるのを防いで、傷付け合う前例を作らないようにしようとしていたのに……全部上手くいったのに! 僕が思った以上に上手くいったのに! 直ぐに目的を切り替えるなんて! 僕達程度がどんなにあがいてもフェンリルの誤差を越えられないっていうの?)
武霊達が自分の呼び掛けに応え、更に願った以上に動き出してくれたことに尊は感動を覚えていた。
それだけにその結果がなんともないかのようにあっさり次の行動に移る。
まるでこうなることを予測したかのように爆発物を設置していたというおまけ付きだ。
(これだけ準備していたのなら、きっと地上ではそれだけで済んでいるはずがないよね?)
(肯定します。アーミーアントとの戦闘に入っているようです)
(やっぱり! どれだけ……)
怒りや悔しさが渦巻き、悲しさと空しさが芽生えようとするのを噛み砕くように顎に力を入れて防ぐ。
まだ、終わってないからだ。それどころか新たに始まってしまったといえる。
(カナタ! 地上の情報を知れているってことは、武霊さん達とまだ繋がっているんだよね?)
(肯定します)
(じゃあ、銃火器の弾道軌道データを持ってないか聞いて。できれば動作補正が掛かってないVRゲームのを)
(確認しました。他VRゲームのデータですが、保有している武霊を確認)
(情報提供を要請して、人が使った場合の予測に利用して)
(理解しました。得られた情報を反映します)
(あの人達のギルドホールは地上?)
(確認します。地上です)
(なら、現れた人を倒せば、とりあえずは直ぐに駆け付けられなくなる。かな?)
(否定します。リスタートスフィアを利用されれば、精霊力が回復次第、直ぐにこの階層に現れるでしょう)
(だよね……というか、リスタートスフィアってどんなもの?)
(説明します。本来ならプレイヤー一人一人に狭間の森クリア後に端末妖精達から付与されるアイテムです。二つ一組の棘の突いた小さな球体で、片方を刺した場所をホームとし、もう一つを刺した場所といつでも相互転送が可能となります。また、許可さえ出せば、他のプレイヤーのリスタートスフィアを利用することも可能です)
(任意で刺さないと発動しないの?)
(否定します。通常時は異空間収納から落ち、その場に突き刺さる仕様になっています)
(そっかあの仕組みって、リスタートスフィアのためでもあるんだね。ちなみにリスタートスフィアの破壊は可能?)
(断言します。不可能です。QCティターニアの庇護下にある物体は、この世界の法則外であるため、例え同様の力である武霊でも、破壊は不可能です)
(演算能力が違うから?)
(肯定します)
(じゃあ、やっぱり倒すのは一時しのぎでしかないんだよね……残りの精霊力は?)
尊の問いに、カナタは視界の中にゲージを表示する。
(まだ青だけど、半分を切っているね……)
尊がなにかに迷いを見せ、少しだけVRA地図を確認した時、銃声が轟いた。
ほぼ同時に、壁の一部が弾ける。
「っち! 動作補正がねぇと当たらねぇなぁ」
そんな我流羅の声と共に、銃撃音が連続して響く。一瞬ビクッとなるが、攻撃軌道線が現れていないので余裕をもって通路を曲がり、射線から逃れられる。
(ノーフェイスと違って命中率が低い。でも、プレイヤーには精霊領域があるし、集団で弾丸をバラまかれたらひとたまりもない……駄目だ! このまま普通に逃げていたらいずれは……)
VRA地図には、敵対プレイヤーを表す赤い光点と、紫の光点が追加され、それには矢印と共にノーフェイスと書かれていた。
ノーフェイス達は、でぃーきゅーえぬのメンバーに近付いては直ぐに離れるを繰り返しており、どう考えても武器を提供し回っているようだった。
そこから連想されるのは、四方八方から銃撃され、ハチの巣にされる自分とカナタの姿。
ぞっとした尊はそれを振り払うために頭を振るう。
(武器があの人達に渡り切る前になんとかしないと!)
焦りと共に、思考がぐるぐると回るが、答えが出ない。いや、答えは既にあるにはあるのだが……
(提案します。賭けに出る時では?)
(で、でも、もし失敗したら……)
(断定します。失敗はさせません)
カナタのその言葉に、尊は少し戸惑うが、直ぐに微笑んで頷く。
(賭けに出るよカナタ!)
(了解しました。最適ルートを表示します)
展開されたVRA地図通りに動きながら、やたらめったら撃たれる銃撃を避けるために、十字路を右へ左へとわざと曲がって駆け続ける。
ほどなくして、
「報告します。目的地に到達しました」
カナタの言葉に、尊はピタリとその場に足を止めた。
そして、振り返り、刀を構える。
僅かな静寂。
逃げ回っていた尊が唐突に止まったことに警戒と戸惑いを覚えたのだろう。
だが、そんな反応をしない人物もいた。
短槍から二丁拳銃に持ち替えた我流羅だ。
ニヤニヤと笑いながら悠然と十字路から姿を現し、尊へと近付いてくる。
他のでぃーきゅーえぬのメンバーは視認できない。だが、VRA地図上では赤い光点が回り道をしようとしていた。
(他にいない?)
(肯定します。反応はありません)
何故か、我流羅の後方には誰も控えていない。
まるで自分がやられないことに確信を持っているかのような配置に、尊は嫌な予感を覚えた。
「ほらほら、どうしたぁ。来い来いぃ。ほら、来い来いぃ」
拳銃をひらひらとこちらに向けて挑発する我流羅。
(こんな安い挑発にわざわざ乗る必要性はないけど、でも、ここはあえて動かなくちゃいけない!)
湧き上がる予感を抑え込み、尊は前へと駆け、黒姫黒刀改を振り上げる。
対する我流羅は二丁拳銃を尊に向けて構え待ち受けるが、一向に撃たない。それどころか、刀の間合いに入った瞬間、何故か両手を広げた。
まるで斬ってくださいと言わんばかりのその様子に、ピタリと振り下ろした刀を止める尊。
そして、顔を青くして問う。
「まさか、精霊領域を切ってる!?」
「ご名答ぉ! ぎゃはははっ! 優しい優しいクソガキなら、例え他人だろうと痛い目に遭わせたくねぇよなぁ?」
VR体は仮想の身体だ。だが、傷付けはその痛みは本物の同じように感じる。
ログアウト不能な今の状況なら、寝ることができればVR体リセットにより怪我は直ぐに治るだろうが、それは意識を失うことができればの話だ。
激痛の走る中、意図的に眠る、もしくは意識を失うことができるのか、経験したことがない尊にはわからない。
だからこそ、連戦のために精霊領域を抑えていた尊でさえ、完全にカットするなどということはしなかった。
「痛みは本物なんですよ!? 死ぬような傷を受ければ!」
「かもなぁ。だがぁ、それはねぇ」
信じられないものを見るかのような尊に、ニマニマと笑みを浮かべて二丁拳銃を向ける我流羅。
「てめぇに人を傷付けるほどの度胸はねぇからなぁ。ちなみにぃ、俺はあるぅ」
そして、あっさりとトリガーは引かれ、二つの銃口から銃弾は吐き出された。




