Scene44『異空間収納の制約』
「……今、お腹に突き刺さっていなかった?」
「肯定します」
投擲のポーズのまま固まっている尊の問いに、あっさり認めるカナタ。
武霊使いの主な戦い方が魔法であり、タヒ太郎が単純な人間であれば、あっさり誘いに乗って魔法攻撃してくる。
そう考えた尊は立ち止まると共に、黒姫黒刀改を振りかぶり、自分達の前に出てきた瞬間に投げた。
カナタによって広げられた薄い精霊領域でサポートを受けた黒い刃は、投げの素人な上にボールでもない刀を狙い違わず突き刺さった。
そう精霊領域があるのにだ。
VRAによって拡大映像を見ていた尊はその様子をばっちり見ており、驚くしかないのだが……ふと思い出す。
「そういえば、ギルバートの最後の攻撃もあんな感じに通り抜けていたよね」
VRコミュニティサイト仮面舞踏会の薔薇庭園にて左肩から右脇にまで一気に斬り抜かれたことを思い出し、尊は背筋が寒くなる。
「あれと同じ現象だとするのなら、強制転送ではある程度のスピードと威力があると先行して実体データが転送され、意識が遅れて転送される。いわば霊体があの場に残っていたって感じかな?」
「肯定します。強制転送には、プレイヤーの身の安全を考えて優先順位が付けられています。通常のダメージであれば、VR体に到達する前に同時に転送できますが、VR体に到達し掛けない威力と速度の攻撃の場合は、マスターの推測通り安全のために実体データが先に転送されるようです」
「VRゲームによってはダメージの感覚を多少は覚えるのもあるって話だから、ありがたいといえばありがたい仕様だけど……今の僕には関係ないか」
「肯定します。強制転送システムは未だに停止されています」
「どうにか戻す手段はないかな?」
「不明です。強調します。ただし、QCティターニア管理の追加システムであっても、VR体が絡んでいる以上、VR法に抵触する行為は負荷が多いと推測されます」
「システム的深度が違うって言っていたものね。とはいえ、規模から考えると、たった一人だけなら長時間停止しても問題ないのかもしれない」
「賛同します。その可能性が高いと思われます」
などと会話しながら、尊は黒姫黒刀改の下へと歩く。
武装化中のカナタの本体は尊の中にあるので、移動せずとも呼び寄せることはできるが、まだ危機を乗り切っていない以上、なるべく精霊力の消費は抑えたい。勿論、精霊領域補助も切っている。
ゆっくりと近付きながら、なんとなく床に落ちている黒姫黒刀改に向けていた視界の端に妙な物が映った。
正確には、見覚えがあるが、何故そんなものが転がっているのか不思議なものがだ。
「紋章魔法?」
「肯定します」
黒い刀の周りに色とりどりな小さな球体がいくつも転がっていた。
「……どう考えてもさっきの人が落としたってことだよね? でも、なんで? 異空間収納から出してたっけ?」
「否定します。確認されていません」
「だよね? それなのに落ちてる……」
目の前の光景に疑問を抱きつつ、紋章魔法の一つを手に取ってくるくる回してみる。
文字ではなく、幾何学的な紋章であるため、プレイヤーメイドではなくガーディアン系魔物から手に入れたと推測できる。が、
「紋章があきらかに欠損しているね……」
正面から見た球体内部の幾何学模様は、辛うじて紋章だとわかる程度しか残されておらず、多くの線が千切れたかのような、場所によっては弾けたかのような状態になっていた。
「肯定します。レーザーの紋章魔法も同様の状態になっています」
「ということは、摩耗し切ったか、無理をさせ過ぎたかのどちらかってことだよね?」
「肯定します」
「どっちにしろ使えないのは困りどころかな……」
などと言いながら落ちている全ての紋章魔法を拾っては確認して異空間収納にしまうを繰り返す。
が、はたっと気付く。
「これっていいのかな?」
「確認します。なにがですか?」
「いや、だって、これって泥棒みたいなものじゃない? 状況から考えて、さっきの人が落としたものだろうし」
「否定します。プレイヤーキルをしてきたプレイヤーに対しては、遠慮は必要ないというのがプレイヤー間での共通認識のようです」
「そうなの?」
「太鼓判を押します。大丈夫です。捕捉します。なお、これは強制転送によって起こるデメリットの一つだと今確認できました」
「つまり、異空間収納にしまっているアイテムが強制転送と同時にばら撒かれるってこと?」
「肯定します。強制転送はあくまでVR体を保護するための緊急手段です。そのため、それ以外のことは設定を変更しない限り転送されない仕組みになっています」
「初期設定だと収納されているアイテムとかは強制転送の範囲外ってこと?」
「肯定します」
「ということは、やろうと思えばその範囲を広げることはできるわけ?」
「可能です。強調します。ただし、その分だけ消費限界が早くなります」
「最低限強制転送できる精霊力が残っていないといけないわけだからね。そりゃ、そうか……なら、今の僕達にはその最低限も必要ないよね?」
「肯定します。即応します。余剰精霊力をゼロにしました」
「うん。ありがとう」
少しだけ精霊力のゲージが伸びるのを確認した尊だが、その程度では好転に繋がるはずもない。
