Scene43『VSタヒ太郎』
赤い半透明のVRA線が生じた瞬間、尊は反射的に上に飛んだ。
僅かな跳躍であり、その程度では全身を覆うほどの太い攻撃予測から逃れることはできない。
だが、それで十分だった。
「シールド」
尊を起点に生じる光の壁。
カナタによって通常より拡大展開された防御の紋章魔法は、前面を瞬時にカバーする。
ほぼ同時に、タヒ太郎は両腕を回すのを止め、前に突き出した。
「爆裂突撃タヒィイッ!」
叫びと共にタヒ太郎の足下が爆発し、その姿が消えた。
瞬く間に攻撃が届く間合いに巨体が迫り、拳がシールドに叩き込まれ、新たな爆発が生じる。
両腕に付けられたタヒ太郎の武装化武器である棘付き籠手が炸裂したのだ。
正確には、光の壁に触れた突起物が。
その威力は凄まじく、通路に転がっている瓦礫は吹き飛び、ドアが部屋の中に叩き込まれ、天井や床・壁は焦げ付きと共にひびが入る。
直撃を受ければ壁などひとたまりもないほどの威力。だが、
「タヒ?」
タヒ太郎の前にはなにもなくなっていた。
「今ので強制転送されたタヒか? おかしいでタヒね?」
などと首を傾げなら視界に移るVRA地図を確認する。
他のプレイヤーを表す光点がどんどん離れているのに気付く。
タヒ太郎の突撃と爆発の威力を利用し、尊は後ろにわざと吹き飛ばされて逃げたのだ。
「タヒヒ?」
再び首を傾げるタヒ太郎だったが、なにも浮かばないのかポカーンとしばらくした後、答えを出すのをあきらめたのか高速移動魔法を発動させた。
守蜘蛛との戦いでも使った爆発を利用して距離を取る方法は、何度も空中に飛び出すことを経験したおかげか、安定して通路空間の真ん中を滑空することができている。
尊はそれにちょっとだけ慣れを感じながら、思考制御でカナタと言葉を交わす。
(武装化武器にはそれぞれが司っている属性が付与されるみたいだね?)
(肯定します。個体差があるようですが、成長に伴って武装化武器並びに防具にはプラスαが付くようです)
(黒姫黒刀にも紋章孔が付いたものね)
(肯定します)
(まだ成長はしているんだよね?)
(肯定します)
(プラスαって選べないの?)
(肯定します。強調します。ただし、ある程度の方向性は決められるようです)
(どんな経験を積んだかとかそんな感じ?)
(肯定します)
(魔法が武霊使いの主な戦い方なら、武装化武器に属性が付与されるのは納得だけど……となると、僕達の場合はどうなるんだろうね?)
(不明です)
(だよね)
精霊魔法をほぼ使ってない自分の戦い方に不安を感じつつ、尊は床に着地し、滑りながら停止しようとした。が、
「警告」
カナタの言葉に、殺し切れてない慣性を強引に打ち消すように十字路右に強引に飛んだ。
その瞬間、直前までいた場所に小爆裂が発生する。
直接攻撃ほどではなかったが、尊の軽い体を転がすほどの爆風を生み出す。
二回三回と横回転しながら、威力を殺しつつ残った勢いを利用して立ち上がり、駆けながら考える。
(まともにぶつかり合えば、防げたとしても爆発の余波でダメージを受ける)
精霊力ゲージが微量ではあるが減っていることを確認した尊は眉を顰めた。
(向こうの精霊力がどれぐらいあるかわからない上に、消費もあれだけ連発しているのだから低いと考えるべきかな?)
(捕捉します。武装化武器に付いたプラスαは、通常の精霊魔法より消費が少ないようです)
(武霊さんの身体から構築されているから?)
(肯定します。司っている属性を直接的に介入しやすいのでしょう)
(となると、あの爆発以外は使ってこないかもしれないね。あれだったらシールドブレイクが起こりにくいだろうし……カナタ。シールド二つはまだ平気?)
(不明です。強調します。ですが、正しく反応はしますので使用は可能です)
(十分だよ)
十字路に差し掛かっては右に左にと曲がり、ジグザグに移動してなるべくタヒ太郎から離れようとするが、向こうは壁などお構いなしに一直線で追ってくるため徐々に距離が迫り出す。
一応、十字路に対して斜めに移動するように心がけているため、破壊する壁は先程より増し、移動速度も遅くなってはいるにはいる。
VRA地図でその様子を確認しながら、尊は少しずつ自分の走る速度を遅くし始めた。
結果として二人の距離は急速に縮み出し、終には尊の横に並び、追い越す。
「バインドネット!」
急停止して自分の前に粘着性の網を展開し、通路を塞ぐ。
ほぼ同時に壁が爆発し、タヒ太郎が飛び出した。
「覚悟するタヒィ~」
再びのぐるぐるパンチをしながら尊に向かって突撃してくるが、その腕が捕らえるのはバインドネットだった。
正確には、吹き飛ばされた壁の一部。
その硬質に反応したのか、爆発が起きる。
「タヒィイ!?」
予期せぬ武装化武器の反応に驚いて硬直するタヒ太郎。
(今!)
