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武装精霊 RDO  作者: 改樹考果
1.仮想世界で踊る黒刀の武霊使い編
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Scene3『カナタ』

 気が付くと、尊は白い空間の中にいた。

 眩しさを感じないので光によって視界が潰されているというわけでもない。ただただ白い、まるでなにも描かれていないキャンパスのような光景が視界の中に広がっている。

 変化はそれだけではなく、重力も消失しているようで、尊は自分の身体がふわふわと浮かんでいることに周りの光景以上に戸惑いを感じた。もっとも、宇宙空間を再現したVR空間も存在するので、ゼロGに対しての驚きではない。

 (別のVR空間に移動したのなら、公共ナビさんからのナビゲートがあるはずだし、そもそも急激な空間移動はVR法で禁止されている。特に特殊な再現環境であれば、それはVR法で強く制限されているはずだよね? だとすれば、ここはまだ仮面舞踏会の中ってことだけど……それなのに、この急激な変化って……)

 常識的に考えれば、明らかな異常事態ではあるが、尊はVRを始めて一ヵ月そこらの初心者であり、ピカピカの中学一年生なのだ。例え知識として常識外であることを認識しても、

 (随分手の込んだサプライズイベントだな~)

 と感心してしまう結果に至ってしまうのは仕方のないことだった。

 (まあ、あの天野歌人さんが関わっているんだし、高給取りなナビをイベンターにしているほどなんだから、これぐらいはないとね)

 などと納得しながら待っていると、目の前に文字が現れる。

 「「QCアマテラスに保存されてある尊様の個人情報領域にアクセスを開始します。よろしいですか?」」

 「うん」

 「「本人の承認を確認。アクセス開始」」

 その文字と共に、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の光の紐が周囲に現れ、尊の身体に纏わり付き、まるで尊のことを隅々まで調べているかのように、全身をくまなく動く。

 触れられているのに、その感覚はなく、またそれぞれの色紐から発せられている光は突き刺すほどの光量のはずなのに、眩しさを感じない。

 VR空間ならでは不思議な現象に、惚ける尊の前には、高速で文字が現れては消えているを繰り返している。

 「「QCアマテラスへのアクセス。黒姫尊のパーソナルデータ群とリンク。続けて――」」

 そんな光景を見ながら、尊は自分が知っている武霊の情報を思い出してみる。

 (確かに武装量子精霊には、他のナビさん達とは違った特徴が幾つかあるって話だったよね。その一つは、契約者によってその姿を変えるということ。通常のナビさん達は、自分を生み出した母であり、父であるQCそのものなナビ『人格量子精霊』と似た姿形をしているから、その容姿を見ればどこのQCの生まれなのか直ぐにわかる。まさしく人格ナビの子供なのだからそれは当然と言えるかもしれないけど、ナビを持とうとする人達から不満がられていた。どうせなら自分だけのナビが欲しい、そんな願望を叶えたのが武霊。ってわけでもないんだよね。なんでか、購入者の思った通りの姿形に設定できる仕様ではなくって、そのことに関して批判している人が少なからずいたっけ……たしか容姿の決定は、彼らを生成する時、契約者のパーソナルデータと、その人の望みを組み込んで、それら集めたデータに基づいて決定される。だから、普通のナビさん達は皆人間の姿をしているのに対して、武霊はそれに限定されない。人は勿論、動物、架空の生物、仕様上はどんな姿にでもなることができるって言われているけど、前に見た情報サイトとかの話だと、滅多に人以外になることはないって話だったけ? ん~人は無意識の内に人を求めるってことなのかな?)

 あれやこれやと考えている内に文字の高速表示が止まる。

 「「お待たせしました。武装量子精霊の生成を開始します」」

 その文字と共に、纏わり付いていた光の紐が、一斉に尊の前へと集まり出した。

 七色七本の光は、果実のような少し歪な球体となって圧縮され小さくなる。が、次の瞬間、虹色の輝きを放ち始め、光量が強まるのに合わせて更に膨張し始める。

 尊と同じぐらいの大きさになると共に、まるで孵化するかのようにピシリとひびが入った。

 ゴクンと喉を鳴らしながら尊は思う。

 (望みを組み込むのなら、強く思えば、その通りの武霊が生まれてくるってことだよね? だったら……出てこい僕のロボット!)

 尊がよく見るロボットアニメの主人公ロボ・黒く鋭角的な騎士甲冑のようなロボットを強く強くイメージする。

 どうせだったら、カッコいいロボットがいいな~っという年頃の少年らしい願望は――

 尊の思いと共に、ひびが更に大きくなり、一気に球体が砕け散る。

 降り注ぐ七色の破片は、周囲が白い空間であることも重なり、虹の花吹雪のようになって酷く幻想的だった。

 思わずそれに魅入ってしまう尊の胸に、不意になにかが飛び込んでくる。

 反射的に受け止めるが、僅かに反応が遅れたためずれ落ちそうになり、慌てて腕に力を入れ抱え直した。

 状況から考えて生れ出た武霊だと尊は確信する。

 (これが僕の武霊。僕だけのナビ……限定的だけど……嬉しいな。とっても温かくて……ん? 温かい? ロボットなのに?)

