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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
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Scene45『VS正翼』

 右手に竹刀を持ち、弦が張られていない場所を左手に当てては掴み、当てては掴みを繰り返しながら近付く作業着姿の男。

 見事な中年太りに、無精ひげになんの手入れもしていない肩まで伸びた髪。

 全体的に不潔感不快感を覚えさせる容姿であり、尊は目撃した瞬間、なにか嫌な感覚を覚えた。

 特にそのどろりとした目にそれを強く感じ、思わず眉を顰めてしまう。

 その瞬間、VRAで正翼と矢印が付けられた男は、顔を激情に歪め、唾を吐きながら口をパクパクと開かせ始める。

 「え? なに?」

 目の前の人物が始めた動きに反して間抜けに見える無音に、生じた感情を飛び越え戸惑いを覚えてしまう尊。

 「推測します。ワードキャンセラーかと」

 「ほ、本当いるんだ適用されている人って……」

 「んだク  キ!」

 戸惑いから困惑へと変わる尊に、正翼は滑稽な恫喝を続ける。

 (でぃーきゅーえぬの人達って、今まで一度も見たことがないような人ばかりだね……というか、ここ最近、そんな人ばっか)

 尊の生活圏内に良い意味でも悪い意味でもいない者達ばかりにあっていることにふと気づいた尊は、思わず遠い目になる。

 ただ、尊の心境など相手が知る由もなく、気遣いなど更に縁遠い。

 「 め ってんじゃねこのク  キがっ!」

 上段に構えた正翼が、飛び掛かりながら竹刀を振り下ろす。

 攻撃予測線でその軌道を知っていた尊は、半歩ずれながら腹に向けて黒い刃を叩き込もうとした。

 だが、竹刀が横を抜けた瞬間、尊の身体が浮き上がり、壁に叩き付けられる。

 「え?」

 「報告します。割り竹の隙間から風が生じました」

 呆然と仕掛けた尊にカナタが報告して集中力を保たたせる。

 着地した正翼が振り向きざまに片手で竹刀を振るう。

 「くっ!」

 黒姫黒刀改で防ぐが、再び割り竹の隙間から風が生じ、尊の身体を吹き飛ばす。

 それどころか、壁に引っ掻き傷のようなものが走り、精霊力ゲージが減少したのだ。

 「シールド!」

 着地と同時に前面に光の盾を展開するが、両手持ちに戻った正翼は躊躇いもせずに正眼の構えから突きを放つ。

 手首の捻りを加えられたその一撃は、四つの風の刃を竜巻のように吹き出しながら放たれていた。

 風の属性で加速化された突きは、一瞬で光の盾に突き刺さる。

 普通に喰らえば強力な一撃だっただろう。だが、たった一撃であれば空間湾曲であるシールドに分があった。

 (今!)

 目の前で留まった攻撃に尊が反撃に転じようと竹刀の先端から滑るように斜め前に進もうとしたが、それより早く正翼が腕を引いた。

 シールドの起点を自分の身体に設定していたため、急な力の喪失によってたたらを踏みかける。

 それは僅かな隙。だが、剣道のRS持ちにはそれで十分だった。

 「イヤアアアアアアアア!」

 裂ぱくの声と共に引かれた突きが再び放たれ、直ぐに戻り、更に放たれるが繰り返され始める。

 ただの突きであれば、守り人ペケさんと戦った経験がある尊は避けられただろう。

 だが、その突きは割り竹の隙間から吹き出す風によって放つも引くも加速されており、ロボットの速度を軽く超えていた。しかも、一突き打つ度に大気が大きく乱れ、精霊領域の影響を極力抑えている尊の身体を揺らすのだ。

 (こ、これはまずいよね!?)

 危機感を覚えても、打開策が咄嗟に浮かばない。

 (精霊魔法を、ううん、属性が付与された武器がこんなに厄介だなんて!)

 既に領域補助がなければ立っていられないほどの暴風が通路を支配し始めている。

 ここでもし後ろにでも飛ぼうものなら、いや、一歩でも歩こうものなら瞬く間に体勢を崩してしまう。

 なんとか踏ん張っていられる状況下で、シールドを使った防御以外なにができようか。

 そして、悪いことは続く、光の盾にひびが入り、後一撃で砕ける状態になってしまうのだ。

 「だったら!」

 ほぼ自棄に近い思い付きを尊は実行した。

 「エクスプロージョン!」

 次の一撃を入れるために引かれた竹刀と砕けそうな光の盾の間に火球が発生する。

 「チッ!」

 舌打ちと共に後ろに飛び退き、竹刀を横に構える正翼。

 吹き出した風が防壁となると同時に火球が爆発した。

 近距離での炸裂により、二人は互いに真逆な方向に吹き飛ばされる。

 (カナタ!)