「とりあえず、一個だけ使えそうな紋章魔法があったのはよかったかな?」
拾った紋章魔法の中で唯一壊れていないものが一つだけあり、VRAでエクスプロージョンと表示される。
「同じ属性だから使いどころがなかったってところかな?」
そう思いながら、最後に拾った黒姫黒刀改の柄を開かせ、五つの紋章孔を組み替える。
シールド・シールド・エクスプロージョン・キー・バインドネット。
以上の五つに変えた尊は、振り返って地下三階へと向かおうとした。
だが、
「警告します。探知領域の反応を確認しました」
「さっきの人達とは別口だね……」
ふざけて追うのを止めた者達がいた方向とは反対側からの地図上の波紋。
「同じようにあるとは限らないから、とにかく下に行こうか。あと、守蜘蛛さんがいる場所の予測はできる?」
「可能です。地下四階へ降りる階段周りが守蜘蛛の通常活動範囲です。そして、その位置に関しても、上の階層の階段配置パターンから推測されています」
「うん。じゃあ、ここから一番近い階段を目指そう」
「了解しました」
そして、尊の戦いは地下三階へと移る。
「ちっ、 の役にも立たね!」
タヒ太郎が尊の投擲の一撃で強制転送されたシーンを見た作業着姿の中年太りな男・正翼は、激しく舌打ちをし、罵りの言葉を吐き始めるが、そのほとんどが無音に変えられてしまう。
もっとも、本人にはしっかり自分の言葉は聞こえているので、周りがどう思おうとどうでもいい彼からしたらそれで十分だったりする。
もっとも、それは周りも同様。
「オラ! てめぇらなにぼけっとしてやがる! とっとと行きやがれ! この 共が! ぞ!」
などと恫喝されても、ヘラヘラと笑いながらノロノロと動き出す周囲の男女。
やる気もなく、正翼に対しても舐め腐っているのがありありとわかる関係性だが、それでもタヒ太郎の時より指揮系統は確立されている。
妖精広場のギルド専用掲示板を経由して先行した者達から情報が集め、正翼が分析し、ワードキャンセラー込みで指示を出す。
罵りが無音に変えられているが故に、飛ばされる命令はダイレクトに届き、ダルそうにしていても意図したとおりに動くので、誰一人として勝手なことを始めずに尊を包囲し始める。
ある者達は尊が下りた階段を使い、別の者達は他の階段を使って、地下三階に侵入し、段々と逃走経路を潰していく。
ただし、直接姿を現すことはない。
タヒ太郎はあれでもでぃーきゅーえぬの中でトップ3に入る実力者だ。
魔法が飛び交う中を重装甲戦車のように突撃し、敵を蹂躙する。
地下ダンジョンでよく遭遇する守り人十体に囲まれても一人で殲滅できるほどだ。
とにかく硬く、攻撃力が高い。
それなのにだ。
そんな奴をたった二撃で倒したほどの攻撃力。
雑魚が下手に飛び出しても、やられて異空間収納のアイテムを奪われ、戦力強化されてしまうのが落ちだ。
だからこそ、正翼は自分が動かせるでぃーきゅーえぬメンバーをただの包囲網として使った。
「 共が! おせんだよ! がっ!」
そして、全ての逃げ道を潰された尊が動かなくなったのをVRA地図で確認した正翼が動き出す。
その手に武装化武器を出現させ。
全方位から探知領域の波紋が生じているVRA地図。
「……今追ってきている人達はさっきの人達と全然違うね。連携が取れている」
「同意します」
最初は後ろから追ってくるだけの探知領域だったが、気が付くと、上から、下から、右左と、波紋の発生源が増えていき、終には逃げた先にも現れ始めてしまった。
厄介なのがカナタの探知領域範囲を把握されたのか、どの方向に進んでも発生源であるプレイヤーを捉えることができないのだ。
「これ以上動くはかえってまずいかな?」
「肯定します」
どこに行っても状況が変わらないことを確認した尊は、仕方なく立ち止まる。
「強行突破するには、相手の情報がないのは困りどころだよね」
「謝罪します。申し訳ありません」
「ううん。別にカナタを責めているわけじゃないよ。元々たった一週間じゃどうしたって一ヵ月の差を埋められるはずもないしね。でも、やりようはある。僕達にしかできないやり方で」
思い返すのは、直前のタヒ太郎との戦闘。
精霊力を多大に消費する戦い方を相手がしていたとはいえ、たった二撃で撃退できた事実が尊のある核心を持たせていた。
「カナタの黒姫黒刀改は、とんでもなく攻撃力が高いんだと思う。多分、精霊魔法が使えない分と、僕達がこの一週間積み重ねてきた経験からそういう風に成長しているんだ」
「納得します。なるほど」
「なら、それを最大限生かした戦い方をしよう」
「確認します。それはどのように?」
「基本防御と回避で魔法を掻い潜り、接近戦に持ち込む」
「理解しました。強調します。ただし、それではRS持ちには対抗できないのでは?」
「確かにそうかもしれないけど……今の僕達って、RS持ちの人達にどれくらい対応できるんだろうね?」
「不明です」
「だ――」
「なら、試してみるか? 。ああん?」
尊の嘆息を遮る男の声。
尊は特に驚きもせずに、その声の主へと視線を向ける。
VRA地図でゆっくりとこちらに近付く一人のプレイヤーがいることを既に知っていたからだ。
「俺はRS持ちだ。こいつのな」
現れた作業着姿の中年男の手には、竹刀が握られていた。




