Scene47『VS我流羅』
肩に短槍を担ぎなら悠然と近付いてくる我流羅。
「いよぉ元凶ぉ! 元気にしってかぁ?」
小馬鹿にしたような問い掛けに、尊は言葉では応えず、代わりのように鞘から黒い刃を抜く。
「へっいいねぇ。問答無用ってかぁ。流石プロだぁ」
ほぼ崩れ掛けている役割を未だに口にしながら、我流羅は短槍を適当に構える。
二人の距離はまだ互いの武器が届く範囲ではなく、肉眼では小指ほどにしか見えない。
だが、トップ武霊プレイヤーにとってすれば、その程度、あってないようなものだ。
「アイススケート」
我流羅がつぶやき一歩を踏み出すと、その足から冷気が吹き出し、床を凍らせながら滑らせ始める。
凍結は前進すると共に前へと瞬く間に広がり、尊の下へと侵食し始め足ごと凍らせようとするが、無音で展開されたシールドによって阻まれた。
元々攻撃用ではないため気にもせずに突撃を続ける我流羅。
その滑りは彼自身は適当な足運びとバランス取りであるためかふらふらと安定しておらず、普通なら直ぐにでも転んでしまうだろう。
だが、転びそうになるたびに精霊領域の性質を変化させて外側から我流羅の身体が固定されるため、強引に高速移動がなされていた。
まさに尊が使うことを諦めたRSに頼らない高速移動魔法の使用方法だった。
それだけでも互いの戦闘スタイルが違うことを如実にさせ、続く戦いでもそれは現れ続ける。
氷の道によって一気に詰められる間合い。
「はっはー!」
微動だにしない尊に我流羅の高速突きが放たれる。
我流羅が持つ必殺の一撃の一つであり、守り人であればこれで活動を停止するほどの威力。
だが、尊は貫かれることはなかった。
激突する刹那。正眼に構えた黒い刃を僅かに動かすだけで短槍の青い刃に合わせ、その接点を起点に回転したのだ。
通り抜けた我流羅は舌打ちをして、精霊領域を使って慣性を殺し急停止。
振り返った時には尊は既に我流羅に向けてカナタを構えていた。
「つぇじゃねぇのぉ。それでこそ殺しがい甲斐があるってもんよぉお!」
叫びながら、短槍を突き出し、二度目の突撃。
摩擦係数を限りなくゼロ近くまでにして滑るその一撃を、尊は再び刃先を起点に回転した。
が、今度は通り過ぎるだけで終わらない。僅かに尊から離れた瞬間、床から氷の板が伸び、天井に繋がってループを作り出す。
「はっはー!」
テンションを上げながら歪曲した道を滑り、天井に逆さで到達して振り返る尊の頭上へと襲い掛かった。
しかし、短槍刃が当たる直前、尊の身体が一気に後ろに傾き、落ちる。
片足を我流羅が作り出した氷に道に掛け、滑る速度を加えて屈伸運動のように身体を沈めていたのだ。
それを斜めに落下しながら確認した我流羅は眉を顰めるが、床は直ぐそこであるため、なにも言えずに着地し、代わりといわんばかりに、短槍を床に突き刺す。
「アイススパイク!」
我流羅の怒鳴るような言葉と共に、彼を中心に氷の円錐が波打つように生え、ドーナツ状の剣山を形成する。
触れれば人の肉など簡単に串刺しできる鋭さを持った氷針達だったが、尊は既に転がって逃れており、ただ天井に無数の穴を開けるだけに終わった。
「こっちの攻撃を察知してやがるのかぁ?」
その疑問の答えは返ってこない。そもそも、返答を期待してのつぶやきではない。
標的を串刺しにするためだけの魔法であるためか、天井に突き刺さった氷の剣山は直ぐにひびが入り砕け散る。
氷の粒になって舞うアイススパイクを間に挟みながら、振り返り立ち上がる我流羅と、素早く身を起こす尊の視線が宙でぶつかる。
「かっ! そんな状態でよくやるよなぁ? だがよぉ? 精霊魔法を使えねぇおめえにこれは防げるかぁ? アイスガトリング!」
短槍を付き出すと共に、その柄の周りに氷の粒が大量に形成され、できると同時に射出され始める。
だが、その時には尊は右にあった部屋へと飛び込んでおり、撃ち出された氷の弾丸は空しく白い床を砕くのみ。
「ちっ! すばしっこいじゃねぇかぁ! ネズミかてめぇはぁ!」