 (了解しました)

 精霊領域を変化させ、暴風と爆発によって更に荒れ狂う通路を壁にぶつかることなく滑空する。

 (着地を)

 (うん)

 数秒後、慣性の力が失われ始め、ゆっくりと下降し始め、床を滑りながら止まった。

 が、

 (警告します)

 (うん。わかってる)

 まだ残る慣性を利用して振り返ると、そこには股を開いてしゃがんだ集団がいた。

 「……」

 「……」

 互いに無言。

 もっとも、尊は警戒して、集団の方はいきなり現れた美少女に唖然としてだが、動き出すまで僅かに時間があった。ただし、動いたのはこの場の者達ではない。

 (警告。後方精霊魔法探知)

 「キーアンロック!」

 カナタの警告に尊は咄嗟に隣のあった扉を開け、飛び込む。

 「来ます」

 「キーロック」

 開けた扉を閉じると同時に、通路から複数の悲鳴と、轟音が轟く。

 「狭い場所での精霊魔法って強力だね」

 「同意します」

 「あれで自分の方にダメージがないんだから、司ってる属性は武霊使い戦では特に重要ぽいね」

 「肯定します」

 「風を司っているって考えるなら、爆風のダメージはどうだろう?」

 「考察します。ほぼないと推測できます。また、直前に精霊魔法によって防壁も張られていました」

 「なら、爆熱でのダメージもないね……結局、近付いて斬るしかないか……でも、どうやって?」

 VRA地図で正翼との距離を確認しながら、尊は思考を重ねるが、良案がなかなか浮かばない。

 しかし、そんな逡巡をしている間も、敵が動かいないなどということはありえないのだ。

 どんどんと近付いてくる正翼を表す光点。

 「警告します。精霊魔法反応を感知。出てきたところを狙っているようです」

 「壁ごと貫通する魔法は使えるのかな?」

 「推測します。先程の威力であれば、やろうと思えば一ブロックを貫通もしくは切り裂くこともできるでしょう」

 「なら、下手に壁を壊して逃げようとするのは危険か……」

 近付く速度は明らかに歩みであり、むしろ普通よりゆったりとしているようだった。

 まるでなぶるかのようなその様子に、尊は眉を顰めたが、不快に感じたからではない。

 「なるほど……カナタ。この人の斬撃予測はどれくらいの精度でできる?」

 「回答します。まだ情報不足ですので、完全な予測は不可能です」

 「じゃあ、既に収集済みな構え・状況だったら?」

 「自負します。高い精度で予測は可能でしょう」

 「だとしたら……うん。カナタ。精霊領域拡声をお願い」

 「確認します。説得するのですか?」

 「逆かな?」

 「理解不能です。が、了解しました……どうぞ」

 VRA地図上に、白い波紋が現れる。それは尊を現す黒い光点と正翼を現す赤い光点から出ており、

 「RS持ちだと言っている割には、魔法を多用しますね?」

 喋ると共に呼応するように生じていた。

 「んだと!     !」

 向こうの声もちゃんと拾って拡張はしているが、いかんせんワードキャンセラーが発動しているので半分以上聞こえない。もっとも、消されている言葉は罵詈雑言である以上、正しく伝わってもそれはそれで迷惑でしかないのだろうが……

 尊はそんな正翼に対してわざとらしく深いため息を吐く。

 「自信満々だった割には、戦い方が一般的な武霊プレイヤーと変わらないのは、本当はRS持ちじゃないんじゃないですか?」

 「はっ! 安い挑発だな!」

 「そんな安い挑発にも乗れないほどなんですね? ふふ。大人なのに子供が怖いんですか? いい大人なのに」

 その嘲りの言葉は、少し芝居がかっており、見た目を合わされば女の子が精一杯強がっているようにしか感じられない。が、正翼はものの見事に尊が望んだ反応を示す。

 赤い光点が白い波紋を絶え間なく出しているのに、聞こえてくる声がない。

 「理解しました」

 カナタがそう口にすると同時に、辛うじて正翼の言葉が聞こえてきた。

 「出てこい    ! そんなに言うなら魔法なしで叩き切ってやんよ!」

 正翼を表す光点が尊のいる場所から一部屋挟んだドアの前で止まっている。

 (拡声カット)

 (了解しました)

 (行くよカナタ)

 (ご武運を)




 開いたスライドドアから、ゆっくりと姿を現す尊。

 待ち構えていた正翼は既に上段の構えを取ってはいたが、直ぐには襲い掛からなかった。

 拙い挑発に反応した安いプライドが、完膚なきまでに相手を叩き潰さなくては満足できないのは勿論、なにより嗜虐性が頭を出し始めていたのだ。

 嬲りたい。泣き叫びさせたい。懇願させたい。現実で行えば犯罪確実な行為が頭の中を駆け回り、興奮状態へと導き出す。

 それが顔に出ていたのだろう。

 対峙した尊は顔を変える。

 ただし、それは正翼が望んだもの恐れを含んだものではなく、不快を含んだものだった。

 「んだ!     !」

 即不満をぶちまける正翼に特に反応もせず、流れるような動きで尊は黒い刀を正眼に構えた。

 それと同時にぼんやりとどこを見ているのかわからない目になる。

 「はっ! 観の目のつもりかよ素人がっ!」

 嘲りと共に正翼は飛んだ。

 まるで最初の激突の再現化のような動き。

 正翼は再び尊が吹き飛ばされる姿をイメージし、そこから畳み掛ける動きを用意する。

 尊は同じ動きをしなかった。

 ただ、正眼に構えた刃を斜め上へと突き上げるだけ。

 その一撃を見ていた正翼は眉を顰める。

 しかも、狙いが明らかに自分ではなかったからだ。

 意味の分からない突きの意図に気付いた時、正翼はその手の中から武装化武器がなくなっていた。

 「は?」

 間抜けな声を上げると共に、着地した正翼が尊の連続斬撃を避けられることなどできるはずもなかった。

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