 その疑問に、尊は恐る恐る胸から抱えている武霊を離し、その姿を見る。

 視界に入ったのは、小さな女の子だった。

 (…………あれ?)

 思わず小首を傾げると、その子もつられてか小首を傾げた。

 クエッションマークで頭の中がいっぱいになりつつ、彼女を観察する。

 身長は幼稚園生ぐらいの小ささで、真っ白な雪のような白髪が真っ直ぐに肩まで伸びており、目は少し鋭く赤い。

 肌色は褐色で、髪の中から鋭く尖った長い耳が出ており、まるでファンタジー作品などで見掛けるダークエルフのような女の子だった。

 そんな子が着ているのは白い花の柄が入った袖がひざ上までしかない着物で、少々ちぐはぐな感じがしないでもない。が、尊からしたら細かいことだった。なぜなら、どこからどう見ても、さっき一生懸命にイメージしたロボットの姿じゃないのだから。

 「ど、どうして……」

 思わず心の声が漏れ、がっくりと項垂れる尊に、ダークエルフな女の子は再び小首を傾げる。

 ただ、それでなにかを言うわけではなく、ただじーっと尊の顔を見続けるだけだった。

 流石にこの反応は男らしくないと思った尊は、泣きたい気持ちをぐっと堪える。

 「さっきの武霊ちゃんだよね? 女の子だったんだ」

 その問いに、武霊は首を横に振る。

 「否定します。この姿は今決まりました」

 先程までの文字による会話ではなく、自らの口で喋るようになった武霊に少し驚く尊だったが、少し遅れて言葉の意味に気付き愕然とする。

 つまり、尊が女の子の武霊が、こんな子と一緒にいたいと心のどこかで思っていたということだ。

 普段は意識してない願望に気付かされたような気分になった尊は、途端に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして武霊から目を離す。

 そんな尊に武霊は乞う。

 「懇願します。名前をください」

 「名前?」

 「補足します。それで契約は完了します」

 その言葉に、尊はちょっと躊躇いながら視線を武霊に戻した。

 名前を付けろと言われても、直ぐには思い付かない。なんせ、ロボットと姿になるものだとばかり思っていたからだ。カッコいい男らしい名前はいくつか考えていたのだが……

 そう困っていた再びダークエルフな女の子のじーっと見た時、ピンとくるものがあった。

 「君の名前は、『カナタ』。カナタでいい?」

 尊の問いに、武霊は少しだけキョトンとしてから、ゆっくりと小さく頷いた。

 「……承認しました」

 武霊カナタがそう言った瞬間、消失していた重力が元に戻り、見えないが硬い床に尊の足が触れると共に、白い空間に一斉にひびが入り、砕け散る。

 白い粒子が粉雪のように舞い散り、地面に落ちる前に消失する中、現れたのは元いた豪華絢爛な通路だった。

 一時的にこの場を武霊生成システムにしたということなのだろう。だが、

 (そういうことができるのなら、今のを利用して外と連絡できたんじゃ?)

 と無粋なことを思ってしまう尊だが、直ぐに思い出す。

 (通信システムではない以上、プライバシー保護法とQN法によるシステム制限が掛かって、それ以外のことはできないってことかな?)

 などと中学で習った授業内容と現状から推測した答えを導き出す尊。

 恥ずかしがり屋であるが故に尊の授業への集中力は高く、学校で習うことなら大抵のことは覚えており、更に一人ぼっちでもあるので、昼休みもAR器具などを使って色々なことを調べて過ごすことが常であるため、ナビやQNに関する知識も深い。

 もっとも、だからといって正しい答えを得られるかは別問題だったりする。

 (まあ、イベントなんだから、そこまで細かい設定付けはされてないよね……)




 武霊の基本的な使い方を説明された後、出口へとカナタの手を引き向かう尊。

 彼女を一時的にも雇用させられたということは、そのシステムを使ったなにかがこの先にあるということだ。

 故に尊は、そのことに期待と不安を募らせ、走る時に心臓を高鳴らせていた。

 とはいえ、それ以外のことは一切わからない上に、武霊契約で時間を取られてしまったのだ。普通に考えれば、黒服達が追い付いてきそうなものだが、振り返ってみても、それらしき気配は一切なかった。

 「追ってこないね」

 思わず立ち止まってしまう尊に、カナタは首を横に振る。

 「推察します。一時的に妨害されているだけだと」

 淡々とした無感情な言葉を口にするカナタに、尊はちょっと心配そうな顔を逃げてきた先へと向ける。

 「みんな、大丈夫かな……」

 「懸念解消します。標的は私です」

 「そうだね。必要以上に危害を加える必要性はないか……それに……あ、これは禁句か」

 尊は思わず口にしそうになったサプライズイベントという言葉を飲み込み、苦笑した。

 (気を引き締めないと、見ているみんなに笑われちゃう)

 そう思って再びカナタの手を引いて駆け出す尊。

 暫くすると、窓側の壁に出入り口である巨大な鉄の壁が現れる。

 「やった! 上手く逃げられたね」

 そう言って尊はカナタに笑い掛けるが、彼女はただ頷くだけで、ちっとも嬉しそうじゃない。

 (どうにもカナタって、公共ナビさんみたいに表情が豊かじゃないよね……口調もなんか、文で喋っていた時と違ってるし。なんで自分の言動を先に言うんだろう? ん~武霊としての仕様なのかな? それともカナタの個性?)