腹立ち紛れ閉じるスライドドアを撃つが、凹ますことはできても穴を開けるまでの威力はない。
流石に無意味な消費はしたくないのか、撃つのを止める我流羅。
「はっ! そんなところに避難したってよぉ……」
尊が閉じ籠った部屋の前に移動しようとし、ふと歩みを止め、短槍の柄で肩を叩く。
「まあぁよぉ。それで俺が誘いに乗ると思ってやがんのかぁ? 普通のVRゲームだったら、ダンジョンの壁は無敵のオブジェクトなことが多いけどよぉ。はっ! ここは違うよなぁ?」
にやーと口角を上げ、短槍を突き上げる。
「コキュートス!」
その魔法は、ギルバート戦で我流羅が最後にはなった最大の範囲魔法。
我流羅の全身から猛烈な冷気が吹き出し、通路を瞬く間に凍り付かせ、至る所に氷の棘ができ始める。
その光景はまさに氷結地獄だったが、この魔法はこれだけでは終わらない。
生じた氷の棘が、更に伸び、壁や天井に突き刺さり始める。
貫通した棘から閉ざされた空間へ冷気が送られ、隔絶されていたはずの部屋まで氷結した。
当然、尊が閉じ籠った部屋も例外ではない。
「へっキーアンロックぅ」
鍵の紋章魔法で凍り付いたスライドドアを強引に開ける。
張り付いた氷が割れる音をさせながらゆっくりと動く扉を悠然と見ていた我流羅だったが、目にした部屋の中の光景に激しく舌打ちをする。
氷の球体がそこにあったのだ。
「とっととくたばってくんねぇかなぁ? こっちとら予定が詰まってんだよぉ!」
短槍を振るい氷の矢じりを飛ばして氷球を攻撃する。
薄い氷だったのか、あっさり砕け散った中から出てきたのは、薄い光の球体に包まれた尊だった。
「シールドを器用に使いやがるなぁ。まあぁ、それも終わりだがなぁ」
もう一度短槍を振るい、氷矢をぶつけると、光の球体にひびが入り、砕け散る。
黒い刀を自分に向ける尊に、ニヤリと笑みを浮かべる我流羅。
「そっちからこねぇのかよ? 随分、他の奴らとちげぇじゃねぇかぁ」
などと小馬鹿にした我流羅だったが、直ぐに眉を顰める。
尊が白い息を吐いていることにだ。
コキュートスによって周囲の気温がマイナスになっているので、それは自然なことなのだが、我流羅の息は変化がない。だとすれば、尊がなにをしているか直ぐに理解できる。
「てめぇ、精霊領域をカットしてやがるのかぁ?」
精霊領域がプレイヤーの周りに最大展開されている武装化中であれば、VR体が周囲の環境の影響を受けることはない。
周囲から隔絶された状態であり、有益なこと以外は中に体感させない仕様であるため、寒さを感じるほどの冷気など優先的にその対象に入るはずだった。
それなのに口から放出される僅かな水蒸気が凝固する反応を見せている。それはつまり、意図的に精霊領域を切っているということになるのだが……
「意図がわかんねぇなぁ? 精霊力の節約かぁ? 一歩間違えりゃぁ怪我どころじゃすまねぇぜぇ? マゾかてめぇ」
我流羅の小馬鹿にした言葉。会敵から一度も喋っていない尊に返事など期待していない。ただの挑発だったのだが、予想外に口を開いた。
「そこまでわかっていて、なんでこの世界をゲームだなんて思うんですか?」
尊は油断なく黒姫黒刀改を構えながら問う。
その反応に、若干眉を顰めた我流羅は、直ぐに舌打ちをする。
「ゲームはゲームだろうがぁ。ここでなにが起きても、痛かろうがぁ、血を流そうがぁ、現実の身体にゃなんにも起こらねぇ。被害といえばぁ、VR体が壊れりゃ暫くはVR空間を使えなくなる程度だろうがぁ」
「VR症が発病すれば、日常生活にも支障が出ます。それにぶ――」
「出るかもぉ。だろうがぁ。全員が全員ぃ、そうなるわけじゃねぇ。死者が出たって言うデスオアアライブ事件だってぇ、全員が死んだわけじゃねぇ。それにてめぇが否定したんだろうがぁ。死なねぇってよぉ」
「僕がデスゲーム化を否定したのは、これ以上の混乱と恐怖をプレイヤーに生じさせないためです。決して、今起きている出来事をゲームだと思わせるためではありません」