「シールド」
カナタがシールドを展開し、尊が駆ける。
爆発の影響が残る中を光の壁と領域補助で底上げされた脚力で強引に進み、タヒ太郎の脇を通り抜け、腹を薙いだ。
人に対して初めて振るった刃に、一瞬だけ顔を顰めるが、薄く赤い精霊領域に阻まれていたため、硬い物を斬り損なった感覚が更に顔を歪めさせる。
刃の侵入が止まると感じた瞬間、力を抜き、刀身を滑らせて回転しながらタヒ太郎の背後に回り、上段に構えた。
「タヒ!」
追撃の斬撃が背中に叩き込まれようとした瞬間、タヒ太郎の足が小爆発し、尊の前からかき消えた。
VRA地図で相手が一気に離れていくのを確認した尊は、直ぐに振り返り、駆け出す。
勿論、十字路を使ってジグザグ移動でだ。
再び追われ追い状態になりながら、尊は少し困った顔になりながら黒姫黒刀改を見る。
(精霊領域って斬るとあんな感じになるんだ……ちょっと振り方を変えないと隙が大きくなりそうだね)
(肯定します)
(シールドほど完全に防がれる感じでもなく、半ばまで喰い込んでからそこから先は進まない。粘質があるとまではいかないけど、振る力も吸われるような感覚も感じたから、あのまま切ろうとしていたら完全に降り抜く力が相殺されていたかな?)
(考察します。精霊領域は、武霊が支配している空間でもあります。どれほどどのように支配しているかは司っている属性や精霊力の消費にもよりますが、通常展開している精霊領域であればその空間に入った瞬間に武霊の意のままの影響を与えられるでしょう)
(今回の場合は、斬撃の威力を相殺されたわけ?)
(肯定します。強調します。ただし、威力の高い攻撃であればその分だけ干渉に掛かる精霊力は増大し、更にこちらの攻撃にも精霊領域が乗っているので、マスターの一撃はかなりのダメージを与えたと推測できます)
(その割には向こうのパターンが変わらないよね?)
VRA地図で確認できるタヒ太郎の動きは、なんとかの一つ覚えよろしく一直線に壁を爆破しながら追ってきている。
(推測します。短期決戦を狙っているのでは?)
(考えてないってだけかもしれないよ?)
(賛同します)
(まあ、どちらにせよ。それを利用しようか)
進行方向に地下三階へと続く階段があるホールを確認した尊は、そこに入る直前で立ち止まり、少し長めに息を吐いて振り返る。
「ここで決めるよカナタ」
「了解しました」
「タヒィ~タヒィ~」
基本、あまり動かない生活を送っているが故に巨漢で肥満なタヒ太郎は、尊が立ち止まった時、だらだらと汗を流し荒い息を吐き始めていた。
タヒ太郎の動きは基本的に、高速移動魔法で行っている。
小規模な爆発系で加速、安定、減速、停止をやるため、尊が避けた時に浴びた爆裂は攻撃の意図ではなくそれを行うための減少にしか過ぎなかったのだ。
足の爆発で加速し、急加速で崩れたバランスをこれもまた爆発で整え、目の前に邪魔な壁があれば武装化武器で爆破し突き進む。
それだけに特化して武霊が成長しているため、消費精霊力は常時使用しても少なく、強力な突破力を持つが、高い武霊能力に対してタヒ太郎自身の能力は低い。
ほとんどを武霊に任しているのに、十数分も経っていない追撃戦で息が上がっているのがいい証拠だ。
正直、既に体力的に限界近いのだが、
「てめぇ何やってやがるぅ!? ……わかってんだろうなぁ? ……じゃあ、さっさと殺れぇ!」
と我流羅に恫喝されている上に、全て妖精広場にライブ映像として流しているので、迂闊に休むことはできない。
「タヒィ~ダヒィ~」
無理に身体を動かし続けるため、段々と汗以外のものも出始め、これ以上は胃からなにかが込み上げそうになった時、VRA地図上でターゲットが動きを止めた。
「や、やったでダヒ」
尊の意図を考えもせずに、これで高速移動しなくて済むと単純に思ったタヒ太郎は、壁を壊さずに通路を歩き出す。
その間に息を整えつつ、一切動かない尊に首を傾げるが、
「チャンスタヒね」
などと思ってからは深く考えなくなった。
タヒ太郎の武霊と戦闘スタイルは、サーチ&デストロイであるため、戦術的なものは一切ない。そもそも、司っている属性のおかげで、自身が使う爆発の影響を受けないのだ。ただただ攻撃すれば敵は一方的に爆殺できる。
勿論、あまりにも高い攻撃力と広い範囲に味方も巻き込んでしまうが、そんなことをかまう人物であるわけもなく、それは周りも同様。
だからこそ、タヒ太郎はなにも考えずに、尊がいる通路へと出た。
距離は五ブロック。
小さな尊がより小さく見える距離だが、高速移動魔法であれば一瞬だ。
が、タヒ太郎はそれを選択しなかった。
敵が離れていて、動いていないのなら、わざわざ突撃する必要はないのだ。
両腕くっ付け、前に突き出し、手を花弁のように広げる。
選択するのは自身が今使える最大の爆発魔法。
使えば通路に面している部屋ごと爆破させるものであるため、例え回避行動に移ったとしても逃れることはできない。
「リアルエクスプロ―ジョ――」
籠手から火花が散り、火球が掌の前に形成され放たれようとした瞬間、
「タヒ?」
なにかが腹にぶつかった。
痛みはない。感覚もない。音もない。ただ、なにかが前から飛来し……
「タ、タヒィイイイイイ!?」
自身の腹に黒い刀が突き刺さっていることにタヒ太郎が悲鳴を上げると同時に、その姿は書き消えた。