 色々と興味を覚えたことを調べる性質の尊だが、最新式のナビである武霊に関する情報は多くない。金銭的な問題から知ると欲しくなりそうだったので、あまり詳しく調べていなかったのだ。とはいえ、こうして限定的にも関わっている以上、いや、限定的だからこそ、もうちょっとコミュニケートをしたい尊なのだが……

 (こっちから動かない限りなにも言わないし、動かないんだよね……本当にナビなのかな? なんだかプログラムAIと接しているみたい)

 若干無口無感情なカナタを残念に思いつつ、尊は閉まっている扉に触れる。

 押して開けられるか確かめようとしただけだったが、力を入れるより早く、自動的に外に向けて開き出す。

 そして、目の前に現れたのは、サイトの出入り口である巨大な噴水と薔薇で埋め尽くされた庭園だった。

 サングラスを掛けた黒服達が待ち構えているかと思っていた尊は思わずほっとしようとした。が、一つだけ違和感を覚える者が視界に入り、息をのむ。

 「待ちくたびれやしたよ」

 ただ一人、白人男性が噴水の縁に座っていた。

 格好はサイト規約通りにタキシードだったが、その両手には明らかな違反があった。

 むき身の日本刀。それを杖のようにして持っていることから、尊は黒服達の仲間だと判断した。

 (イベンターだとわかってても、物凄く嫌な感じがするな……)

 そう尊に抱かせるほど、白人の男は日常にはいない雰囲気を出していた。

 嘲るように歪んだ笑みを浮かべる三十代半ばであろう白人男性は、彼自身のファッションセンスなのか、前髪の一部を赤く染めたくすんだ金髪、濁った青目、どこか狼を連想させる鋭い顔付きをしている。

 今までの人生で出会ったことがないタイプの出現に警戒した尊はカナタから手を離し、彼女を後ろに庇う。

 その様子を見た狼のような男は笑みを深める。

 「ボーイミーツガールな展開でよろしゅうござんしょうが、現実は甘くありやせんぜ?」

 そう言って石畳に突き刺していた鍔のない日本刀を右手で抜き、無造作に肩に担ぎながら近付き始めた。

 男から発せられる剣呑な気配に、尊がごくりと喉を鳴らした時、カナタが袖を引っ張る。

 「うん。わかってる」

 近付いてくる男を警戒しながら尊が頷くと、カナタは隣に移動し、右手を握った。

 その動きに男は動きを止め、少しだけ驚いたような顔になる。

 「なるほど、契約を済ませちまってやがるんですね? まさかそこまで弄っちまいやがったとは……いや、あっしが領域を変更しちまったせいでござんすかね?」

 男が独り言のようにそんなことを口にするのが聞こえ、尊は内心その言葉の意味に疑問符を浮かべたが、問いを口にする代わりに唱えた。

 「共に歩む精霊カナタに、主たる僕が願う。我願いに応え武装せよ!」

 「承認しました。我が身、主ミコトを守る盾となり、敵を屠る刃とならん」

 互いの目線を合わせ、声を揃えて尊とカナタは叫ぶ。

 「「武装化『黒姫(こっき)黒刀(こくとう)』!」」

 その瞬間、カナタの身体が浮き上がり、尊の肩より高く上がると共に、彼女の全身から光と闇が噴き出し、握り合う手ごとその奔流に巻き込まれる。

 二色の渦の塊となってカナタの姿が完全に見えなくなると同時に、弾け、白と黒の粒子となって周囲に舞い落ちる。

 急激な大気の変化があったのか、突風が巻き起こり、庭園の薔薇が舞い散った。

 白と黒と赤のコントラストが幻想的な光景に、思わず尊は目を細めてしまう。

 (いちいち綺麗だよね……これも……)

 魅了される光景から手の中へと視線を移すと、そこにはカナタの姿はなく、代わりに一振りの刀が、全てが漆黒な日本刀が収まっていた。

 刀身の長さが自分の身長に迫るほど長いそれに、尊は思わずしげしげと眺めてしまう。

 (一メートル以上かな? えっと、確かそれぐらいの長さのは、大太刀って呼ばれていたような……)

 剣先から手元まで見た尊は気付く。鍔にはカナタの姿をデザインしたと思わしき意匠が彫られ、それが彼女であることを訴えているかのようだった。

 「武霊使い」

 男の言葉が耳に入り、視線を彼に向けると、にいっと口角を上げ、刀を肩に担いだまま突撃してくる。

 「いくよカナタ!」

 「承知いたしました」

 尊の呼び掛けに、漆黒の刀からカナタの声が応え、彼の身体が淡い光に包まれた。

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