「だがぁ、それは失敗だったぁ。死の危機は人間の中で最も強い恐怖だぁ。それさえ信じてしまえばぁ、いやがおうにもここを現実と認めるプレイヤーは多かっただろうよぉ。だが、知ってんかぁ? てめぇの断定できねぇ中途半端な推測のせいでぇ、今自分の身に起きていることを現実だと認め切れずぅ、ゲームだと思うことに逃げ込んでいる連中が出始めてんことによぉ」
その言葉と共に、地下ダンジョンへの攻略を続け妖精広場にその動画を投稿しているプレイヤーや、自らが作り出した道具や装備を売り出しているなど現状にそぐわない、ゲーム的な行為がVRA画面として我流羅の周りに展開された。
「てめぇはぁ、ただ単に場を混乱させてんだけなんだよぉ だからぁ、責任取れ責任をよぉ」
「あなたから暴力を受けて、それで事態が解決するのなら、喜んで受けましょう。でも、そうはならない」
「あぁあっ!? んだそりゃぁ」
「あなたのわかっている上での行為こそ、事態を更に混乱させてしまう。それがわからないあなたではないでしょ?」
真っ直ぐ自分を見て発せられる尊のその問いに、我流羅は小馬鹿にしたように笑うだけ。
暫くにらみ合う二人だったが、動かない尊に我流羅が深いため息を吐く。
「つうかよぉ。てめぇはマジでなに企んでやがんだぁ? わざわざてめぇの思惑に乗ってやがってるんだぁ。そろそろなんかしろよぉなぁ。防戦一方だったのはぁ、そういうこったろぉ?」
その疑問も答えを求めての物でもなく、問うた本人も期待はしていない。
だからこそ、我流羅は短槍を構えようとした。
その時、答えが返ってくる。
ただし、尊からではない。
「思考通信ですわ」
そう口にしながら我流羅の右側十字路から現れたのは、白ゴス少女だった。
「てめぇかぁ。つうか、思考通信だぁ?」
この場に現れると思ってもいなかったのか、発せられた単語を含めて不審そうな視線を白ゴス少女に向ける。
思考制御技術の確立により、人が思ったことを機械越しにだが伝えることは可能になっている。
その発展に相互寄与して発展したVR技術の中にも、当然の如く組み込まれており、使おうと思えば誰もが使える物だ。
だが、思っていることが直接相手に伝わるということは、必ずしもコミュニケーションを円滑にするわけではない。思いの中には善意もあれば悪意もあるし、そのどちらでもないものや雑念など、余計なことまで相手に伝わってしまうのだ。
思念通信ができるようになった当初、それが原因で激しい喧嘩になったという事例が世界中で多発し、大々的なニュースになったこともあるので、使用は禁止されていなくても好んで使う者はおらず。ましてや戦闘中にそんなことをすれば、思念は乱れに乱れて伝わってしまうだろう。
そんな代物を使っていたことに、疑問しか浮かばない我流羅は、白ゴス少女から尊に視線を向けるが、返ってきた言葉は答えではなかった。
「……どうして君は、黙ったままなんだい?」
その問いは、我流羅ではなく、彼が持つ短槍に向けられていた。
「っは、なに人の武霊に声かけてんだてめぇ。キショイんだよぉ」
心底気味悪そうに自分を見る我流羅に、尊は悲しそうな視線を短槍に向ける。
「もういいぃ。とっとと殺してんやんよぉ」
「無駄ですの」
尊に襲い掛かろうと足に力を込めた我流羅を何故か白ゴス少女が制止した。
「もう、あなたの行動は無意味ですわ。いいえ、遅すぎたというべきかしら?」
「ぁあ? なに言ってやんだてめぇ」
流石に訳がわからなくなってきた我流羅に、唐突にVRA通信が入る。
相手はタヒ太郎からだった。
「んだぁてめぇ!」
「タヒィっ! ご、ごめんなさいタヒ。で、でも、ちょ、ちょっと緊急タヒ」
「緊急だぁ?」
通信先は尊に強制転送されたため、狭間の森に間違いなく、タヒ太郎の背景も薄暗い見覚えのある森の中だった。しかし、その光景の中に、不自然な物があった。
思い思いの武器を持ったプレイヤー達だ。
狭間の森に閉じ込められていたプレイヤー達だったが、そんな者達が何故か、タヒ太郎に武器を向けていた。
「だから言いましたでしょ? 遅すぎたと」




